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2014年7月 2日 (水)

バアルBaal

●地獄の大公爵
バアル(バール、バエル)は地獄の東方に強い影響力を持つ地獄の大公爵です。
悪魔王ルシファーの側近中の側近であり、ソロモン72将の筆頭を占める地獄随一のエリートです。他を遙かに凌ぐ66個師団(6万個師団と言う説もあり)という厖大な軍兵を率い、地獄軍におけるあらゆる権限を有します。言わば地獄の元帥であり、統合幕僚長というわけです。

軍事面ばかりでなく、政治面、能力面でも地獄の有力者であり、強さ、支配、法と正義の調和、大胆、勇気、破廉恥、復讐、決断、不穏、高慢、感受性、野心、聡明などの属性をつかさどります。

変幻自在の術を使える数少ない悪魔のひとりで、その「霊質」は非常に柔らかく、どんな場所も通り抜けられます。
性別や外見も自由に変えられ、男性女性、老人若者、巨人小人、あらゆる姿を取ることができます。ちなみに、術者に呼び出されるときは黒髪で長身の男性を取ることが多いようです。


●豊穣の神
バアルが悪魔の中でも高い地位を得るに至ったのは、それだけ彼がキリスト教にとって、文字通り「邪魔」な存在だったからにほかなりません。

もともと、この悪魔は異教の神であり、豊穣をつかさどる神聖な存在でした。その威光は、セム人(シリア人)やカナン人(パレスチナ人)はもとより、遠くカルタゴ(モロッコ)、バビロニア(トルコ)、シドン(レバノン)などにも及び、各地に神殿が建てられ、多くの信者を集めました。

そもそも、「バアル」という名前そのものがセムやバビロニアの神に与えられた接頭語から来ており、「君主」「国王」を意味します。
大悪魔のベルゼブブ(バアル・ゼブブ)も、バアルが「王」、ゼブブが「蠅」なので「蠅の王」となります。ベルフェゴールも「バアル・フェゴール」で「フェゴール山の王」です。
カルタゴの名将として有名な「ハンニバル」も、元を辿れば「ハンニ・バアル」で「王の恵み」を意味します。


●神から大悪魔へ
このように、バアルは広くその支持を集めていたわけですが、ではなぜその「神」が大悪魔となったのか。それは、彼が人身御供(ひとみごくう)……つまり人間を生け贄に求める存在であったからです。
生け贄に捧げられるのはたいていアウトロー、つまり捕虜や異教徒、外国人でしたから、バアル信者と対立することの多かったユダヤ・キリスト教徒たちが反発を覚えたのも無理ははありません。

ゆえに、バアル信仰が廃れた後も、「恐ろしい神」バアルの恐ろしさだけが語り継がれ、それがやがて、中世に入り大悪魔のイメージに変化します。
彼はその名を唱えるのもおぞましい存在として、ありとあらゆる悪口雑言が投げつけられ、嫌悪されるようになりました。

絵画などに描かれるバアルは、猫・老人・ガマガエルのそろぞれの頭が大蜘蛛の上に載っているおぞましい姿で描かれます。その絵一つを見ても、彼がいかに嫌われた存在であるかが分かろうものです。


●アッピンの赤い本
人間をはじめ、あらゆる存在は「真(まこと)の名」を持っています。
「真の名」とは本名のような生やさしいものではなく、その名を唱えられるだけであらゆる自由を奪われ、唱えた者の言うことを聞くほかないという、恐ろしいものです。

悪魔もこの「真の名」を当然ながら持っており、バアルの場合は「アッピンの赤い本」と呼ばれるその名が記されています。
この本にはバアルだけでなく、バアルの配下すべての名前が列記されており、つまりこの本を手にすることができれば、バアルのあらゆる権限と能力を我がものとすることが可能です。

もちろん、この本は現存していません。そもそも実在したかどうかすら怪しいものですが、しかし、14世紀のスコットランドにおいてバアルが顕現し、しかも生け贄候補の少年に「赤い本」を奪われるという事件が発生し、ちょっとした騒ぎになったことがありました。

スコットランドの片田舎にアーガイルという村があります。この場所にバアルが生け贄を求めて密かに降り立ちました。

彼は周りを見渡して、ふとひとりの少年に目をつけます。その少年は天涯孤独の身で、優しい主人に引き取られ、今は羊飼いとして暮らしています。バアルは立派な紳士に変身し、少年に近づいて声をかけました。

「私の召使いにならないか。もちろん生活の面倒はすべて見るし、賃金もはずむぞ」

しかし、少年は聡明であったので、胡散臭いものを感じた彼は、「ご主人さまの許しがないと……」とその場での回答を控えます。バアルは仕方なく「それじゃあ、明日返事を聞かせてくれ」と告げて、その場を去ります。

少年はバアルの姿が見えなくなると、すぐさま主人のもとへ駆けつけて、ことのあらましを隠さず報告しました。主人はびっくり仰天します。

「そいつは悪魔だ。その場ですぐに返事しなかったのは賢明だった。即答していたら魂を奪われていただろう」

しかし、相手は悪魔です。返事しないわけにはいきません。下手なことをしたらその場で取り殺されるからです。主人は少年に「死にたくなければ私の言うことをそのまま実行するが良い」と言って、悪魔の撃退方法を伝授します。その方法とは、約束の場所に到着したら、主の御名を唱えつつ、剣先で円を描き、その中心に十字架を描くと言うもの。主人はさらに続けます。

「いったん円の中に入ったら、夜が明けるまで決して外に出てはいけない。出たら最後、やつは魂をあっという間に奪ってしまうはずだから。
もちろん、やつはあらゆる手段を使って外へ引っ張り出そうとするだろう。だから、逆にこう要求してやるのだ。『あなたの持つ赤い本をください、そうすれば私は円の外に出ましょう』と。
もちろん、これはウソだ。本を手に入れたらしっかと抱えて絶対に離すな。そうすれば、やつはお前に手を出すことも触れることも、ままならない」

少年は約束の場所を訪れると、さっそく円を描き、準備を整えてバアルの出現を待ちました。ほどなく、昨日の紳士が現れ、「昨日の返事は?」と尋ねました。

少年の答えはもちろん「NO」。にべもない答えに憤慨したバアルはたちまちその本性を表して、少年の魂を奪おうとします。
ところが、なぜか不思議なことに、近づくことができません。ここで初めて、悪魔は少年が「聖なる円」の中にいることに気づきます。この円にいる限り、自分は少年に手を出すことができません。

バアルは少年に怒鳴ります。
「おい、少年、その円から出ろ」
「いやです」
「出ないと酷い目に遭わすぞ」
「酷い目にあっても出ることはできません」
「じゃあ、どうしたら円の外に出てくれるのか」
「あなたの持つその赤い本をください。そうすれば私は円の外に出ましょう」

バアルはさすがに鼻白みます。これは自分も手放すことのできない大事な本です。
しかし、渡さなければ目的は達成されません。生け贄はこの赤い本にサインをすることで、悪魔のものとなるので、取りあえずサインさえしてもらえれば……思ったのかも知れません。渋々バアルは本を少年に渡しました。

ところが、少年はサインをするどころか、本をしっかと抱えてその場から動きませんでした。ここで初めて、バアルは自分が騙されたことを知りました。
怒り狂った彼は、ガマガエルや蜘蛛に変身し少年を怖がらせようとしますが、少年は耳を塞ぎ目を閉じてやり過ごします。そのうちに夜が明け始めました。バアルはとうとう音を上げて退散します。こうして少年は、主人のもとへ戻ることができました。

さて、少年の持っていた本は「アッピンの赤い本」と呼ばれ、「究極の魔道書」として人々の間を転々としました。
この本は失われて既に久しく、その内容を私たちが知ることはできません。あるいは意外と、バアルがとっくに取り返している可能性もあります。



●亜種・別名など
バール、バエル

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