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2014年7月 3日 (木)

ベルゼブブBeelzebub

●地獄の宰相
恐らく悪魔に興味のある人で、このベルゼブブを知らない人はいないでしょう。ご存知「蠅の王」であり、地獄の最高幹部のひとりです。旧約聖書と新約聖書の双方に登場する数少ない存在でもあります。

蠅をはじめとする害虫の多くをその支配下に置き、向上心と羨望をつかさどり、地獄の空軍を統括します。
その地位と権限は悪魔王ルシファーに次ぐと言われ、「悪魔のかしら」「蠅王国の皇帝」「地下帝国の最高君主」といった尊称を与えられています。
言わば地獄の宰相であり空軍大臣。キリスト教徒やユダヤ教徒にとっては、いくら憎んでも憎み足りることのない、不倶戴天の敵のひとりです。

人望・能力・威厳すべてにおいて悪魔の中で群を抜いており、さしもの悪魔王ルシファーも、彼には一目も二目も置いています。
何か話を始めれば、周囲にあらゆる悪魔が集まって聞き入り、辺りはしんと静まりかえったそうです。

イギリスの詩人ジョン・ミルトンも、著書「失楽園」の中で彼を褒めちぎっており、それによれば、彼は「一国を背負って立つにふさわしい」存在であり、「荘厳で思慮深く、憂国の至情に満ちあふれ」「威厳に満ちたその顔にはまさに王者にふさわしい英知の輝きがまだ鮮やかに残って」いると述べています。


●高い館の王
このベルゼブブも、最初から悪魔であったわけではありません。元々はカナン人(パレスチナ人)の間で信仰されていた神のひとりで、かなり広くその信仰を集めていたと言います。ベルゼブブという名も本来は「バアル・ゼブルBaal-Zebul」で、その意味するところは「高い館の王」もしくは「いと高き王」です。恐らくはカナン人の神バアルの尊称の一つではなかったかと考えられています。
ヘレスポントス地方(トルコ西部)の豊穣神プリアポスやスラボニア(クロアチア東部)の「白い神」ベルボグと同一視する学者もいます。

もっとも、この「いと高き王」という尊称は賢王ソロモンを連想させると言うことで次第に「蠅の王」を意味する「バアル・ゼブブBaal-zebub」と言い換えられるようになりました。蠅の王と言っても、この当時はさほど悪いイメージはなく、「蠅を追い払う王」もしくは「蠅を使役する王」みたいなニュアンスです。

今でこそ蠅は邪魔な虫、不吉な虫として見られていますが、肉から自然に発生するというところから、昔は霊魂の象徴として考えられたこともあったそうで、しばしば崇拝の対象にもなりました。ローマやシリアなどの地にはこの虫に生け贄を捧げるための神殿がいくつか建てられたそうです。


●悪霊の王
ところが、ユダヤ教が勢力を拡げ始めたころから状況は一変します。
決して悪いイメージではなかった蠅が悪霊の権化と考えられるようになり、ベルゼブブ自身も悪霊を操る悪い魔神と見なされるようになったのです。
その背景には、カナン人と敵対するユダヤ教徒、キリスト教徒が、バアルやベルゼブブといったカナン系の神々をことごとく「悪魔」と見なしていったことも大きく影響しているようです。

旧約聖書の「列王記」には、イスラエル第8代の王アハジヤがベルゼブブの力を借りようとして、預言者エリヤにたしなめられるというエピソードが収められています。
部屋の欄干から落ちて怪我をし、それがいつまで経っても治らないので、当時広く支持を集めていたベルゼブブに治るかどうかを占わせようとしたのです。

エリヤはそれを聞いて「イスラエルにも神はいるのに、何でベルゼブブみたいな邪神に占わせようとするかなあ」と嘆きました。
そして、王に向かって冷たく宣告します。
「そんなに我らの神が信じられないのなら、もう怪我は治りませんよ」

果たしてアハジヤは、それから2年も経たないうちに世を去ってしまいました。


●新約聖書に見るベルゼブブ
この悪魔は新約聖書にもその名が登場します。「マタイによる福音書」には、イエス・キリストがベルゼブブを「悪霊の頭(かしら)」と呼んでひどく攻撃する場面が出てきます。

「もし家の主人がベルゼブル(ベルゼブブ)と言われるならば、その家の者どもはなおさら、どんなにか悪く言われるであろう」(マタイによる福音書第10章)

また、「ルカによる福音書」は、こともあろうにイエス・キリスト自身が、心ない人によってベルゼブブ呼ばわりされるエピソードが所収されています。
イエスの一団が各地を巡って奇跡を起こしていたところ、それを見ていた人が「こんな次々に奇跡を起こせるのは、悪霊の頭たるベルゼブブしかいない。あいつはベルゼブブの力を借りているのだ!」と叫んだのです。

しかし、イエス・キリストは慌てず騒がず答えます。

「どんな国でも内紛が起これば自滅する。どんな家庭でも内輪揉めをすれば家族は倒れてしまう」(ルカによる福音書第11章)

ベルゼブブの目的は世に害毒をはびこらせること。彼の力を借りて奇跡を起こしているのなら、世の中を良くすることに手を貸しているわけで、おかしくありません?……ということです。


●冥府とイエスとベルゼブブ
新約聖書外典の「ニコデモ福音書」によれば、イエスの言葉でいたく傷ついたベルゼブブは、ユダヤ人たちをそそのかして彼を磔刑台に送ります。
そして、冥府の管理者(以下冥府)に命じて「ヤツが来たら二度と外へ出すなよ」と念押ししました。徹底的に「敵」の影響力を削ごうと言うのです。

ところが、この目論見はあっさり失敗に終わります。
昇天したイエスは、神の威厳を持つ「栄光の王」に変身したのです。彼がやって来ると、余りの威光に冥府の門は跡形もなく粉砕され、冥府はその迫力にあっさり白旗を挙げました。

冥界に繋がれていた死者もこれ幸いと次々に壊れた門から出て行きます。後に残ったのは、冥府とベルゼブブとその配下たち。冥府はすっかり頭を抱えてしまいました。

「ベルゼブブのせいでムチャクチャだあ……ッ!!」

さて、イエスはベルゼブブの方へ向き直ります。ベルゼブブは抵抗しますがあっさり押さえつけられました。そして、冥府に対し次のような命令を下します。

「この者(ベルゼブブ)を、私が次に来るまでずっと鎖で繋いでおくように!」

ここで言う「次に来るまで」というのは「最後の審判」のこと。
このようなわけで、ベルゼブブは今も冥府の中で鎖に繋がれたままでいると言うことです。


●ベルゼブブの姿
ベルゼブブはさまざまな姿に変身しますが、一般に知られるのは巨大な蠅の姿です。他にも巨大な子牛(?)や牡山羊の姿で出現するようで、ゲーテの「ファウスト」では「牛の姿で、耳はおどろおどろしく、髪は色とりどりで竜の尾を持つ」と表現されています。
「青髭」で有名なフランスの貴族ジル・ド・レエは「ヒョウの姿」と述べておりますが、その根拠は不明です。いずれにしても、怖い悪魔であることに代わりはなく、怒ると炎を吐き、狼のように吠えると言います。

パランジェーヌの著書「ゾディアコ・ヴィテ」の記述をそのまま借りれば、この悪魔は「途方もなく巨大で、その腰かける玉座も巨大、額には火の帯を巻き、胸は厚く膨れ、顔はむくみ、目はぎらつき、眉は吊り上がり、威圧感にあふれる風采」であると言います。

また、「鼻孔は極度に広く、頭には二本の大きな角がある。肌はマウル人(アフリカ人)のように真っ黒で、両肩には蝙蝠に似た大きな翼が生えている。大きな両足はアヒル、尾はライオン、全身を長い毛が覆」っています。
あまりに描写が細かすぎてかえって分かりにくい感じもしますが、キマイラ(キメラ)の要素を持ったイフリート(炎の魔神)をイメージすると分かりやすいかも知れません。



●亜種・別名など
ベルゼブル/ベルゼビュート/ベールゼビュート

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