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2014年1月30日 (木)

ドッペルゲンガーDoppelgänger

●二重に出歩く者
ドッペルゲンガーはヨーロッパの伝承に出てくる怪物です。
特定の人間の姿に化けることができ、人々の間に紛れ込んで悪さをします。
力が強いわけでもなく、魔法を使えるわけでもなく、ただ「化ける」というだけの存在ではありますけれど、一度化けられてしまえば、誰もそれが怪物であるとは分からないという性質ゆえに、人々からひどく恐れられてきました。

彼らの名はドイツ語で「二重(Doppel)」に「歩く者(Gänger)」を意味する言葉に由来します。英語ではコウォーカーCo-Walker、もしくはもっと単純に「ダブルDouble」と呼びます。
日本語では「共歩き(ともあるき)」と訳されますが、これらの言葉が使われることはあんまりなく、通常はドイツ語の「ドッペルゲンガー」がそのまま使われます。


●ドッペルゲンガーの変身能力
彼らの変身は「見事」の一言に尽きます。頭のてっぺんから足の先まで全くそっくりに化けるので、よほど化けられた相手を知る人間でなければ、ニセモノであるとは到底気づきません。
彼らはその隙を突いて悪事を行います。油断した人間の後ろから襲いかかったり、料理に毒を混ぜたり……。アイルランドでは、宴会や葬式には必ずドッペルゲンガーがいるから、料理を出されても決して口をつけてはいけないとされました。

彼らの正体を見抜くことは至難のわざです。何かの拍子でドッペルゲンガーと見抜いたとしても、次の瞬間には別の人間に化けてしまいます。人混みに紛れたらあっという間に分からなくなります。

なぜか不思議なことに、透視能力の持ち主は正確にドッペルゲンガーの正体を見抜くことができると言います。
また、勘のいい人なら、このような能力に頼らなくても、ちょっとした目印や動作の違いでドッペルゲンガーかそうでないかを見抜くことができるはずです。


●死の予兆
ドッペルゲンガーは死の予兆です。化けられた本人がその姿を見てしまうと程なく死んでしまうという伝説があります。この辺りについては、ドッペルゲンガーは人間の魂が抜けかけている状態だから……としばしば説明されます。
つまり、肉体と魂が離れかけているので、いずれにしてもその人物は長く生きられない……というわけです。

病理学にも「自己像幻視(オートスコピーAutoscopy)」という症例が報告されています。虚空に自分自身の幻像を見るというもので、重篤な精神病患者のみに表れる症状の一つであり、しばしば死に至ることもあると言う恐ろしい病気です。

有名なところでは、作家の芥川龍之介がこの「自己像幻視」の持ち主でした。
彼は常日頃からこの病気に並々ならぬ興味を抱いており、仙台であった「自己像幻視」の発症例について、わざわざ自分の創作メモに書き残しています。その後はご存知の通り、36歳という若さで睡眠薬自殺してしまいました。

文豪のゲーテも、やはり20代半ばに「8年後の自分が歩いてくる」という自己像幻視を体験したひとりです。道を歩いていると、前方から自分にそっくりな(しかしちょっと年を取った)人物が歩いてきました。
その時は「そんなヤツもいるもんだなあ」としか思わなかったのですが、8年後、同じ道を歩いていたとき、ふと、あの時の人物がいまの自分自身であることに気づきます。服装も、ちょうどその「出遭った人物」が着ていたものとまったく同じでありました。
まさに自己像幻視の典型的な例ですが、もっとも、この文豪の場合はその後も長生きして、死んだのは「自分自身」を見てから60年近くも経った83歳の時でした。


●ブロッケン山の怪物
ドッペルゲンガーに似た怪物の伝承は古くから存在します。中でも有名なのは「ブロッケン山の怪物Brockengespenst(ブロッケンゲシュペンシュト)」と呼ばれる妖怪でありましょう。

ドイツ中部、ハノーファーとライプチヒの間にブロッケン山という名峰があります。
標高1142メートルと言いますから、日本の白神山(青森・秋田県境)や金時山(神奈川県)よりもやや低い程度。ロープウェイが通じており、頂上に辿り着くと大詩人ハイネも好んだという風光明媚な景色が眼下へ広がります。

この山は、一方でドイツ屈指の「霊場」でもありました。
毎年春ごろになると、ドイツじゅうから魔女・悪霊が集まって「ワルプルギスの夜」が開かれます。と言っても、生きた人間が参加するわけではありません。霊魂や魂魄だけがうごめき回る、文字通りの「魔の宴」です。
日本で言う盂蘭盆会(うらぼんえ)みたいなものでしょうか。

さて、この山へ霧の深い季節に登ると、頂上付近で突然真っ黒い「怪物」に襲われることがあります。
怪物と言っても、登山者たちを取って喰うわけではなく、ただ前に立ちはだかり、邪魔するだけです。彼らはまるで鏡に映したかのように人間の真似をします。
右足を挙げれば左足を挙げ、右手を振れば左手を振る、と言ったように。人々はこの黒い怪物を「ブロッケン山の怪物」と呼び、彼らの出る季節には決して山へ足を踏み入れないようにした、と言うことです。

むろん、カラクリを明かせば、これは怪物でも何でもなく、単に霧へ登山者の姿が投影されただけの光学的な現象に過ぎません。現在では山の名前を取って「ブロッケン現象」、あるいは単に「グローリーGlory」などと呼ばれます。日本では「ご来迎(ごらいごう)」と言う訳語が与えられています。

もっとも、昔の人々にはこんな理屈など分からぬわけで、霊地を回る純朴な巡礼者がしばしばこの「怪物」に出遭い、本気で肝を潰したことは容易に想像できます。時には登山道から足を踏み外して転落し、思わぬ怪我をすることもあったかも知れません。


●エンターテイメント作品に見るドッペルゲンガー
本心(良心)が人の形を取って暴走したり、あるいは逆に主人公の暴走を止めるという設定は、同ひとり物が二カ所以上へ同時に登場すると言う不思議さゆえに、しばしば文学やエンターテイメント作品のネタとなりました。
オスカー・ワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」はその「ドッペルゲンガーもの」の傑作です。

ゲームやライトノベルなどでは、もっと直接的に、本人そっくりに化けさせたドッペルゲンガーを登場させ、人々の間に紛れ込ませるという手法を好みます。
彼らは他人になりすまし、悪さの限りを尽くしますが、おおむね英邁な主人公たちに正体を見破られ、おぞましい原形(ファンタジー作品ではノッペラボウか内臓剥き出しの身体)を晒して死んでいきます。



●亜種・別名など
ダブル/ドッペル/ワッフ/コウォーカー/フェッチ/レイス/ゴースト/生霊/魂魄/フィールギヤ

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