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2014年7月 2日 (水)

バジリスクBasilisk

●蛇の王
バジリスクはヨーロッパでその実在が信じられた怪物です。
あらゆる蛇の頂点に立つと言われる存在で、「蛇の王」の異名もあります。
そもそも、バジリスクという呼称も「小さな王(小動物)の王」を意味するギリシア語バジリスコスBasiliskosに由来するものです。
一般にトカゲ、もしくは蛇と鶏を奇妙に掛け合わせたような姿をしており、キュレナイカ地方(リビア)の沙漠を主なテリトリーにしています。

全身に猛毒があるのが特徴で、身体に触れた者はもちろんのこと、道具を介してでさえ相手を死に至らしめます。
さらに、彼らの視線には石化能力があり、睨まれた者はことごとく石に変わります。現在のリビア近辺が砂だらけなのも、このバジリスクが手当たり次第、周りを石に変えまくったからだ……という説があります。

ちなみにアフリカには、その名もずばり「バジリスク」という名前のトカゲがいますが、これは伝説の怪物の名を、近年新たに発見されたトカゲに冠したものです。


●バジリスクの脅威
中世、バジリスクは「現実的な」脅威でした。ゆえに、さまざまな動物学者や神学者たちが真面目にこの怪物の退治方法を考えました。

その一つが「ガラス越し」で倒すというものです。
彼らの毒は多少の遮蔽物をものともしない強力な兵器ですが、なぜかガラスを通り抜けることはできません。毒が乱反射するからとも言われておりますが、それを利用して、彼らが毒を飛ばしてきたら、すかさずガラスをかざして毒を跳ね返すのだそうです。
フランス・ブルゴーニュ地方にある聖マドレーヌ寺院には、巨大イナゴ?にまたがった騎士とバジリスクの対決が描かれておりますが、騎士は自分の眼前に巨大な水晶(ガラス)をかざしています。

もう一つがイタチをけしかけるというものです。バジリスクの毒は当然イタチも殺すのですが、イタチも死の間際、「最後ッ屁」でバジリスクを死に至らしめるので、両者相討ちとなります。


●バジリスクの薬草

バジリスクの毒はあらゆるものを石に変えますが、ヘンルーダという薬草はさしもの彼らも枯らすことができません。
ゆえに、バジリスク退治に向かう者はこの草を持つべきとされてきました。この草が果たして現実にある草なのか、それとも架空のものなのかは分かっていません。

なお、毒は視線を通じて体内に入り込むので、目の見えない者はこの毒にやられません。ゆえに、盲人はバジリスクを飼いならすことができると信じられました。

彼らの死体が強力な防虫剤・防獣剤となると言うのもよく聞かれる話です。
ペルガモン(トルコ北西部の街)では、この死体をアポロンとディアナ(アルテミス)の神殿に吊してみたのですが、そうしたら虫はおろか、蛇やスズメもまったく寄りつかなくなったそうです。


●文献に見るバジリスク
この怪物が文献に登場するようになったのは1世紀ごろ。ローマの博物学者プリニウス(大プリニウス)が著書「博物誌」で紹介したのが最初だと言われています。8巻33章には次のような記述があります。

「バジリスクはキュレナイカ(リビア)に産するトカゲの一種で、体長は12ディジット(24センチ前後)を超えない。

頭は王冠のような明るい白い印で飾られていて、シュッと音を立てることによってすべての蛇を敗走させるという。また、つねに身体の中央部を立てて進み、接触によってだけでなく、呼気によってすら藪を枯らし、草を焼き、石を砕く。

馬に乗った人間が一匹のバジリスクを槍で殺したところ、その毒素が槍を伝って乗馬者だけでなく、馬をも殺したという逸話が信じられている。
だが一方で、なぜかイタチに弱いらしく、バジリスクはイタチはその臭気でこれ(バジリスク)を殺し、同時に自身も死んでしまい、自然の闘争は終わるという」

一説には、ここで言うバジリスクとは従来の毒トカゲではなく、コブラのことを差しているのではないかと言われています。
確かに、どちらも強力な毒を持ち、音を立てて威嚇します。背中の紋様も王冠に似てなくもありません。あるいは、コブラではなく、アフリカには頭頂部に王冠のような模様を持つトカゲがいるので、それが元となっているという説もあります。

古代エジプトでは、バジリスクはイビスという朱鷺に似た水鳥の汚染された卵から生まれると考えられたので、人々はバジリスクの繁殖を防ぐため、イビスの卵を発見次第叩き壊したなんて話が残っています。


●中世のバジリスク

中世に入ると、古代にはなかった石化能力が付け加えられるなど、その怪物ぶりはますます際立っていきました。
他の幻獣と違い、トカゲ、蛇、鶏など身近な動物をモデルにしていたので、イメージ的につかみやすかったせいもあるかも知れません。

その恐ろしさから「悪魔」や「罪」の象徴とされ、それを退治する騎士や聖人の姿はしばしば絵画や説話のモチーフになりました。当時の建築物にもバジリスクを彫ったものがいくつか残っています。

16世紀の博物学者アンドロヴァンディの著した「蛇及びドラゴンの博物誌」では、バジリスクは全身が鱗で覆われた、王冠を被った8本足の鶏の姿をしています。
また、画家ギュスターヴ・フローベルの「聖アントワーヌの誘惑」にもこの怪物は登場しておりますが、こちらは大きな牙を持った蛇のような姿で描かれています。

アレキサンダー大王もこの怪物にはたいそう悩まされたようで、インドを攻めたとき、相手方にバジリスクが加勢したのでさんざんな目に遭ったと言います。
この時は、メデューサに相対したペルセウスよろしく、盾の中央に鏡をはめ込んだので、何とか視線を反射し勝つことができました。

教皇レオ4世のころ(9世紀半ば)にも、ローマの礼拝堂へバジリスクが侵入したため、多くの善男善女が死亡しています。
この時はレオ4世自身が祈りを捧げると怪物はすぐ死んだため、それ以上の被害が及ぶことはありませんでした。


●イメージの変遷

バジリスクのイメージは古代と中世で大きく変化しました。プリニウスの時代にはトカゲであったものが、中世期には「ニワトリと蛇の合いの子」が主流になります。

こうした「突然変異」の原因は、恐らくその名前にあると思います。バジリスクは別名コカトリス、バジリコックと称します。
コカトリスは古代スペイン語の「ワニ」を意味するココトリスCocotrizに由来するもので、英語のクロコダイルCrocodileと同系統の言葉ですが、このコカトリスとバジリスクの合わさったバジリコック(直訳すれば蛇ワニ)という呼称が、何かの拍子で「バジリ(蛇)」+「コック(雄鶏)」と誤解されてしまい、やがて蛇と雄鶏のハーフのようなイメージに変わっていったのです。
実際、16世紀に出版されたプリニウスの「博物誌」ドイツ語版でも、バジリスクは従来のトカゲではなく、雄鶏と蛇を合体させたような姿で描かれています。


●バジリスクの卵

この怪物は一般に「雄鶏」の生んだ卵をヒキガエルが温めることで誕生するとするとも、「老いた雄鶏が糞の上に生んだ卵」から生まれる」ともされています。

中世の古本「フィシオロゴス(動物寓意譚)」にはバジリスクの生態が詳細に綴られています。その卵のところを見ると、次のように書かれています。

「雄鳥が七年過ごすと、その腹に一箇の卵を生ずる。卵の存在を感じると、雄鳥は驚き、非常な不安に襲われる。
寝藁の上に隠れ場所を求め、足で地面を引っ掻いて、卵を産むための穴を掘る。ヒキガエルは嗅覚によって、雄鳥が腹の中に抱えている毒に気がつくと、雄鳥が卵を産むのを窺っている。
雄鳥が穴を離れると、ヒキガエルは直ちに卵が産まれたかどうかを見に行く。そして産まれていれば、卵を盗んで暖める。やがて付加して、そこから一匹の動物が誕生するが、それは雄鳥の首と胸、下半身は蛇のような動物である」

それにしても、雄鳥から怪物の卵が生まれるとはかなり奇妙な話です。
ただ、年老いた雄鳥が、内臓の不調から、しばしば小さな卵のようなものを産むことはあるそうです。むろん、受精しているわけではないのでこの卵から雛が孵ることは決してありませんし、割っても中身はありません。むしろ卵と言うよりは卵管結石に近いものと言えましょう。

この卵はイビツで小さく、ちょうど蛇かトカゲの卵のように見えるそうですので、意外とその辺りから、雄鶏が卵を生む→その卵は蛇の卵のようだ→これが伝承に言うバジリコック(バジリスク)の卵と言うものじゃないか?コック(鶏)だし→雄鶏と蛇のハーフ、というイメージが形成されたのかも知れません。



●亜種・別名など

バシリスク/バジリコック/コッカトライス/コカトリス/コカドリーユ

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