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2014年7月

2014年7月 6日 (日)

バシンBathin

●愛想の良い悪魔
バシンはバティン、バティム、マティム、マルティムなどさまざまな異名を持つ悪魔です。
地獄の公爵(あるいは大公)であり、ソロモン72将のひとりです。偽エノク書の目録にも名前が記載されています。悪霊の30個軍団を率います。

蛇の尾を持つたくましい(または死体のような)男の姿で現れ、蒼ざめた馬に乗っています。

薬草や宝石の効能を見抜き、「完成」「成功」「頂点」「終点」をつかさどります。

召喚されると、術者を乗せて空を飛び、みるみるうちに遠くまで運ぶことができます。

また、地獄の業火に対し我慢強く、火の源の一番深い区域にいて、ルシファーの側近としてかいがいしく仕えているそうです。素早さと愛想の良さには地獄の中でも並ぶ者がない、ともされています。



●亜種・別名など
バティン/バティム/マティム/マルティム

ゾンビZombie

●ブードゥーの精霊
ゾンビは映画や小説などでお馴染みの「生ける死体」です。
術者が復活の儀式を行ったか、あるいは別の理由があるかなどで、身体は死んだまま復活を遂げ、術者(死霊術師、ネクロマンサー)の命令に従って他の人間を襲ったり、簡単な仕事をしたりします。
時には自分の意思で動き、術者自身をも殺してしまうような場合もあります。

このゾンビが実在すると言うと、驚く人も多いかも知れません。
正確には、ゾンビと呼ばれる人間が実在する、と言うべきでしょうか。
カリブ海に浮かぶ島ハイチ。その住民の間で信じられている民間信仰ブードゥー。

ゾンビとはもともと、そのブードゥーの秘法によって蛇の精霊ズンビーを憑依させた「死体」のことを差し、ゾンビ化された人間は司祭である黒魔術師(ボコール)の意のままに動きます。

かつては結社(コミュニティ)の掟を破った者や、犯罪をおかしたアウトローなどに多く施されていたようで、今でもしばしばゾンビ化された人の話を聞きます。


●ゾンビパウダー
もちろん、ゾンビが実在すると言っても、本当に死体に精霊を憑依させているわけではありません。

生きた人間を仮死状態にした後、「自分は死んでいる人間なのだ」「黒魔術師(ボコール)の言うことには逆らえないのだ」と強い暗示をかけているだけです。
だから、普通にものを食べますし、夜には寝ます。受け答えも(術者が許せば)きちんとできます。事故か病気かで本当に死んでしまえば、二度と復活することはありません。

この秘術には「ゾンビパウダー」という特殊な粉を使用します。
この粉にはフグ毒として有名な「テトロドトキシン」が含まれていて、服用した人間は意識ははっきりしているのに身体が動かなくなる、いわゆる金縛り状態に陥ります。
黒魔術師はその状態で暗示をかけ、身体の自由と引き替えに懲役などの刑罰を課したわけです。

だから、ハイチの人々は、今もこのゾンビ化の秘法を非常に恐れています。いつ自分がゾンビにさせられるか分からないからです。私たちが懲役刑や終身刑を恐れているのと一緒です。


●復活する死体たち
このように、ゾンビとは、比較的素朴な秘法のひとつに過ぎませんでした。それなのに、何故死体が蘇って人間を襲うような、非常に恐ろしいイメージを持つようになったのでしょうか。

それは、恐らくG・ロメロ監督の名作ホラー映画「ゾンビ(原題:Night of the Living Dead)」の影響によるものでありましょう。
この映画は三部作まで作られ、人気を博し、世界中にゾンビの名を轟かせました。

さらに、その設定を生かした小説・ゲーム・漫画が作られたり、世界中に点在するヴァンパイアやグール(生ける死体)の伝承と混同されたりして、次第にゾンビ=人間を襲う生ける死体のイメージが広まっていったのです。
むろん、本来のゾンビにそのような性質はありません。

なお、「ゾンビ・カクテル」と言われるものがありますが、これは怪物のゾンビとは関係なく、ラム酒とオレンジジュースを混ぜてシェークしたカクテルのことです。

名前の由来は、口当たりが非常に良いので飲み過ぎてグロッギーになるからとも、あまりに美味しすぎるため、マイケル・ジャクソンの「スリラー」よろしく、死体が起きあがって踊り出すからとも、あるいはオレンジ色のあの色調がゾンビの肌の色を連想させるから、とも言われています。



●亜種・別名など

リビング・デッド(生ける屍)/腐った死体/疆屍(キョンシー)/グール

ゼウスZeus

●ギリシア神話の最高神
ゼウスはギリシア神話の天空神にして最高神です。
その名前は「天」「昼」「光」を意味する印欧古語に由来します。

ローマ神話のユピテルJupiterに当たり、英語ではジュピターと呼ばれます。その名はまた木星に与えられています。

同じ天空神でも、天のみを支配するウラノスとは違い、種々の気象的現象(雨、風、雷など)を生ずる空の神であり、同時に地上の神でもありました。同時に、人間社会の秩序を守る、全ギリシアの守護神でした。

彼の聖獣は鷲であり、聖木はオーク(ナラ、カシ類)の木です。
生け贄には山羊、牡牛、牝牛が捧げられました。武器は雷霆(らいてい)であり、彼の像は片手に雷霆、もしくは王笏を持った姿で表されます。


●ゼウスの生い立ち
ゼウスはクロノスとレアの息子の末子であり、父クロノスの乱心を避けて、クレタ島のアンガイオン(異説あり)の洞窟で生み落とされました。

妖精(ニンフ)もしくは牝山羊のアマルテイアの乳を与えられて育てられ、成長した彼は、クロノスの腹の中から兄弟姉妹を取り返して、クロノスらをはじめとするティタン神族に戦い(ティタノマキア)を挑みます。

結果は、10年かかったものの、ヘカトンケイル族やキュクロプス族を味方につけたゼウス側が勝利します。

その後、兄(弟という説もあり)のポセイドン、ハーデスとともに、どちらがどこを支配するか、くじ引きを行ったところ、天界を支配することが決まったので、ウラノス、クロノスに続くゼウスの世界支配がなりました。


●ゼウスと怪物との戦い
しかし、世界支配がなっても、安心はできませんでした。
ガイアが我が子を倒した孫(ゼウス)を恨んで、ギガース(巨人族)をけしかけてきたからです。

ギガースは父クロノスが祖父ウラノスの一物を切り落とした時、その血が地面(ガイア)にしたたって生まれた子供です。いわば、彼は叔父らに戦い(ギガントマキア)を挑まれたのです。
この時も、彼は我が子ヘラクレスの協力を得て、何とか巨人族を撃退します。

それでもなお、憤懣(ふんまん)やるかたない祖母(ガイア)は、最後にガイアとポルキュスの子供であるテュポンをけしかけます。
その余りの恐ろしさに、他の神々はみな逃げ出してしまいましたが、ゼウスは単身戦いを挑みます。この戦いに名前はついていません。結果は、雷霆(らいてい)で圧倒したゼウスの勝利でした。

こうして、三度の戦いに勝利したゼウスは、神々の長としての地位を不動のものにします。


●浮気性の神
ゼウスは浮気性の神としても知られます。

あちこちの女神や妖精(ニンフ)、人間の女性に手を出しては、正妻ヘラの嫉妬を受けて女性が受難を受ける、というパターンがほとんどです。

これは、かつてのギリシア名家・王家が、ゼウスに祖先を求めたり、異民族の神話体系がギリシア神話に取り込まれたりした結果だと言われています。
名家・王家はゼウスに連なる家系であることを主張することで、支配権の確立を狙い、異民族はギリシア神話の最高神と繋がることで、ギリシア人への同化を行ったのです。

ですから、彼は厖大な数の子供を残したことになっています。主な子供をざっと挙げただけでも次の通りです。

(対アイギナ)=アイアコス
(対アルクメネ)=ヘラクレス
(対アンティオペ)=アムピニオン、ゼトス
(対イオ)=エパポス
(対エイリュメ)=カリテス
(対エウロペ)=ミノス、ラダマンテュス、サルペドン
(対エレクトラ)=ダルダノス、イアシオン、ハルモニエ
(対カリスト)=アルカス
(対セメエ)=ディオニュソス
(対ダナエ)=ペルセウス
(対タユゲテ)=ラケダイモン
(対テミス)=ホライ、モイライ
(対デメテル)=ペルセポネ
(対ニオペ)=アルゴス、ペラスゴス
(対プルート)=タンタロス
(対ヘラ)=ヘベ、エイレイテュイア、アレス、ヘパイストス(*異説あり)
(対マイア)=ヘルメス
(対メティス)=アテナ
(対レダ)=ヘレネ、ディオスクロイ
(対レト)=アポロン、アルテミス


●ゼウス信仰
ゼウス信仰は古代ギリシアの先住民族、ペラスゴイ人の時代にまでさかのぼると言われています。ゼウスの神域にはオリンピア、そしてドドナが挙げられますが、ドドナはペラスゴイ人の神域でもありました。

彼は当初から諸王における大王の如く、全部族の神の長としての役割を与えられており、ギリシアで王制がすたれた後も、大はポリス、小は個人の権利と自由を守る存在として信仰を集め、紀元前5世紀ごろには、ほぼ全知全能の存在として崇められるに至りました。

予言も彼の重要な職掌のひとつとされ、ドドナで行われる予言、あるいはアポロンの神託で有名なデルフォイで行われる予言は、ゼウスがオークの木のささやき、またはアポロン神の口を借りて行うものだとされました。

ゼウスはまた、最初に述べたように、天候と気象をつかさどる存在として崇敬されたので、霧や雲が発生しやすい場所、たとえば高山の中腹や頂上に、彼に捧げる神殿がいくつも造られたと言います。神々が棲むと言われるオリュンポス山もそのひとつです。



●亜種・別名など
ユピテル/ジュピター

ゼパルZepar

●真紅の悪魔
ゼパルは地獄の大公爵にして、29の悪霊軍団を率いる有力な悪魔です。一般に赤い鎧の兵士姿で現れますが、なぜか足を引きずっています。
ソロモン72将のひとりです。

女性の心を、特定の男性に対する恋の炎で燃え上がらせることができ、また、その手で触れるだけで相手を不妊にすることが可能です。

「小心」「強欲」「吝嗇(りんしょく)」をつかさどります。


●亜種・別名など
ゼパール

ザガンZagan

●有翼の牡牛
ザガンは地獄の大王にして総裁です。30の軍団を従え、グリフォンの翼が生えた牡牛の姿で顕現します。
人間時(?)の姿は黒・赤・白の3つの胴体を持った奇妙な格好です。ソロモン72将のひとりとされています。

錬金術にたけており、血を油に変えることができ、他にも水をワインに、ワインを水に(または血に)変えることが可能です。

また、一時的にですが、愚者を賢者に変えることもできるようです。鉛を銀に、銅を金に、そしてあらゆる金属を貨幣にするとも言われています。



●亜種・別名など
ザガム

ワイバーンWyvern

●ヨーロッパのドラゴン
ワイバーン(ワイヴァーン)はヨーロッパの伝承に登場するドラゴンの一種です。
その名前は「クサリヘビ」を意味する言葉から来ていると言われ、一説には、フランスのドラゴンであるヴイーヴルがイギリスに渡って変容したものと考えられています。

ワイバーンはフランスやイギリスの動物寓意譚によく登場し、その姿は頭がドラゴン、身体はヘビ、翼はコウモリで、2本の足を持ち、尻尾はモリのように尖っているとも、トゲが生えているとも言われています。

普段は陸の上に住んでいますが、湖にも現れることがあると言われ、その場合は足に水かきが生えています。
食性は肉食で、出合ったものは何でも滅ぼすとも言われています。

中世以降にはその雄々しい姿から、しばしば紋章のモチーフにも採り入れられました。ちなみに紋章学では「敵意」を表すともされています。



●亜種・別名など
ワイヴァーン

ワームWorm

●イングランドのドラゴン
ワームはイングランドのドラゴンの名前です。
その名は中世ノルウェー語で「蛇」ないし「ドラゴン」を意味する言葉から来ているとも言われますが、はっきりとは分かっていません。
主にヴァイキングが住んでいたイギリス北部・東部地方でその実在が信じられました。

その名前からも想像できるように、ドラゴンとは言っても、無翼、無肢の蛇のような身体をしています。
時に角を持っていたり、目や牙が突き出ていたりするものもあるようです。
口からは炎や悪臭を放ち、身体を斬られてもすぐに元通りになる性質を持っています。あるいは、槍をも受け付けない硬い鱗に覆われているという説もあります。


●邪悪なドラゴン
ワームの性質は邪悪で、常に悪意を持っています。
驚くべきスピードで動くことができますが、他のドラゴンにあるような超自然的な力はほとんどありません。英雄にいともあっさりに退治されるのは、たいていこのワームです。

普段は悪臭を放つ沼地やじめじめした湿地に棲み、通りがかる者を襲って呑み込もうとします。また、湖や川、海へ棲む者もあるようです。


●ラムトンのワーム
ワーム伝説の中で有名なのは、「ラムトン(ランプトン)のワーム」と呼ばれるものでしょう。

ある日、ラムトンという若い郷士が、川で釣りをしていたところ、小さく奇妙で、手も足もない、不思議な虫のものを捕まえました。
「何だこれは?」と思いましたが、大したもののように思えません。若者は無造作に、その辺の井戸へ投げ捨てました。

やがて若者は成長し、十字軍遠征に参加します。戦い終えて故郷に帰って見たものは、あの奇妙な虫がワームとなって巨大化し、周辺の村々や家畜を襲い、暴れ回っている姿でした。
「これは放っておけない」と、ラムトンはワーム退治を決意します。

いざ剣を構えてワームに斬りつけますが、そのそばから、ワームの傷がみるみるうちに治ってゆきます。
これは一筋縄ではいかない、と悟ったラムトンは、魔女の助言から、はりねずみのような刃をつけた鎖かたびらを作らせます。そして、それを着てワームの棲む川へと向かいます。

角笛を吹くと、ワームはすぐさま襲ってきました。そして、若者をその身体で縛り上げようとします。
ところが、全身につけられた刃によって、ワームの身体は逆に切り刻まれてしまいました。やがてワームは自己修復能力を発揮することができず、死んでしまいます。



●亜種・別名など
ウィーウイルメック/ワルム/オルム/キチ・アトハシス/ストールワーム/ペイスト/ミズガルズオルム/ラムトンのワーム/リンドオルム/リントンのウォード・ワーム/レイドリー・ワーム/ローズリー・ワーム

ウィル・オー・ザ・ウィスプWill o' the wisp

●妖精の炎
明かり一つない夜、外を見つめていると、しばしば不思議な光が見えることがあります。まるで生きているかのようにゆらりゆらりと漂うと思えば、ふっと突然消えたり、あるいは突然別の場所に瞬間移動していたりします。

こうした現象は世界中で広く目撃されているもので、日本では「鬼火」「狐火」、ヨーロッパでは「ウィル・オー・ザ・ウィスプ」「イグニス・ファトゥス」などと呼ばれました。

その実態は、ご存知の方も多いように、地中から噴き出してきたメタンやリンなどの腐敗ガスに引火したもの、あるいは球電と言う稲妻の一種に過ぎないのですが、昔の人々はそれを「妖精(妖怪)が自分たちを化かそうとしているのに違いない!」と考えました。

「イグニス・ファトゥスIgnis Fatuus(愚かな火、愚者火)」や「狐火」といった名前はそんなところから来るものですが、墓場などでもよく目撃されることから、死者の魂が拠りどころを求めて彷徨っているとする考え方も結構根強く残っています。


●戒めの火
この不思議な火はしばしば戒めを持って私たちの前に表れます。
その戒めとは、目の前に出てきても、それを「絶対に」追いかけてはならないということ。追いかけたら最後、底なし沼か崖まで誘い込まれ、二度と戻ることはできません。

実際、夜に突然見える灯は危険のシグナルであることが多いのです。異邦人や盗賊たちが入り込んで暮らしていたり、底なし沼のメタンガスに引火していたり、山火事の発生の前兆であったり……。

死者の霊が冥府の口を開けている場合もあるので、いずれにしても迂闊に近づくと大変な目に遭います。


●鍛冶屋のウィルの伝説
それにしても、ウィル・オー・ザ・ウィスプWill o' the wispとはなかなかけったいな名前ではありますが、これは「種火のウィル」を意味します。なぜ不思議な火がウィルの種火なのか、それについては次のような話が残っています。

むかしむかし、あるところに鍛冶屋のウィルという男がいました。
彼は口は上手いが素行が非常に悪く、トラブルを起こして恥じ入るところがありません。そして、ある時それが原因で人と喧嘩をして、ついに殺されてしまいます。

死んだウィルは一旦「死者の門」まで辿り着き、聖ペトロの前に引き出されました。
この人物は死者の言い分を聞いて、天国に相応しいかそれとも地獄へ行くべきかを裁定する役割を持っています。
ウィルはここで持ち前の調子良さを発揮して、まんまとこの聖者を言いくるめ、何と生き返ることに成功してしまいます。

しかし、せっかく生き返ったのに、その性格は全く治らなかったので、二度目の死を迎えたとき、聖ペトロはやれやれと言った感じで言い放ちます。

「お前はせっかく生き返らせたのに、ちっとも良い行いをしなかったではないか。お前のような奴は地獄に入れるのすらもったいない。天国でも地獄でもない世界にとどまり続けるが良い!」

かくて、死者の門は目の前で閉ざされます。ウィルは後悔しましたが後のまつり。天国でも地獄でもない「煉獄(れんごく)」を彷徨うことを運命づけられます。

悄然として、とぼとぼと歩くウィルの姿を見て、さしもの悪魔も同情し、地獄の劫火の中で燃えさかる石炭をひとつ取り出し、ウィルに明かりとして与えました。

ウィルはそれを持って、今も現世と冥府の間を彷徨い続けています。
現世にも現れることがありますが、死んでいるので身体は見えず、種火の光がぼんやりと見えるのみです。そして、懐かしそうにうろうろと彷徨った後、再び煉獄へと戻っていきます。

こうした話から、夜中に不思議な光が見えるのを、哀れなウィルの姿になぞらえて「種火のウィル」、すなわち「ウィル・オー・ザ・ウィスプWill o' the wisp」と呼ぶようになったと言います。


●ウィル・オー・ザ・ウィスプのバリエーション
この不思議な光は、異名が他の怪物に較べ非常に多いことでも知られます。

さきに挙げた「ウィル・オー・ザ・ウィスプ」「イグニス・ファトゥスIgnis Fatuus」の他に、ウィル・ウィズ・ザ・ウィスプWill with the Wisp(種火を持ったウィル)、ジャック・オー・ランタンJack o' lantern(ジャックの角燈)、ヒンキー・パンクHinky-Punk(妖精の付け火)、ピンケットPinket(妖精のようなもの)、エルフ・ファイアーElf fire(妖精火)、ジル・バーント・テイルGyl burned tail(火付き尻尾のジル)など。
日本でも「人魂(ひとだま)」の他に「鬼火」「狐火」「不知火(しらぬい)」などの呼び名があります。

これは、この不思議な火が、いかに人々の間で「一般的な」存在として認知されてきたかというものを示しており、いかに多くの人々の中で語り継がれてきたかを表わすものでもあります。



●亜種・別名など
人魂(ひとだま)/鬼火/狐火/狐火/不知火(しらぬい)/セントエルモス・ファイアー(セントエルモの火)/イグニス・ファトゥス(愚かな火)/ウィル・オー・ウィスプ(種火のウィル)/ウィル・ウィズ・ザ・ウィスプ(同)/ウィリー・アンド・ザ・ウィスプ(同)/ウィル・オー・ザ・ワイクス(同)/ウィリー・ウィスプ(種火のウィリー)/ジャック・オー・ザ・ランタン(ジャックの角燈)/ジャッキー・ランタン(同)/ジャック・ア・ランタン(同)/エサスダン(エルフ)/ヒンキー・パンク(妖精の付け火)/ジル・バーント・テール(火付き尻尾のジル)/キット・ウィズ・ザ・キャンドルスティック(蝋燭立てのキット)/ペグ・ザ・ランタン(ペギーの角燈)

ワイルド・マンWild Man

●中世ヨーロッパの「野蛮人」
ワイルド・マンはフランスの中世伝承に登場する「野蛮人」の名前です。
その名の通り、自然の中に生き、手には「野生」の象徴である棍棒を持ち、全身は毛むくじゃらです。

フランス語ではオム・ソバージュHomme sauvage、イタリア語ではウォーモ・セルバティコUomo selvatico、ドイツ語ではヴィルダー・マンWilder Mannと呼ばれますが、意味は「野生の人びと」で共通しています。

とある伝承によれば、深い森の中に棲み、人語を解さず、毛深く、怪力を持つとされています。
一説には、アジア・アフリカに棲む類人猿の存在が曲解されてヨーロッパに伝わったものだと言われていますが、キリスト教外の人びとを象徴するものだとする研究者もいるようです。

ワイルド・マンの存在は中世を通じて人びとの人口に膾炙(かいしゃ)し、宮廷ではワイルド・マンの格好をした人間が参加者を驚かす趣向が凝らされました。
さらに、ドイツやスイスなどでは、祭の仮装行列の中にワイルド・マンの格好をした人間がまぎれ込むことがあり、今でもバーゼルの祭などでは、行列の中にワイルド・マンの存在を認めることができます。

中世の紋章や寓意図にもワイルド・マンは登場し、特に盾を支えるワイルド・マンの紋章は「友軍」の象徴として認識されていたようです。



●亜種・別名など
オム・ソバージュ/ウォーモ・セルバティコ/ヴィルダー・マン

ワイトWight

●魂魄(こんぱく)の怪物
ワイトを一口で言えば、死体に乗り移る悪霊です。金色に光る魂魄(こんぱく)の姿で現れ、死体に乗り移ってはそれを動かします。そして、通りがかる者を襲い、その精気を吸い取ります。

吸い取られた者は卒倒し、ひどい時には死んでしまうこともあると言います。なお、ワイトに乗り移られた者は身体の周りがぼうっと黄色く光るという特徴があります。

もともとこの怪物は、民間伝承に基づくものではなく、J・R・R・トールキンの「ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)」に出てくるもので、名前を「塚人(バロー・ワイツBarrow Wights)」と言うのですが、なぜか上半分が省略され、単に「ワイトWight」と呼ばれるようになりました。


●塚人(バロウ・ワイト)たち
塚人は、ホビット庄の南、古墳山に棲む怪物です。古墳山は人間の王が葬られた神聖な場所だったのですが、そこに、魔王の王国アングマールから拷問を受けた恐ろしい悪霊どもが大挙してやって来て、太陽の光を避けるためにちょうどそこにあった王の死体に入り込みました。
そして、死体は旅人を襲う恐ろしい怪物になったのです。

塚人は意志をくだく暗黒の存在であり、どんな姿にもかたちを変えることができます。冷たく光る目をしており、その声は身の毛がよだつほど恐ろしい響きをそなえ、同時に相手を眠らせる効果があります。

この塚人に捕らえられたら一巻の終わり。墓の下に連れられて、祭壇に寝かせられ、いけにえの剣を身体に突き立てられ、殺されてしまうのです。しかし、太陽の光に弱く、ひとたび彼らの頭上に光が差せば、叫び声とともに消えてしまいます。

ホビットのフロド一行も危うく古墳山を通りかかったとき、この塚人に拉致されかけたのですが、持ち前の勇気で何とか辛くも脱出しています。


●ワイトと妖精
ワイトと言う言葉は古代ドイツ語の「人」を意味するウィヒトWichtに由来するもので、それ自体に「不思議な住人」「精霊」と言うニュアンスがあります。日本語で言えば「山男」みたいなものでしょうか。
山男にも、単なる登山者や山で暮らす人という意味のほかに、人間ではない山の精霊と言った響きがあります。

14世紀には妖精を差す言葉としてしばしば引用されたようで、中世の代表的な物語集「カンタベリー物語」にも、「あなたをエルフやワイトから守ってあげる」という言葉が残っています。



●亜種・別名など
ウィヒト/ウンセーレー・ウィヒト/バロウ・ワイト(塚人)

ワーウルフWerewolf/ライカンスロープLycanthropy

●オオカミ人間
ワーウルフはヨーロッパの伝承に登場する怪物の名前です。「ワーウルフ」という名前を知らなくても、「オオカミ男」という名前を聞いたことのある人は多いのではないでしょうか。

ワーウルフはその名から連想されるように、「オオカミに変身する」能力の持ち主で、中世を通じて広くその実在が信じられた存在のひとつです。
普段は人間として暮らしていますが、夜になると突然ケモノに変身し、人びとを襲います。「ワーウルフ」の名は古代ゲルマン語で「人」を意味するWerazと、「オオカミ」を意味するWulfがくっついたもので、そのまま「人狼(じんろう)」を意味します。
「ライカンスロープLycanthropy」の名で呼ばれることもありますが、これはギリシア語で「オオカミ人間」を意味する言葉から来ています。

その原型については、ギリシア神話において、ゼウスにオオカミへと変えられたリュカオン王に求める向きもありますが、民間伝承の中に定着したのは12~13世紀ごろと言われ、数ある「怪物」の中では比較的新参の位置に属します。

オオカミ憑きについては、1世紀ごろのローマの著述家プリニウスの「博物誌」にも登場しますが、彼はこの存在を「呪い」の一種とみなし、信ずるに値しないものとして一蹴しています。


●変身する人間
人間がケモノに変身するという伝説は世界中に散在し、日本でも「狐憑き」の例が知られていますが、ヨーロッパではもっぱらオオカミに変身するのが一般的だったようです。

変身には2種類あり、ひとつは完全にオオカミの姿になってしまうというもの、もうひとつはオオカミのように毛むくじゃらになるというものです。
いずれの場合も、人間としての理性は失われ、凶暴化し、人びとを襲います。

また、ワーウルフに傷つけられた者が、新たなワーウルフになるという伝説も広く信じられ、人びとはこの怪物をひどく恐れました。

恐らくは、オオカミや野犬から移される「狂犬病」の伝承が、何らかの形を経てワーウルフ伝説へと昇華したのでしょう。凶暴化、伝染性という部分は、狂犬病の症状・性質と一致するからです。

中世以降、ヨーロッパを中心として魔女裁判が行われたことはよく知られていますが、その際に、ワーウルフもキリスト教にあだなす存在として、裁判の俎上にしばしばのぼったと言います。


●現代の人狼たち
人間が怪物に変身するというモチーフは、現代になっても脈々と映画や漫画・小説の中で受けつがれ、さまざまな作品を生み出してきました。
とりわけ近年は、「凶暴化する」という部分が取り除かれ、人間と獣の良いところを取った作品・イラストなどが目立ちます。
モチーフの美しさもさることながら、狂犬病の脅威が去り、オオカミ人間の実際的な「怖さ」が薄れてきたのも、理由のひとつでしょう。

また、ゲームなどの影響から、「ワーベア(熊人間)」「ワーキャット(猫人間)」などのバリエーションが生まれました。最初から獣と人間がくっついたデミヒューマン(半人間)的なものも一般化しつつあります。



●亜種・別名など
ワーベア(熊人間)/ワーキャット(猫人間)/ワータイガー(虎人間)/ライカンスロープ

ウアルVual

●愛の悪魔
ウアル(ウヴァル)は地獄の公爵です。
ソロモン72将のひとりであり、偽エノク書にその名前が記載されているデーモンでもあります。地獄の37個軍団を指揮します。

巨大なヒトコブラクダあるいはフタコブラクダの姿で現れますが、人間に変身すると、白花冠をかぶり、弓を持つ男性の姿になります。
あまり巧くないエジプト語を操るので、エジプトの霊と見なされる場合もあるようです。有名な魔術師アレイスター・クロウリーによれば、現在は標準語のみならず方言も操ると言います。

召喚すればどんな女性の愛も勝ち取ってくれるといい、友人間の不和の調停も行います。「愛」「寛大」「官能」「幸運」をつかさどり、また、過去と未来を占います。

かつては、同じソロモン72将のひとりで天使だったゴモリーの従者でしたが、ルシファーが天界に叛旗を翻した時、ともに参戦して、そのまま上司とともに悪魔となりました。


●亜種・別名など
ウヴァル

ヴイーヴルVouivre

●半人半竜の怪物
ヴイーヴル(ウイヴル、ウィーヴル)は上半身が豊満な体つきの女性、下半身が翼の生えたドラゴンという姿の怪物です。
炎の身体で表現される場合もあり、主にフランスの城跡や修道院跡などに棲み、財宝を守護しています。

目はルビーかガーネット、もしくはダイヤモンドでできていると言われ、その光で闇の中を飛び回ります。これらの宝石は取り外すことができ、川で水を飲む時や寝る時には外して脇に置きます。
この宝石を人間に取られてしまうと、目が見えなくなるとも、死んでしまうとも言われています。


●フランス版ワイバーン
ヴイーヴルの伝承は、主にフランス各地に残っていますが、ドイツやスイスでもヴイーヴルに似た話を聞くことができます。いずれの地でも、雄はおらず、雌だけで構成されているとされています。

教会装飾として彫られることもあり、フランスの修道院の中には、柱頭にこの怪物があしらわれているものが散見されます。恐らくはガーゴイルのような効果を狙ったものではないでしょうか。

一説には、ヴイーヴルはイギリスのワイバーンと同じものであるとも言われています。実際、フランス中部の都市ヌーベルでは、ヴイーヴルはワイバーンと同じものとして扱われました。

この怪物は紋章にもあしらわれることがあり、その場合は上半身だけを外に出した子供をくわえ、身体をくねらせたフォルムで描かれます。
そのため、同じ半人半竜の怪物メリュジーヌと同一視されることもありました。「母性」の象徴と考えられることもあったようです。



●亜種・別名など
ウイヴル/ウィーヴル

ヴィネVine

●獅子頭の悪魔
ヴィネは地獄の大王にして伯爵です。黒い馬にまたがり、片手に毒蛇をまとわりつかせた、獅子頭の悪魔の姿で登場します。
ソロモン72将のひとりに数えられる有力者であり、19個の軍団を率います。

その職能は、魔女や魔法使いの正体を暴き、過去・現在・未来の占術を行うことです。

術者の命令を受けて堅固な城を建築し、また、戦争では相手の城の石垣を壊します。海上にあっては大嵐を呼び寄せ、敵艦を沈没させることもあるようです。

人間の姿を取る時は、鎖かたびらを着て、弓矢で武装した男性の姿になります。

つかさどるものは「破滅」「無礼」「侮蔑」「粉砕」です。

ルシファーが天界に叛旗を翻した時には、ルシファー側の前線指揮官として活躍し、正面突破やしんがりの戦いを得意として、「大王」の名に恥じぬ戦いぶりを見せました。



●亜種・別名など
ウィネ/ヴィヌ

ヴェパルVepar

●人魚の悪魔
ヴェパル(セパル)は地獄の有力な公爵のひとりです。「海洋公」の名前を持ち、ソロモン72将のひとりに数えられます。人魚の姿で現れ、髪は長く、ウロコはエメラルド色に光っています。

海では万能に近い能力を持っており、風を起こしたり、視界を悪くしたり、幻を生じて大艦隊が現れたように見せたりするのを得意としています。商人の船を導いて毒を撒き、ひと睨みで破傷風にかからせ、傷の中に蛆を湧かせて3日で乗組員を死へ追いやります。

人間時には美しい女性の姿を取るようです。ただし、耳の後ろに目立たないえらがあり、指の間には水かきがあります。

つかさどるものは「徒労」「隷属」「欠乏」「失望」です。



●亜種・別名など
ヴェパール/セパル

ヴァッサゴVassago

●地獄の大公
ヴァッサゴ(ウァッサゴ)は地獄の大公です。ソロモン72将のひとりであり、穏和な性格をしていると言います。
過去・現在・未来の占術と、失せ物探しに強力な力を発揮すると言われ、悪霊の26個軍団を率います。

人間の姿を取る場合、緋色の衣をまとった落ち着きのない男性となり、手首には黄金のブレスレットを装着します。

「完全」「苦労と困難の果てに構築された事物の完成」「労働の後の休息」「精妙」「懸命」「美」「喜び」など、つかさどるものは多く、また、呼び出しやすい悪魔のひとりとして、魔術師に重宝されているという話です。
特に、水晶球を用いた霊視によく登場して、さまざまな情報を与えてくれます。



●亜種・別名など
ウァッサゴ/ウァサゴ/ヴァサゴ

ヴァプラVapula

●有翼獅子
ヴァプラは地獄の有力な大公爵です。グリフォンの翼の生えたライオンの姿で現れ、術者が命じると馬頭の人間に変身します。地獄の36個軍団を率います。ソロモン72将のひとりです。

術者をあらゆる手作業に精通させ、哲学その他学問を教え、学者には英知を授けます。もともとはユーフラテス川を縄張りとしていた霊体という説もあるようです。

つかさどるものは「泥酔」「虚栄」「怒り」「暴力」「放蕩」です。


●亜種・別名など
ウァプラ

ヴァンパイアVampire

●吸血する怪物
恐らく、怪物に興味のある人でヴァンパイア(吸血鬼)を知らないという人はほとんどいないのではないでしょうか。

生物から血や精気を吸い、自らの生きる糧とする怪物たち。ドラキュラ伯爵をはじめとして、彼らを題材にした作品も厖大な数に上り、最も多く映画化された怪物が、実は吸血鬼なのだそうです。

怪物としてのイメージも強烈この上なく、生きている人間に「吸血鬼!」と言えば、それは貧しい人間から財産を容赦なく巻き上げる血も涙もない極悪人のようなことを表わします。

こうした認識が成り立つのも、私たちが持つ血液というモノが、生きる上で欠かすことのできない要素だからであるに他なりません。
どんな頑丈な人でも、大量に流出させてしまえば生き続けることは難しいでしょう。必須ゆえに神聖と考えられ、それゆえ神々の供物として積極的に捧げられてきた経緯がありました。


●血液と怪物
昔の人々は、血液の中に「生きるみなもと」みたいなものがあると考えておりました。
死体はこの「みなもと」を失ったから生きていないのであり、それゆえ悪霊や死霊といった「死にきれない」連中は、この「みなもと」を生きた人間から奪うことでその生を長らえます。

今ほど怪物に対する認識の強くなかった時代、「怪物」と言えばすなわち「吸血鬼」のことでもありました。吸血鬼ではない、普通の怪物であっても、例えば人間の肉を喰らう、人間の血を啜ると言ったような食人鬼、吸血鬼の要素を持ったものは多いのです。
アラビアのグールも日本の河童も、かつては血を吸うものだと考えられ、恐れられたものです。


●吸血鬼の歴史

「血を吸う怪物」というイメージがいつから存在し、どのようなルーツを持ち、いかなる人々が考え出したのかについては分かっていません。あまりに古すぎて、起源を遡ることができないのです。

ただ、先史時代、動物と直に格闘していたころから、血を奪い、啜る相手が恐ろしいものであるという認識はあったでしょうし、また、実際にそのような場面(もちろん怪物ではなく、実在の動物が死体をあさるような場面)に出会うことも多かったはずです。
その意味では、吸血鬼の歴史は人間の歴史にそのまま重なると言うことができそうです。

吸血鬼が実在の動物と切り離されて考えられるようになったのはおよそ5000年前のことだと言われ、当時の壺絵に、吸血鬼のような怪物が人間を襲う場面が描かれたものがあります。

ギリシア神話には、厳密に言えば吸血鬼ではありませんが、血を飲むことで一時的に生を授かると言う話が収められています。

トロイア戦争の英雄として名高いオデュッセウス。ご存知「オデュッセイア(オデッセイ)」の主人公ですが、冒険の途中で冥界を訪れたとき、彼はふとエルベーノールという人物に出会います。
オデュッセウスの部下だったのですが、ある時酒に酔って屋根から墜ち、背骨を折って死んでしまいました。しかし、いろいろ心残りがあったので、オデュッセウスに頼んで「黒い牡牛と牝牛の血」を飲ませてもらい、一時的に生き返ることができたそうです。

詩人ホメロスの「イーリアス」にも、やはり死者の血を吸う「ケール」という怪物が登場します。ケールは透明な姿をしており、翼を持ち、死者を引きずって辺りを彷徨います。
そして、血に染まった赤い衣を持ち、目を光らせ、哀れな犠牲者に牙を突き立てるのです。


●吸血鬼を表す言葉

ヨーロッパで吸血鬼を表す言葉は多く、ざっと見ただけでも「ヴァンパイアVampire」「ストリゴイStrigoi」「モロイMoroi」「ヴコドラクVukodlak」などが使用されています。

このうち、最も有名なのは何と言っても「ヴァンパイアVampire」ですが、これほど一般に知られているにもかかわらず、どのような語源から来ているのか分かっておりません。
有力なところとしては、スラブ語の「飛ぶ者」を意味するウプィリUpyr'、カザン語(タタール語)の「悪霊」を意味するウブルUbyr、トルコ語の「魔女」を意味するウベールUber、セルビアの語の「飛ばない人」を意味するVampir、ポーランド語の「翼ある亡霊」を意味するUpior、などの言葉が語源と考えられています。

「ストリゴイStrigoi」はローマの怪鳥ストリクスStrixに由来するものです。さらに遡れば「音を立てる、羽ばたく」を意味するラテン語ストリデレstridereに行き着きます。ストリクスは、普段は老婆の姿をしておりますが、しばしば鳥に変身して子供を襲います。

「モロイMoroi」はスラブ語の夢魔(ナイトメア)を意味するモーラMoraに由来します。モーラは人間にのしかかりその精気を吸います。後世のインキュバス(男夢魔)、サッキュバス(女夢魔)の原型となったことは間違いありません。

「ヴコドラクVukodlak」はバルカン半島の言葉で「狼の毛」を表す言葉が由来で、「人狼(ワーウルフ)」と意味合いとしては一緒です。


●蘇生する死体たち

吸血鬼の伝説は世界中に散在しますし、日本にも似たようなものはいくつかありますが、ただ、人間のようなものが彷徨い、血を吸って歩く……といった伝承に限って言えば、そのほとんどは中近東、すなわち東欧やアラブなどに集中しています。
かの有名な「吸血鬼ドラキュラ」も、東欧の伝承をモチーフにした物語です。

この地域では、しばしば死んだハズの人間が蘇り、人間や家畜を襲う例が報告されていました。
彼らの復活を防ぐには、口に大量のコインを詰めたり、太い木を囓らせたりするか、もしくは白い杭や太い針を胸に突き刺しておく必要があります。他にも、煮立った油を棺に注いだり、死体を切り刻んだり、足を釘で固定するなどの方法が考えられました。

こうした荒唐無稽な方法が考案され、実行された背景には、当時の死亡確認が非常におざなりなレベルであったことが影響しています。特に黒死病(ペスト)発生時には、連鎖罹患を防ぐためにそれをより進める必要がありました。

死者が本当に「死んで」いればいいのですけど、息や心臓が止まっているだけで、本人はまだ辛うじて生きているというパターンも少なからずありました。
そこで、ここで挙げた「復活防止」の方法を実行することで、生きた人間に「トドメ」を刺し、死者が再び起きあがって来ないようにしたのです。

しばしば言われる「吸血鬼は流れる水を渡れない」というのも、蘇生した人間は、非常に憔悴しきっているので、大変な体力を必要とされる渡河を行えない、という部分から来るものです。
当時の墓場は、敷地的な問題から、しばしば村はずれの川の中州などに作られていました。

実際に本人は死んでいたとしても、湿度や気温の関係で死体の腐敗速度がきわめて遅くなる場合もあります。

特に湿度の低いヨーロッパやアラブなどではその傾向が強かったことでしょう。
体内は完全に腐りきっているのですが、皮膚までそれが及ばないため、腐敗ガスが体内に膨満し、肌は(腐敗熱で)ピンク色、皮膚は(膨満しきっているので)ツヤツヤ。
その姿を見た人が、迂闊に「まだ生きている!」と思い込んだ例もたぶんにあったのではないでしょうか。実際、吸血鬼と目された死体に杭を刺したとたん、急激に(ガスが抜けて)萎んでいったという例もいくつか報告されています。


●吸血鬼伝説の誕生

意外と、吸血鬼伝説の発祥も、生きた人間を「死んだ!」と思い込んだところから来ているのかも知れません。

もしも人間が、生きていることを知らずに埋葬されてしまったらどうなるでしょうか。まず十中十までパニックに陥ります。陥らないハズがありません。
冷静になって状況を把握できたとしても、このままでは本当に死んでしまうので、何とか棺から這い出そうと、もがき、叫び、蓋を叩き続けます。
そうこうしているうちに生爪は剥がれ、口は噛みしめたせいで血だらけ、皮膚はすり切れ、顔色は恐怖と酸欠で真っ青。

運良く外へ出られたとしても、墓場の多くは村の中心部から離れた場所にありましたから、まずはゆかりのある人間を捜して村まで彷徨うことになります。
そんな姿を、知っている人間が見つけたらもう大変。「死体が蘇った!」とパニック。双方でまともな意思の疎通が行われるはずもなく、あるいは蘇った側が、「よくも自分を勝手に埋葬したな!」と憤慨して「生きた住民」に襲いかかる。住民は武器で応戦する……。

かくて吸血鬼という怪物が誕生するというわけです。


●吸血鬼とキリスト教

ヨーロッパで吸血鬼伝説が盛んに語り継がれた背景には、キリスト教会自身がこの怪物を信徒確保のために積極的に利用したと言う事情も影響しています。
この怪物を不信心のあらわれと考え、「吸血鬼になるのは信仰心が足りなかったのだ!」あるいは「洗礼を受けなかったせいだ!」と決めつけたのです。

聖なる教えに帰依せよ、さすれば吸血鬼の恐怖から逃れることができる、というわけです。
当時、一部のアウトロー(ロマ族など)や知識人を除けば、まともな埋葬技術を持っているのが教会だけだったと言う事情も関係しているかも知れません。


●吸血鬼のイメージ

吸血鬼と言えば、夜会服のような服装に青白い顔、美男長身で威厳があり、口からは大きな牙が覗いていて、鏡に映らず、ニンニクと太陽、そして十字架や聖水のようなホリー・アイテム(聖なる道具)に弱い……というイメージが一般的です。

これはその多くが、アイルランドの作家ブラム・ストーカーによる「吸血鬼ドラキュラ」によって確立されたものです。

むろん、彼以前に吸血鬼を題材にした作家がいなかったわけではありません。
「ドラキュラ」が書かれる遙か以前に、ゲーテが「コリントの花嫁」と言う吸血鬼小説を書いてますし、他にもジョン・ポリドリの「吸血鬼」、シェリダン・レ・ファニュの「吸血鬼カーミラ」、トマス・プレストの「吸血鬼ヴァーニー」などの作品があります。しかし、これらの作品は吸血鬼のイメージを固定するまでには至りませんでした。

もうひとつ、私たちのイメージ形成に作用したという部分で言えば、ホラー映画の金字塔として名高い「魔人ドラキュラ(ベラ・ルゴシ主演)」、「吸血鬼ドラキュラ(クリストファー・リー主演)」といった作品を挙げないわけにはいきません。
当世を代表する美形俳優によって演じられたドラキュラの姿は、吸血鬼=美形のイメージを形成するのに充分な役割を果たしました。

実は、ストーカーの原作ではドラキュラ伯爵は単なる「気味の悪い男」であり、どこにも「美形」とは書かれていないのです。


●ドラキュラと呼ばれた男

ところで、ドラキュラと言う名前はどこから来たのでしょうか。これは由来がはっきりしています。

15世紀半ばごろに活躍したワラキア大公(今のルーマニア南部の支配者)だったヴラドという人物がいて、彼が政敵に「ドラキュラ」と呼ばれていたのです。
ドラキュラとは「小さな龍」「小龍公」を意味する言葉で、同じく威名の高かった父ヴラド・ドラクル(大龍公ヴラド)になぞらえて、「ドラクラ(ドラキュラ)」と呼ばれるようになりました。ドラゴンのドラと語源は同じです。

歴史的に見ると、この「ドラキュラ」は「ツェペシュ(串刺し公)」なる名前でも呼ばれ、何万人もの捕虜や敵を串刺し刑に処しています(串刺し刑は当時の東欧ではごく一般的な処刑法)。

これだけ見るとかなり残虐な印象のある人物ですが、忠実な者や能力のある者には相応の評価を与え、勇敢な者には寛大な態度でのぞんだと言いますから、厳しくはあるけれど総じて「名君」と呼ばれるに相応しい人物ではあったようです。

ゆえに、今もルーマニア国内における「ドラキュラ」ことヴラド公の人気はきわめて高く、国民は怪物のドラキュラを求めてやってくる観光客を苦々しい思いで見つめていると言います。


●エンターテイメント作品に見るドラキュラ

小説や漫画に出てくる吸血鬼像は、ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」に出てくるものを原型に、それぞれの作者なりのアレンジが加えられたものになっています。
作品によって超強力だったり、再生能力を持っていたり、惰弱だったりと多少の違いはあるものの、吸血能力を持ち、変身し、空を飛び、そしていくつかの致命的な弱点を持っているということでは共通しています。

吸血鬼の弱点として一般的に考えられるのは、次の7つです。

1.鏡に映らない
2.ニンニクに弱い
3.十字架・聖餅(せいべい)・聖水に弱い
4.流水を渡ることができない
5.日光に弱い
6.入って良いとの許可がない限り家には入れない。が、一旦許可を得れば自由に出入りすることができる。
7.白木の杭で胸を刺されると復活できない

他の怪物に較べかなり多い感じですが、これは吸血鬼が時代を経るごとにますますその「怪物ぶり」を上げていったので、多少弱いところを作らないとバランスが取れないと言うところから来るのでしょう。

ちなみに、ストーカーの原作を見ると、ドラキュラ伯爵が十字架を手でもてあそんだり、窓越しに夕陽を見つめるシーンが出てきます。



●亜種・別名など

吸血鬼/吸血伯爵/ドラキュラ/ヴラド(ドラキュラの本名)/ダンピール(ハーフ・ヴァンパイア)/ドラクラ/ドラクール/カーミラ(女ヴァンパイア)/ノスフェラトゥ/ストリゴイ/モロイ/ヴァーニー

ウァレフォルValefor

●地獄の公爵
ウァレフォル(ヴァレフォル)は地獄の公爵です。ソロモン72将のひとつに数えられ、悪霊の30個軍団を指揮します。「偽エノク書」の目録にも数えられる有力な悪魔です。

獅子、またはロバの頭をした大獅子の姿で現れ、人間に魔法の薬の合成法や、オカルト医学の知識、動物に変身する能力を与えてくれますが、ものを盗み、しかも術者を共犯者にしないと気が済まないという、悪い癖があります。
人間時に変身する時は、白い鞭を持った浅黒い色の男性になります。何故か、馬と牝鹿と子牛を連れています。

「空手形」「詐欺」「失望」「悲惨」「欠乏」をつかさどり、盗賊と親しく交わります。

ルシファーが天に叛旗を翻した時には、彼のもとへはせ参じ、ともに堕天しました。



●亜種・別名など
ヴァレフォル/ヴァレフォール/ウァレフォール

ヴァラクValac

●子供の悪魔
ヴァラク(ウァラク)は地獄の総統で、少年のような姿形で、天使の翼を持ち、赤い双頭の竜にまたがって顕現します。ソロモン72将のひとりであり、黙示文学の「偽エノク書」にもその名前が記載されている悪魔です。

彼は子供のように見えながら、その実力は高く、隠された財宝の在りかを教え、大蛇の居場所を教えます。また、すべての爬虫類を支配する能力があります。

つかさどるものは「寛大」「好奇心」「虚栄」です。



●亜種・別名など
ヴァラック/ウァラック

ウリエルUriel

●四大天使のひとり
ミカエル、ガブリエルほどではありませんが、ウリエルも結構知名度の高い存在です。
熾天使(セラフィム、上級第一位の天使)と智天使(ケルビム、上級第二位の天使)を兼任する希有な存在で、太陽の統治者、神の炎、エデンの園の門番、そしてタルタロス(冥府)の統括者など、さまざまな美名で呼ばれ、その実力は天界の中でも群を抜いています。

ミカエルやガブリエル、ラファエルらとともに四大天使のひとりとして数えられることもあるようです。


●無慈悲な天使
一般に、天使は人間に対し慈悲深い存在と考えられがちです。人間側に立ち、人間に救いを与える連中が多いゆえのことなのでしょうが、ウリエルはそうした慈悲深さとは対極にいます。

「神の炎」を意味するその名前からも分かるように、彼はかなり激しい性格をしており、悪人の存在を絶対に許しません。

閻魔大王さながらに、地獄へ堕ちた悪人たちへ厳しい罰を与えて回り、「最後の審判」の日には冥府の門のカンヌキを粉砕して投げつけることさえします。
そして、偶像崇拝者や異教徒など、救いようのない悪人を地獄へたたき落とし、永遠の苦しみへと閉じこめます。

無慈悲と言えばあまりに無慈悲に過ぎる存在ですが、ガブリエルやラファエルなど、人間にやや甘い天使もいるので、バランスを考えてこうした天使の存在が考えられたのでありましょう。
もちろん、ただ厳しいだけではなく、生前に善行を働いた人間にはこの上ない慈悲をもって接し、魂を吹き込んで生き返らせたりもします。


●人間出身の天使
天使の中には、メタトロン(預言者エノク)のように人間から天使に変容する者がいますが、ウリエルもそのひとりで、彼はアブラハムの子孫でイスラエル諸族の祖先となったヤコブが天使になったものだと考えられています。なぜなら、ウリエル自身が次のように語っているからです。

「私は人間のあいだに住みかをつくるために地上へ降りた。私は名をヤコブと言う」(『ヨセフの祈り』)

もっとも、元が人間だからと言って人間に甘いわけではないのは、さきに触れた通り。
預言者モーセは彼の子孫に当たりますが、割礼(男女の性器の皮を切り取るユダヤの儀礼)を彼の子ゲルショムに対して行わなかったことを怒り、手ひどく批判しています。


●知識の伝道師
彼の一風変わった役割として、「秘術の伝授」というものがあります。
読んで字の通り、天界などに秘蔵されていた知識を人間に伝える役割です。例えば、錬金術やカバラ(ユダヤ神秘術)などは、このウリエルが地上にもたらしたものだと言われています。

また、彼は天界を訪れたエノクに、暦法や天文に関する知識や、天界の軍制に関することなどを30夜に渡って語り続け、さらに「天の板」と呼ばれる記録板まで開陳しています。

「天の板」とは、すべて読めば「人間と地上に住む全ての肉の子の行為を、未来永劫まで読み取」ることのできるもので、言わば人間の記録帳、オカルトで言うところの「アカシック・レコード」に当たります。

一説には、ウリエルではなくヴレヴェイルという別の天使が行ったという説もありますが、このような伝承が残ること自体、ウリエルが知識と深い結びつきを持つ存在であることを示しています。

ユニコーンUnicorn

●聖なる一角獣
ユニコーンは「一本(ユニ)の角(コーン)」を意味する言葉で、主に大きな一本の角を持つ動物・幻獣を差す総称です。「一角獣」の名前で呼ばれることもあります。

人魚(マーメイド)と並んで近年までその実在が信じられた動物で、つい最近まで、「ユニコーンの角」と称するものが店先に並べられたこともありました。

ユニコーンの姿については、いろんな伝承によってさまざまなかたちが伝えられていますが、有名なのは馬のようなユニコーンでしょう。

美しい毛並みと凛々しい表情をそなえ、頭の中央に、まるで槍のような立派な角を生やしています。性格は高邁で、孤高を保ち、人間たちを嫌って普段は森の奥に潜んでいます。
ただ、処女に対してだけは心を許すと言われていて、無垢な乙女がユニコーンとくつろぐ姿は、しばしば絵画のモチーフにもなっています。


●ユニコーンの起源
ユニコーンが初めて文献に表れたのは、古代ギリシアの歴史家クテシアスの「インド誌」であると言われています。
その中に、「胴全体が白く、頭は緋色、目は紺色で額に長い角を生やしたロバ」に関する記述があります。アリストテレスはそこからこの動物を「インドロバ」と呼びました。実際はサイや水牛などを描写したものではないかと考えられています。

古代ローマの博物学者プリニウスもこの幻獣の存在を信じていて、著書「博物誌」の中で次のように紹介しています。

「最も獰猛な動物は一角獣(ユニコーン)で、これは胴体は馬に似ているが、頭は牡鹿、足は象、尾は猪に近い。
太い唸り声をあげ、一本の黒い角が額の真ん中から2キュービット(約1メートル)突き出している。この動物を生け捕りにするのは不可能だといわれる」


●ユニコーンの正体
これらの「一角獣」が何を表しているのかについては、昔から論議の的になってきました。
サイであるという説、牛を横から見ただけという説、「2本角」という言葉を間違って「1本角」に訳してしまったという説……。

中世になるとしばしばヨーロッパに「ユニコーンの角」と称するものが持ち込まれて、高値で取り引きされました。
その正体はサイの角を切り取ったものであったり、あるいは北氷洋に棲息するイッカク(イッカククジラ)の角であった可能性が高いようです。

特にイッカクの角は長くねじれていて立派だったため、人気がありました。
ちなみに言うと、イッカクの角は、厳密に言えば本物の角(頭蓋骨や頭皮が角質化したもの)ではなく、門歯(前歯)が頭の皮膚を突き破って前方に張り出したものです。


●ユニコーンの伝承
一般に通用しているユニコーン=馬というイメージは、結構後の時代になって固まったものです。それまでは、さまざまな動物のタイプの「ユニコーン」が存在しておりました。
ラバや象であるとする人もいましたし、山羊に似た動物であるとする人もいます。プリニウスの「博物誌」では、さきの記述にもあるように、さまざまな動物の集まったキメラ(キマイラ)だとしています。

動物に関する話を集めた中世の「フィシオロゴス(動物寓話譚)」は「一角獣は小さい動物で、子山羊くらいだが途方もない勇気の持ち主であり、ひどく力があるため、狩人も近づくことができない」と述べています。

また、中世の伝承によれば、彼らはきわめて誇り高いので、人間に飼われることをよしとしないと言います。
追い込まれると崖の上から身を投げてでも逃げようとしますし(その際、角をうまく使ってショックを和らげます)、万が一捕らえられても、悲しみのあまりすぐに死んでしまいます。

そんなユニコーンを唯一、捕らえる方法があるのをご存知でしょうか。
美しく装った処女を用意して、彼女を野原にひとりで残すと、森の奧からユニコーンがやってきて、処女に寄り添います。そして、しばらくすると処女の膝の上に頭を載せて眠り込むので、その隙に捕まえるのです。

ただ、その処女が偽物、つまり非処女であることが分かった場合は、激しく怒り狂い、その女性を八つ裂きにして殺してしまうそうです。


●ユニコーンの角
古くからユニコーンの角は解毒の特効薬として認識されてきました。
ユニコーンを紹介したクテシアスは、その角に限りない薬効があることを認めていて、「インド人は毒を注ぐとたちまちに割れる酒杯をユニコーンの角で造っていて、これを使用している者は決して痙攣(けいれん)や癲癇(てんかん)になることはない」と著書「インド誌」の中で述べています。

フランス王シャルル9世やベリー公ジャンなどは毒殺を防ぐために、杯の中にユニコーンの角を入れることを奨励しました。また、有名なサンドニ大寺院の井戸にはこの角が浸されており、ゆえにその水は病人を治す力があると信じられたそうです。

「フィシオロゴス(動物寓意譚)」の中にも、こうしたユニコーンの角に関する話が所収されています。
動物たちが水を飲みに来ようとすると、どこからか蛇がやってきて水の中に毒をまき散らします。しかし、ユニコーンがひとたび角で十字を切れば、水は完全に浄化され、再び飲めるようになるのだそうです。


●ユニコーンの象徴するもの
ユニコーンは姿の美しさから、古今さまざまな国や個人の紋章として使われました。
特に有名なのはスコットランド王国でありましょう。ゆえに、今のイギリスの紋章には、イングランド王国のライオンと並んで、スコットランドのユニコーンの姿が描かれています。
また、スコットランド王の居城として使われたエディンバラ城には、現在もユニコーンの紋章が燦然と翻っています。

キリスト教では処女にのみ心を許すという伝説から純潔性、処女性を象徴すると考えられ、時にイエス・キリスト自身を表すこともありました。
また、純潔を守り、ひとり孤独な生活を強いられることから「修道院の生活」を象徴することもあるようです。

また、勇気・威厳・高貴などさまざまな性質を併せ持つと言うことで、「絶対専制君主制」の象徴と考える人もいます。



●亜種・別名など
モノケロス(ラテン語)/ウォーター・ユニコーン(水棲ユニコーン)

ウィンディーネUndine

●水の精霊
古来より水の精霊(水霊)に関する話は多く、泉から女神が出てきて褒美を与えてくれたり、池を汚したら主が怒って人々に罰を与えたという話は枚挙にいとまがありません。

中世の錬金術師パラケルススはこうした水霊に「ウィンディーネUndine」の名を与え、地のノーム、火のサラマンダー、風のシルフとともに四大精霊の一つに数えました。
ちなみにウィンディーネという名前はラテン語で「水のような」「波のような」を意味するウンディーネUndineに由来すると言われています。


●伝承に見るウィンディーネ
日本の昔話に「水神様」に関する話が多いように、ヨーロッパでも水霊は人気の的です。
いろんな民話・伝承にこの精霊が登場し、時には報償を施し、時には厳罰を課して、人間たちに希望と教訓を与えます。

「アーサー王物語」の中にも「湖の貴婦人」「グウレイグ」と呼ばれる湖の精霊たちが登場します。彼女たちは若きアーサー王を陰に日向に支えて、その覇道に大きく貢献しました。
聖剣エクスカリバーを与えたのも、臣下に裏切られて瀕死の重傷を負った王を「アヴァロン」と呼ばれる異界に連れ去ったのも、この貴婦人たちであるとされています。

ギリシア神話には「ニンフ」と呼ばれる精霊たちがしばしば登場しますが、彼女らもやはり水霊としての性質を色濃く持っています。
民話や伝承の中にも、水辺で精霊たちが遊んでいるのを見て恋情を覚えたとか、精霊が神々に言い寄られたという話がいくつも残っています。

「羽衣伝説」で有名な天女も、やはり海辺で遊んでいるところを捕らえられました。日本各地に残る「龍神様」の伝承も、ある意味ウィンディーネの伝承と言うことができるかも知れません。


●悪魔とウィンディーネ
一部のウィンディーネは、しばしば悪魔としての側面を持ちます。
旧約聖書に登場する水霊アリトンは、悪魔王ルシファーの協力者でもあったことから、後世にはデーモンの一種と見なされました。ルシファーを女性化した「ルシフェーラLucifera」も、しばしばウィンディーネのような姿で描かれることがあります。

アンデルセンの有名な童話「人魚姫」も、よくよく読んでみると、こうしたデーモン・ウィンディーネのイメージを下地にしていることが分かります。

悪魔と人間の契約と言えば、あるものを与える代わりに、本人が持つ最も大事なものを差し出させるというものですが、人魚姫も足を得る代わりに美しい声を失いました。
また、王子との恋に破れ、泡となってしまう部分についても、悪魔(=水霊=人魚)が魂(=相手の心)を手に入れられなかったゆえにその存在意義を失い、本来の水に戻ってしまうことを示しています。


●ウィンディーネの姿
男性のウィンディーネもむろん存在しますが、伝承に登場する彼らは、女性の姿を取ることが多いようです。
水浴びする女性の姿が、あたかも精霊のような雰囲気を漂わせるからでありましょうか。女性のウィンディーネたちは例外なく情熱的な性格で、しばしば人間の男性と恋に落ちます。しかし、その恋が完全な形で成就することはほとんどありません。

ドイツの作家フリードリヒ・フーケはそのものずばり「水妖記(ウィンディーネ)」と言う作品をものしています。
人間の騎士フルトブラントとウィンディーネの女が情熱的な恋をする作品ですが、騎士の方が人間の娘ベルタルダと結婚、あまつさえウィンディーネに暴言を吐くという「禁忌」を犯してしまったため、ウィンディーネは泣く泣く騎士に復讐せざるを得なくなるというお話です。
ここでも「ウィンディーネ=情熱的な女性」と言う設定が生かされています。

恋愛以外の場合でも、彼女らに悪口を言うのは最大のタブーです。
バカにする意思はなくても、水辺でウィンディーネを侮辱するような発言をすると、水の中からウィンディーネたちが飛び出して襲いかかり、水中に引きずり込まれます。
こうしたタブーを犯さなければ、彼女らは決して人間に危害を加えることはありません。



●亜種・別名など
ウンディーネ/アンダイン/ニクス/ニックス/ネック/グウレイグ/オンディーネ/オンディーヌ/湖の貴婦人(レディー・オブ・ザ・レイク)/水妖/ウォーター・エレメンタル(水の精霊)

テュポンTyphon

●オリュンポス神族最後の敵
テュポン(テュポーエウス)はギリシア神話に登場する怪物です。

頭から腿(もも)までが人間で、腿から下は巨大な蛇、肩部からは無数の蛇ないしドラゴンが生えており、その燃える目からは炎が噴き出し、口からは溶岩が流れ出すという、恐ろしい姿をしています。

背丈は天までも届き、両腕を広げれば世界の東と西の果てまで届き、また山脈を持ち上げるほどの力を持つとされました。
また、その口からはあらゆる種類の声が発せられ、神々に理解される声、騒々しく吼え立てる声、残忍な獅子の声、奇妙な獣の子の鳴き声に似た音などを発しました。

この怪物は、ギガンテスたちの敗北を見て、怒ったガイアがタルタロスと交わって生んだもので、オリュンポス神族にとっては最後の敵に当たります。

ゼウスを除く神々は、そのあまりの恐ろしさに、エジプトまで逃げて動物に姿を変えたとも言われています。
アテナが皆に戻るよう説得を続けましたが、実際に戻ったのはヘルメスとパンのみでした。


●ゼウス最大のピンチ
ただひとり残されたゼウスは、彼と戦うことを決意します。
テュポンはゼウスよりも強かったと言われていますが、ゼウスは遠方から雷霆(らいてい)を投げ、近くに寄っては金剛の鎌で打つなど、常に彼を圧倒しました。

しかし、取っ組み合いになったところで、彼はとぐろを巻いたテュポンに捕まり、その足の腱を切られてしまいます。
動けなくなったゼウスは、キリキア(小アジア西部)の洞窟に閉じ込められます。同じく奪った腱も熊の皮に隠してしまい込み、番人として竜女デルピュネを置きました。ゼウス最大のピンチです。

ところが、そこにヘルメスとパンが駆けつけます。ヘルメスらはどうやったのか、見事ゼウスの腱を盗み出すことに成功し、ゼウスは復活します。

彼は空から有翼の馬にひかれた戦車に乗って、雷霆(らいてい)を放ち、テュポンをシチリア島まで追い詰めます。
そして、山を持ち上げて、その下にテュポンを押しつぶしました。こうしてゼウスは戦いに勝利します。この山こそが、シチリア島最大の火山エトナ火山であり、テュポンは今もしばしば、悔しがるように火を吐くのだそうです。


●怪物たちの親
テュポンはエキドナと交わって、さまざまな怪物の親になっています。
彼の子供には、三つ首の番犬ケルベロス、双頭の犬オルトロス、レルネの大蛇ヒュドラ、リュキア(トルコ南部)地方の山岳地帯に棲むキマイラ(キメラ)、ヘスペリスの園を守るラドンなどがいます。



●亜種・別名など
テュポーエウス/テューポーン

付紐小僧Tsukehimo-kozo

●小豆洗いの相棒
付紐小僧(つけひもこぞう)は日本の妖怪です。信州(長野県)の南佐久郡で語られる存在であり、小豆洗いの相棒とも考えられています。
付紐小僧は「小豆とぎ屋敷」と呼ばれる屋敷のそばに、夕方頃現れるようです。

背格好は7、8歳くらいの子供であり、いつも付紐(つけひも:着物の胴に縫い付けられている細いヒモ)をだらしなく垂れ下げているので、結んであげようとすると、催眠状態に置かれ、気がつけば朝になっているとも、あるいは一晩中どこかを歩かされるとも言われています。

その正体は不明です。

トリトンTriton

●半人半魚の神
トリトンは、ギリシア神話に登場する神の名前です。古くは単独の神でしたが、後年マーマン(マーメイドの男性版)のような種族と考えられました。

彼は海神ポセイドンとその妻アムピトリテの間に生まれた子供で、半人半魚の姿をしていると考えられています。

海のニンフであるネレイスの護衛と、海の神々に侍して先導をつかさどる従者としての役割を持ち、常に法螺貝(ほらがい)の笛を持っているとされました。
この笛は不思議な力を持っており、海流の流れを変えたり、大波を起こしたり、また荒れた海を鎮めたりします。
ギリシア中を襲った大洪水のあと、デウカリオンの夫婦のみが助かったとされていますが、それはトリトンが法螺貝を吹いて水を引かせたからだと言います。

のちに法螺貝はトリトンのシンボルと考えられるようになりました。


●博物誌のトリトン
古代ローマの著述家プリニウスは、「博物誌」の中でトリトンに言及しています。

それによれば、とある使節団が、ローマの第二代皇帝ティベリウスに、とある洞窟でトリトンを目撃したという報告を行ったというのです。
その姿は、神話にある姿とそっくりで、法螺貝を吹いていて、その音を聴いたとも証言しています。



●亜種・別名など
トリートーン

ティタン神族Titan

●ティタン神族
ティタン神族は、ゼウスらが出現する前にこの世界を支配していた巨人族です。さまざまな男神、女神によって構成されており、男神をティタン、女神をティタニスと呼ぶこともありました。

ティタンという名前は「太陽神」を意味するギリシア語から来ており、元はヘリオスなどの存在を指していたとされています。金属のチタンや土星の衛星タイタンは彼らの名前から来ています。

一般にはウラノスとガイアの息子12人が知られており、オケアノス、コイオス、クレイオス、ヒュペリオン、イアペストス、クロノスの男神、テイア、レア、テミス、ムネモシュネ、ポイペ、テテュスの女神が有名です。
この他にもプロメテウス、エピメテウス、アトラスなどがティタン神族の一族に入ります。


●ウラノスからの政権奪取
父ウラノスは暴君でした。キュクロプスとヘカトンケイルが生まれて間もなく、彼らをただ「気持ち悪い」という理由だけで、タルタロス(冥界)に封印したのです。
それにショックを受けたガイアは、ウラノスに断罪を与えるべく、息子、娘たちに陰謀を持ちかけます。それに乗ったのは末弟のクロノスでした。

彼は父ウラノスが寝ている間に、その男根を切り取り、海に投げ捨てます。そして、ティタン神族による支配を確立するのですが、ただひとり、オケアノス(大洋)だけはこの陰謀に加わりませんでした。

ウラノスはその力を急速に失いますが、「お前もその子供によってその支配権を奪われるであろう」という神託を残します。
この言葉によって、クロノスが生まれた子供を呑み込むようになった……というのは有名な話です。


●ティタノマキア
クロノスは神託によって自分の政権が侵されるのを防ぐため、生まれて来る子供をことごとく呑み込みました。
それを悲しんだ妻のレアは、最期の子供、ゼウスをこっそり大岩と取り替えて呑み込ませ、ゼウスはニンフ(妖精)たちによって育てられます。

成長したゼウスは、オケアノスの娘メティスの協力によって兄弟たちを吐かせ、クロノスらティタン神族に戦い(ティタノマキア)を挑みます。

この戦いは10年間続きましたが、キュクロプスとヘカトンケイルを味方につけたゼウスらオリュンポス陣営の勝利に終わり、クロノスらはタルタロス(冥界)に封じられ、今も彼らはヘカトンケイルたちによって見張られているということです。



●亜種・別名など
ティタニス(ティタン神族の女性たち)

天狗Tengu

●天狗とは
天狗とは、日本各地に散在する妖怪です。
主に高山に棲み、神通力を使ってさまざまな怪異をもたらすと信じられていました。

一般に赤顔鼻高、山伏(やまぶし)の格好で、あらゆるものを吹き飛ばす団扇(うちわ)を持ち、一本足の高下駄をはく格好で知られますが、この格好が定着したのは江戸時代以降と言われ、それまではさまざまな格好を取るとされていました。


●天狗のルーツ
天狗のルーツは古く、蘇我馬子と聖徳太子が編んだとされる「旧事記」には、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の体内から猛気が吐物として発され、それが変化して人身獣首の天狗神(あまのざこがみ)という女神になったとされています。
ただ、「旧事記」自体は平安時代の偽書と言われており、信憑性はあまり高くありません。

信憑性の高い「天狗」の初見は「日本書紀」であり、舒明天皇九年(西暦637年)の項目に「天狗」の記述があります。
それによれば、この年の7月21日に、流星が雷のような音を立てて落ち、人びとが「流れ星が鳴った」と騒いでいたところ、唐から来ていた閔僧(びんのほうし)が、「これは流星ではない、天狗(あまのきつね)というものだ」と言ったとされています。

「史記」「漢書」によると、中国の占星術において、音を立てて落下する流れ星を「天狗星(てんこうせい)」と呼び、凶兆としました。
「天の狗(いぬ)」と書くのは、「天狗星」の落ちた場所には必ず狗(いぬ)のたぐいがいるからだそうです。

天狗は平安時代になると、山中に棲む目に見えない存在とされるようになり、「源氏物語」や「宇津保物語」に引用されるようになります。
「今昔物語集」によれば、天狗は仏法の障りをする魔として、トンビやオオワシの姿で描かれ、しばしば人間に幻術や憑依能力を使って悪をなすということです。


●善天狗と悪天狗
仏教僧は悟りを開き、徳を積むために厳しい修行を行いますが、自信過剰だったり、邪心、愛欲、この世への執着があったりすると、死後極楽浄土に行けず、「天狗道」と言われる魔道に墜ちます。

魔道に墜ちた僧侶は、そのまま天狗の姿に転生しますが、心優しかった僧侶は「善天狗」となり、他の修行僧を影ながら支え、けわしい霊山へお参りに来る人を、事故や魔性の災いから守ろうとし、心がけの悪い者にイタズラを仕掛けて恐れさせました。

一方、生前おごり高ぶり、悪心をもって死んだ者は「悪天狗」として転生し、他の修行僧の邪魔をして、自分と同じ「天狗道」に墜とそうと企みます。


●修験道と天狗
天狗のイメージと言えば山伏の格好が一般的ですが、これは従来の山の霊としての天狗と、日本古来の山岳信仰が結びついて生まれたもので、もともとは己の修業に慢心した修験者のことを、他宗派の僧侶が「天狗道に墜ちた」と非難したことから始まったとされています。

修験道は修行によって己の呪力を高めるところにその真髄があるので、山伏の姿を与えられた天狗はますますその呪力を高め、単に仏教僧に敵対・調伏される存在から、俗世間を離れた仙人・超人としての性格を持つに至りました。
鞍馬天狗をはじめとする山の名前を与えられた天狗、あるいは「○○坊」などと呼ばれる天狗は、みな修験道系の天狗だと言われています。

こうした天狗は善悪双方の面を持っているので、修験者を守護する一方で、山中に暴風雨を起こしたり、神隠しをしたりするような怖い面を持っています。

カラス天狗や鼻高天狗のイメージは、修験道寺院の法会(ほうえ)の際に、先払いとして登場する迦楼羅(かるら)面や治道(ちどう)面が影響していると言われています。


●天狗のイメージの変遷
鎌倉時代に山伏の姿を与えられた天狗は、南北朝時代に入るとますますそのパワーを強くし、怨霊が転じて天狗になる、という説がまことしやかにささやかれました。
日本最強の怨霊として名高い崇徳上皇も、怨霊を経て天狗になったひとりです。上田秋成の「雨月物語」にも、崇徳院が「天狗」の眷属三百を率いて西行法師に出会うという下りが書かれています。

かの南北朝の大動乱も、「太平記」によれば、崇徳天皇や後鳥羽天皇、後醍醐天皇などの不遇の天皇、あるいは玄隈、真済、慈恵、尊雲など不遇の高僧が大魔王となって起こしたものとされています。

「太平記」には他にも、くちばしと羽を持ち、さまざまな神通力に通じた天狗が登場しており、このころにはカラス天狗のイメージが一般化していたことが分かります。

江戸時代に入ると、神田祭や山王祭の先導役として天狗が出てくるようになり、鼻高天狗の人気が一躍高まります。天狗の特徴である赤ら顔は、天孫降臨の時に先導を務めた猿田彦(サルタヒコ)のイメージが合わさったものだと言われています。
やがて、鼻高天狗が高位の天狗(大天狗)であり、カラス天狗はその子分(小天狗)というヒエラルキーが確立され、絵物語などにも描かれるようになりました。

江戸時代中期の作と言われる「天狗経」によれば、全国に天狗は48種、12万5500人いると言われ、その筆頭は愛宕山(京都市)の太郎坊だと言われています。


●天狗にまつわる怪異
その一方で、姿を見せない天狗のイメージも、綿々と受けつがれてきました。
「天狗礫(てんぐつぶて)」や「天狗笑い」「天狗倒し」といった山中の怪異は、みな天狗が悪さをしているのだと人びとは噂し合いました。
「神隠し」も天狗が行っているという説がまことしやかにささやかれ、近年に至ってもこうした「天狗の神隠し」の噂は絶えません。


●天狗の超能力
天狗は主に次のような超能力を持っていると言われています。

幻術……姿を突如消したり、老人、女、子供、鳥、オオカミなどに化け、あたかも仏や菩薩がそこにいるかのように見せることができます。馬糞をおまんじゅうと偽って食べさせたり、「天狗倒し」などの木の倒れる轟音を立てたりします。

移動能力……ひと一人を抱え、一瞬で何百キロメートルも移動することができます。空中で静止することもできるようです。

念力や予知能力……「天狗礫(てんぐつぶて)」と呼ばれる小石を空から降らせたり、団扇(うちわ)で大風を起こし、家を倒壊させたりします。人の心を読むことにもたけ、その運命を予言したりもします。

武器製造……手裏剣や鉄砲を作り、忍者などに伝えたりしたと言われています。
恐らくは、ヨーロッパ人や大陸人などのイメージが何かの形で伝わったものでしょう。また、「遮那王」源義経に武技を授けたとも言われています。



●亜種・別名など
アマノキツネ/鞍馬天狗/鼻高天狗/大天狗/カラス天狗/小天狗/木の葉天狗/狗賓(ぐひん)/飯綱(いづな)天狗/ガラン坊/愛宕山太郎坊/比叡山次郎坊/日光山東光坊

タラスクTarasque

●南仏のドラゴン
タラスク(タラスクス)は南仏の古都・タラスコンの町に棲んでいたと言われるドラゴンの名前です。
レヴィアタン(リヴァイアサン)そのもの、あるいはその子供と言われ、相手は牛の化け物のボナコンともロバともいう説があって、はっきりしていません。

亀の甲羅に鋭い背びれ、山猫の上半身、六本の足にドラゴンの身体というキマイラ(複合動物)であり、その姿はいかにも恐ろしげです。

この怪物は、実際にタラスコンの「タラスク祭」でその姿を見ることができます。タラスクに見立てた巨大な張り子を作り、聖マルタに扮した少女がそのヒモの先端を持って歩く祭です。


●聖マルタと怪物タラスク
この怪物は主に聖マルタとの関わり合いで出てきます。

紀元40年ごろ、一艘の船がローヌ河の河口のサント=マリ=ド=ラ=メールに漂着します。船には『復活のラザロ』ほかふたりの姉妹が乗っていました。
その姉妹のひとり、聖マルタは陸に上がると、河口付近にあるタラスコンの町まで歩を進め、その地を布教の本拠地として選びます。

ところが、この町は当時、ローヌ河に棲むタラスクというドラゴンが荒らし回っていました。そこで聖マルタは、タラスクのところへ乗り込むと、イエスの名を3回唱えて馴化(じゅんか)させ、退治しました(聖水と十字架で抑えつけたという説もあり)。

それを記念して、タラスクを引き回す祭が行われるようになったということです。


●タラスクのルーツ
タラスクのルーツは、紀元前にこの地を拠点としていたリグリア人(ケルト人の一系統)の考案した怪物が元となっていると言われています。

それが何故、キリスト教の聖女に退治されるようになったのかについては、6世紀以降に南仏でキリスト教、特に聖マルタ信仰が広まるにつれて、土着宗教の象徴であったタラスク伝承を、キリスト教の象徴であった聖マルタ伝説が呑み込んでいったという説が有力です。

ちなみに、タラスク祭自体は15世紀に始められたとされ、およそ6世紀の歴史を誇る長い祭で、外国からも多くの参加者が集まるという話です。



●亜種・別名など
タラスクス

タロスTalos

●青銅の巨人
タロスはギリシア神話に登場する、青銅の巨人です。
その生まれは姿かたち、諸説ありますが、一般的にはヘパイストスが作り上げた青銅人間(ロボット)という姿で知られ、ミノス王に与えられました。
ゼウスがエウロペをさらってクレタ島に連れて来た時、その守りを彼に任せたという伝承もあります。

彼は1日3度、クレタ島を巡回し、近づく船があると巨石を投げて撃退する機能がありました。
高熱を出して自分の身を灼熱させ、敵を抱きしめて焼き殺すこともできたようです。身体の中には首からかかとまで一本の血管が通っており、かかとにある青銅の釘がその終点となっておりました。


●アルゴ探検隊のタロス退治
金の羊毛を手に入れたアルゴ探検隊は、クレタ島に近づいた時、タロスの攻撃を受けたことがあります。

大岩を投げてくるこの敵に対処するため、アルゴ船に同行していた魔女メディアは、彼に呪文をかけ、その隙にアルゴ船の乗組員がかかとの釘を引き抜き、全身の血を抜いてしまいました。
こうしてタロスは退治され、アルゴ船は無事クレタ島沖を通過することができたという話です。

砂かけ婆Sunakake-Babaa

●砂をかける妖怪
砂かけ婆(すなかけばばあ)とは、奈良県や兵庫県に出没すると言われている、砂をかける妖怪です。全国単位ではない、地方の妖怪ではありますが、「ゲゲゲの鬼太郎」のレギュラーとして出るようになり、その知名度は高いのではないでしょうか。

人気のない寂しい森や、神社の傍らを通る時、砂をぱらぱらと振りかけるものがあります。「誰だ」と怒って砂のかかった方向を見ると、そこには誰もいません。兵庫県などでは、これは目に見えない老婆のしわざとして、「砂かけ婆」の名を与えました。

一説には、この正体は狸(たぬき)だと言われていて、今津(現在の兵庫県西宮市今津)のとある家では、狸が松の木に登り、晩にその下を通る者へ砂をかけていたそうです。この砂は実在の砂ではなく、音だけという説もあります。


●他地方の砂かけ妖怪
砂をかける妖怪の話は全国各地に残っていて、おおむね狸のしわざとされています。徳島県板野郡ではスナフラシ(砂降らし)といい、砂をかけて方向感覚をなくさせ、川や水辺に人を誘導させて落とします。

そういった例を除けば、わりあい人畜無害で、あくまでも砂を頭の上から降らされるだけで済みます。

変わったものとしては、「砂かけ地蔵」というものがあって、この地蔵の前を通ると必ず砂がかけられると言うことです。
なお、狸の代わりに狐や猿、イタチを充てるパターンもあります。



●亜種・別名など
砂降らし/砂まき鼬(いたち)/砂まき狐/砂まき猿/砂まき地蔵/砂まき狸

ストラスStoras

●奇怪な鳥の悪魔
ストラスは地獄の偉大な王族のひとりです。カラス、もしくはフクロウ、ツグミの姿で現れ、爪は銀で、眼の周りは赤く縁取られています。
人間に変身すると思慮深そうな男性の姿を取ります。ソロモン72将のひとりです。

彼の職能は、あらゆる学術的知識を教えることであり、宝石や薬草の効能や、占星術の知識を持ち、質問には正直に答えます。

地獄の76軍団が彼のもとにあり、これはベルゼブブやベリアルといった大悪魔クラスに匹敵する数です。

「快楽」「怠惰」「放蕩」をつかさどります。

スフィンクスSphinx

●人面獅子身の怪物
スフィンクスはエジプトの怪物です。
顔が女性、身体がライオンで、背中に鷲の大きな翼を生やしています。歴史に少しでも興味のある人なら、ギザの沙漠に鎮座ましましている石像の姿を思い出すのではないでしょうか。

スフィンクスの像はギザだけでなく、各地に存在しますが、「彼女」が何ゆえにこのような姿になり、沙漠の真ん中に作られていたのかは、あまりよく分かっていません。
恐らくは当時の王や土着の神々を模したものだと思われておりますが、その建築時期、建築過程も含めて謎とされる部分は多いのです。

時期については、ピラミッドと同時期に作られたという説が有力ですが、それよりも古い時代(8000~12000年前)に作られたと言う人もいます。


●伝承の中のスフィンクス
スフィンクスという名前は「きつく縛る」「絞め殺す者」を意味するギリシア語スピンクスsphink、Sphinxに由来すると考えられています。

恐らくはギリシア神話に登場するスフィンクスのイメージによるものだと思われますが、古代エジプト語の「生ける彫像」を意味する「シェスプ・アンク」に由来するという説もあります。

エジプトではこの怪物は太陽の神ホルスの一面であると考えられ、「ホル・エン・アケト(地平のホルス、墓場のホルス)」「ホル・アクティ(地上のホルス)」などと呼ばれました。他に「ルウティ」などの呼び名もあります。

この怪物の伝承はエジプトを含む中東一帯、そしてギリシアにまで及んでいて、エジプトでは古くから王権のシンボルであり、知恵と力の象徴であり続けました。

人間とライオンと鷲というキマイラ(複合怪物)のような姿をしているのは、恐らく当時崇拝されたものを何らかの理由で一緒にしたものでありましょう。

私たちが知るような姿はメソポタミア(現在のイラク、シリア)で考えられたものです。
ちなみにメソポタミア以外では、人間の頭を持たないタイプもしばしばいて、例えばエジプト中部のカルナック神殿跡では、人間の頭の代わりにヒツジの頭を持つ像が発見されています。

バビロニア神話では光の神マルドゥークに退治される存在としての役割が与えられており、アラビアでは「アブ・ホル(恐怖の父)」などと呼ばれて大変恐れられました。


●ギリシア神話のスフィンクス
しかし、スフィンクスと言えば何と言ってもギリシア神話のスフィンクス伝説に尽きます。

テュポン(またはオルトロス)とエキドナの間に生まれた「彼女」は、自然の女神ヘラの命令でテーベ(現在のエジプト中部の都市テーバイ)にやって来ます。そして、小高い丘の上に陣取り、謎かけをして、答えられないテーベの民や旅人を懲らしめるようになりました。

その謎かけとは「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足で歩く者とは、誰のことか?」というもの。テーベの王もこれに挑戦しますが、結局答えられずに殺されてしまいます。それゆえ、テーベの街では長らく王不在の時代が続きました。

そこに、勇敢な若者オイディプスが通りかかります。スフィンクスはその前に立ちはだかり、同じ謎かけを問いかけました。聡明なオイディプスは直ちに
「それは、人間だ」
とずばり答えます。
実はそれが正解で、スフィンクスは恥ずかしさのあまり、丘の上から身を投げ出して死んでしまいました。

なぜ人間が正解なのかと言うと、人生の朝……つまり赤ん坊の時には四つんばいで這い回るから4本足。
人生の昼……つまり若い時は2本の足でしっかり歩くから2本足。
人生の夜……つまり老人の時には杖をついて歩くようになるので3本足、というわけです。

テーベの街はこの結果に大いに沸き返り、勇敢なその若者を新たな王として迎えました。彼は後年、別の悲劇的な物語の主人公となりますが、それはまた別の話となります。


●博物誌に見るスフィンクス
この怪物は歴史書や博物誌にも登場します。

古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは、著書「歴史」の中でアンドロスフィンクスAndrosphinx(人頭スフィンクス)と言う怪物の存在について言及しており、他に「クリオスフィンクスCriosphinx(羊頭スフィンクス)」「ヒエラコスフィンクスHieracosphinx(鷲頭スフィンクス)」など、人間以外の頭を持つスフィンクスがいると述べています。
このことから、ヘロドトスの時代(紀元前5世紀ごろ)には、スフィンクスという名前が単なる人頭獅子身の怪物ではなく、それ以外の頭を持つ怪物に使われていたことが分かります。

古代ローマの博物学者プリニウスも「博物誌」の中で、エチオピア(現在のアフリカ北東部一帯)に棲む怪物としてスフィンクスの名前を挙げています。
「毛が褐色で一対の乳房」を持つ女の怪物として描かれており、その姿は有名なドミニク・アングルの「オイディプスとスフィンクス」の絵にも描かれています。


●スフィンクスの象徴するもの
彼女は王権の象徴であり、知恵と力を表わすものだということはさきに少し触れましたが、一説には悪疫(疫病)を象徴するとも言われ、オイディプスのスフィンクス退治譚はそうした状況を物語にしたものだと考えられています。

王を含め、住民や旅人が次々と喰い殺されたのは、病気(恐らくは天然痘)が流行り、地位の区別なくばたばたと人々が死んでいったことを示すもの。
オイディプスがそれを退治したと言うのは、彼が王に就任してすぐに、的確な防疫対策を施したという部分を表わしたものです。

中世には肉体的な快楽や娼婦を象徴し、また人間と動物のキマイラという姿から知性と体力、精神と物質と言った二重の性質の統一を表します。
また、人間自身を答えとする謎かけのイメージから「人生の謎」「永遠に解けない究極の謎」を象徴することもあるようです。



●亜種・別名など
スピンクス/アンドロスフィンクス/ヒエラコスフィンクス/クリオスフィンクス/ルウティ/シェスプ・アンク/ホル・エン・アケト/ホル・アクティ/アブ・ホル

ソロモン72将General of Solomon

●「ソロモンの小さな鍵」
ソロモン72将とは、14世紀ごろの写本「ソロモンの小さな鍵」、通称「レメゲトン」に書かれた72柱の魔神(悪魔)のことです。
古代イスラエルの王ソロモンが、72人の大悪魔を真鍮の壺の中に封印して湖に投げ込んだ、という設定で書かれており、「ソロモンの封印した魔神」「ソロモンの霊」と言われることもあります。
その中には、フェニックスのような、明らかに他の幻獣から取ってきたと思われるものも含まれています。

アスモデウスやベリアルら、有名どころは多くカバーしていますが(ルシファーやベルゼブブ、ベルフェゴールなどは別格として除外してあります)、性質や能力は同じなのに名前が違ったり、重複していたり、他のリストにはあるのにこのリストにはない、ということがあるなど、文献によってバラバラなのが実情です。

●(ソロモン72将の一例準拠:「悪魔の事典」フレッド・ゲティングズ著、一部修正)
■ アガレス Agares

■ アスタロト Astaroth

■ アスモデウス Asmodeus

■ アマイモン Amaimon
■ アミー Amy

■ アムドゥスキアス Amduscias

■ アモン Amon

■ アロケン Allocen

■ アンドラス Andras

■ アンドレアルフス Andrealphus

■ アンドロマリウス Andromalius

■ イポス Ipos

■ ヴァッサゴ Vassago
■ ヴァプラ Vapula

■ ヴァラク Valac

■ ウアル Vual

■ ウァレフォル Valefor

■ ヴィネ Vine

■ ヴェパル Vepar

■ エリゴル Eligor

■ オセ Ose

■ オリアス Orias

■ オロバス Orobas

■ ガープ Gaap

■ カイム Caym

■ ガミジン gamigin

■ キメリエス Cimeries

■ グシオン Gusion

■ グラシャラボラス Glasyalabolas

■ ゴモリー Gomory

■ ザガン Zagan

■ サブナク Sabnak

■ サレオス Saleos

■ シトリ Sitri

■ シャクス Chax

■ ストラス Storas

■ セーレ Seere

■ ゼパル Zepar

■ ダンタリアン Dantalian

■ デカラビア Decarabia
■ ナベリウス Naberius

■ パイモン Paimon/Paymon
■ ハゲンティ Hagenti

■ バシン Bathin

■ ハポリュム Haporym

■ バラム Balam

■ バルバトス Barbatos

■ ハルファス Halphas

■ ビフロンズ Bifrons

■ フェニックス(悪魔) Phoenix

■ ブエル Buer

■ フォカロル Focalor

■ フォラス Foras

■ フォルネウス Forneus

■ ブネ Bune

■ フラウロス Flauros

■ フルカス Furcas

■ プルソン Purson

■ フルフル Furfur

■ プロケル Procel

■ ベリアル Belial
■ ベリト Berith

■ ベレト Beleth
■ ボティス Botis

■ マルコシアス Marchocias

■ マルバス Marbas

■ マルファス Malphas

■ ムルムル Murmur

■ モラクス Morax

■ ラウムRaum
■ レライエ Lerajie
■ ロノヴェ Ronove




●亜種・別名など

ソロモンの封印した魔神/ソロモンの霊

スライムSlime

●柔らかいモンスター
スライムを一口に言えば「柔らかいモンスター」です。ぬらぬら光る汚泥、もしくは粘菌のような姿をしていて、どんな形にもなることができます。

粘性がきわめて高く、洞窟の壁や天井にへばりついて、人間や動物が通りかかるとすぐさま覆い被さって窒息させたり、あるいはその細胞ひとつひとつから消化液を出して溶かしてしまいます。
後に残るのは骨か、金銀など腐食に強い一部の金属ぐらい。頭のいい?連中はそれをさらに「エサ」として、次の強欲な「犠牲者」を待ち構えます。

●スライムの起源
スライムという名前は「汚泥」「汚らしい粘液」を意味する英語スライムSlimeが由来で、一般にはヘドロみたいな物質を差す言葉として使われます。

その汚らしい粘液が、どのような過程を経て「怪物」へと変わっていったのかについては諸説ありますが、アメーバや粘菌などのイメージが影響していることは間違いないでしょう。

このような柔らかい原形質タイプの「怪物」を最初に考えたのは、クトゥルフ神話の元祖H・P・ラヴクラフトであると言われています。

彼は1930年代に、「狂気山脈にて」という作品においてショゴスShogothという粘液状の怪物を考え出し、読者を恐怖に陥れました。
ショゴスは全長が4~5メートルにもなる気味の悪い生物で、水陸どちらにも棲むことができ、「どんな地下鉄よりも速く」移動することができます。
全身から燐光と吐き気をもよおすような臭気を放ち、身体から自在に触手やエラを出しては、身を守ったりするために使います。

「スライム」という名前が初めて怪物に使われたのは、ジョセフ・ペイン・ブレナンの作品「スライム」(1953年)においてだと言われています。
以降、同じような怪物は、徐々にスライムの名前で呼ばれるようになります。

1968年には映画「人食いアメーバの恐怖(ザ・ブロッブThe Blob」も発表されて人気を博し、粘液状怪物はその地位を不動のものにします。
ちなみに、「人食いアメーバの恐怖」は、50センチぐらいだった原型生物ブロッブが、人間を呑み込みつつ巨大化する話で、のちに続編も作られました。

●小説・ゲームのスライム
こうした流れが影響しているのかは分かりませんが、ファンタジー作家ロバート・E・ハワードは「コナン」シリーズにスライム状の怪物を登場させ、これがファンタジー作品に登場した初めてのスライムだと言われています。
その設定は「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ(D&D)」などにも生かされ、「ウィザードリィ」や「ドルアーガの塔」などのリスペクト作品を経て、日本でも人気を博すようになりました。

なお、私見ですが、日本でのスライム人気は、おもちゃの「スライム」も影響しているように思えます。
80年代に子供だった人は覚えているかも知れませんが、泥のように変形はするけど手にひっつかない、不思議なおもちゃが大流行したことがありました。
その正体はポリビニルアルコールという無害なプラスチックなのですが、ゲームに「スライム」という名前が出てきたとき、おもちゃのスライムを思い出して「ああ、あんな感じの怪物なのか」とすんなり納得できた人は多いと思います。

「ドラゴンクエスト」シリーズで顔のついた可愛らしいスライムが登場するようになってからは、彼らは単なる「敵役」からゲームの「顔役」へと一気に出世して、いくつかの会社からも、こうしたスライムを主人公としたゲームや漫画がいくつか発表されるようになりました。

●スライムの性質
よく、プレイヤーからゲームの製作者に「スライムに知性はあるのか?」と質問が飛ぶことがあるそうです。
あえて独断と偏見を言えば、「ドラゴンクエスト」シリーズなどのスライムを除いて、ほとんどのタイプは「ない」と言い切って良いように思えます。なぜなら、彼らの多くは脳も神経も持たないからです。生きて動く細胞が無数に集まっているだけなのです。

ゆえに、彼らが冒険者を襲うのは、決して知恵に基づくものではなく、ほとんどの場合本能(主に食欲)に基づきます。
場合によっては、本能と言えるものすらなく、反射によって動いている可能性すらあります。ここまで来ると、怪物と言うよりはむしろ植物に近いと言えましょう。

そんな彼らを攻撃するときは、刃物で切断するか、炎を近づけて焦がすやり方が効果的です。
特に炎は一番の弱点で、仮に肌へ直接貼り付いても、たいまつの炎などを近づけてやれば彼らは自然に剥がれ落ちてきます。しかし、液のような柔らかい身体はあらゆる打撃を無効化します。

●スライムの仲間たち
スライムは特定の神話や伝承に基づかない、形態的にも伝承的にも、文字通り「原型のない」怪物です。
ゆえにデザイナーの想像力いかんでいくらでもバリエーションを生み出すことができ、色とりどりのスライムやさまざまな能力を持ったスライム、固いスライム、大きなスライム、毒のあるスライムなどがいろいろ生み出されてきました。

作品によっては、スライムという呼称にこだわることなく、独自の名前をつけることもあります。
中でも明確な特徴を持つものは「ゼラチナス・キューブGelatinus cube(ゼラチン状の立方体)」「ブラック・プリンBlack pudding(黒いプリン)」「ウーズOoze(柔らかい泥、軟泥)」などのように、それとすぐ分かるような名前がつけられています。


●亜種・別名など
ゲル・クリーチャー(ゲル状の生物)/ブロッブ(ゲル状の液体)/ブラック・プリン(黒いプリン)/アメーバ(不定形原生動物)/ウーズ(ぬめりのある泥)/ゼラチナス・キューブ(ゼラチン状の立方体)/グリーン・スライム/ブラック・スライム/レッド・スライム/ブルー・スライム/ゴールデン・スライム/スライムベス

スレイプニルSleipnir

●オーディンの愛馬
スレイプニルは、北欧神話の主神オーディンの愛馬です。脚が8本あるとされ、その名前(「滑る者」)の通り、あらゆる場所、たとえ海の上でも空の上でも、滑るように走り抜け、どんな馬にも競走で負けることはありません。

この馬は、北欧神話の悪神ロキと、魔法の牡馬スヴァディルファリが交わることで生まれました。その経緯は次のようになっています。


●牡馬とロキの子
巨人族の攻撃によって弱っていたアスガルドの壁は、ヴァン神族とアース神族との戦いで、ついに壊れてしまいます。
そんなとき、ある石工が馬を連れて「この壁を直しましょう」と言いました。その代わり、女神フレイアを妻にすること、太陽と月を彼のものとすること、などを条件として出してきます。

この申し出はあまりにも受け入れがたいものだったので、神々が悩んでいると、悪神ロキが「6ヶ月以内に直せたら、その条件を呑もう」と言い出したのです。
石工は頷き、その代わり、彼の馬スヴァディルファリの手伝いを求めました。神々はこれを了承します。

果たして、石工の仕事は早いものでした。神々は彼の要求を呑まなければならないとの不安に駆られ、ロキを責め立てます。
そこで、ロキは牝馬に変身し、彼の強力な助けとなっているスヴァディルファリを巧みに茂みへ誘い、翌日までそこにとどまらせます。

結局、スヴァディルファリが主人のもとへ帰るのが遅すぎたため、壁は期日までに直りませんでした。
怒った石工は、岩の巨人としての正体を表し、神々に襲いかかりました。それに対し、雷神トールは、ミョルニルと呼ばれるハンマーで応戦します。結果は岩の巨人の負けでした。

一方、馬の姿でスヴァディルファリと交わったロキは、子供を孕み、8本脚の牡馬を生み落とします。彼は、これにスレイプニルと名付け、オーディンに与えました。

スキュラSkylla

●ギリシア神話の怪物
スキュラ(スキュレー)はギリシア神話に登場する不死の怪物です。

シチリア島とイタリア半島の間にあるメッシナ海峡の洞窟に棲むと言われ、そこを通りかかるイルカやアザラシ、ポセイドンの妻アムピトリテの飼っているペットの怪物、果ては人間の船員までをも餌食にし、おまけに同じ海峡には大渦を巻き起こす怪物カリュブディスまでも棲んでいたため、メッシナ海峡はシチリア海最大の難所として恐れられていました。

彼女はテュポンとエキドナの子供とも、ポルキュス(ガイアの子)と女神クラタイイスの子供とも言われます。
その姿は上半身が美しい女性、下半身が六箇の長い頭とあごを持つ犬の頭と十二本の足という異形な姿です。
しかも、その犬の口には、サメのように、三列にぎっしりと歯が並んでいます。この他にも、下半身は六匹の犬であるとも、六つの頭でできた帯をしているとも言われます。

彼女の名前はギリシア語で「犬の子」ないし「引き裂くもの」「すさまじいもの」を意味する言葉から来ています。


●スキュラが怪物になった理由
スキュラが怪物になった理由は以下の通りとされています。

オウィディウスの「変身物語」によれば、彼女は女神クラタイイスの娘であり、水のニンフ(妖精)でした。しかし、海神グラウコスの求愛を受け、逃げ出してしまいます。

グラウコスは諦めきれず、友人の魔女キルケーに相談して媚薬を作ってもらうよう頼みました。しかし、キルケーはグラウコスのことを愛していたので、嫉妬心から、怪物になる薬を作ったのです。そして、スキュラがよく沐浴する池に流し込みました。

何も知らないスキュラは、いつものように沐浴しようと池に入り込みました。すると、またたく間に下半身が怪物へと代わってしまったのです。

彼女は怪物が現れたと思って逃げ出しますが、その怪物が自分の下半身のことだと分かると、絶望して海に出て、岩陰に身を潜めます。
しかし、下半身は怪物となってメッシナ海峡に現れ、そこを通る者を次々と餌食にしていったということです。


●「オデュッセイア」のスキュラ
ホメロスの「オデュッセイア」では、彼女はメッシナ海峡に棲む怪物として描かれています。

トロイア戦争から帰る途中、神々の策謀によってさまざまに遍歴を重ねることになった英雄オデュッセウスは、偶然メッシナ海峡を通ることになります。

この海峡にはカリュブディスとスキュラが棲んでいることを、他の船乗りから聞いていた彼は、真ん中を通れば襲われない、ということを聞きつけ、船をその方向へと進ませますが、幅が広い船なのでどちらかに寄らねば進むことができないことを知り、愕然とします。

そこで、彼はスキュラのいる方向へと船を進めます。
カリュブディスのいる大渦に巻き込まれると船そのものが壊れますが、スキュラならば最大で6人の仲間を犠牲にすれば、船そのものには傷がつかないからです。

果たして、スキュラの前を通りかかった時、彼女の6本の首はみるみるうちに伸びて6人の仲間をさらいますが、オデュッセウスはその間に船を先に進ませました。
スキュラはそれでもなお満足せず、再び一行に襲いかかりますが、オデュッセウスは2本の首を切り落として、何とかこの難所を切り抜けます。


●その他の話
これらの話の他にも、ヘラクレスの「十二の難業」のうち、「ゲリュオンの牛」において、彼が盗んだ牛の一匹をスキュラが食べたため、彼の強弓によって退治されたという話が残っています。この時は、彼女の父ポルキュスによって蘇生されました。

また、アルゴ探検隊がこの海峡を通ったという話もありますが、どうやって通ったのかはよく分かっていません。

やがて彼女は岩に姿を変えられました。

中世に入ると、スキュラは動物寓話集に海の怪物として挙げられるようになります。それによれば、彼女の上半身は美しい女性ですが、下半身は狼の身体とイルカの尾で構成されているそうです。


●スキュラの象徴するもの
スキュラはメッシナ海峡の岩礁を象徴し、カリュブディスは同海峡の潮流を象徴していると言います。
オデュッセウスがスキュラのいる側を選んだというのは、彼の乗った船が、すなわち死を意味する潮流に巻き込まれるよりも、最悪でも船に穴が開くだけで済む岩礁地帯を選んだということなのでしょう。

ちなみに、スキュラとカリュブディスの真ん中を通れば無事であることから、しばしば両者は「中立」「中庸」を象徴することもあります。



●亜種・別名など
スキュレー

シトリSitri

●情欲の悪魔
シトリは地獄の偉大な王族であり、公爵です。シュトリ、ビトルと呼ばれることもあります。
ソロモン72将のひとりであり、偽エノク書にその名前が記載されているデーモンでもあります。地獄の70個軍団を率い、刹那的快楽をつかさどります。

通常は豹の頭、またはさまざまな野生動物の頭を持った姿で現れ、背中にはグリフォンの羽が生えていますが、人間に変身する時は毒蛇を持った大変な美女に化けます。

愛と情欲に関するあらゆる能力を持ち、召喚師が命じれば、どんな女性でも裸で目の前に出現させることができます。
また、彼女の護符を道に埋めておけば、女性がその上を通りがかった時、突然裸踊りを始めると言います。



●亜種・別名など
シュトリ/ビトル

シレノスSilenos

●半人半馬の種族
シレノス(セイレノス)は、ギリシア神話に登場する、サテュロスに似た河と泉の神です。
ヘルメスの子ともパン神の子とも言われ、その姿は上半身が人間で、耳と下半身および尾が馬、鼻は獅子のように低いと言われます。

シレノスという名前は、「ワインで慢心となった」を意味するギリシア語から来ており、いつも酩酊した姿で現れます。
酒神ディオニュソスとは強い関わりがあり、その放浪に付き従いました。彼の養育係だったという説もあります。


●知恵の持ち主
性格は良く言えば奔放、悪く言えばスケベで、常にどこかのニンフの尻を追いかけています。ヘラやイリスのような女神に迫ったこともありました。

ただ、その外見、その性格に似合わず、素晴らしい知恵の持ち主とされ、彼を捕らえて強く迫った者にそれを教えると言います。
ミダス王は彼を酔わせて縛り上げ、また詩人のウェルギリウスは二人の羊飼いに彼を捕らえさせています。

のちにシレノスは、シレノイ(シレノス族)という部族にまで発展しました。
その指導者はパッポシレノス(シレノス爺さん)と呼ばれ、ルネサンス期にはこぞってこの「シレノス爺さん」を描くことが流行しました。
ローマ神話では、シレノイはサテュロスと同じものとされています。



●亜種・別名など
セイレノス/シーレーノス/セイレーノス

シルフ(シルフィード)Shylph/Shylpeed

●風の精霊
シルフ(シルフィード)は風の精霊です。中世の錬金術師パラケルススが、著書「妖精の書」で言及した存在で、地水火風のうち「風」の属性をつかさどり、地のノーム、水のウィンディーネ、火のサラマンダーとともに「四大精霊」の一つにも数えられます。

一般にシルフShylphとシルフィードShylpeedという二つの呼び名が知られていますが、シルフは種族名で男性の精霊を差す時に使い、シルフィードは女性の精霊を差す時に使います。

シルフィードの綴りについてはこの他にShylphid、Sylphidなど、いくつか存在します。
ちなみに、ゲームで有名になった「SILPEED」は、そのゲームを制作したゲームアーツ社の造語で、正確なものではないそうです(デザインの都合なのだとか)。
種族名については、別に「シルヴェストル」という呼称を使う場合もあります。

シルフの名は「森」「樹木」を表すラテン語シルヴァSilvaと、精霊を意味するギリシア語ニンフNymphを掛け合わせたものであるとも、チョウに変身する昆虫を表すギリシア語Silpheに由来するとも言われます。
前者の名前は梢の間を流れる、爽やかな風のイメージです。後者が青虫なのかサナギなのか、それとも成虫を差すのかは分かりません。


●シルフの伝承
シルフに関する伝承は、あまり多くありません。中世も終わりかけの16世紀に考えられたということもあるのでしょうが、それ以上に、妖精そのものにシルフのような「風」のイメージがあるので、わざわざ新たな伝承を作る必要がなかったことが大きいのではないかと思われます。

むしろ、風の精霊としては、シェイクスピアの「テンペスト(嵐)」に登場する「エアリアル」の方が登場頻度は高いと言えます。
その他に、アレキサンダー・ポープの「髪盗人」に、主人公の少女ベリンダを守護する存在としてシルフのような者が登場するくらいです。

なお、民間伝承では、この妖精は人間と妖精のハーフであり、男女両性の特徴を持つ存在と考えられていました。
次第に、人に束縛されぬ軽やかなスタイルから、風を身にまとう乙女の姿と考えられるようになり、貞節な人は死後シルフになるとも言われました。
オカルトの世界では、シルフは「胆汁質」の人にのみ作用すると考えられています。


●シルフの目撃例
彼らに関する伝承が少ないのは、もう一つ、その実在が長い間信じられてきたことも影響しているかも知れません。
中世の魔法書には「シルフとの出会い方」なんてものが結構多く書かれていて、それを実際に試した人も厖大な数に上ったようです。

ちなみに、この精霊は、「風」らしく高いところを好むようで、彼らに出会いたければ「教会の尖塔に上」ったり、「高い場所に綱を張り、その間を歩く」のが良いとされています。「高山の頂上で逆立ちをする」なんて変わったものもあります。

20世紀初頭に実在した魔術師ダイアン・フォーチュンは、高所恐怖症でありながら高山の頂上に上って、見事シルフと出会うことができたと言われています。


●シルフの名を冠するもの
風のように舞い踊るというイメージから、シルフの名はしばしばバレエダンサーの尊称としても使われます。
「シルフィード」「エアリアル」の名を冠する演目は結構な数に上り、特に「ラ・シルフィードLa sylphide」と名付けられた作品は19世紀バレエの最高傑作と言われ、初演から100年以上経った今でもしばしば演じられます。

また、空を自由に駆けめぐるという辺りから、戦闘機の美称としても使われ、特にゲームやSF作品などでその傾向が強いようです。
こうして「シルフ(シルフィード)」の名を与えられたものとしては、神林長平のSF小説「戦闘妖精・雪風」に登場する「スーパーシルフ」や、さきに少し触れたゲームアーツ社の「シルフィード」などが挙げられます。



●亜種・別名など
シルフィード(女性形)/ジルフェ/シルヴェストル/エアリアル(神の炉)/エリアル/エア・エレメンタル(空気の精霊)

セラフィムSeraphim

●上級第一位の天使
セラフィムは、上級第一位から下級第三位まで九階級に分かれている天使の中でトップ、すなわち上級第一位に位置する天使たちです。

キリスト教の教義では「熾天使(してんし)」の名が与えられ、ミカエル、ガブリエルらの、いわゆる「大天使」と呼ばれるものはここに入ります(ただし、大天使を下級第二位に位置づける説も有力です)。

セラフィムの名前は、「輝くもの」もしくは「燃えるもの」を意味するヘブライ語から来ており、その名の通り、絵画などでは炎のような赤い姿で描かれます。
彼らは神と直接会話ができる数少ない存在であり、純粋な「光」と「思考」の存在として愛の炎と共鳴します。

彼らの指揮官は諸説あってはっきりしていませんが、ウリエル、メタトロン、堕天する前のルシファー、ケムエル、ナタニエル、ガブリエルなどの名が挙がっています。

一説には、古代バビロニア(現在のトルコ)にルーツを持つと言われ、雷の閃光の擬人化ではないかと考える向きもあるようです。


●セラフィムの姿
彼らは「イザヤ書(6.1~2)」の記述によれば、6枚の羽を持つと言われ、そのうち2枚は顔を覆い、2枚は足を隠し、残り2枚で空を飛ぶと言われています。

手にはサンクトゥス、すなわち「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と刻まれた歌詞を刻んだ「炎の短剣(聖扇)」もしくは旗を持っています。

しばしば、ケルビム(上級第二位の天使)と同じく車輪に乗った姿で描かれることもあり、この車輪も天使の一種、オファニム(座天使、上級第三位の天使、トロニとも言う)なのだそうです。


●美術・伝承に見るセラフィム
セラフィムは神の玉座を直接守護するものとして、教会の内陣周辺の天井へ、ケルビムとともにしばしば描かれました。
ロマネスク美術(11~12世紀)以降は、特に教会入り口の外壁面を飾る装飾群の中にその姿を見ることができます。羽の先に孔雀のような目が描かれることもありました。

彼らは聖人伝説にも頻繁に登場し、マリアたちへの受胎告知やイスラムの宗祖ムハンマドのエピソード、「聖処女」ジャンヌ・ダルクへの呼びかけや、聖フランチェスコの聖痕を授かるシーンなどにその姿を認めることができます。



●亜種・別名など
セラピム

セイレンSeiren

●歌う怪物
セイレン(セイレーン)は旧約聖書外典「エノク書」、およびギリシア・ローマ神話に登場する、半人半獣のかたちをした怪物です。
けたたましい音を立てる「サイレン」の語源としても知られます。

セイレンという名前は、「ひもで縛る」あるいは「干上がる」を意味する言葉seirazeinに由来すると言われています。綴りは通常知られるSeirenのほか、Sireen、Sirene、Syreneなどがあります。

一説にはバビロニア神話に起源を持つと言われ、旧約聖書外典「エノク書」では、堕天使に仕え、特に男たちを快楽に引きずり込む魔性の存在として描かれます。

彼女たちはその美しい歌声で船乗りを惑わし、生きた人間を殺して食う存在として知られました。周りには彼女たちに食われた人間の遺体や骨が山積みになっていたとも言います。

一説には、セイレンは天国と地獄の間をさまよう罪深い死者の魂であり、生者の国からも死者の国からも隔てられていると考えられたため、絶海の孤島に棲んでいるのだとされています。


●ギリシア・ローマ神話のセイレン
セイレンはホメロスの「オデュッセイア」およびオウィディウスの「変身物語」に登場し、エノク書と同じく、船乗りを歌で惑わし、その肉を食らう存在として描かれます。

ホメロスの「オデュッセイア」によれば、オデュッセウスたちがポリュペモスの島を離れ、魔女キルケーの島に立ち寄って、彼女に歓待され、しばらく後に島を離れようとした時のこと。キルケーは「この先に3種類の怪物あるいは魔女がいる」とオデュッセウスに教えます。「スキュラ」「カリュブディス」、そして「セイレン」です。

特にセイレンは、歌で船乗りたちを惑わして座礁させるため、絶対に近づいてはならない、そして彼女らの歌を聴いてはならない、とキルケーは彼に伝えます。そのためには、耳にロウを詰めるといい、と対処法を教えるのです。

セイレンの島に近づいた時、船乗りたちは温めた蜜蜂ロウを耳に入れてふさぎ、彼女の歌を聴かないようにします。オデュッセウスはと言えば、彼女の歌がどのようなものなのか聴いてみたいため、自分を帆柱に縛り付けさせます。

自分の歌を聴いているはずなのに、一向に近づいてこない船を怪訝に思い、セイレンたちはオデュッセウスに話しかけます。オデュッセウスはたちまち魅惑され、縄を解いてひとり近づこうと試みます。

ところが、彼の部下であるペリメデスとエイリュロコスがしっかりと縄を縛り直したため、船は無事にセイレンの島を通過してしまいました。それをセイレンたちは悔しがり、海に身を投げてしまいます。


●アルゴ探検隊とセイレン
ホメロスはまた、オデュッセウスよりも先にこの海域を通過した一行のことについて触れています。その一行とは、有名なアルゴ探検隊のことです。

彼らは耳をふさぐ代わりに、ケンタウロス族の長老ケイローンの予言に従って乗船させたトラキアの詩人、オルフェウスに琴をかき鳴らさせ、セイレンたちの歌を圧倒します。
ひとり、アテナイの養蜂家プーテスを除いて全員が正気に返り、プーテスも美と愛の女神アプロディテに助けられたため、一行は誰も欠けることなく、その海を無事に過ぎたということです。

この時も、セイレンたちは誇りを打ち砕かれて、海に身を投げてしまいます。


●中世のセイレン
ギリシア彫刻におけるセイレンは、一般にとがった乳房に水かきのある足、羽のある尾を持った姿で描かれます。また、古代ギリシアの人びとは、彼女たちを単なる怪物ではなく、熱病の権化として認識していました。

紀元前2世紀のギリシアの学者アポロドーロスは、セイレンを3人の乙女と位置づけ、ひとりは竪琴を鳴らし、ひとりは歌い、ひとりは笛を吹いたとしています。

中世のベストセラーとして名高い「フィシオロゴス(動物寓意譚)」にもセイレンは登場しています。
そこではセイレンは「鳥女」と表現され、ケンタウロスと並んで「異教」を象徴する存在として描かれました。「人間と動物のどちらにも属する者は、キリスト教と異教の双方を信じている者に似ている」という理由からです。

ロマネスク美術の時代(11~12世紀頃)に入ると、彼女たちは「美女」から「醜悪な怪物」として描かれるようになり、しばしば「死」のメタファー(隠喩)として描かれました。墓標にセイレンの似姿が彫られることもあったということです。


●人魚としてのセイレン
私たちがいま知る「鳥の羽が生えた人魚」みたいなセイレンの姿が定着するのは、13世紀ごろと言われています。
一説には、ギリシア語で「羽」を意味する言葉pennisと、「ひれ」を意味する言葉pinnisが似ていたため、羽の生えた人魚という姿が生まれたのではないかとも言われています。

中世の旅行家たちは「海でセイレンに出会った」という話をこぞって書き残しました。

二叉の尾ひれを持つセイレンも頻繁に描かれました。
その姿はしばしば建築物や家具、チーズのモチーフとして使われ、現在でも、コーヒーチェーン店(スターバックス)のマークに、二叉の尾を持つ人魚の姿が用いられています。



●亜種・別名など
セイレーン/セイレーネス(セイレーンたち)/アルクオペメ/テルクシーペイ/パルテノペ/ピノシエ/リギア/レウコシア

セーレSeere

●瞬間転送の悪魔
セーレは地獄の公爵です。ソロモン72将のひとりに数えられ、翼のある銀色の馬に乗った、髪の長い男の姿で現れます。その目は氷のように冷たく、髪はトウモロコシ色をしていると言います。

術者の望むものを、どんなものでも、まばたき一回の間に取り寄せる能力があり、また、彼のもとにいる者の運を上向かせます。

悪霊の26個軍団を率い、「移動」「探求」をつかさどります。



●亜種・別名など
セイル

シアバーンSearbhan

●一つ目の巨人
シアバーンはケルト神話に登場する巨人です。巨人族フォヴォリのひとりとされており、ひとつの目、ひとつの腕、ひとつの脚のみを持っていました。

彼の役割は、誰もあえて近づこうとしない魔法の木を、日がな一日、その根元に座って見守ることです。

ある時、フィアナ戦士団長フィン・マク・クールの妻グラーネと英雄ディアミルドが駆け落ちした際、彼らはこのシアバーンと仲良くなり、魔法の木の枝にかくまってもらいます。
しかし、グラーネがこの木の実を食べようとしたため、シアバーンは怒り、ディアミルドと対立します。そして、彼はディアミルドの棍棒によって打ち殺されてしまうのです。

シーホース(海馬)Seahorse

●海神を曳く馬
シーホース(海馬)は、ギリシア語でヒッポカンプス(海の怪物の馬)とも呼ばれます。
この怪物は、古代メソポタミアやギリシア、インドなど、馬が存在した文明には必ずと言っていいほど登場する存在で、その姿も馬そのものとか、魚の尾が生えた馬などとか、千差万別です。

ギリシア神話では、魚の尾の生えた馬であるとし、ポセイドンの馬車を曳く存在として登場します。
最初は神々の乗り物としての役割を果たしたものの、後年になると人を襲う、邪悪な存在として描かれるようになります。


●海馬の目撃例
スイスの博物学者コンラート・ゲスナーのように、「シーホースなど神話時代の動物だ」と切り捨てる向きがあったことは事実ですが、しばしば、旅行記などに「シーホースを見た」という目撃例が現れたのもまた事実です。

博物学者オラウス・マグヌスは「北方民族文化誌」の中で、ブリタニア(ブリテン島)とノルウェーの間に登場するシーホースを紹介しています。
それによれば、「馬のような頭を持ち、馬のようにいななくが、足と蹄(ひづめ)は牛のようであり、魚のように二叉に分かれた尾を持っている」という姿をしているそうです。

また、陸でも海でも、しばしば餌を求めて出現することがあるということですが、捕まえられることは滅多にない、ともされています。


●「千夜一夜物語」のシーホース
千夜一夜物語の「シンドバッドの冒険」には、シーホースの話が出てきます。
それによれば、毎月新月の夜に、まだ牡馬と交わったことのない牝馬を海岸に繋いでおくと、シーホースがその匂いをかぎつけてやってくるというというのです。

このシーホースが牝馬と交わると、地上ではひと目することのできない立派な馬が生まれるとされています。


●ヨーロッパの紋章
ヨーロッパの紋章には、このシーホースがしばしばモチーフとして用いられました。
しかし、その姿は神話時代のものとはかけ離れており、馬の頭と胴体は一緒ですが、魚の背びれに煮たたてがみ、水かきのついた前足、魚の尾びれを持ち、中にはトビウオのような翼が生えているものもあると言います。



●亜種・別名など
ヒッポカンプス/ヒッポカムプス

スキアポデスSciapodes

●大足の種族
スキアポデスはスキアポッド、スキャポデスとも呼ばれる種族です。その姿は人間に似ていますが、足は大きなその一本しかなく、その足で敏速に走ることができます

この種族は1世紀の著述家プリニウスの「博物誌」で紹介され、人口に膾炙(かいしゃ)することとなりました。「博物誌」の記述を引用すると、彼らはモノコリと呼ばれ、暑い季節には仰向けに寝てその足をかざし、巧みに日よけをすると言います。
プリニウスは彼らをインドに棲む種族としていますが、一説にはリビア(現在の北アフリカ)に棲むとも言われています。


●「インド誌」のスキアポデス
この種族が考えられたのは古く、紀元前のクテシアスの「インド誌」にその存在が記述されています。
当時のインドにはさまざまな怪種族が存在していたと考えられ、「インド誌」には荒唐無稽な種族がこれとばかりにたくさん紹介されています。代表的なものとしては、犬の頭を持つキュノケファルス、極端に背の低い小人種族ピュグマイオイなどがいます。

ちなみに、中国の怪物書とも言うべき「山海経」にもスキアポデスのような怪物の挿絵が描かれています。

面白いことに、彼らは固形物を食べず、いつも持っている果物の匂いを吸って生きていると考えられました。そのため、果物がしなびて匂いを発しなくなると、スキアポデスも死んでしまうと言われています。


●スキアポデスのバリエーション
スキアポデスは後世に入ると、さまざまなバリエーションが考えられるようになります。
たとえば足に水かきがついていたり、普通の人間のような二本足、さらには四本足の持ち主で、そのひとつが巨大な足になっているというものまで登場します。
イングランドのデニングトンの教会には、二本足の他にひとつの大きな足を持つスキアポデスの像が彫られた長椅子が存在します。

ちなみに、ローマ法王の書簡を持って中国(元)におもむいたフランチェスコ会の宣教師ジョヴァンニ・ダ・マリニョリは、著書「ボヘミア年代記」の中で、スキアポデスなどのような怪種族はすべて空想の産物であり、インドでは日傘が発達したからそのような種族が考えられたのだ、と一蹴しています。



●亜種・別名など
スキアポッド/スキャポデス

サテュロスSatyr

●半人半山羊の怪物
サテュロス(サテュル、サテュルス)は半人半山羊の怪物です。
酒と踊りと音楽を愛し、悪戯や快楽を好みます。狭い額としし鼻、尖った耳、山羊の尾、毛むくじゃらな身体と割れたヒヅメを持っており、その姿は猿にも山羊にも似ていると言います。

アルカディアの神パンと混同されることがありますが、両者に直接の結びつきはなく(パンの子供シレノスに従っているという説もありますが)、山羊の下半身を持つという部分が拡大解釈された結果でしょう。
のちにギリシア神話の酒神ディオニュソスと結びつけられ、放縦な踊りと遊戯を繰り広げる者として描かれました。

ちなみにサテュロスの名は古代ギリシア語のsatyrosに由来し、その意味するところは「扇動する者」「種をまく者」です。


●博物誌に見るサテュロス
この怪物は実在が信じられたもののひとつで、1世紀の博物学者プリニウスの「博物誌」では、カタルクルディ(インド東部)に棲んでいるとされています。
非常に敏捷であり、時に四つ足で歩いたり、二本足で走ったりして、捕まえるのは非常に難しいとも言われます。

中世にはその異形の姿から、悪魔と同一視され、サバトには必ず彼の姿があるとされました。

16世紀の博物学者オラウス・マグヌスは「北方民族文化誌」の中で、パンのローマ名であるファウヌスとともにその名前を挙げ、両者を北方の多くの地方で踊り回る幽霊のたぐいと書き残しています。


●サテュロスの象徴するもの
サテュロスは地下に棲むと考えられたことから、豊穣の知恵、あるいは冥界(=未来)を表します。また、気ままと愚行、欲情を象徴します。



●亜種・別名など
サテュルス/サテュール

サレオスSaleos

●縁結びの悪魔
サレオス(ザレオス)は地獄の公爵で、ソロモン72将のひとりです。

公爵冠をかぶり、ワニ(クロコダイル)に乗る獰猛な戦士の姿で顕現し、酒をこよなく好みます。
人びとの間に愛をふりまくことを何よりも好むという、悪魔にしては妙な性癖を持っています。男女の仲がもつれそうになった時は彼の出番です。

つかさどるものは「矛盾」「艱難辛苦(かんなんしんく)」「犠牲」「困難」です。
地獄の30個軍団を率います。



●亜種・別名など
ザレオス/サロス

サラマンダーSalamander

●火の精霊
サラマンダーは中世の錬金術師パラケルススが、著書「妖精の書」で言及した精霊です。
地水火風の属性のうち「火」をつかさどり、「四大精霊」のひとつにも数えられます。炎の中で自在に動くことができる反面、この炎から離れて生きることはできません。
しばしば「火トカゲ」の名前で呼ばれることもあります。


●サラマンダーと山椒魚
もともとは、トカゲではなく山椒魚を差していたらしく、サラマンダーという名前も、ラテン語で「山椒魚」を意味するサラマンドラSalamandraに由来するものです。

おとなしい両生類が火の象徴というのも奇妙な話ですが、古代ローマ時代、この動物は氷のように冷たく、火に触れるだけで溶けると考えられていたのです。
恐らくは水辺に多く棲み、身体が粘液でヌラヌラと常に濡れていることからの連想でありましょう。

その「火に弱い」ハズの山椒魚は、同じく古代ローマ時代に存在した(と考えられた)有翼の火トカゲ「ピュラリス」のイメージと次第にごっちゃにされて、何故か火に強いトカゲと考えられるようになります。
トカゲの仲間には、火に放り込むと体液を分泌して体温を下げようとするものがあります。

いずれにしても、はっきりしていることは、パラケルススが指摘する遙か前から、このような「火に強いトカゲ」の存在が指摘され、その生態が考えられてきたと言うことです。


●サラマンダーと錬金術
この動物は、錬金術に欠かせぬ「火」をつかさどることから、錬金術そのものの象徴と見なされました。
ゆえに、巷間の錬金術師たちはこぞってこの奇妙な「火トカゲ」を崇め、奉り、その存在を信じてきたのです。

実在を疑わぬ人も多く、イタリアの彫金師チェリーニや、アイルランドのノーベル賞詩人W・B・イェイツのように、実際に「サラマンダーを見た!」と主張する人も少なくありません。
ちなみに、イェイツは20世紀まで生きた人物です。アイルランドの独立運動にも参画しています。

実在が信じられた根拠の一つは、「サラマンダーの皮」と称するものがヨーロッパじゅうに広く出回ったことによるものです。

この皮は、まるで綿のように柔らかいのに、火にかけても燃えるどころか焦げすらつきません。
もちろん、その正体は精霊の皮でも何でもなく、今話題の石綿(アスベスト)の布に過ぎないわけですが、人々はそんな無味乾燥な真実より、火を食べて熱に強くなったトカゲの皮だ、あるいは火の糸を紡いで作った炎の布だ、というロマンチックな伝説の方を信じました。

江戸期の日本にも、しばしばこの「サラマンダーの皮」が持ち込まれたようで、発明家・平賀源内はこの不思議な布に「火浣布(かかんふ)」という名前をつけています。「火で浣(あら)う布」の意味です。


●サラマンダーの外見
サラマンダーの外見は伝承によってさまざまです。これは、広い地域で多くの人に語り継がれてきたためだと考えられています。

一般的には、「火トカゲ」の名にあるように炎に包まれるトカゲの形と言われておりますが、人間の姿を取るとするものも多く、ヨーロッパの民話ではしばしば「女性」の姿で描かれます。
炎→情熱的→女性という連想によるものでしょうか。なお、情熱的な女性は死ぬとすべてサラマンダーになるという説もあります。

ゲームを含む現在は、ほとんどの場合、男性の形で描かれるようです。
こちらは炎→燃える→攻撃的→男(漢)のイメージでしょう。アラビアの魔神イフリートのイメージも、もしかすると影響しているかも知れません。


●エンターテイメント作品に見るサラマンダー
サラマンダーは四大精霊という属性のゆえか、敵役として、あるいは魔法の源泉として、多くのエンターテイメント作品にその名前が登場します。
ただ、同じ炎系の精霊であるアラビアのイフリートと混同されやすいのも彼らの特徴で、地のノーム、水のウィンディーネ、風のシルフといった部分は共通しているのに、なぜか火の精霊のみイフリートに置き換えられているといった作品もしばしば見かけます。



●亜種・別名など
サラマンドラ/サラマンドル/火トカゲ/ピュラリス/ヴァルカン/ファイア・エレメンタル(火の精霊)

サブナクSabnak

●戦士の悪魔
サブナクはサブナック、サブノック、サブナッケ、サブラク、サルマクとたくさんの異名を持つ悪魔です。
地獄の大侯爵であり、ソロモン72将のひとりに数えられ、50の軍団を率います。

蒼ざめた馬に乗った、獅子頭の獰猛な戦士の姿で現れ、攻撃にも防御にもすぐれています。
まじないの力を持っており、敵に負わした傷は、30日以内に化膿して蛆が湧くとされます。また、別の説では、彼は癒しがたい傷を治す力を持っていると言います。恐らくはその両方なのでしょう。

人間時に変身する時は、2頭の馬を引き連れた女性の姿を取ります。

彼が重宝されるのは、軍備や城、塔などを一瞬のうちに、どこからともなく取り寄せる力を持っているためです。
ただ、陰険なことを考えさせれば彼の右に出る者はいないとも言われ、その意味では危険この上ない存在です。

「鋭敏」「衝動」「狭量」「制約」をつかさどります。



●亜種・別名など
サブナック/サブノック/サブナッケ/サブラク/サルマク

ロノヴェRonove

●怪物の悪魔
ロノヴェ(ロノウェ、ロンウェとも言う)は、地獄の侯爵にして伯爵です。

姿はよく分かっておらず、赤い霧のようなものだという説もありますが、コラン・ド・プランシーの「地獄の辞典」では、耳の大きな、尻尾の生えた人間じみた怪物に描かれていました。19の軍団を率います。

術者に修辞学と言語学を教え、また、万人の好意を得る術を授けます。また、呼び出した魔術師に忠実に従うと言われています。

ソロモン72将のひとりとされています。



●亜種・別名など
ロノベ/ロネベ/ロネヴェ/ロンウェー/レノヴェ/レノウェ

ロックRoc

●巨大な怪鳥
ロックはルクとも呼ばれる、巨大な怪鳥です。
インドやペルシア、アラビアに至る地域でその存在が信じられ、その両翼の全幅は30ペース(約40.6メートル)に及び、羽の大きさは12パーム(約2.4メートル)になると言われています。象をそのかぎ爪でやすやすとつかみ、持ち帰って雛の餌とします。

かの「千夜一夜物語」にもこの鳥は登場し、シンドバッドはこの鳥の足に自分の身体を結びつけて、宝石で埋まる谷へ降り立ったと言われます。


●ロックの伝説
さまざまなヨーロッパの冒険家や旅行家がこの怪鳥について言及しておりますが、最も有名なのはマルコ・ポーロによるものでしょう。

彼は「東方見聞録」の中で、中国の宮廷においてこの鳥の巨大な羽毛を見たと述べており、また、マダガスカルに飛来するグリフォンとは、従来言われているようなライオンと鷲のキメラ(複合動物)ではなく、鷲に似ているが、ただとてつもなく大きいもののことだ、と言及しています。

中世のベストセラーとして名高い「東方旅行記」の作者ジョン・マンデヴィルは、インドに棲むグリフォンのことを紹介していますが、これはロックのことではないか、と考える研究者もいます。
ちなみにマンデヴィルによれば、このロック=グリフォンが出現する時は、その巨体によって太陽が隠されると言います。


●ロックのモデル
ロックのモデルは、一説によれば、古代にマダガスカル島に棲んでいたエピオルニス・マキシムスであると言われています。この鳥は頭高が5メートルに及び、卵は30センチにもなったそうです。
また別の説では、インドの伝説上の鳥ガルーダがそのモデルとなったとも述べられています。

いずれにしても、各国の大きな鳥の伝説がモデルとなって、あるいは混同されて、ロックというひとつの巨大な鳥となって伝えられたことは充分に考えられることです。



●亜種・別名など
ルク/ロック鳥

ラウムRaum

●カラスの悪魔
ラウムは地獄の大伯爵です。30個軍団を率い、ベルゼブブの財務局長を務めます。
かつては座天使(上級第三位の天使)でしたが、ルシファーが天に叛旗を翻した時、ルシファーの側に荷担し、その地位を失いました。ソロモン72将のひとりです。

外見は血にまみれた爪を持つカラスの姿であり、人間時には炎色の衣をまとった女性の容姿を取ります。

過去・現在・未来の予言を行い、恋愛を成就させ、また、敵味方の和解も得意とします。
建物と名声を破壊する力があり、呼び出される場合はもっぱらその力を期待されるようです。言動は正直であり、召喚されると術師には、他人から金を盗んで与えると言います。

現在はルシファーの6副官のひとり、ベルゼブブの財務を担当しているため、呼び出すにはまずベルゼブブとの交渉が不可欠です。



●亜種・別名など
ライム

ラジエルRasiel

●秘密の天使
ラジエルは座天使(上級第三位)の天使の長であり、アクラシエル、ガリツル、ラツィエル、レジエル、サラクエル、スリエルなどさまざまな異名を持ちます。
「アクラシエル」という別名が天使ラグエルと同じため、このふたりは同一の存在ではないかと考える向きもありますが、キャラクター的にはラジエルは記録係、ラグエルは内部監視担当と大きく違っており、別個の存在と考えるのが妥当でしょう。

ラジエルの名前の由来は「神の神秘」もしくは「神秘の天使」を意味する言葉から来ており、その名の通り、「秘密」を取り扱います。

地上と天上のあらゆる秘密を知っており、さらに、それを一冊の本にまとめました。本と言ってもサファイアの石版ですが、この書物は彼の名を取って「セファー・ラジエルSefer Rasiel(天使ラジエルの書)」と呼ばれました。

その内容は72に及ぶ神の名、670に及ぶ密教的な謎、1500項目に及ぶ秘訣となる知恵であり、世界中のありとあらゆる秘密、たとえば宇宙の秘密や魔術・奇跡の起こし方などが書いてあると言います。
ただ、秘密の文字で記されているため、人間がそのまま読んでも理解することはできません。


●天使ラジエルの書
伝説によれば、ラジエルはこの書を人間に与えたいと思い、まず最初に土から生まれた人間アダムにそれを与えたと言います。アダムは楽園追放ののち、この本を失いますが、やがてラファエルの手によってこの本は返されます。

アダムは息子セトにこの書を残し、セトはアブラハムに伝えました。アブラハムはこの書の一部をエジプトに伝えたので、エジプトは魔術や神秘に強いのだそうです。

別の伝承によれば、この書はいったん、自分たちに与えられなかったことを恨んだ天使によって盗まれ、海に捨てられます。
そこで神は「原始の海の王子」の異名を取るラハブに命じてそれを引き上げさせました。やがてこの書は「エノク書」の名で有名な預言者エノクに渡り、「エノク書」を書く時に利用されたと言います。

「ノアの方舟」のノアにもこの書が渡ったことがあり、方舟の技術はこの書によるところが大きいと考えられています。

時代が下がると、巨人ゴリアテを倒した王ダヴィデの手に渡り、次いでその息子ソロモンが所有するに至ります。
ソロモンは72の大悪魔を使役するなど、さまざまな魔術を使ったことで知られますが、その知識の源は「ラジエルの書」の知恵によるものだと言われています。


●実在する「天使ラジエルの書」
実は、「天使ラジエルの書」と称されるものは実在します。
むろん、天使が書いたものではなく、実在の人間が天使の書に擬して書いたものですが、13世紀にはグリモア(魔術書)のひとつ「モーセの剣」でその名が上げられています。

この本には不思議な効能があり、持っているだけで火災の予防になると信じられました。
19世紀には25の版を重ねるに至り、2000年には1701年にアムステルダムで書かれたヘブライ語版をもとに、英語版が発行されました。



●亜種・別名など
アクラシエル/ガリツル/ラシエル/ラツィエル/レジエル/サラクエル/スリエル

ラファエルRaphael

●治癒の天使
ミカエル、ガブリエルの名前はつとに有名ですが、ラファエルも彼らに劣らぬ高い知名度を誇ります。

もともとはカルデア(トルコ南部)の神もしくは天使であり、ラビエルLabbielと称しておりましたが、その後「神の癒したもう者」を意味するラファエルに名前を変えています。
天使の第一位「熾天使(セラフィム)」にある数少ない存在で(他の位だという説もあり)、ミカエル、ガブリエル、ウリエルらとともに「天界の四大天使」のひとりにも数えられます。

彼は人間の守護者であり、あらゆる癒しを与えてくれます。
旧約聖書で年老いたアブラハムの割礼(性器の皮を切る儀礼)に際して、その痛みを和らげ、また神と戦って腿を負傷したヤコブ(アブラハムの孫)を治療したのも、このラファエルです。
ゆえに、彼をして「医者」「外科医」「「人間の霊魂を見守る者」「癒しを行う輝ける者」と呼びます。


●聖書に見るラファエル
このラファエルが、初めて文献に登場したのは、旧約聖書外典の「トビト書」においてだと言われます。彼はアザリアという青年の姿に扮し、預言者トビトの息子トビアとともに旅をします。

その途上、彼らはサラというひとりの女性に出会います。彼女は悪魔アスモデウス(アスモダイ)に呪われた存在で、過去に七度結婚しましたが、いずれも初夜のうちに夫を失ったので、今では誰もがこの女性を避けるようになったのです。

事態を諒解したアザリア(ラファエル)は、以前にトビアに命じて捕まえさせていた魚を荷物の中から取り出します。そして、その心臓と肝臓、胆嚢を火にくべはじめました。
実は、悪魔はこれらの臓器が火に燻される臭いが大嫌いなのです。

すぐにアスモデウスはサラの身体から飛び出て、エジプトの方に逃れようとしますが、ラファエルはすぐにその後を追いかけて縛り上げました。
こうして悪魔の呪いから逃れることができたサラは、その後アザリア(ラファエル)の勧めによってトビアとめあわされ、二人は倖せな結婚生活を送ったと言うことです。


●ラファエルの役割
ラファエルはその知名度に相応しく、さまざまな役割を持っています。
太陽の補佐役を務め、中級第二位の天使である力天使(ヴァーチュズ)の長を兼任し、南方や西方をつかさどり、第2天と夜風を監督して、「エデンの園」に生えている「生命の樹」を守護します。

「生命の樹」とは、その名の通り生命の象徴となる聖樹のことで、後世にはカバラ学者(ユダヤの神秘奥義の研究者)やフリーメーソンの思想の拠りどころにもなったものです。また、科学や知識、理性などをつかさどります。

しかし、何と言っても、彼の最大の役割は、その名前(ラファエル=神の癒したもう者)からも分かるように、苦しむ人々に救いの手を差し伸べ、癒しを与えることです。とりわけ、預言者トビトの失明を治したことから、眼病の治療に強いと考えられています。

ちなみに、神々の伝令者として世界中を飛び回ることが多いのも、彼の特徴です。
ソロモンが神殿を建てるために神に祈ったところ、神はあらゆる悪魔を支配することのできる指輪を彼に与えましたが、ラファエルはそれを天国から運ぶ役割を与えられました。


●ラファエルの姿
ラファエルはミカエルやガブリエルらとともに、さまざまな絵画やレリーフのモチーフになってきました。
もっとも、そこに描かれる姿と言えば、美しく立派ではあるものの、ミカエルやガブリエルらと較べてそんなに際立った特徴のない普通の青年の姿です。
「トビト書」以外に、これといった派手な活躍を見せることがないからでしょうか。ミルトンの「失楽園」にも「愛想の良い大天使」と書かれていて、後ろの方でニコニコしているような好青年のイメージで描かれます。

彼の象徴は巡礼者の杖と魚です。魚の代わりにその内臓を入れる小箱の場合もあります。むろん、これは「トビト書」にある青年トビアとのエピソードに基づくものです。

彼が生物の前に現れるときは、3枚(6枚説もあり)の大きな羽を持つ姿を取ります。その大きな羽を全身にまとわりつかせて、神々しいまでの威風を漂わせます。

ラグエルRaguel

●天使を監視する天使
ラグエルはラグヘル、ラスイル、ルファエル、スルヤンなどさまざまな名前を持つ天使です。
その名は「神の友」を意味する言葉から来ていると言われ、旧約聖書偽典のエノク書によれば、エノクを天国に運んだのがこの天使だと言われます(別の天使という説もあり)。エノクはこの天使のことを「大地の天使」と呼びました。

彼はミカエル、ラファエル、スリエルらとともに、「この世と光明のために復讐をする」聖なる天使のひとりだと言われています。

「復讐」とはかなり物騒な表現ですが、この言葉は他の天使が堕落しないように同僚たちを「疑う」役割を与えられていると解釈することもでき、つまりは内部監視役、会社で言えばコンプライアンス(内部統制)の任に当たる天使と言うことができるでしょう。

また、ラファエルの統治する第2の天国の守護天使としても活躍します。


●追放された天使
この天使は一度、ローマ教皇によって「追放」されたことがあります。西暦745年、ローマ法王庁の教会会議において、教皇ザカリアスにより告発されたのです。

どのような理由で告発されたのかはよく分かっておりませんが、一説にはオリベルとトビエルという堕天使にそそのかされて、聖者のふりをしたからだとも言われています。
ラグエル以外にも、テュブエル、イニアス、ザバオク、シミエルといった天使が堕天使として「追放」されました。
何人かの司祭がこの天使を尊ぶよう説得しましたが、それらの司祭も「異端者」に連なる者として法王庁から破門されました。

恐らく、天使信仰が加熱する中で、特に尊敬を集めていたラグエルが、手っ取り早いスケープゴートとして利用されたのではないかと考えられています。



●亜種・別名など
ラグヘル/ラスイル/ルファエル/スルヤン/アクラシエル

ピュトンPython

●デルフォイの番人
ピュトンはギリシア・ローマ神話に登場する大蛇です。神託で有名なデルフォイの泥から生まれたとされ、大変に大きく、神託所のある場所をすっぽりとぐろで巻いていたとされています。
アポロンがピュトンを殺し、我がものとするまでは、ピュトンが神託をつかさどり、人間にそれを与えていました。


●アポロンとピュトン
ピュトンは神託により、レトの子によって殺されるであろうという予言を得ていました。そのため、レトがゼウスによって孕まされた時、彼女を殺そうと謀っていたと言います。

しかし、ヘラがレトに対し「太陽の下で産むことあたわず」と言った時、ゼウスはポセイドンに頼んで、デロス島を海の水で完全に囲んでもらい、その中でレトは子供を産んだため、見つけることができませんでした。

果たして、産んだ子供のひとりアポロンは、予言通り、生まれて3日目でピュトンを射て、大地の裂け目に投げ込んで殺し、デルフォイの地を手に入れるに至りました。
デルフォイで巫女たちがトランス状態に陥るのは、ピュトンの死体から立ち上るガスによって起こるものだとされています。


●ピュティア祭
アポロンはピュトンを殺した後、その灰を石棺に収め、ピュトンのために葬礼競技ピュティア祭を催しました。
これは、器楽、詩、激、朗誦と運動競技、馬の競技を行うもので、古くは8年ごと、紀元前582年からは4年ごとに行われました。勝者にはメダルならぬ月桂樹の冠が与えられたと言います。



●亜種・別名など
ピュートーン

ピュグマイオイPygmaioi

●ギリシア神話の小人
ピュグマイオイ、別名ピグミーはギリシア神話に出てくる小人族の名前です。ピュグマイオイは複数形で単数ではピュグマイオスと言います。

丈がpygme(=35センチ)、すなわち常人の肘から拳までの高さしかなく、アフリカ、インド、もしくはスキュティア(スキタイ、黒海沿岸)の山中に住むと言われており、著述家プリニウスによれば羽毛と卵のかけらを混ぜ合わせた泥で小屋を建てるといい、アリストテレスは地下洞に住むと述べています。

なぜか男根は人間並みに大きいとされ、人間の娘オイノエーと結婚したニーコダマースというピュグマイオイもいます。


●彼らがコウノトリ(鶴)を憎むわけ
彼らはコウノトリもしくは鶴を、「死」をもたらす鳥として激しく嫌っており、牡牛や山羊にまたがったり、牡羊に変身したりしてパトロールに余念がなく、卵や巣を見つけるたびに、徹底的に壊して回ります。

その理由については、次のような話が伝えられています。
ピュグマイオイに嫁いだオイノエーが、ヘラとアルテミスを敬わなかったため、ヘラの怒りによってコウノトリの姿に変えられます。
彼女は、ニーコダマースとの子であるモプソスを迎えに行きますが、ピュグマイオイたちに追い返されてしまいます。その恨みで、コウノトリはピュグマイオイたちを激しく攻撃するようになった、ということです。

また別の説では、ひとりの娘がピュグマイオイの村に住み着くようになり、彼らは娘を神としてあがめたので、ヘラが機嫌を損ねて、みずからを鶴の姿に変えて、ピュグマイオイの集落に襲いかかった、とされています。


●ヘラクレスとピュグマイオイ
ヘラクレスは、有名な「十二の業」の最中にエジプトにやって来たことがあります。
戦いで疲れていた彼は、ナイル川のほとりで横になり、寝込んでしまうのですが、その姿をヘラと見間違えたピュグマイオイは、針で彼の身体を突っつきます。
さすがに彼は飛び起きて、第一の業で手に入れていたネメアの獅子の皮にピュグマイオイたちをひっくるんで、宮廷へと持ち帰ります。


●ピグミー族とピュグマイオイ
アフリカ中部には、ピグミーの名を冠する身長150センチ前後の低い人びとが生活しています。
このピグミーの名は、ピュグマイオイのそれが実在の人びとの名につけられたものですが、むしろ逆で、彼らの存在こそがピュグマイオイ伝説を生んだ、という説があります。

アフリカ南部に「背の低い人びと」が住んでいる、という話はかなり早い段階で知られており、それがエジプトを通じギリシアに伝わって、ピュグマイオイという架空の存在となったのではないかと考えられています。
歴史家ヘロドトスや大賢人アリストテレスはこの説を支持しています。



●亜種・別名など
ピュグマイオス/ピグミー

プルソンPurson

●地獄の王
プルソンは地獄の大王です。
熊にまたがり、毒蛇を持つ獅子頭のたくましい男の姿を取り、顕現する時は、仰々しい楽隊のファンファーレとともに現れます。
妖精のような姿で現れることもあるようです。ソロモン72将のひとりにも数えられます。

悪霊の22個軍団を率いると言われ、聖と俗のすべての疑問に正しく答え、過去・現在・未来について占います。隠された財宝の発見も行います。

つかさどるものは、「邪悪な喜び」「歌」「虚偽」です。



●亜種・別名など
プルサン/クルソン

プロケルProcel

●天使のような悪魔
プロケル(クロセル)は地獄の公爵で、ソロモン72将のひとりです。
天使の姿で顕現し、神秘学なことがらや秘事について語ります。また、あらゆる科学的知識を教え、特に数学(幾何学)について詳しいと言います。

かつては能天使(パワーズ、中級第三位の天使)だったと言われていますが、ルシファーの叛乱に荷担して、堕天しました。

何もないところへ、大津波のような悪天候の幻影を作り出し、人びとを驚かせます。また、河川を温水化させ、温泉を発見します。
悪霊の48個軍団を率いると言われ、「残虐」「暴力」「放蕩」「欲望」をつかさどります。

一説には、その正体はユーフラテス川を支配するドラゴンだと言われています。



●亜種・別名など
クロセル/プセル/ポセル

ポセイドンPoseidon

●オリュンポス12神のひとり
ポセイドン(ポセイドーン)はギリシア神話の神で、オリュンポス12神のひとりにも数えられる有力な存在です。クロノスとレアの息子で、ゼウスにとっては兄に当たります。

海神であると同時に、地震、および馬をつかさどり、彼の子供には、何頭もの神馬が生まれています。

ローマ神話ではネプトゥヌス(英語のネプチューン)に当てられました。また、彼と彼の子トリトンは、海王星(ネプチューン)とその衛星にその名前が残っています。


●ポセイドン信仰
彼への信仰は、特にペロポネソス半島(ギリシア南部)のイオニア人の間で顕著でした。
彼の使いの動物は牡牛および馬であり、祭では黒牛が海に投げ込まれたと言います。また、馬の神らしく、競馬が奉納されました。

もとはギリシアの先住民族ペラスゴイ人の神だったと言われ、妃のメデューサ(支配する女)とともに、海に限らず広い領域をつかさどっていました。
彼の名も「主人となる」を意味する言葉から来ていると言われます。

それを証明するかのように、ロードス島やコリントスでは氏神としての扱いを受け、スパルタではゲネトリオス、すなわち「創造者」と呼ばれていました。
彼の象徴である三つ叉の矛も、本来は雷を指していたと考えられています。


●ポセイドンの伝承
ポセイドンは、他の兄弟たちと同じく、生まれた時に父クロノスによって呑み込まれました。吐き出された後はゼウスに味方し、父の一族(ティタン神族)と互角の勝負を繰り広げています。

勝利の凱歌をあげた後は、くじ引きによって支配する領域を決め、ゼウスは天地、ハーデスは冥界、そしてポセイドンは広い海を支配することになりました。

しかし、彼はこれには少々不満だったらしく、しばしば地上支配をもくろんで陰謀を繰り広げています。
一時はアテナやヘラと共謀してゼウスを王座から引きずり落とす寸前まで行きました。しかし、このもくろみは失敗に終わり、彼は罰として、傲慢な王ラオメドンに一年間仕えさせられ、彼のためにトロイアの城壁を築いています。

領有地争いも激しく、アテナと現在のアテネの領有を争って負けています。また、彼はヘラ、ゼウス、ディオニュソスとも領有地争いを起こしました。

ただ、海が彼の領地だということに異論を差し挟む者はなく、彼はエーゲ海の底に黄金の宮殿を建て、すべての海域を支配していました。


●ポセイドンの子供たち
ポセイドンはゼウスほどではありませんが浮気性の神で、正妻アムピトリテ以外にも、たくさんの女神、ニンフ(妖精)、人間と情を通じ、無数の子孫を残しています。

中でも有名なのは、正妻アムピトリテとの間に生まれた半人半魚の神トリトンでしょう。また、その妹ロデは、観光地として有名なロードス島にその名を残しています。

ゴルゴン三姉妹の末娘メデューサと情を通じた時は、その場所がアテナの神殿だったため彼女の怒りを買い、メデューサの髪を蛇に変えられています。



●亜種・別名など
マルパス

フェニックス(悪魔)Phoenix

●鳥の悪魔
フェニックスは地獄の大侯爵です。20の軍団を率い、不死鳥の姿で現れ、子供の声で喋ります。

もともとはヘロドトスが書き残した聖鳥、フェニックスと同じものだったと考えられていますが、有名な奥義書「レメゲトン」ではソロモン72将のひとりとされてしまい、デーモンと見なされました。

耳に心地よい声で話しますが、コラン・ド・プランシーの「地獄の辞典」によれば、彼が人間に変身する時は、召喚者は耳を塞がなければならないとされています。ひどい声なのか、それとも他に魔法的意図があるのかは分かりません。
一説には、この声に呪縛された者は、すすんでフェニックスの口の中へ飛び込んでしまうとも言われています。

悪魔としてのフェニックスは、美しい鳥の姿をしています。あらゆる学問に通じ、特に文芸と詩については素晴らしい才能を持っていると言われ、あらゆる要求に韻文の形でこたえます。
また、他の悪魔との争いを好まず、太陽の周りを飛び、地上がその熱によって焼き尽くされないように翼を広げてその光をさえぎると言われています。

朝、雄鳥を起こすのも彼の役目だとされています。

1000年後には天使の第七階級に戻ることを期待していると言う、あまり悪魔らしくない悪魔です。


●亜種・別名など
ポイニクス/フェニクス

フェニックス(不死鳥)Phoenix

●ヨーロッパの火の鳥
フェニックスはヨーロッパの伝承に登場する架空の鳥です。大変長い寿命と美しい姿を持ち、日本では不死鳥や火の鳥などの呼び名でも知られます。

東洋では鳳凰や朱雀(すざく)になぞらえられ、この鳥が出現することは大変めでたいこととされています。その肉と血には永遠の生命を授けてくれる効果があると言われ、ゆえに古来よりさまざまな人々がこの鳥を求めました。

手塚治虫のライフワークであり名作漫画としても名高い「火の鳥」シリーズは、火の鳥(フェニックス)の血を求めて彷徨う人々の姿を描いた作品です。

この鳥は、死期が近づくと自ら炎の中に飛び込んで己の身を灼くという変わった風習を持っています。
しかし、ただ死ぬわけではなく、その灰の中では次世代の生命が息づいています。そして飛べるほど成長すると、天高く舞い上がり、空の彼方へと去っていきます。


●フェニックスの起源
この鳥について初めて言及したのは、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスと言われています。

彼は著書「歴史」の中で、「絵でしか見たことないが」と前置きした上で、めったに現れぬ鳥であること、ヘリオポリス(現在のカイロ郊外)の住民の話によれば500年に1度、父鳥が死んだときにしか飛んでこない鳥であると書き残しています。
没薬(もつやく)で卵のようなものを作り、その中に父親の遺骸を入れて、ヘリオス(ギリシア神話のアポロン)神殿に運ぶのだそうです。

フェニックスの起源については諸説ありますが、古代エジプトのベンヌBennu(朝日の意)という聖鳥に由来するのではないかと考えられています。
この鳥は青鷺の頭と鷲の翼を持っていて、全身がまばゆい光に包まれており、毎日誕生と入滅を繰り返すことから、「時の循環」や「死後の復活」を象徴します。

この鳥が、エジプトからギリシアへと伝わった際、下半身や尾など、身体の一部が真っ赤であったことから、ギリシア語で「ポイニクス」すなわち「真紅の鳥」と呼ばれ、それが「フェニックス」という言葉に転化しました。

なお、語源としては他に「フェニキアの鳥」を意味する言葉から来ているという説もあります。


●博物誌に見るフェニックス
フェニックスは長い間、その実在が信じられた鳥のひとつであり、さまざまな文献にその生態が記されています。

古代ローマの博物学者プリニウスは、著書「博物誌」の中でこの鳥について触れています。それによれば、フェニックスは世界にたった一匹しか存在せず、いつもはアラビアに棲息しています。
全身は紫色、尾は青くて薔薇色の毛が転々と混じっていて、喉には房が生えています。死期が近づくと桂皮と乳香の小枝で巣を作り、そこに香料を詰めて死ぬまで横たわります。
死ぬと身体が腐敗し、骨と髄にウジがわきますが、そのウジが鳥の形に成長してやがて次世代のフェニックスとなるのです。

この「ウジが新たなフェニックスになる」という話は、意外にもけっこう支持されたようで、3世紀の神学者・聖クレメンスも同様の話を残しています。
彼の話では、フェニックスは死期が近づくと、没薬や香料を集めて自分の「棺」を作り、その中に閉じこもって死を迎え、その死体に湧いた虫が死体を糧として成長し、新たなフェニックスになるのだそうです。

フェニックスを実際に見たという記録もいくつか残っていて、タキトゥスは西暦34年、ティベリウス帝の時にフェニックスが現れたと述べていますし、同じく博物学者のソリヌスも「ローマ建国800年」(西暦47年ごろ)にやはりこの鳥が出現したという記録を残しています。

とある皇帝は「フェニックスの肉を食した」なんて言われておりますが、恐らく実在する極楽鳥の肉であっただろうと言われています。


●炎とフェニックス
フェニックスと言えば、手塚治虫の「火の鳥」シリーズにも見られるように、自らの身体を灼いて復活するというイメージがあります。

こうした姿を最初に伝えたのは、古代ローマの地理学者ポンポニウス・メラです。
彼は著書「地誌」の中で、香料を積み上げて薪を作り、その中で炎を灼くフェニックスの姿を伝えています。身体は当然ボロボロに分解されますが、その中の液体が凝固して、それが新しいフェニックスへと成長します。

中世に書かれた「フィシオロゴス(動物寓意譚)」は、こうした自殺説と古代の死体のウジ説を折衷させて、独自の説を展開しています。
それによれば、この鳥は500年に1度、レバノン杉の方へと飛び去り、芳香を羽へ一杯に含んでヘリオポリス(現在のカイロ郊外)の神殿にやって来ます。そして、祭壇に自らの身を横たえると、炎に自らの身体を委せ、その身体を焼き尽くします。

その死体には一匹の虫が取り付きますが、2日目にはもう羽が生えて、3日目にはもう死ぬ前とまったく同じようなフェニックスの姿へと成長します。
そして、世話をしてくれた神官にうやうやしく一礼し、再び天空へと飛び去るのだそうです。


●フェニックスの寿命
フェニックスは非常に長い寿命を持ちます。「不死」は言い過ぎとしても、古代ローマの地理学者メラは500年生きると考えましたし、博物学者のプリニウスやソリヌスは540年、哲学者のタキトゥスは1シリウス周期(1461年)、詩人マニリウスは何と1プラトン年(太陽・月と水星・金星・火星・木星・土星の五惑星が元の場所に戻る時間、12994年)と考えており、どれを採用しても恐ろしい長命であることに変わりはありません。

彼らが登場する時は何らかの出来事が起こる時でもあり、実際にフェニックスが現れたときは、鳥が皆、うっとりとしてその後をつけていったと言います。
このような、出現が何かの予兆であるとする考え方は、東洋の麒麟(きりん)にも見られる考え方でもあります。


●フェニックスの好物
フェニックスの生態は、その誕生にまつわるエピソードを除けば、よく分かっていないのが実情です。
どんなものを食べているのかについても、フェニックスだから普通のものは食べないだろうという点では共通するものの、言う人言う人によってバラバラで、今なお結論は出ていません。

古代ローマの詩人オウィディウスは、フェニックスの食物について、普通の果実や草は決して食べず、乳香や茗荷(ミョウガ)の汁のみを口にすると述べています。
また、同じく古代ローマの詩人クラウディアーヌスは「太陽の熱を食べ、テティスの風を飲み、清らかな水蒸気から滋養を得ている」と考えました。

ロシアの民話では、フェニックスの好物は「トウモロコシと黄金のリンゴ」です。ゆえに、この鳥を捕らえるときにはこの2つを用意するのが良いとされています。


●フェニックスの象徴とするもの
フェニックスは非常に多くの寓意を含んでいます。その生態から復活と再生を象徴し、また定期的に死と生を繰り返すというところから「太陽」そのものを表わすこともあります。
キリスト教では、火に入り自殺を行うという習性から自己犠牲と受難を、錬金術では形を変えて復活するというところから「完全な変成」と男らしさ、太陽、火、空気、赤石を象徴するものと考えました。

イギリスでは、あらゆる艱難辛苦(かんなんしんく)をものともせず、世界中にその覇を唱えたエリザベス1世女王のメダルに、ラテン語で「全世界唯一の不死鳥」を意味するSola phoeix omnis mundi」という言葉が彫られたことがあります。

民話に登場するフェニックスの羽は、まるで炎をともすように輝き、それを手にした者はフェニックスを追いかける運命を与えられるとも言われています。



●亜種・別名など
ポイニクス/フェニクス

ペルセポネPersephone

●デメテルの娘
ペルセポネ(ペルセポネー)はデメテルの娘で、ハーデスの妃となった女神です。
ペルセポネイア、パルセパッタ、ペルセパッタとも呼ばれ、地上に住んでいたころは「コレー(娘)」と呼ばれていました。ローマ神話のプロセルピナに当たります。

彼女はある悲劇によって一躍有名になりました。
野原で花を摘んでいたところ、突然現れる黒い影。伯父のハーデスです。彼は、ペルセポネを捕らえると、そのまま戦車に乗せ、冥界へと連れ去ってしまいます。

やがて、母デメテルが異変に気づき、冥界へとやって来て「娘を返せ」と嘆願します。
しかし、ペルセポネは喉の渇きに耐えかねて、冥界のザクロの実をほんの少し、食べてしまったのです。冥界のものを一口でも口に入れれば、地上に帰ることはできません。

そこで、ゼウスが裁定に乗り出して、一年の3分の1は冥界にいる代わりに、3分の2は地上へ戻るようはからったということです。


●ペルセポネ信仰
ペルセポネはいわゆる「植物の種」の化身であり、その意味において、デメテル信仰と深く結びついています。
と言うより、二人はもともと同一の存在でした。

そこから、地下神(ハーデス)による植物神(デメテル)の支配という部分が分離され、ペルセポネというひとつの「地下神に支配される植物神」の人格が生まれていったのではないか、とされています。
実際、ペルセポネに上述以外のエピソードはありません。

ハーデスの浮気を責めたというのも、ハーデス伝承に乗っかった、いわばオマケのようなもので、ペルセポネという明確なキャラクターの性格付けにしてはいささか弱いとも言えます。

彼女はアルカディアの地やシチリア島で崇拝されましたが、その儀式はデメテルのものとほとんど一緒でした。
例外的に、古代ギリシアの秘教オルフェウス教において、ディオニュソスとともに主神の地位に置かれましたが、正統なギリシア神話から見ればほとんど異端のようなもので、現在に残るギリシア神話にはその設定は入っていません。

ちなみに、彼女の冥界妃としての持ち物はコウモリ、水仙、ザクロです。



●亜種・別名など
プロセルピナ/ペルセポネイア/ペルセパッサ/パルセパッタ/ペルセパッタ

ペガサスPegasus

●空飛ぶ天馬
ペガサス(ペガスス、ペガソス)はギリシア神話に登場する天馬です。
同じ聖馬ということでしばしばユニコーン(一角獣)と混同されますが、まったく別の存在です。背中に立派な翼を生やした白馬の姿をしており、その羽で自由に空を飛ぶことができます。

その優雅な外見とは裏腹に、実はなかなか気性の荒い馬であり、乗る人を完全に選びます。
当初はゼウスの雷鳴と電光のみを運び、人間は誰も近づけようとせず、乗ろうと挑戦した者をことごとく振り落とそうとしたため、女神アテナが黄金の馬勒(手綱説もあり)をつけることで、ようやくコントロールできるようになったと言います。

この馬は、メデューサを退治したペルセウスや、リュキア山の怪物キマイラを退治したベレロフォンなどの英雄の乗馬となり、その活躍を支えました。

しかし、おとなしくなったとは言え、乗る人を選ぶことに変わりはありません。英雄ベレロフォンが慢心してその英雄たるべき資格を失った途端、空中でその背中から振り落としています。


●ギリシア神話のペガサス
ギリシア神話によれば、この馬はポセイドンとメデューサの間に生まれた子供であったとされています。
馬なのに神様の子供と言うのも奇妙な感じがしますが、ポセイドンは海神であると同時に馬と牛の神でもあったそうで、その子供にはペガサスの他に神馬アリオン(アレイオーン)などがいます。

さて、ペガサスの方はと言えば、しばらく母の体内に居続けたようですが、英雄ペルセウスがその首を切り取った途端、兄弟の巨人クリュオサルとともに外へ飛び出し、アテナそして英雄たちの乗馬となって、天空を縦横無尽に駆け回るようになりました。

ちなみに、冒険に出ていない時には、空を自由に駆けていたり、泉のそばで水などを飲んでのんびり過ごしています。
英雄ベレロフォンがペガサスに出会ったのも、コリントス(ギリシア南部)にあったペイレーネーの泉です。


●泉を掘り当てる者
この天馬にはしばしば「水」の属性がついて回ります。
そもそも、ペガサスという呼称自体が、古代ギリシア語で「泉」「水源」を意味するペーゲーPegeに由来するもので、ギリシア神話でも、ペガサスと水の深い関わり合いを示すエピソードがいくつか伝えられています。

例えば、ギリシアのヘリコン山が、どういうわけかどんどんその高さを増していき、天界へと届きそうになった際、ペガサスが現れて地面をしたたかに蹴りつけて、ようやく元の大きさに戻ったと言います。
この蹴りつけた跡は蹄の形に割れて、そこに水が湧いてヒッポクレネHippocrene(馬の泉)という水源になりました。

このヒッポクレネの水は、芸術家や預言者たちの力の文字通り「源泉」となり、ムーサイ(ギリシア神話の芸術の女神たち、ミュージックMusicの語源)もこの泉からそれぞれの力を得たと言われています。
泉の周りで舞い踊るムーサイの姿はしばしば絵画のモチーフにもなっています。


●ペラスゴイ人たちの伝説
ペガサスの起源は、ギリシアの先住民族ペラスゴイ人の伝承からだと考えられています。

ペラスゴイ人はギリシア人よりも古い時代にこの地域へ入植した民族で、ポセイドンとメデューサを主神とし、崇拝しておりました。

その後、ギリシア人たちが侵入し、ペラスゴイ人は駆逐されたか同化したか、いずれにしても歴史上から姿を消すようになると、その伝承はギリシア人たちの神話体系に組み込まれていきました。
その過程で、ペガサスに関する伝承も一緒にギリシア神話へと持ち込まれ、英雄たちの乗馬にされていったのです。

そもそも、ペガサスという名前自体が、古代ギリシア語で「泉」「水源」を意味するペーゲーPegeに、ペラスゴイ系のものであることを示す~asousという接尾語がくっついたものなのです。
この点ひとつを取っても、この天馬がペラスゴイ人と深い関わり合いを持つ存在であったことが分かります。



●亜種・別名など
ペガスス/ペガソス/スレイプニル/天馬

パンPan

●有角の神
パン(パーン)はギリシア神話に登場する異形の神です。ローマ神話のファウヌスに当たります。

長い馬の尾を持ち、額に二本の山羊の角が生え、両脚は山羊の脚、尖ったあごの先に山羊髭を生やした姿で描かれます。このため、同じギリシア神話に登場するサテュルスと混同される場合もあります。

一般にヘルメスとドリュオプス王の娘との間の子と言われていますが、相手はペネロペという説もあります。

いずれにしても、母親はその奇怪な姿を見て逃げ出して怖がったと言います。
しかし、ヘルメスはこの子を野ウサギの皮へ大切に包んでオリュンポス山に連れて行き、彼を神々の仲間に迎え入れました。
特にその姿を、酒神ディオニュソスが面白がったので、「すべて、宇宙」を意味するパンPanという名前を与えたのだそうです。


●アルカディアの神
この神は主にアルカディア(現在のペロポネソス半島山岳地帯)で信仰されていた牧畜と牧人の神でした。
その名前もラテン語の「草を食む、放牧をする」を意味するパースケレpascereに由来すると言われます。

彼はアルカディアの山中に棲み、森の中をうろつき、しばしばひょいと現れてはニンフ(妖精)や人間たちを脅かし、面白がっていました。その故事から、ひどく驚くことを彼の名にちなんでパニックpanicと呼んだそうです。

彼の持ち物は法螺貝(ほらがい)、またはシュリンクスの笛です。後者については悲恋のエピソードがあり、ある時彼はシュリンクスというニンフに求愛をしたのですが、彼女はそれを拒み叫んだため、父神ラドンによって葦の姿に変えられ、パンはそれをしのんで彼女の葦で笛をつくり、いつまでもその笛を吹いたとも言われています。

法螺貝については、ゼウスたちがティタン神族と戦った時に吹き鳴らし、相手を文字通りパニックに陥れた、という逸話が残っています。


●パン崇拝
アルカディアからアテナイ近辺にはパン崇拝というものがあり、紀元前480年にマラトンの戦いでギリシアがペルシア軍を撃退できたのは、パンが法螺貝を吹いたから、という伝説があるそうです。その功績で、彼はギリシア全土で崇拝されるに至りました。

中世に入ると、彼は自然の象徴と考えられるようになりますが、その有角の姿から悪魔と同一視されることもありました。


●たくさんいる神のひとり
実は、パンはたくさんいる神族のひとりであり、ここで述べるパンはそのひとりに過ぎない、という話もあるようです。

その親についても諸説あり、ヘルメスの息子ではなくゼウスとヒュブリスの子だとする説、ゼウスとアエクスを両親とする説、同じくカリストーを母親とする説、クロノスとレアの息子だとする説、ガイアとウラノスの息子だとする説、あるいは牧者クラティスと牝山羊の子とする説、などがあるようです。

これは、パンがひとつの伝承から生まれたものではなく、たくさんある伝承の中から生まれ出でたことを示しています。
恐らく、ギリシア各地で素朴な牧畜の神として信仰され、そこからさまざまな伝承が生まれ、その一部がギリシア神話に組み込まれていったのではないでしょうか。



●亜種・別名など
パーン/アリスタイオス/プリアポス

パイモンPaimon/Paymon

●四界王のひとり
パイモンは「四界王」のひとり「火」をつかさどる存在であり、地獄の西の王とされています。ソロモン72将のひとりであり、偽エノク書の目録にもその名前が記されています。

もともとは主天使(中級第一位の天使)の王だと言われており、ルシファーが天に叛旗を翻した時には、「地」「水」「火」「風」の四界王のうち、ただひとり、表だってルシファーに味方し、堕天しました。
そのため、彼はルシファーの最も忠実な家来のひとりだと言われています。イメージとしては近衛部隊長が近いのではないでしょうか。

その姿は優しげな顔をした人間のそれであり、見え方によっては女性とすら見えるかも知れません。

ヒトコブラクダに乗り、光の王冠をかぶり、見えざる悪魔の楽隊による演奏とともに現れます。耳障りな大声を常に張り上げるので、術者が威嚇しない限り、何を言っているのか分かりません。


●芸術と科学の悪魔
彼は芸術と科学、そして秘術をつかさどり、一瞬にしてその知識を人にわけなく与えることができます。また、魔術師の望むあらゆる名誉を分け与えてくれます。
この他には「完全な粉砕」「暴走」「破滅」をつかさどります。

悪霊の200個軍団を率いると言われ、そのうちラバルとアバリムという二人の副王を連れて回り、20個軍団が常に彼のもとにいます。



●亜種・別名など
バイェモン

ウロボロスOuroboros/Uroboros

●尻尾を噛む蛇
ウロボロスは、自らの尻尾を噛む形で知られる蛇ないしドラゴンです。
その歴史は古く、古代ギリシアにまでさかのぼると言われ、「ウロボロス」という名前も「尾を食べる蛇」を意味する古代ギリシア語から来ていると言われています。

自分の尾を自分で食うという、その特殊な形態から破壊と成長、連続性、循環性、自閉性、完全性など、さまざまな意味が込められており、そのカバーする範囲は恐ろしく広大です。


●ウロボロスが象徴するもの
ウロボロスが他の怪物と決定的に違う点は、この蛇がもっぱら「象徴」的なものに使われたということでしょう。

天地創成神話やグノーシス派では、世界創造が「全にして一であること」を象徴しするものとして使われ、「無限」や「永遠回帰」「宇宙的一体性」などの意味を与えました。

錬金術では、カオス(混沌)に対立する概念として用いられ、宇宙の「永遠性」と「循環性」、あるいは創造主によって作られた「秩序世界」を表します。
また、錬金術師は、「不純なるもの(=混沌)」から「純なるもの(=賢者の石)」に回帰する手順(創造・展開・完成といった一連の動き)を表装するものとして、このウロボロスの存在を挙げました。

さらに、自己の尾を噛むという姿は、「自己生殖」「自己繁殖」を象徴します。そこから、ウロボロスに「自然の回帰性」や「両性具有」もしくは「自己再生」を読み取る学者もいます。


●ウロボロスの環(わ)
しばしばウロボロスは黒と白の二色に分けて描かれることがありますが、これは「陰」と「陽」、「男」と「女」、「明」と「暗」という対立する概念が同時に存在し、しかも調和している状態を表します。そこからウロボロスは「調和」や「逆説」を象徴することがあります。

墓石や死の場面で用いられると、「不滅の魂」ないし「魂の帰還」を表します。

また、ウロボロスをひとつの「環(わ)」として考えると、それは「囲まれた大地」もしくは「地球」「宇宙」そのものを指します。同時に逃れられない自己完結の環、転じて輪廻(りんね)を象徴します。

オセOse

●豹頭の大総統
オセ(オズ)は地獄の大総裁です。大きく優美な豹、もしくはロバに乗った人間の姿で現れます。
ソロモン72将のひとりであり、黙示文学の「偽エノク書」にもその名前が記載されています。悪霊の30個軍団を率います。

深紅のまだらが入った緑色の眼を持っており、それを使って人間を望みの姿に変身させます。変身させられた人はそれと気づくことなく、普段通りの生活を送るということです。

魔術師の命令に応じて人の理性を狂わせ、王や皇帝となったと思い込ませます。また、信奉者たちを諸学問に秀でさせ、神に関する質問や抽象的な質問にも正確に答えます。隠されたものや秘術に関するものを暴き出すこともできるようです。

ただし、元が兇暴なので、呪文によって完全にコントロールしなければ食い殺される危険性があります。



●亜種・別名など
オズ/オソ/ウォソ/ヴォソ

オルトロスOrthros

●エキドナの息子
オルトロスはギリシア・ローマ神話に登場します。
双頭の頭を持つ巨大な犬の怪物で、父はテュポン、母はエキドナという、由緒正しい怪物です。ケルベロスとは兄弟の間柄にあります。

母エキドナとも情を通じ、ネメアのライオンとスフィンクスを生んだともされています。

彼ははるか西にあるエリュテイア島(虹の島)で、巨人ゲリュオンおよびその牛の番犬として活躍していました。

ヘラクレスが「十二の功業」の中でゲリュオンの牛を奪いに来た時には、その臭いをまっさきにかぎつけて襲いかかりましたが、逆に返り討ちに遭い、棍棒で殺されてしまったと言います。

オルトス(まっすぐな者)と呼ばれることもあります。



●亜種・別名など
オルトス

オロバスOrobas

●地獄の貴公子
オロバスは地獄の王族で、公爵です。ソロモン72将のひとりであり、馬、または直立した馬の姿で顕現します。彼のたてがみと尾は真っ赤で、ひづめは銀でできています。

人間に化けた時は神の本質について語り、聞かれれば過去・現在・未来について答えます。また、人に品位と優雅さを与え、偽りを見抜く力を保有しています。

地獄の20個軍団を指揮し、「分裂」「中断」「分離」「喧嘩」「不和」をつかさどります。

オリアスOrias

●獅子侯
オリアスは地獄の大侯爵で、占星術師や占い師の魔神です。
大きな戦馬に乗ったライオンの姿をしており、その尻尾は蛇で、手には二本の蛇を持っています(この二本の蛇は、医学や魔術の象徴です)。

ソロモン72将のひとりであり、30個の軍団を率います。
人を望む姿に変え、地位や名誉を与える力を持っています。

鬼Oni

●日本随一の妖怪
「鬼」は妖怪としても、怪物としても抜群の知名度を誇ります。
「鬼」=「怖いもの、酷いもの」のイメージは未だに強く、他人に「鬼!」と言えば、それは人間らしい心を持たない冷たい人間のことを指し、今でも悪口としては最大級の威力を誇ります。

鬼と一口に言っても、昔話の鬼、伝説の鬼、信仰上の鬼、地獄の鬼、物語の鬼、芸能での鬼、実在する人間としての鬼、などいろいろあって、その意味するところは複雑です。

「おに」という言葉は、もともと「人間から隠れて棲んでいる」という言葉「隠(おん/おぬ)」から来ているという説と、神を守る大きな精霊を意味する「大人(おおひと)」から来ているという説があり、はっきりしていません。

漢字の「鬼」という文字が強力な存在を表すようになったのは平安時代末期のことで、それまでは「おに」の他に「かみ」「もの」「しこ」と読むこともありました。
「今昔物語集」にも、「鬼」と書いて「もの」と読ませる例があります。

日本初の漢和辞典「和名類聚抄(わめいるいじゅうしょう)」によれば、「おに」は目に見えなくても実体の感じられる霊的存在、「もの」は明瞭な形を伴わない、感覚的な霊的存在(気配)を呼ぶ、とあります。
「もの」は「もののけ」とも呼び、こちらの名前は妖怪ないし怪物の別名として有名です。


●鬼のイメージ
鬼の姿は、昔話によっておおむね次のような姿で固定されているようです。
すなわち、身長は八尺(約240センチ)を超え、筋骨たくましく、赤や青、あるいは黒い皮膚を持ち、頭には1本ないし2本の角、目は一つ眼か二つ眼、身体は裸体で毛深く、虎の皮のふんどしをはいている。
鉄棒(かなぼう)を持ち、時折人里に降りてきては、人や物に害を与え、住処は人里離れた洞窟の中――。

しかし、このイメージは意外と新しいものであり、古くはいろんな「鬼」がいました。
一本足の鬼、複雑な身体を持つ鬼、三つ目の鬼、何十何百という目を持つ鬼、角や口がない鬼、身長が何十メートルもある鬼、牛や馬とのキマイラ(合成動物)や老人、あるいは妖艶な美人もいました。

それもそのはず、「鬼」が指す範囲は、今よりも昔の方がはるかに広かったのです。
極端に醜い者や身体の一部が欠損した者、形がなく、恐ろしく感覚的な存在や力、気配、死の国へと導く霊的存在、辺境の蛮人・異邦人、強盗団や反体制派、神話世界の神と並ぶ力を持つ邪神も「鬼」と呼ばれていました。


●鬼の属性
鬼の基本的な属性は、人間界に姿を現し、人を襲撃した挙げ句に食べる、といったところにあります。つまり、人びとに幸福を与える「神」の対極にいるのが「鬼」だったのです。

「鬼が人を食う」という話は古く、「出雲国風土記」に田を耕す農民を食う一つ眼鬼の話が収録されています。
しかし、これらの「鬼」は、次第に神仏の力を得た高僧や、武勇・知恵をそなえた武士に退治、ないし追放される運命を辿ります。

鬼の生命力は不死とも言えるほど強靱です。
腕を切り取られて1週間が経っても、再び肩にくっつければ元通りになります。たとえ首を切り取られても、その首は討った人間をかみ殺そうとします。温羅(うら)という鬼は、斬られた首を土中に埋めても、何年も呻き続けたそうです。

むろん、その怪力は折り紙付きであり、鉄棒(かなぼう)を手にした鬼は「鬼に金棒」のたとえの通り、強力無比な存在となります。

彼らは知恵も使います。時に退治しに来た武者を撃退するため、時に復讐のため、いろんな姿に変身して、相手が油断したところを襲います。

彼らにルールは通用しません。平気で約定を破り、人さらいをし、略奪を働きます。

鬼の住処は「鬼ヶ城」もしくは「鬼ヶ島」と呼ばれる人里離れたところにあります。
ちなみに、この「鬼ヶ城」「鬼ヶ島」と呼ばれる場所は全国にいくつかあり、おおむね強い豪族・部族が治めていたところがそう呼ばれました。

鬼の働く時間はおおむね夕暮れから夜明けと決まっており、この時間に「百鬼夜行」が通ります。


●鬼の弱点
鬼の弱点は、桃と豆です。桃は邪気を祓い、よこしまな鬼を除きます。
鬼退治の主人公が「桃太郎」であることも、決して偶然ではないのです。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は黄泉から逃げ帰る際に、追って来る鬼たちへ桃を投げて無事逃げ切ることができました。

豆は「節分」の行事で「鬼は外!」と投げるからよくご存知の方も多いことでしょう。
もともとは中国の年末に行われる「追儺(ついな)」の儀式がもとになっており、日本へは応永年間(1394~1427年)に持ち込まれました。

ただ、豆で作ったはずの味噌や豆腐は大好き、という変わった嗜好を鬼は持っています。他に、ブドウや酒を好みます。なお、人間を喰らう時は頭だけは残すという不思議な習慣があります。


●鬼と信仰
民話に出てくる鬼は、恐ろしい反面、フレンドリーな雰囲気を持っています。
「こぶとり爺さん」の話にもあるように、彼らは敵対しなければ、なかなか豪快で気のいい連中なのです。酒をタダで飲ませたり、代金以上の薪を持ってきたり、人間のコブを取ったりと、鬼に幸福や褒賞を与えられた民話は数多く存在します。

このように、鬼と人びとの存在は、意外と不可分の関係にあります。
それゆえ、容易に鬼は信仰の対象に変わることがあります。鬼を信仰するなんて、そんな馬鹿なと思われるかも知れませんが、「天神様」こと菅原道真公が、一度は鬼(雷神)とされながら、その後神社に祀られて「天神」として崇められたことを思い出して下さい。

また、鬼が雷神・風神信仰や仏教思想と鬼が結びついて、雷神・風神や地獄の獄卒が鬼のような姿になったことも見逃せません。


●中国の鬼
中国では鬼を「き」と呼びます。
人間には「魂(こん)」と「魄(はく)」の2種類のたましい(併せて魂魄〈こんぱく〉と呼ぶこともあります)があり、死後それが魂と魄に分かれ、魂は天上へ、魄は地へ帰ることになっています。
「鬼(き)は帰(き)すなり」という言葉は、それを端的に表したものですが、ところが自殺したり、この世に未練を残したりして死ぬと、魄はいつまでもこの世にとどまって姿を人びとの前に見せると言います。

このような幽霊のことを、中国では「鬼(き)」と呼び、恐れたのですが、日本はその文字を従来の「おに」に充てました。
そこへ仏教思想の悪神(羅刹、夜叉など)や中国の霊的な存在、日本古来の邪神、悪霊、アウトローなどの思想などが入り込み、入り乱れたので、日本の「鬼」はいまいちわけの分からない、複雑な存在になったのだと言われています。

種々の怪物を表す「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」という言葉にも「鬼」という文字は使われています。
中国古典の史記によれば、魑魅魍魎の「魑(ち)」は虎の形をした山神、「魅」はイノシシの頭をした人間みたいな沢の神で、魍魎は「淮南子(えなんじ)」「左伝」などに見え、双方ともに水神という記述が見えます。「和漢三才図会」では魑魅を山の神、魍魎を水の神としているようです。


●鬼門
鬼門、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。そこに入り口やトイレを作ると、鬼が出入りするようになるという思想のことで、方角としては北東を指します。

この方角は十二支で言うところの「艮(うしとら/丑寅)」に当たり、そこから鬼は牛(丑)のような2本の角を持ち、虎(寅)のふんどしをはくようになったのだ、と言われています。

陰陽道では鬼門の方角は北の「陰」(マイナスエネルギー)が東の「陽」(プラスエネルギー)に転ずる急所とされ、警戒されます。



●亜種・別名など
鬼神(きしん)

原初の神々Original first pantheon

●はじめに混沌(カオス)ありき
ギリシア神話の始まりは、はっきりしていません。
別に「混沌(カオス)」がいたから、というわけではなく、語る者によってさまざまな原初の神々が提唱されており、その内容は微妙に違ってきているからです。

詩人のヘシオドスによれば、まず世界に「混沌(カオス)」ありき、でした。漠として暗かった、と言います。


●神々の誕生
そこに、大地母神「ガイア(大地)」が現れます。同時に、「タルタロス(冥界)」「ニュクス(夜)」「エレボス(暗黒)」「エロス(心を和らげる愛:アフロディテの息子のエロスとは別人)」が生まれました。

ニュクスからは「モロス(運命)」「モイラ(悪霊)」「死」が誕生し、「大洋」の向こうの黄金のリンゴを守るヘスペリスを生み落とします。
さらに「モーモス(歓喜)」と「オイズス(悲惨)」、運命を紡ぐ三姉妹モイライ(ラケシス、クロト、アトロポス)を生じ、この三姉妹は人間が生まれると、彼らの運命をつかさどるようになりました。
次いで、夜とともに活動する「ヒュプノス(眠り)」や「オネイロス(夢)」が生まれます。

ニュクスはまた、復讐の女神ネメシスと、争いの女神エリス、ほか「欺瞞」「不節制」「老年」を生み、エリスは「悲しみ」「忘却」「飢え」「闘争」「殺人」「戦闘」「虐殺」「喧嘩」「嘘」「ごまかし」「不正」「呪い」などを生みました。
さらに、エロスの仲介で、ニュクスとエレボスが結びつき、「アイテール(光)」と「ヘメラ(昼間)」が生まれます。


●ガイアとその子供たち
大地母神ガイアも活動を始めます。
まず最初に「ウラノス(天空)」を生み、自分の身体をそれで覆わせます。次に、高い山々と、「ポントス(海洋)」を生みます。

そして、自分の息子ウラノスを夫として、次々と神々を生んでいきます。
まず、オケアノス(大海)、コイオス、クレイオス、ヒュペリオン、イアペトス、クロノスの男性神、テイア、レア、テミス、ムネモシュネ、ポイベ、テテュス、ディオーネの女性神を生み出しました。

さらに、コットス(怒り)、プリアレオス(活力)、ギュエス(大きな手足を持つ者)のヘカトンケイル族、プロンテス(雷鳴)、ステロペス(電光)、アルゲス(閃光)のキュクロプス族などを生みます。

また、同時に、息子ポントスと交じり、誠実なネレウス、怪物タウマス、剛勇なポルキュス、愛らしい頬をしたケト、鋼の心臓を持つエウリュビアを生みます。
これらの兄弟姉妹は、併せて「ティタン神族」と呼ばれました。「ティタン」とはクレタ島の言葉で「王」を意味する言葉です。

ギリシアでは、ティタン神族は人間の先祖として讃えられました。技術や魔法の発明はこれらの神々の手によるものだとされています。


●ガイアの復讐
しかし、ヘカトンケイルやキュクロプス族は、巨人だった上に、ヘカトンケイルが100の腕と50箇の頭を持っており、キュクロプスは一つ眼だったため、ウラノスに恐れられました。
そして彼は、大地の奥深くのタルタロスに、巨大な息子たちを閉じ込めてしまったのです。

それにショックを受けたガイアは、初め嘆き、次に腹を立て、夫に対して復讐を企てます。
彼女は胸からきらめく綱を取り出し、鋭い鎌形刀(ハルペー)を作ります。そして、恐るべき計画を口にしました。

誰もが尻込みする中、手を挙げたのは末弟のクロノスでした。
夜になって、ウラノスが妻と過ごすため、ニュクス(夜)を従えてガイアの館にやってくると、潜んでいたクロノスは突然飛び出し、その性器を切り取ってしまいました。
そして、血まみれのものを海に投げ捨てます。

ウラノスの傷口からは黒い血がしたたり落ち、大地に染みこんで、「怒りの女神たち(エリニュス)」「巨人たち(ギガース)」「トネリコの妖精(ニンフ)メリアス」たちを生みます。
また、海に投げ込まれた性器は、崩れて白く泡立ち、やがて美と愛の女神アプロティテを生み出します。

ウラノスは去勢されたことにより、その力を失い、神々の王の座から引きずり下ろされます。代わって登極したのは、ガイアに唯一味方したクロノスでした。


●ティタン神族たち
ティタン神族たちによる「天地創造」は、クロノスが天下を取った後も続きました。

オケアノスとテテュスの間には3000の息子たち、すなわち「河川」と、3000の娘たち、すなわち「水の妖精(ニンフ)」が生まれ、次いでメティス(知恵)、テュケ(幸運)、ステュクス(地獄の河)が生まれました。

娘の一部は叔父たちに嫁ぎ、たとえばドリスとネレウスの間には50人の娘たち、すなわちネレイスたちが生まれ、エレクトラとタウマスの間にはイリス(虹)と美しい巻き毛のハルピュイアが誕生します。

女神ケトは兄弟神ポルキュスを夫とし、生まれた時から白髪のグライアイ(老婆)を生み、さらには大洋の彼方ヘスペリス族の国に棲んだゴルゴン三姉妹を生みます。

ヒュペリオンとテイアの間には「ヘリオス(太陽)」「セレネ(月)」「エオス(曙)」が生まれ、コイオスとポイペの間には、のちにアポロンとアルテミスの親となるレトと、その生む場所となったアステリアが生じます。

クレイオスとエウリュビアの間にはアストライオス、パラス、ペルセスが生まれ、イアペトスはオケアノスの娘クリュメネ(一説にはアシア)を妻として、プロメテウス、エピメテウス、アトラス、メノイティオスをもうけ、最後にクロノスとレアは、ヘスティア、デメテル、ヘラと、ハーデス、ポセイドン、ゼウスを子供として授かりました。


●クロノスの乱心
クロノスは、神託によって、「その子供に自分の地位を奪われるだろう」と言われていました。
そのため、生まれたばかりのヘスティアをはじめ、デメテル、ヘラ、ハーデス、ポセイドンをどんどん呑み込んでしまいました。

クロノスの妻レアは、悲しみ打ちひしがれ、祖父母であるウラノスとガイアに「何とかして欲しい」と懇願しました。

二人は、それを聞くと、「クレタ島のアンガイオンの洞窟で最後の子供を産むが良い。そして、クロノスには大きな石を産着に包んで呑み込ませるといい」と助言しました。
レアはそれに従って、アンガイオンの洞窟でゼウスを生み落とすと、ガイアにそれを預けました。そしてレアは、言われた通り、大きな石を産着でくるみ、クロノスにそれを差し出します。クロノスは嬉々としてそれを呑み込んでしまいました。

一方、ゼウスはと言うと、ガイアの手でイデ山(またはデクテ山)に連れてゆかれ、二人の妖精(ニンフ)、アドラステイアとクレタ王メリッセウスの娘イデに預けられます。
二人はかいがいしく彼を育て、黄金のゆりかごやまりを作ったり、あるいは赤ん坊の泣き声がクロノスの耳に入らないよう、剣で青銅の盾を打ち鳴らし、ゆりかごの周りで戦の舞を踊りました。


●ティタノマキア
こうして生み落とされた幼いゼウスは、その後山羊(妖精=ニンフという説もあり)のアマルテイアの手により育てられます。アマルテイアはその後功績をたたえられて山羊座になりました。

やがてゼウスは成人すると、父クロノスに復讐する計画を立て始めます。
そして、タルタロスに閉じ込められていたヘカトンケイル族とキュクロプス族を解放すると、次にオケアノスの娘メティスの作った薬を使って、クロノスから兄姉神たちをはき出させます。

こうして、クロノスらティタン神族と、のちにオリュンポス神族と呼ばれるゼウスたちの戦いが始まります。

この戦いは「ティタノマキア」と呼ばれました。
キュクロプス族はゼウスに雷霆(らいてい)と電光を贈り、ヘカトンケイル族はその豪腕をふるって、オリュンポス神族側に味方しました。この戦いは10年も続きましたが、威力に勝るゼウス側が最終的に勝利をものにし、ここに戦争は終結します。

そして、クロノスに代わってゼウスが天空および地上を支配することになり、ウラノス、クロノスに続く三代目の神々の王の座に就くことになります。


●ギガントマキア
ところが、ティタン族との戦いを終えたところで、ゼウスはまた戦いを挑まれました。
今度の敵はギガース、つまりウラノスの血が大地、すなわちガイアにしたたって生まれた巨人族です。この戦いを「ギガントマキア」と呼びます。

彼らは際立って巨大というだけでなく、脛(すね)は蛇に似て、足はとかげの頭からなっていました。彼らは大地から現れた時、きらめく甲冑を着け、巨大な槍を握っていました。

彼らは山々を持ち上げてはぶん投げるなど、大変な怪力を発揮してオリュンポス神族を苦しめます。しかし、「人間の協力によって勝てるであろう」という神託の通り、人間の勇者、つまりヘラクレスの協力によって、趨勢はオリュンポス神族の方に動きます。

ヘラクレスはまず、大地と接している間は不死身と言われたアルキュオネウスを、地面から持ち上げることで打ち倒します。
そして、アルキュオネウスの兄弟であるポルピュリオンは、ゼウスによってヘラへの情欲を吹き込まれ、彼女を追いかけているところへ、ヘラクレスによって矢を射かけられて討ち果たされました。

パラスやエンケラドスはアテナに挑戦しようとしましたが果たせず、次々と討ち果たされ、パラスは皮を剥ぎ取られて彼女の盾(アイギス)を飾り、エンケラドスはシチリア島の下に埋められてしまいました。
そして、今でも、この巨人が寝返りをうつ時、シチリア島は大きく揺れるのだそうです。


●最後の戦い
ガイアはそれでも、自分の子供たちの敗北が受け入れられず、今度はタルタロスと交わって生んだ怪物テュポン(テュポーエウス)をけしかけます。

その怪物は、「休みなく働く手と、止まることを知らない足」を持つ恐るべき怪獣でした。肩からは100の恐ろしい竜の頭が生え、それぞれに黒い下が突きだし、目は焔(ほのお)を吹いていました。
腿(もも)からは無数の毒蛇が這い出し、身体は羽毛で覆われ、厚い剛毛が頭や頬に生えていました。背丈はあらゆる山よりも高かったと言います。

神々はその姿を見て恐れおののき、エジプトまで逃げてしまいました。ただひとり、ゼウスだけがこの怪物の前に立ちはだかりますが、彼は蛇にがんじがらめに締め付けられ、足の腱を切られて、キリキア(小アジアの一地方)にある怪物の巣の中に閉じ込められます。

しかし、ゼウスの子で伝令の神であるヘルメスの活躍によって助け出され、戦いは再開されます。
結局、雷霆(らいてい)を持っていたゼウスがテュポンを圧倒し、怪物はシチリア島に逃れますが、ゼウスはその隙を逃さずエトナ火山で押しつぶしてしまいました。

こうして、三度の戦いに勝ったゼウスは、神々の長としての地位を不動のものにします。

ナベリウスNaberius

●三つ首のカラス
ナベリウス(ナベルス)は地獄の侯爵にして少将、および軍隊総監をつとめます。
ソロモン72将のひとりとしても知られ、大きな雄鶏、またはカラスの姿を取ります。人間時には三つ首の姿を取るというのは、彼の異名のひとつ「ケルベルス」が、ギリシア神話に登場する冥界の三つ首の番犬「ケルベロス」に発音が似ているからでしょうか。

論理学(ロジック)と修辞学(レトリック)を教え、また、失われた地位や名誉を回復することができます。

つかさどるものは、「幻滅」「欺瞞」「虚言」です。地獄の19個軍団を率います。

一説には、ユーフラテス川流域で信じられた鳥類神のなれの果てだとも言われています。



●亜種・別名など
ナベルス/ヌベルス/セレブルス/セレブス/ケルベルス/ケレブス

ミュルメコレオMyrmecoleo

●アリ+ライオン=?
ミュルメコレオは「アントライオン」の別名の通り、アリとライオンの二つの性質を持った怪物です。

首から上はライオン、首から下はアリと言われており、元々は旧約聖書の「ヨブ記」において、ヘブライ語で「ライオン」の意味の言葉とされていたのが、なぜかギリシア語でミュルメコレオ、すなわち「アリライオン」と誤訳され、それが人口に膾炙(かいしゃ)したものです。

ミュルメコレオの両親はライオンとアリであり、父親のライオンは肉を喰らい尽くし、母親のアリは芒(のぎ)を喰らい尽くします。
しかし、両者の子供であるミュルメコレオは、父親のように芒を喰うこともできず、母親のように肉を食うこともできないため、餌を摂ることができず、生まれてもすぐに滅びるとされています。

その故事から、人間もミュルメコレオのようになってはならぬ、二心あるものは必ず滅ぶ、二股をかけてはならない、二つの信仰を持ってはいけない……と宗教談義に引用されるようになりました。


●ミュルメコレオの謎
ミュルメコレオはその姿の奇妙さから、その生誕についてさまざまな憶測を呼びました。

古代ローマの地理学者ストラボンや2世紀ごろの著述家アイリアノスは、ライオンの一種としています。
誤訳説も依然有力ではあるものの、誤訳を誤訳のまま放っておいたのは何故か……という部分において謎であり、結局のところ、はっきりしたことは分かっていません。
恐らくは、誤訳がうまく教義にはまったから、その後もミュルメコレオ(アリライオン)のまま語り継がれた……というのが正直なところなのでしょう。

フローベルの「聖アントワーヌの誘惑」では、ミュルメコレオは前半身がライオンで後半身がアリとなっており、生殖器が逆さまについているとされています。

ちなみに、現在のヨーロッパでは、「ミュルメコレオ(アントライオン)」と言えば、日本語で言うところの「ウスバカゲロウ」、および幼虫の「アリジゴク」のことを指します。



●亜種・別名など
アントライオン

ムルムルMurmur

●グリフォンに乗った悪魔
ムルムル(ムールムール)は、地獄の公爵で、ソロモン72将のひとりです。黙示文学の「偽エノク書」にもその名前が記載されています。
グリフォンに乗り、公爵冠をかぶった人間の姿で現れ、耳障りな声で話します。

哲学に関する知識が豊富で、また、強力なネクロマンシー(死霊術)の術をあやつります。どの死体からも霊を呼び出し、話をすることができます。彼の使い魔は、こうして降臨した死霊だとも言われています。

ルシファーが天界に叛旗を翻した時、彼のもとに馳せ、ともに堕天した天使のひとりです。



●亜種・別名など
ムールムール

モラクスMorax

●牛頭(ごず)の悪魔
モラクス(フォラクス)は地獄の伯爵で、36個軍団を率いる有力な悪魔です。
牡牛の頭をした人間、もしくは醜い人間の頭をした牡牛の姿で現れ、ソロモン72将のひとりにも数えられます。

魔法の宝石や薬草に関する知識を教え、占星術や天文学、その他科学的学問を教授します。また、術者に使い魔を提供します。

つかさどるものは「休息」「終戦」「静謐(せいひつ)」「安楽」です。

ルシファーが天に背いた時、同じソロモン72将のひとり、マルコシアスとともに最後まで奮戦し、星空に脱出しています。



●亜種・別名など
マラクス/マラックス/フォラクス/フォルファックス/フォライー

モロクMoloch

●残酷な悪魔
モロクはモレクMorech、メレクMerekの名前でも呼ばれる悪魔です。
特に残忍な性格をしていることで知られ、強大な力を持ち、ユダヤ人にとっては誰よりも許されざる存在のひとりです。「地獄の辞典」を著した作家コラン・ド・プランシーによれば、彼は涙の国の君主であり、地獄会議のメンバーのひとりとされています。

もともとはアモン人(ヨルダン東部地域の住民)の間で信じられた強力な神で、その名前も「王」を意味するヘブライ語に由来します。
シナイ半島からイスラエルに渡る地域で特に信仰を集め、その姿はしばしばブロンズの王座に座る、王冠を被った牛頭の神の形で描かれます。


●生け贄を好む神
彼がユダヤ人から不倶戴天の敵とされたのは、彼が異国人の神であるという以上に、生け贄を好むきわめて残酷な性格の神であったという部分が影響しています。
彼は国王に力を与える代わりに、その王権を継ぐ者、つまり王の長男の生命を要求したのです。

エルサレム近郊で行われる儀式では、シンバルやトランペット、太鼓などが盛大に打ち鳴らされ、親たちは子供を劫火の中に放り込みました。
子供たちは当然泣き叫びますが、それも周囲の大音響の中にかき消され、やがて炎のはぜる音のみが聞こえるだけとなりました。

神殿から立ち上る炎は、儀式のまがまがしさとあいまって不気味なイメージをかもし出し、特にユダヤ人にとって忘れられないトラウマの地となりました。
生け贄の習慣がなくなった後も、この神殿のあるゲヘナ地方はしばらくゴミ捨て場や墓場の代わりとして使われ、そこから立ち上る異様な煙と臭いは、ユダヤ人にとって地獄を想起させるのに充分なほどであったと言います。
地獄の劫火を「ゲヘナの火」と呼ぶようになったのも、このイメージが大きく影響しています。

アモン人が力を失い、ユダヤ人がこの地方を支配するようになっても、この儀式はしばらく続けられたそうで、イスラエル王アハズやマナセなども、自分の子供をモロクへ生け贄に捧げたと言います。


●ユダヤの敵、キリストの敵
当然、ヤハウェ信仰が広まる中で、モロクは許し難い悪魔のひとりとみなされるようになります。
ジョン・ミルトンも、著書「失楽園」の中で、彼を「母親の涙と子供の血にまみれた」魔神であると書いています。高位の悪魔に肯定的な評価を残しているミルトンにしては、かなり辛辣であると言わざるを得ません。

ユダヤのラビ(律法学者)は、ゲヘナの中心にモロクの巨大な像があると考え、その形を次のように考えました。

材質は真鍮で、両手を拡げたような姿をしており、頭は巨大な牝羊の形をしています。中身は七つの部屋に分かれていて、一つ目の部屋には小麦粉が、二つめにはキジバトがそれぞれ収納され、三つ目には牝羊、四つ目には牡山羊、五つ目には子牛、六つ目には牡牛、そして七つ目には子供が置かれます。

焚き口からは常に燃料が補給され、それが内部を常に高温に保ちます。像と言うよりはむしろ焼却炉に近いものであり、それぞれの部屋に覗き口があって、そこから内部の様子をうかがい知ることができます。

ミノタウロスMinotaur

●牛頭(ごず)の怪物
ミノタウロスはギリシア神話に登場する怪物です。
頭が牡牛、身体が人間という姿をしておりますが、サイズも腕力も並はずれており、人間を襲ってはその肉を喰らいます。
一応、アステリオス(アステリオン)という本名を持っておりますが、一般には「ミノス王の牡牛」を意味するミノタウロスという名前で通用しています。


●ギリシア神話のミノタウロス
ギリシア神話によれば、彼はパシパエという女性の道ならぬ恋の末に生まれたとされています。

パシパエはクレタ王国の有力な王ミノスの后です。クレタ王家は代々、守護神である海神ポセイドンに牡牛を捧げていたのですが、ある時、生け贄として用意された白い牡牛にパシパエが魅せられてしまい、それを隠して別の牛を代わりに捧げました。

しかし、そんな企みに騙されるポセイドンではなく、彼は報復としてパシパエが牡牛を好きになるという呪いをかけます。
パシパエは牡牛に夢中になり、交わって牛のような頭を持った怪物を産み落とした。それがミノタウロス(アステリオス)です。

ミノス王はその義理の「息子」を、名建築家ダイダロスに命じて作らせた迷宮に閉じこめます。
この迷宮は、壁面に諸刃の斧(ラビュリス)のレリーフが彫られていることから「ラビュリントス」の名前で呼ばれました。英語で迷宮を意味する「ラビリンスLabyrinth」という言葉は、ここから来ています。

王はさらに、アテナイ(アテナ市)から毎年7人の少年少女を譲り受け、生け贄として迷宮に送り込みました。
アテナイの王子テーセウスはそれを憂慮し、この怪物を退治することを決意します。彼は7人の生け贄のひとりとなってクレタ島へと赴きました。

テーセウスに一目惚れしたミノス王の娘アリアドネーは、この英雄に「役に立てば」と一降りの剣(青銅の棍棒説もあり)と糸の束を渡します。糸の束は帰り道を確保するためのものです。

体格差をものともせず、首尾良くミノタウロスを殺したテーセウスは、あらかじめ張り巡らせておいた糸を辿って無事この迷宮から抜け出すことができました。


●牛祭
この怪物は、クレタ島で行われていた大祭をモチーフにしているという説があります。
当時、クレタ島では牡牛を崇拝しており、それにまつわる神殿がいくつも建てられました。パシパエに呪いをかけたポセイドンは海神ですが、一方で牛の神という面も持っています。

さて、その大祭ですが、牛の覆面を被った祭司が舞い踊り、何頭もの牛が辺り一帯を駆け回ると言う、相当派手なものであったようで、中でも、少年少女がその突進してきた牛の角をつかみ、空中にヒラリヒラリと舞い上がるイベントは、とりわけ人々の人気を集めていました。
クレタ島内のクノッソス神殿跡にも、その様子を描いたレリーフが残っています。

もっとも、このイベントは事故率の高い、大変危険なイベントでもあったようで、しばしば怪我人や死者が出たと言います。そこから、

「クレタ島には少年少女が参加する祭がある。死傷者がたくさんでるような危険なもので、その主催者は牛の仮面を被っている」
「クレタ島には少年少女を喰らう危険な怪物がいる。それは牛の顔をした人間だ」

となって、ミノタウロスの伝説に繋がっていったのではないかと考えられます。



●亜種・別名など
アステリオス(ミノタウロスの本名)/ミノトーア/牛魔王/牛頭大王

ミミックMimic

●擬態する怪物
ミミックは「擬態をする怪物」です。
擬態とはまったく無関係なものに化けることによって、捕食者の追撃をかわしたり、逆にエサとなる犠牲者を油断させて近づける技術のことです。
実際にある擬態の例として、景色に合わせて身体の色を変えるカメレオンをはじめとして、猛毒のサンゴヘビに化ける無毒のニセサンゴヘビ、アリになりすますアリグモ、枯れ枝になりきるシャクトリムシ、葉っぱそっくりに化けるコノハムシなど知られています。

ミミックも、これらの動物と同じように別の何かに化けますが、彼らの化け方は一風変わっていて、多くの場合宝箱や宝物そのものの形を取ります。

欲深い冒険者たちが何も知らずに近づいてきて、宝箱に手を伸ばす……その瞬間を狙って、ミミックは彼らに襲いかかります。
力も決して強いわけではなく、まともに戦えば怖い相手ではないのですが、相手が完全に油断をしている瞬間を狙うので、非常に効果的な攻撃を加えることができます。


●ゲーム生まれの怪物
ミミックはゲームデザイナーやプレイヤーの完全な遊び心から生まれた怪物です。
冒険者たちが血眼で探そうとする黄金や財宝。それが実は、怪物が化けたものであったとしたら、これほどスリルのあるものはありません。

ゆえに、彼らは確たる伝承も持たず、統一されたイメージも持たない存在でありながら、多くのゲームに採用され、またさまざまなバリエーションを生み出してきました。
そもそも、ミミックという名前からして、「模倣」「擬態」を意味する英語ミミックMimic、もしくはその名詞形ミミクリーMimicryが由来です。

ミミックは大きく2つの種類に分かれます。ひとつは身体そのものが箱や宝石の形をしている擬態タイプ。
もうひとつは普通の箱の中に入り込むヤドカリタイプ。
もちろん主流は擬態タイプですが、近年はヤドカリを採用する向きも多いと聞きます。後者は正体がバレると同時に、慌てて殻を脱ぎ捨てて次の住処を探しに回ります。


●ミミックのバリエーション
現在ではゲーム「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ(D&D)」やRPG「ドラゴンクエスト」シリーズなどの影響から、ミミックと言えば宝箱のような形をしたタイプが一般的です。

もちろん、宝箱だけでなく、宝石や金貨、武器や防具、ドアやドアノブ、置物、家具に化けるものもいます。
ひどいのになると、家や通路そのものに化けるものもあるそうです。
犠牲者が知らずにその場所へ足を踏み入れ、何かおかしいと気づいたときには既に遅し。哀れ怪物の腹の中に、と言うわけです。

ミミックの中でも、金貨や宝石など、特徴あるものについては「クリーピング・コインCreeping Coin(這い回るコイン)」「リビング・トレジャーLiving Treasure(生きた財宝)」「リビング・ボックスLiving Box(生きた箱)」「踊る宝石」などのように、独自の名前がつけられます。



●亜種・別名など
人食い箱/ミミクリー/ミミクリー・モンスター/リビング・ボックス/リビング・トレジャー/ハプツーン/クリーピング・コイン/ポゼッション

ミカエルMichael

●天使の長
ミカエルはキリスト教徒、ユダヤ教徒の双方から信仰されている、有力な天使です。あらゆる天使の中でも最高の位置を占め、神の右側に座ることの許されるただひとりの存在です。「天の副王」「御前の君主」と呼ばれることもあるようです。

天使軍の総司令であると同時に、熾天使(セラフィム、上級第一位の天使)の一角を占め、そのリーダーを務めます。同じ熾天使のガブリエル、ラファエル、ウリエルらとともに「四大天使」の名で呼ばれることもあります。

あらゆる天使を統轄する大天使長の位にあり、力天使(ヴァーチュズ、中級第二位の天使)の支配者を務め、懺悔・正義・慈悲・清め・性別・炎・東方・慎重さなど、様々な属性をつかさどります。
ヨーロッパ全域の守護天使としても活躍し、かつてヨーロッパがイスラム教徒の攻撃に晒された時は、聖ミカエルの姿を染め抜いた旗が汎ヨーロッパ軍のシンボルとして、各地で翻ったそうです。


●天使の出世頭
ミカエルという名前は、ヘブライ語で「誰が神の如き?(彼ほど神に近い者はいない)」を意味します。
この名前からも分かるように、彼はあらゆる天使の中で最も神に近い実力を持ち、その尊敬を集める存在です。

彼に匹敵する存在をあえて探すとしたら、彼の双子の兄で、天使筆頭だったこともあるルシファーの名前が挙げられましょう。
ミカエルに負けぬ風格をそなえ、神でさえもその実力を認める天界随一の天使でありましたが、性格的にやや難があり、とあることが原因で彼は天界に叛旗を翻します。

双子の兄が叛逆したわけですから、弟であるミカエルも連座してしかるべきだったのですけれども、神はその罪を問うどころか、逆にルシファーの離脱によって空席となっていた天使軍総司令に、この弟を据えるという仰天人事を行います。

ミカエルはその期待によく応えました。自らも剣を取って戦うなどよく奮戦し、兄の軍を各地で撃破して、天界側を勝利に導きます。
ルシファーは敗走し、地上へと叩き落され悪魔の王となりました。ミカエルの方はと言えば、勝利の功績により、兄の持っていた地位をすべて受け継ぐことが許され、ここに大天使長としてのミカエルが誕生します。


●ミカエルの姿
彼は絵画やステンドグラスに最もよく描かれた天使のひとりです。
単体の作品としての印象は薄くとも、神のそばに侍ったり、死者や聖者を天空から見守ったりするその姿は、誰もがきっと目にしているハズです。

彼は多くの場合、黄金の剣と光り輝く鎧を装備した姿で登場します。
この黄金の剣は彼のために「神の武器庫」からわざわざ出されたもので、どんな堅い剣でも一刀のもとに斬り落とすことができます。
鞘から抜かれた剣が彼の象徴として描かれることもあります。

羽の数については、彼の場合2枚の大きな羽で描かれることが多いのですが、同格のルシファーらが6枚、もしくは12枚以上の羽を持つことから、実際には6枚以上の羽を持つと考えるのが妥当です。

武装した姿、敵を容赦なく斬り捨てるその姿は、何か威圧感めいたものを感じさせますが、伝承などを見ると意外にも優しい性格をしていて、旧約聖書外典「エノク書」でも「めったに怒らない聖ミカエル」と書かれています。
もっとも、アダムたちに楽園追放を言い渡したり、兄を一刀のもとに斬り下ろしたりするような冷酷な面もあるのも確かなわけで、その辺りから考える限り、「優しい」と言うよりはむしろ「生真面目」なだけなのかも知れません。


●ミカエル信仰
天使は今もヨーロッパ人にとってかけがえのない存在です。私たちがことあるごとに八百万の神々へ祈りを捧げることがあるように、ヨーロッパ人は天使に祈りを捧げます。
中でもとりわけ、ミカエルは多くの人々の尊敬を集めています。毎年9月29日ごろの「聖ミカエルの日」には、各地でミカエルにちなんだ大祭が行われます。

彼の威光にあやかってその名前をつける人も多く、英語のマイケルMichael、フランス語のミシェルMichelle、ドイツ語のミヒャエル(ミハエル)Michael、ロシア語のミハイルMikhailなどは、すべてこの天使の名前にちなみます。彫刻で有名なミケランジェロMichelangeloの名前も、「天使ミカエル」を意味する言葉から来ています。

ミカエルは戦争と正義をつかさどるところから、外敵や危難、飢饉、疫病、災害などに襲われたときには、彼の名を呼ぶのが効果的です。1950年には当時の法王ピウス12世によって「警察官の守護者」に認定されました。

彼に捧げられた寺院も厖大な数にのぼり、例えばイタリア南東部、アドリア海に面したモンテサンタンジェロ(聖天使の山)修道院は、5世紀ごろにミカエルが降臨したということで、中世には南イタリアにおける一大巡礼地となりました。

同じくミカエルに捧げられたものとしては、フランスのノルマンディー地方にあるモン・サン・ミシェルMont-Saint-Michel(聖ミシェルの山)やイギリスのコーンウォール地方にあるセント・マイケルズ・マウント(聖マイケルの山)などが有名です。
これらの修道院は寺院としての役割のほかに、外敵が攻め入ったときの戦略拠点としても使われました。



●亜種・別名など
ミハイール

2014年7月 5日 (土)

メタトロンMetatron

●天使たちの王
メタトロンはメトラトンMetratton、ミトロンMittronなどとも称される、ユダヤ教における天使たちの長です。

その地位は「天使たちのリーダー」であるミカエルやガブリエルらよりも高く、神そのものの役割を代行する権限を有します。企業で言えば、天使たちのリーダーであるミカエルが会社の経営者とすれば、メタトロンはオーナー(神)の意を受けて動く全権委任弁護士といったところでしょうか。

彼は「神の御前の君主」「7つの天の長官」「契約の天使」「奉仕天使の長」「神の顔」「天の書記」「不世出の偉大なる者」など、さまざまな呼び名を持ち、ユダヤ教典の「タルムード」によれば72の呼称を持っているとされています。

輝く顔と光る身体、36万5000個の目と36対の翼の持ち主で、「世界の広さに等しい」身長を持つ威丈夫です。
その威光は神自身を除けば誰よりも強く、天使の幽閉所である第五天を管轄し、胎児の性別を決めるという役割を有します。サンダルフォンという双子の弟もいるようです。

メタトロンという名前の由来は、「玉座に侍る者」を意味するメタトロニオスMetathroiusに由来という説と、あるいは「記録する人」「案内人」を意味するラテン語メタトールmetatorに由来する説があるようです。


●契約の天使
彼は人間と神の仲立ちをする存在であり、両者間の「契約」をつかさどります。
ここで言う契約とは、人間と神の関係についての取り交わしのことです。実際に契約を行うのは人間と神ですが、メタトロンはその間に立ち、契約内容の策定と契約書の作成を担当します。

例えば、シナイ山で取り交わされた、預言者モーセを仲介者とする契約では、イスラエル人が神を崇める代わりに、神もイスラエル人を守護する約束が取り交わされましたが、メタトロンはその成功に尽力しました。
神が地上に1000年間アダムを貸与するよう依頼した際にも、メタトロンはその書類作成と契約のすべてを取り仕切り、天使ミカエルとガブリエルが連署しています。この書類は今も天界のメタトロンの部屋に保管されているそうです。

こうして作られた「契約」は、人間たちの重要な行動指針になっていきました。それをまとめた書物が、私たちがふだん目にしている「新約聖書」「旧約聖書」などと呼ばれるものです。

ここで言う「新約」「旧約」の「約」とは神と人間の約束ということ、「新」「旧」はキリスト教徒から見て新しい時代につくられたか、古い時代に作られたかという意味です。
ユダヤ教は旧約聖書のみを「聖書」と位置づけているため、こうした区別はありません。


●モーセのボディガード
メタトロンは有名な預言者モーセの守護者としても活躍し、彼の活動を助けています。

モーセと言えば、エジプト王の迫害を避けて信徒とともにシナイ半島まで逃れた人物ですが、数々の奇跡を起こした(起こさせた)ことでも知られ、例えば、エジプト軍に追いつかれそうになったときに、海を二つに割って信徒を通した、映画「十戒」でも有名なあのシーン。一般には神の力を借りてモーセが起こしたと考えられておりますが、実はメタトロンがその演出に関わっていたという説があります。

この天使は、その後も執拗に追撃を続けてきたエジプト軍に「炎の柱」や「真っ黒な雲」を見せて足止めしており、モーセがシナイ山まで到着するのを助けています。

さらに、モーセたちは山の頂上で「十戒(十誡)」を授けられるわけですが、この十戒にもメタトロンは深く関わっています。
「あなたはわたしのほかに,なにものをも神としてはならない(第一誡)」などの有名な条文は、この天使の手によるものだとされています。


●預言者エノクとメタトロン
さて、このメタトロンはどのようにして生まれたのか……については、面白い話があります。実は、彼はもともと人間であり、天界に辿り着いたため天使へと変容させられた……と言うのです。

旧約聖書偽典に「エノク書」と言うものがあります。預言者エノクの言行の記録ですが、その中において、彼は旅の終わりに神の前まで引き立てられます。すると、見る間に彼の姿は天使とまったく変わらぬものとなったと言うのです。

メタトロンとなったエノクはそのままミカエルやラファエルら大天使の上司に就任し、同時に執筆魔だった人間時代の特性を生かして、あらゆる記録を統括する権限を得るようになりました。
そこから、メタトロンのことを「天の書記」あるいは「真実の記録者」と呼ぶようになったということです。


●キリスト教とメタトロン
さて、意外なことに、キリスト教はこのメタトロンの存在を天使としては認めておりません。
それどころか、先鋭的なことで知られているグノーシス派の間では、悪魔認定すらされているほどです。中世の絵画を見ると、メタトロンは悪魔のような二本の角を生やした姿で描かれます。

彼らが、ミカエル、ガブリエル以上に重要な天使であるにもかかわらず、キリスト教にほとんど無視されているのは、何かと敵対することの多かったユダヤ教の重要な天使だったという以上に、むしろ彼が異教の雰囲気を色濃く残した存在だったからという理由の方が大きかったからではないかと思われます。

例えば、メタトロンとゾロアスター教のミスラ神は、どちらも非常に背が高かったり、あるいは眠らず世界を監視し続けていたりするなど、かなり共通した部分を持っています。



●亜種・別名など
メトラトン/ミトロン/メタラオン

メローMerrow

●アイルランドの人魚
メロー(メロウ)はアイルランドに棲む人魚(マーメイド/マーマン)の一種です。

女のメローは肌が白く、濃いめの瞳、長い髪を持つ美しい人魚の姿ですが、男のメローは緑色の肌と歯、鼻は尖って赤く、目は小さくて細いなど、醜い姿を取ると言われています。

両者とも水かきのある指を持ち、コホリン・ドリューCohullen Druithという名の魔法の赤い羽毛の帽子を使って、陸上の動物から人間から海の生物に至るまで、何でも変身することができます。

メローがメローたり得るのも、この帽子のお陰であると言われ、もしも帽子が盗まれると水中に戻ることができなくなり、その結果、人間と結婚せざるを得なくなることもあるようです。


●メロー伝説
彼らの存在が嵐の前兆を表すという部分も、マーメイドとよく似ており、漁師の間では、メローを見ると時化(しけ)になるという話がまことしやかにささやかれていました。

独身の漁師が魔法の帽子コホリン・ドリューをわざと隠して、メローが人間の妻になる話もよくあり、ある話によれば、その結果人間と結婚して3人の子供までもうけたものの、ある日、帽子を見つけられ、海に帰られてしまったということです。この辺、日本の「天女伝説」や「鶴女房」の話に通じるものがあります。

なお、メローと人間の子供は、肌にウロコを持ったり、手に小さな水かきができたりするなどの特徴があります。



●亜種・別名など
メロウ

マーメイド/マーマンMerMaid/Merman

●海の人間たち
マーメイド(マーマン)……この言葉に特別な想いを感じる人は多いのではないでしょうか。
神話にその起源を持つこの半人半魚の種族は、アンデルセンの「人魚姫」によって、子供たちのアイドルへと昇華しました。
また、彼女たちをモチーフにしたエンターテインメント作品も数多く作られ、ディズニーの映画「リトル・マーメイド」や高橋留美子の漫画「人魚の森」などは、本家に劣らぬ高い人気を誇りました。

半人半魚という形も、考えてみれば変な姿ですが、古くから「海にも地上と同じような人間がいて、動物がいて、人間社会のようなものがある」という考え方があって、その「海の人間たち」の生活ぶりを考えた際、人間と同じような直立二本足という姿をイメージするよりは、むしろ半分人間、半分魚といった姿を考える方が分かりやすかったのかも知れません。

この「海の人間」は古代英語で「海の女」「海の男」を意味するマーメイドMerMaid、マーマンMermanの名前がつけられ、今はマーメイドの方のみが一般に知られていますが、近年のファンタジーブームによってマーマンもその知名度を徐々に上げ始めています。


●美しき人魚たち
さて、アンデルセンの「人魚姫」の影響からか、人魚と言えばヨーロッパの近海というイメージがありますが、半人半魚の精霊・怪物の話は世界中に散在します。
現在あるような半人半魚のイメージは古代バビロニア(トルコ)の海神オアンネスが最初だと言われ、アッシリア(イラク)の半人半魚の神ダゴンなどはこのオアンネスのイメージが伝えられたものだと言われています。

このオアンネスのイメージは、古代エジプトを通じてギリシアやアラブ一帯に持ち込まれ、ギリシア神話にもトリトンやグラウコスをはじめとする半人半魚の神がしばしば登場しています。

魚ではありませんが、セイレーンという半人半鳥の怪物は海辺に座って船乗りたちを海の底に誘い込んだと言われ、これはアンデルセンの人魚姫のイメージに繋がります。

ちなみに「オデュッセイア」によれば、セイレーンは近くを通りかかった英雄オデュッセウス一行を誘い込みますが、彼らは耳栓をしマストに身体を縛り付けてやり過ごします。
それを見て彼女たちは海に飛び込んで魚に変化しました。中世の人魚が、しばしば翼でを持つ姿で描かれるのは、このエピソードが影響していると考えられています。

ヨーロッパ以外にも人魚と人間の邂逅(かいこう)の話はいくつかありまして、例えば「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」には、人魚と出会い、その宮殿に赴いた男の話が残っています。
日本にも、半人半魚の姿ではありませんが、「浦島太郎」に出てくる乙姫や竜王など、海の底に暮らしている人々の話が伝えられています。


●人魚と水場
人魚は水場が持つ危険性の象徴でもあります。危険な海や森奥深くの水場などにはことごとく人魚のような存在がいると言われ、北欧にも人魚ニクスや暴れ馬ケルピー、根っこに擬態するノッケンなどのように、水に引きずり込んで溺れさせる妖精の話がいくつか伝えられています。

そもそも、人魚の姿自身が、水に足を取られて溺れている人間の姿を表わしていると言います。
不思議な歌声は溺れた人が発する悲鳴や異国語の叫びであり、金髪碧眼はヨーロッパ本土に迷い込んできた北欧・ゲルマン系の人々の姿、人魚が波間で手を振り、しばらくして海の中に消えてゆくのも、力尽きて海の底へ沈んでゆくイメージととらえることができます。


●目撃された人魚たち
人魚はその実在が長く信じられたものの一つです。
かのクリストファー・コロンブスも、アメリカ大陸への航海中に数回「人魚を見た」と航海日誌に記しています。
19世紀のイギリスでは「領海内にいる人魚はすべて国家のもの」と言う法律を制定しました。古代ローマの博物学者プリニウスも、「ネレイス」という人魚を著書「博物誌」の中で紹介しています。

1523年には、ローマで「人魚の骨」も見つかっています。4歳の男の子ぐらいの大きさで、恐らくは畸形の子供の骨だったのではないでしょうか。
1404年にはオランダで生きた人魚が発見され、住民によって手厚く保護された記録が残っています。何と発見した司祭により洗礼まで受けたと言うことです。

1663年、オランダ軍のとある大佐はインドネシアのアンボイナ諸島付近で男の人魚を目撃しました。
それによれば、彼は髪を長く垂らし、灰色と緑色の中間のような色をしていたと言うことです。島民の話によれば、この地域には人魚のようなものが多く棲息し、しばしば捕らえて植民地の知事に贈ることもあったと言うことです。


●日本の人魚
戦国時代に日本を訪れたヨーロッパ人は、恐らく会う人会う人に「この国に人魚はいるか?」と聞いて回ったに違いありません。

「人魚とは何か?」と日本人が聞くと、「上半身が人間みたいなので、下半身が魚で……」と言う。もちろん、そんなものは日本どころか世界のどこにもいないわけですが、一部の聡い商人が「これは商売になる!」と思い、サルの死体と魚の下半分を組み合わせてちょうど人魚みたいなものを作り上げました。

もちろん、「新鮮」なものを使うとすぐにサルだとバレるので、乾物(ミイラ)にしたものを使いました。
「あいにく生きたものはおりませんが、ミイラなら残っております」というわけです。あるいは、彼らの手先の器用さを見たヨーロッパ人の方が、「こんなものを作らないか?」と日本人へ持ちかけたのかも知れません。

いずれにしろ、こうして作られた「人魚」たちはヨーロッパに「輸出」され、東洋のエキゾシズム(異国情緒)の最たるものとして、各地で大変な評判となりました。
特に、19世紀にアメリカのパーナム一団によって紹介された「フィジー人魚(と名前がつけられておりますがフィジー製ではなく日本製)」は、各国が奪い合いを繰り広げるほどの騒ぎになりました。

これらのミイラは、すべてがヨーロッパに出荷されたわけではなく、一部は寺院や富裕家に譲り渡され、今でもその姿は古い寺や郷土資料館などで見ることができます。


●人魚のイメージ
人魚はしばしば悪魔のイメージを持ちます。

人魚は海が化身したものであり、魂を持たないので、しばしば人間の持つ魂を欲しがります。魂を欲しがるのは悪魔の持つ性質のひとつでもあるので、ゆえに魂が得られないと彼らは存在意義を失い、元の場所に戻ることを余儀なくされます。

アンデルセンの「人魚姫」も、やはり王子様の愛(=魂)を手に入れようとして大切な声を失い(=悪魔が大切なものと引き替えに何かを与えるイメージ)、そして愛を手に入れられないと悟った瞬間、泡(=元の水)になって消えてしまいました。

人魚の肉が不老長寿を授けると言うのもよく聞く話で、日本にも、この肉を喰らい800年の生命を得た「八百比丘尼(やおびくに)」の伝承が残っています。
ちなみに、先に少し触れた高橋留美子の「人魚の森」も、この八百比丘尼をモチーフにしたものです。

人魚はまた、その美しさから美そのもの、あるいは芸術や感性を象徴します。
また、ポーランドの独立運動の際、彼らの落書があちこちに描かれたことから、ポーランド独立運動の象徴として使われる場合もあります。



●亜種・別名など
人魚(姫)/オアンネス/メロウ/ミンナ/トリトン/セイレーン/アブズラー/ギルマン(半魚人)/ダゴン/グラウコス/ドゥンナ・マリ

メリュジーヌMélusine

●フランスの女怪物
メリュジーヌはフランスの伝承に登場する女の怪物です。メリサンドとも呼ばれるこの怪物は、頭と胴体は中世の衣装をまとった美しい女性ですが、背中にはドラゴンの羽が生え、下半身は大蛇です。
いわゆる半人半蛇の怪物なのですが、人を襲うことはなく、伝承の中ではもっぱら悲恋の対象として描かれます。


●王と妖精の子
彼女はプレッシナ(プリジーヌ)という名の泉の妖精と、オルバニー(スコットランドの一地方)のエリナス王の間に生まれた存在です。母は結婚した時、自分が出産に臨む姿を王に「決して見てはいけない」と言いつけました。しかし、王はその言いつけを破り、妻の出産を見てしまいます。
怒ったプレッシナは、生まれたばかりの娘三人、すなわちメリュジーヌ、メリオール、プラティナを連れて出奔します。

やがて成長した三人の娘は超自然的な力を身につけ、父親であるエリナス王をノーザンブリア(イングランドの一地方)の洞窟の中に閉じ込めます。
ところが、この事態を知った母は、怒ってメリュジーヌたちに呪いをかけました。こうして、メリュジーヌは毎週一回、半人半蛇の姿に変身することになりました。


●メリュジーヌとレモンダンの結婚
そんなある日、伯父を間違って殺し、出奔していたフォレ伯の子レモンダンは、水際でたわむれていたメリュジーヌを見つけ、その美しさに目がくらみ、結婚を申し込みます。
彼女は「毎週一回、土曜日に沐浴している姿を見てはならない」ことを条件に、求婚に応じます。

彼女は素晴らしい力の持ち主で、夫に数々の名誉と富、そして10人の子供を授けます。また、リュジニャン城と町、教会堂を彼のために建設しました。

しかし、ある時、レモンダンは妻が半人半蛇の姿に戻って沐浴している姿を見てしまいます。嘆き、悲しんだ彼女は、城の城壁から飛び出して永久に羽の生えた半人半蛇の姿になり、飛び出してしまいます。

その後の行方はようとして知れませんが、リュジニャンの城主が代替わりする直前、あるいは子孫の誰かが死ぬ直前に戻ってくるという話があるようです。

なお、彼女の子孫はフランス君主の祖先となったとも言われています。



●亜種・別名など
メリサンド

メデューサ(メドゥーサ)Medusa

●蛇髪の怪物
メデューサ(メドゥーサ)はギリシア神話に登場する女の怪物です。
蛇の髪の毛と、覗き込むと石になるという瞳を持ち、肌は青銅のウロコでびっしり覆われ、背中には大きな黄金の翼が生え、口からはイノシシのような鋭い牙が覗きます。
髪が蛇である以外は美しい(?)少女の姿であるとする説もありますが、いずれにしろ、その目を見ると石になると言う点は変わらず、恐ろしい怪物であることに変わりはありません。

その知名度はきわめて高く、神話や怪物に少しでも興味がある人ならば、その名前をどこかで聞いたことがあるハズです。
しばしば女性の恐ろしい部分を揶揄する呼称としても使われ、相手を思わず石にしてしまうような、鋭い舌鋒と視線の持ち主を、ユーモアを込めて「メデューサ」と称したりもします。


●ギリシア神話のメデューサ
もともとは、長姉ステンノー、次姉エウリュアレーとともに「ゴルゴン(ゴーゴン)三姉妹」の名前で呼ばれ、ポルキュスとその妹ケトの間に生まれた娘でした。
かつては姉とともに大変美しい姿をしていたのですが、知恵の女神アテナ(もしくはポセイドンの妻アンフィトリテ)の怒りを受けて醜い姿に変えられてしまいます。

アテナ(もしくはアンフィトリテ)が怒った理由は、海洋神ポセイドンの求愛を受けたからとも、あるいはアテナの神殿で男性と淫蕩にふけったからとも言われていますが、多くの本は、その美しい髪を自慢してアテナを冒とくしたため、怖い怪物に変えられたのだと説明しています。

醜い姿になった彼女は心も醜くなり、しばしば人々を苦しめたので、ゼウスの息子である英雄ペルセウスによって退治されました。

彼はアテナから貰った青銅の盾を、あらかじめ鏡のように磨いておいて、メデューサがこちらを向いたとき、すかさずその前にかざしました。
あらゆるものを石化させる魔力は、盾に反射してメデューサ自身を石に変えてしまいます。三姉妹の中でただひとり不死ではなかった彼女は、そのまま死んでしまいました。

ペルセウスがその首を切り取ると、血だまりの中から聖馬ペガサスと、黄金の剣を持つ巨人クリュサオルが飛び出しました。ペガサスはその後ペルセウスの乗馬としてあちこちを飛び回ることになります。

英雄はのちに、自分を陰ひなたに支えてくれたアテナの神殿に、メデューサの斬り落とした首を奉納しました。アテナはその功績を称えて、自分の盾(イージスの盾)の中央にその首をはめ込みます。


●大地母神メデューサ
もともと、メデューサは怪物ではなく、ギリシアの先住民族ペラスゴイ人の崇める女神(大地母神)であったと言う説が有力です。
メデューサの名前もギリシア語で「女王」「支配する女」を意味するもので、すなわち彼女がかつて神々の中心にあったことを示しています。

しかし、その先住民族たちも、力で勝るギリシア人たちの前に滅亡を余儀なくされますが、その過程で彼らの神話体系もギリシアのそれに組み込まれていきます。

主神であったポセイドンは、海神という役割を得ることで何とか善神としての地位を確保することができましたが、その妻であり、大地母神であったメデューサは、アテナやヘラと言った他の女神とのバッティングにより、魔物の立場へと貶められていったのではないかと思われます。
実際、アテナとメデューサは、どちらも「大きな目を持つ女神」とされたことがあるなど、けっこう共通点が多いのです。

エジプトやトルコでよく見かける目玉型のお守り「ナザール・ボンジュ」も、その意味するところは「メデューサの目」で、大地母神だったころの彼女の雰囲気を伝えるものです。


●メデューサの能力
彼女の最大の武器は、その目を覗き込んだ者を石にする能力です。石になると言っても、あまりの恐ろしさに石のように固まってしまうとするもの、瞳に魔力があって、その魔力に触れたら石になるとするものなど、いくつかの解釈があるようです。
古い時代の伝承は前者を採ることが多く、逆に、新しい時代の伝承や最近の漫画・ゲームなどはもっぱら後者を採用しています。

漫画・ゲームが後者を選ぶのは、「いかに目を覗き込まずに済むか」の一点で緊迫感のあるドラマを演出することができるからでしょうか。なお、石化された者を回復させるにはメデューサ自身の流す涙が効果的です。

頭に生えている蛇は「メデュシアナ」という名前がついていて、単に恐ろしさを演出するだけでなく、噛みつくこともできますし、引き抜いて単体で動かすことも可能です。
ちょっとした遠隔ミサイルと言ったところですが、このミサイルには一つだけ欠点があり、なぜか女性に噛みつくことはできず、男性のみを執拗に狙い続けます。理由はよく分かりません。



●亜種・別名など
ゴルゴン/ゴルゴーン/ステンノー(メデューサの長姉)/エウリュアレー(メデューサの次姉)/グライアイ(メデューサたちの妹)

マルコシアスMarchocias

●有翼の狼
マルコシアス(マルショキアス)は、地獄の大侯爵で、グリフォンの翼と蛇の尾を持つ、血に飢えた牝狼(または牡牛)の姿で現れます。口からは炎を吐きます。

もともとは第七座天使(スローンズ、上級第三位の天使)、あるいは主天使(ドミニオンズ、中級第一位の天使)だったとも言われますが、ルシファーが天界に叛旗を翻した時、主人のゴモリーのもとを離れ、遊撃部隊として彼に荷担し、ともに堕天しました。いつか天に帰れる日を待ち望んでいるとも言われます。

ソロモン72将のひとりであり、30の悪霊軍団を率います。黙示文学の「偽エノク書」の目録にもその名前が記載されています。

人間の姿を取る時は、黒いあごひげを生やし、真夏のような太陽の輝きを持つ王冠をかぶった、長身の闘士となります。

彼は決して嘘をつきませんが、巧みな話術で、それを悟らせません。
一面的な受け答えしかしなかったり、あるいは答えをはぐらかせて、相手に正体をつかませないのです。



●亜種・別名など
マルコキアス/マルショキアス/マルコキャス

マルバスMarbas

●荒れ狂う大獅子
マルバス(バルバス、バルバスンとも言う)は、ソロモン72将のひとりに数えられるデーモンです。地獄の大総統であり、導師であり、悪霊の36個軍団を率います。

黒いたてがみの猛り狂うライオンの姿で現れ、人間時には金の肌の、割れた蹄(ひづめ)を持つ男性の姿を取ります。

森羅万象あらゆることに正しく答え、隠されたことにもきちんと言及します。
触れるだけで人間を生き腐れの病にしたり、治療したりします。ほかに、人間を他の姿に変える術をあやつったり、工芸品に関する知識を与えたりするなど、悪魔としてはかなりのやり手です。権力、影響、地位、高貴、支配をつかさどります。

もともとは木星の天使であるツァドキエルの下で天使として働いていましたが、ルシファーが天に叛旗を翻した時、そのもとにはせ参じ、堕天しました。

ピグマリオンからフランケンシュタイン博士に至るまで、「マッドドクター(狂科学者)」と言われる者は、何らかの形でこのマルバスと関係があると言われています。

シェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房」「ヘンリー五世」では、「バルバスン」の名前で登場しており、ルシファーおよびアマイモンとともに「悪鬼」の代表格に挙げられています。



●亜種・別名など
バルバス/バルバスン

マンティコアManticore

●インドの人食い怪物
マンティコアはマンティコラ、マンティコラスなどとも称されるインド生まれの怪物です。
森林に住処を構え、しばしば人間を襲ってはその肉を喰らいます。もちろん実在しない、架空の怪物なのですが、プリニウスやアリストテレスといった著名な学者たちによって、しばしばその生態が報告されてきました。

プリニウスの「博物誌」によれば、この怪物はエチオピア(今のアフリカ北東部)に棲む存在で、櫛のように噛み合う3列の歯とライオンのような大きな身体、サソリのような尻尾の持ち主だとされています。

目は灰色(もしくは青色)、身体は血のように赤く、尻尾の先には無数のトゲが生えています。このトゲの先端には致死性の毒があり、しかも着脱可能と来ているので、ぶん回すだけでも強力な武器となります。
この「武器」は何度でも再生が利きますので、迂闊に近づくと再びその攻撃を受ける羽目に陥ります。


●マンティコアの起源
マンティコアがどのような伝承を元にし、どのような経緯で作られていった怪物なのかは、あまりよく分かっていません。紀元前4世紀ごろ、歴史学者クテシアスの歴史書「インド誌」に突然登場して、その存在が知られるようになりました。

恐らくは、インドやマレー半島に棲息していた人食いトラの伝承が、架空の怪物という形を取って遙か遠いギリシアに伝えられたのではないかと思われます。
マンティコアという名前も「人食い」を意味するペルシャ語Martiya-Khwarに由来するもので、この言葉はベンガルトラを差す言葉としても使われます。

あるいは、沙漠や森林に潜む危険性を、あえて架空の怪物に仮託することで、人々にその恐ろしさを思い知らせようとしたとも考えられます。
人を食う虎と、毒で人を殺すサソリは、当時の人々にとって最も分かりやすい「脅威」の形であったことでしょう。

なお、この怪物は、人々を襲うときその肉のみならず、骨も服も荷物も全部囓り尽くして、一切の痕跡を残しません。だから、村から誰かの姿が消えれば、それはマンティコアのしわざであるとされました。


●マンティコアのイメージ
マンティコアはグリフィンやユニコーンほどではないものの、しばしば姿の美しさから紋章に使用された怪物のひとつです。

フランスの作家ギュスターヴ・フローベルは、1874年に「聖アントワーヌの誘惑」という小説を発表しましたが、その中に登場するマンティコアは、瘤状の尻尾を持っていました。以降、マンティコアと言えば瘤状の尻尾を持つものというイメージになっています。

心理学では、この怪物は冷徹な合理主義者を表します。人間性と獣性を併せ持ち、その先に控えるものをすべて囓り尽くしてしまうというイメージから来るものでしょうか。



●亜種・別名など
マルティコラス/マンティコアス/マンチュア

マンドラゴラMandragora

●植物の怪物
マンドラゴラは「マンドレーク」「アルラウネ」とも言い、釣り鐘状の紫の花と、オレンジ色の実を持ち、人の形をした根を持っています。
マンドラゴラの名前はペルシャ語の「愛の野草」を意味する言葉から来ており、アルラウネは古代ドイツ語の「秘密に通じている」という意味の言葉に由来します。

根の部分が人間の形をしており、様々な薬効を持つことから、古くより不思議な草として珍重され、日本にも「曼荼羅華(まんだらげ)」の名前で持ち込まれたことがありました。

伝説によれば、男と女の二種類のマンドラゴラが存在し、その外見は人間の男性、女性にそれぞれ似ています。白いマンドラゴラは男性であり、黒いマンドラゴラは女性です。


●マンドラゴラの薬効
マンドラゴラの実は有毒であり、麻酔や麻薬、催眠剤としての効果を持ち、根は古代ギリシア・ローマの昔から催淫剤や媚薬としての効力を持つとされてきました。
かのクレオパトラも、この薬を飲んでいたとされています。「旧約聖書」の「創世記」および「雅歌」にも「恋ナス」の名前で登場しており、媚薬として使われていたことが分かります。

媚薬として用いられる場合は、女性相手には男の、男性相手には女のマンドラゴラが効くと言われています。宝探しや敵の攻撃から身を守る護符として使われたこともあったようです。
かのシェイクスピア作「ロミオとジュリエット」にも、「仮死」をもたらす薬として登場しました。


●マンドラゴラの伝承
マンドラゴラは死刑囚の体液が落ちるところに生えるとされてきました。男の死刑囚であれば雄草、女の死刑囚であれば雌草が生えます。
また、夜になると赤く光るとされます。
追いかけると地中に潜ってしまいますが、小便をかけると硬直するという伝承もあります。

それより、この草について最も知られるのは、地中から引き抜くと、あらゆるものを死なせる叫び声を発するとする点でありましょう。それがこの薬草をいっそう恐ろしいものにしてきました。

引き抜くには一般的に犬を用います。地中から根もとが見えるところまで掘り返し、根の周囲に縄をくくりつけ、耳を塞ぎ、犬をけしかけて一気に引っ張りあげます。
そうすると、叫び声で犬は死にますが、人間は死なずに無事にこの草を手にすることができるのです。

魔法目的で用いる場合、根を毎晩白ワインで洗い、絹の敷布団で寝かせて黒ベルベットの掛布団をかけます。そうすると、夢にマンドラゴラが現れ、願いをかなえてくれるのだそうです。

この草を煎じた薬を飲むと洞察力がすぐれますが、飲み過ぎると、虚栄心が強くなり、精神障害をもたらすとされました。


●マンドラゴラの正体
マンドラゴラはその実在が長く信じられた草のひとつです。
ヨーロッパから見て遙か東の彼方、中国にマンドラゴラが流通し、千金で取引されると言われていました。むろん、これは朝鮮人参に他なりません。

別の説としては、この草は神がアダムに先だって作ったものだというのがあります。
しかし、神にとって今ひとつだったので、改めて土くれからアダムを作り直し、人間としたのです。ゆえに、マンドラゴラは人間に深い恨みを持っており、チャンスをうかがって人間に害をなそうとしているということです。



●亜種・別名など
マンドレーク/アルラウネ/アラウネ/モリー

マルファスMalphas

●カラスの悪魔
マルファスは大きなカラスの姿で出現する、ソロモン72将のひとりです。
地獄の大総裁と言われ、40の軍団を使役します。人間に化ける時は緋色の服を着た、ひどく落ち着きのない男の姿を取りますが、声はひどくしわがれています。

彼は家屋や塔の建築を得意としており、超自然的な力で建物の構築を助けます。
一説によれば、ソロモンの王宮都市を建てるのを手伝ったのは、このマルファスだと言われています。城の城壁を壊すのも得意としているようです。

家庭に守り神を与え、良き使い魔を授けますが、彼に生け贄を捧げてはならないとされています。なぜならば、生け贄を受け取った途端、不誠実な態度を取るからです。

理性的能力、理論、不安定をつかさどり、ルシファーが天に叛旗を翻した時には、ルシファー側に荷担し、工兵部隊をあやつりました。その後は諜報関係で活躍しているようです。

同じ鳥のデーモンということで、ハルファスと混同されることもあると言います。



●亜種・別名など
マルパス

ルシファーLucifer

●悪魔の大王
悪魔に興味を持つ人で、恐らくルシファーの名前を知らない人はほとんどいないのではないでしょうか。

6666億人いると言われる全悪魔の総帥であり、地獄軍の大総統。地獄の大判官(最高裁判所判事)でもあり、すべてのアジア人とヨーロッパ人をその影響下に置く存在。
かつては上級第一位の天使、熾天使(セラフィム)のリーダーであり、その後神に叛逆して地上へ堕とされた敗北者。地獄の最有力悪魔(ジ・デヴィルThe Devil)のひとりであり、「サタンSatan(敵対者)」の名前で呼ばれる数少ない存在。

まさに「悪魔の大王」と称するに相応しい存在であり、実力的にも地位的にも彼を凌ぐ者は地獄には存在しません。
ベルゼブブやバアル、ベリアルなどといった有力悪魔でさえ、彼の前では膝を屈するほどです。キリスト教徒やユダヤ教徒にとってはまさに憎んでも憎み足りない、人類の敵、神の敵です。


●輝ける星の悪魔
彼の名前はラテン語で「光り輝くもの」「光を与える者」を意味するところから来ていて、もともと、この言葉は、「明け(宵)の明星」すなわち「金星」のことを差すものでありました。
金星は、太陽と月を除けば全天で最も明るい星(マイナス4.4等級)のひとつで、都市の明かりの中でも見られる数少ない星のひとつです。

しかし、太陽とともに昇り、ともに沈むため、しばしばその姿は太陽の中に消えます。
だからこそ「明け(宵)の明星」の名があるわけですが、古代の人々は、そこに「誰よりも高い実力を持ちながら、それを過信したために太陽(神)に敗北した哀れな存在」の姿を見たのです。


●トップエリートの凋落
聖書の記述によれば、もともとルシファーは、熾天使(セラフィム、上級第一位の天使)のリーダーと力天使(ヴューチャーズ、中級第二位の天使)の司令官を務める、押しも押されもせぬトップエリートでした。

背中に持つ羽の数も、通常はどんな者でも6枚までと定められているのに、彼だけは特例として12枚の羽を許されたと言いますから、神がどれほど彼に信頼を置いていたかが分かります。
そのままであれば、同じ熾天使のミカエル、ガブリエルらとともに、人々の尊敬を分かち続けていたに違いありません。

しかし、彼は突如天界に叛旗を翻します。理由は詳しく分かっていませんが、神が人間や異教の神々たちにあまりに甘すぎるのが気に入らなかったからとも、己の力を過信して自分が神に成り代わろうと考えたからとも言われています。

いずれにしろ、彼は天界の3分の1に及ぶ勢力を率い、神に戦いを挑みました。
それに対し、天界側はルシファーの双子の弟ミカエルを総司令官に任命してそれに当たらせます。双方多くの天使が滅せられる大激戦の末、天界側は辛くも勝利を収め、ルシファー一派はことごとく天界を追放されました。

ルシファー自身も稲妻のように投げ落とされたので、その身体は地中に深くめり込みました。
すぐさま天界へと戻ろうとしましたが、地下は「氷結地獄(コキュートス)」と呼ばれる酷寒の地だったので、尻が凍り付いてしまい、立ち上がることができません。
仕方なく彼はその場所に本拠を作り上げ、仲間の堕天使や悪魔たちを呼び、帝国を築き上げました。それが今の地獄と呼ばれるものです。

彼が投げ落とされた場所は、エルサレムの正反対側にある南半球の海であると言われています。
もともと、その場所は陸地であったのですが、上空からぐんぐん迫り来る堕天使の姿を見て、「ぶつかってはかなわん」と陸地の方が慌てて北方に避難したため、今でも陸地は北半球に集中しているという話です。


●ルシファーの蠢動
さて、ミカエルはこの功績で、兄ルシファーが保有していたあらゆる権利を手にすることができました。以後、彼は全天使のリーダーとして、そしてヨーロッパの守護天使として、あらゆる賛美を受ける立場になります。
ルシファーの方はと言えば、堕天されたことを恨みに思い、神の恩寵を受けた人間を堕落させようと、あの手この手を使って策動を続けています。

人間の始祖であるアダムとイブは、知恵のリンゴを口にしたことで堕落し、天界を追放されましたが、このリンゴを食べよと勧めたのも、蛇に化けたルシファーであると言われています。
あるいはルシファー自身ではなく、彼の意を受けた大天使サマエルやボティスなどの部下が変身した姿と言う説もありますが、いずれにしろ、彼が積極的にそれに関わっていたことは間違いないと言えるでしょう。

ダンテの「神曲」では、ルシファーは同じ「L」の文字を持つヒョウLeopard、ライオンLion、オオカミLupusになぞらえられて、「神聖でありながら英雄によって退治される悲劇的な存在」というイメージを与えられています。


●ルシファーの姿
悪魔へ身をやつしたとは言え、彼が下手な天使など及びもつかない威厳の持ち主であることは間違いありません。

彼の姿はしばしば有名画家のモチーフにもなり、13世紀の画家ジョットは、口に人間を咥え、耳から大蛇が生えている恐ろしい姿を描きました。
18世紀のイギリスの画家ウィリアム・ブレイクのルシファーも、ジョットのそれに劣らず恐ろしげな姿です。

もっとも、1762年に「ルシファーに会った」と証言したスウェーデン・モイラの魔女たちによれば、サバト(魔女の饗宴)に参加したルシファーは、恐ろしいどころか、うっとりするような紅顔の美少年だったそうで、灰色の服に赤い半ズボン、青い靴下を履き、怒ると赤い顔をさらに真っ赤にしますが、怪物じみたところはほとんど見られなかったと言います。



●亜種・別名など
ルキフェル/ルシフェル/ルチフェル/ルシファ/ルチファ/サタン

リンドヴルムLindwurm

●北欧のドラゴン
リンドヴルムはリンドオルムとも呼ばれる、ドラゴンもしくはワーム(長虫)の一種です。
その伝承はドイツだけではなく、スウェーデンやスカンジナビア北部まで広がっており、中世には「雄々しさ」「猛々しさ」を表す紋章のモチーフのひとつとして使用されました。

長く尖ったワニのような口には鋭い牙が並び、背部にはコウモリのような大きな羽が生え、尾の先端は鏃(やじり)のように鋭く尖っています。
その一方で、「ハマル年代記」では、頭は馬に似て、たてがみを持ち、燃える石炭のような赤い目を持つ巨大な蛇と記述されています。

いずれにしても、大蛇という点では共通しており、中世には空駆けるドラゴンとして、しばしば稲妻や流星と結びつけて考えられました。

その一方で、この怪物を巨大な海蛇の一種として認識する向きもあり、19世紀後半には、リンドヴルムらしき海蛇の目撃例がいくつも報告されています。



●亜種・別名など
リンドオルム

リリスLilith

●アダムの妻
リリスはアダムの最初の妻であり、悪魔の母である存在です。
一般に、アダムの妻と言えばイブの名前が知られておりますが、この世界最初の男性が作られて間もないころに、同じように作られた世界最初の女性であるリリスを妻に迎えていた時期があったのです。

しかし、多情ゆえか淫乱のゆえか、彼女はアダムを見捨てて悪魔と交わり、多くの悪魔の母となりました。アダムたちを堕落させた蛇のイメージから、ギリシア神話に登場する半人半蛇の怪物ラミアーやエキドナに擬することもあったようです。

もともとこの女悪魔は、カナン人(パレスチナ人)の安産の女神で、「目」やフクロウをシンボルとする大地母神でもありました。
シュメールやメソポタミア(いずれも現在のイラク近辺)でも信仰され、4000年前に作られたと思しきレリーフや、彼女の姿をかたどったと思われる3000年ほど前の護符が発掘されています。


●教典に見るリリス
ユダヤ教典の「タルムード」によれば、彼女はアダムと同時に神によって生み出され、夫婦として暮らしますが、やがてリリスの方に不満が募り、彼女は突如出奔してしまいます。
理由は子供を毎日100人(!)生まされるのがイヤだったとか、性交の際、常に下へ組み敷かれるのがイヤだったなどと言われておりますが、性的に満たされず、欲求不満というのもあったのでしょう。

彼女は海辺の街(現在の紅海沿岸?)に腰を落ち着け、ひとりでの生活を始めますが、二人の不仲を憂慮した神は、説得のために3人の天使を地上へ遣わします。
これで元通りになれば良かったのでしょうが、リリスはあいにく聞く耳を持たず、結局アダムとリリスは正式に別れることになってしまいました。

面目を潰された形の神は、リリスに彼女の子供を毎日100人ずつ殺すという罰を与えます。彼女はこれに大変ショックを受け、海に身を投げて死んでしまいました。

かつて説得に当たっていた3人の天使はこれを大変悲しみ、秘術をもって蘇生させ、彼女に新たな力を授けます。その力とは、これから生まれてくる子供の運命を左右できるというものです。
男の子だったら8日間、女の子だったら20日間、私生児だったら一生の間、リリスはその運命を好きにすることができ、生かすも殺すも思いのままにできるようになりました。
その一方で、天使たちの方も人間が彼女の気まぐれに苦しむことのないよう、自分たち3人の名前を書いた護符を授け、それを持っている間はリリスの支配から逃れることができるようにしたのです。


●悪魔の母
アダムと別れた彼女は悪魔と交わり、厖大な数の息子たちを産み始めます。私たちが知る悪魔のほとんどは、この時に産まれたか、もしくはその子孫が産んだものであるとされています。

彼女があえて相手に悪魔を選んだのは、自分の欲望を満たしてくれるのが悪魔だけだったと言うこともありますが、新妻イブとそれを選んだアダムへの当てつけという面もたぶんにあります。
自分たちが産んだ子供が、彼らの子供を苦しめてくれるという期待もあったでしょう。彼女自身も結婚をさまたげ、子供を喰い殺す悪魔へと変貌します。

さて、彼女の子供はリリム(リリン)という名で呼ばれ、中世にはサッキュバス(女夢魔)と同一視されました。
このリリムは修道院へ入り込み、僧侶に夢精をさせて苦しめるなど、キリスト教会に仇なす存在として、当時の禁欲主義者たちにひどく恐れられたと言います。


●物語のリリス、占星術のリリス
リリスは「悪魔の母」という重要な役回りから、しばしば物語のモチーフとしても採用され、ゲーテの「ファウスト」にも、悪魔メフィストフェレスが「ワルプルギスの夜」において、「リリスの魔法に気をつけろ!」とファウストに警告しています。

ジョージ・マクドナルドの小説「リリス」では、彼女はヒョウや猫、カラスなどに変身して子供を食べる、地獄の女王に描かれました。

占星術では、特に禍々しい星に彼女の名前をつけることがしばしば行われたようで、漫画的には「死兆星」の名前で親しまれている?北斗七星の「八つ目の星」アルゴルは、ヘブライ(イスラエル)の占星術師によって、一時期リリスの名前で呼ばれたことがありました。

その他にも、惑星の中に既知のものとは違う「リリス」と呼ばれる星があったと信じられたこともありました。
惑星リリスは「暗い月」の異名を持ち、太陽の前を通るときだけその輪郭を認めることができる不思議な星です。
恐らくは日食の際に見える月の影のことを差していたのではないかと考えられますが、占星術師たちはこの星に悪魔の女王の名前をつけて、人智では測れぬ運命の計算に使ったのです。



●亜種・別名など
リリム/リリト

リヴァイアサン(レヴィアタン)Leviathan

●地獄の海軍提督
リヴァイアサン(レヴィアタン)は海の大悪魔です。ルシファーの側近のひとりで、嫉妬もしくは詐欺をつかさどり、海軍の大提督を務めます。
陸の怪物ベヒモスと対で語られることが多く、身体は非常に巨大で、5キロメートルから10キロメートルほどの長さがあると言うからちょっとした島ぐらいの大きさです。
いつもは海の底で静かに暮らしていますが、しばしば思い出したように大暴れしては、地上に甚大な被害をもたらします。

啓蒙家トマス・ホッブスの著書にも、そのものずばり「リヴァイアサン」というものがあって、そこからこの海獣の名を知った人も多いのではないでしょうか。

「彼」の性別はよく分かっていません。
ベヒモスと対で語られ、そのベヒモスは雄なのでリヴァイアサンは雌になるという説もあれば、もともとこの海獣は雌雄ひとつがいだったのだけど、その力を恐れた神が雌を殺したので、いまは雄しか残っていないという説もあって、要するによく分からないのです。

ゲームや小説などでは「雄」説を採る人が多いようです。


●イスラエルの神
彼の名はヘブライ語で「水の怪物」を意味する言葉もしくは「集まって群れをなすもの」を意味する言葉から来ていると言われています。

もともとは古代バビロニアの至高神ティアマトか、イスラエル人の信仰する蛇神ネフシュタンNefushtanに由来すると考えられ、旧約聖書「レヴィ記」に登場する祭司民族レヴィ人もこの神の子孫であるとされました。
つまり「十戒」で有名な預言者モーセやその兄アーロンたちのご先祖様というわけです。しかし、絶対神ヤハウェとの覇権争いに敗北し、悪魔の地位に貶められ、その身体はインド洋に沈められました。


●聖書に見るリヴァイアサン
リヴァイアサンの名前は旧約聖書の「ヨブ記」の中に見ることができます。
大いなる神によって5日目に作られた存在であり、「最後の審判」の日に兄弟分のベヒモスとともに人々の糧食となることが宿命づけられています。

本来はベヒモスも海に棲む存在だったようなのですが、二人の身体があまりに巨大で、同時に海へ入ると水がすべてあふれ出しそうになったので、仕方なくベヒモスだけを地上に挙げ、レヴィアタンを海に残したのだそうです。

旧約聖書には計4カ所ほど、このリヴァイアサンの記述が出てきますが、特に「ヨブ記」の第41章はほぼ全文がこの怪物の説明に充てられ、彼がいかに力強く、他を圧倒する存在であるかを表しています。
ちょっと長いですが後半部分を引用してみましょう。

「その歯の回りは恐ろしい。
その背は並んだ盾、一つ一つぴったりついて、風もその間を通らない。
そのくしゃみはいなずまを放ち、その目は暁のまぶたのようだ。
その口からは、たいまつが燃え出し、火花を散らす。
その鼻からは煙が出て、煮え立つかまや、燃える葦のようだ。
その行きは炭火を起こし、その口から炎が出る。
その首には力が宿り、その前には恐れが踊る。
その肉のひだはくっつき合い、その身にしっかりついて、動かない。
その心臓は石のように堅く、臼の下石のように堅い。
それが起きあがると、力ある者もおじけづき、ぎょっとしてとまどう。
それを剣で襲っても、ききめがなく、槍も投げ槍も矢じりもききめがない。
それは鉄をわらのように、青銅を腐った木のようにみなす。
火もそれを逃げさせることができず、石投げの石も、それにはわらのようになる。
こん棒もわらのようにみなし、投げ槍のうなる音をあざ笑う。
その下腹は鋭い土器のかけら、それは打穀機のように泥の上に身を伸ばす。
それは深みを釜のように沸き立たせ、海を香油をかき混ぜるなべのようにする。
その通ったあとは輝き、深い縁は白髪のように思われる。
地の上には、これと似たものはなく、恐れを知らないものとして作られた。
それは、すべて高いものを見おろし、それは、すべての誇り高い獣の王である」
(旧約聖書・ヨブ記41章)

この記述を見る限りでは、どうもこの怪物はワニをイメージしたのではないかと思われます。

一説にはエジプトを寓したものとも言われていて、ワニはそこに棲む代表的な動物だったので、このようなワニ型の怪物を作り出すことで、ユダヤ人にとってのエジプトが、いかに脅威で恐ろしい存在であるかを示そうとしたのだとも考えられています。


●中世のリヴァイアサン
キリスト教にとってリヴァイアサンは許されざる悪魔のひとつです。もともとは神に作られた怪物ですし、その意味では決して神に叛逆するような存在ではなかったハズなのですが、ワニ→蛇というイメージから、アダムとイブを堕落させた蛇と同一視されるようになり、次第に悪魔への道を転がり落ちるようになります。
キリスト教と何かとぶつかることの多かったユダヤ教の、重要な「獣」であるという部分も関係しているのかも知れません。

中世には、ルシファーやベルゼブブと並ぶ大悪魔としての地位を確立し、七つの大罪のひとつ「嫉妬」をつかさどるようになって、人々の間で恐れられるようになります。

哲学者トマス・ホッブスは、この海獣に「強い国家」の姿を重ね合わせ、国家や宗教、社会に関する主張を、その名もずばり「リヴァイアサン」という本にまとめました。

詩人で画家だったウィリアム・ブレイクの描いたリヴァイアサンは、大海蛇の姿で描かれており、人間の内部で抗争する「悪」の象徴です。
「もっとも深い地獄にそびえ、天のアーチに達する二本の柱」のひとつ(もうひとつは陸獣ベヒモス)であり、驕りのすべてをつかさどるともされています。

このブレイクのリヴァイアサンは、ゲームなどに強い影響を与えていて、今はリヴァイアサンといえばこうした海蛇タイプが主流になっています。



●亜種・別名など
レヴィヤタン

レライエLerajie

●地獄の射手
レライエ(レラジエ)は地獄の侯爵で、弓と矢筒を持つ緑衣の射手として現れます。ソロモン72将のひとりであり、悪霊の30個軍団を率います。
彼の職能は戦闘を引き起こすことです。矢傷を腐敗させ、治りを遅くしたり、また、戦闘を止めることもできます。

ルシファーが天に叛旗を翻した時には、アスタロトの従者として、狙撃兵の活躍をしました。

つかさどるものは「愛」「快楽」「闘争」「勝利」です。
愛と快楽をつかさどることから、一説には、ギリシア神話の「エロース」、つまりキューピッドが悪魔化したものではないかと言われています。



●亜種・別名など
レラジエ/ロライ

ラミアLamia

●ギリシア・ローマ神話の怪物
ラミア(ラミエー)はギリシア・ローマ神話に登場する女の怪物です。その起源については諸説あり、はっきりしていませんが、最も一般的なのはリュビア(現在のアフリカ北部)の女王だったとするものです。

エジプト王ペーロスとリビュエー(リビアの語源となった女性)の間に生まれ、ゼウスに愛されましたが、ゼウスの妻ヘラの嫉妬を受けたので、ゼウスは彼女をアフリカの贅を尽くした洞窟に隠しました。
さらに、ゼウスは目を取り外せるようにし、自由に飛ばして警戒できるようにしたのです。

しかし、ヘラは彼女を見つけ、半人半蛇の醜い姿に変えて、ラミアの子供たちをことごとく殺します。
以来、絶望した彼女は、他の男や子供を見つけると、良い音色の口笛を鳴らして誘惑し、喰らうようになったと言います。一説には、ヘラに眠りを奪われたので、夜にさまよっては、寝ない子を襲って殺すのだとされています。

古代ローマ時代には、後の時代に言うところのボギー(邪悪な存在)として、子供たちをしつけるのに使われたとも言われています。


●民間伝承の中のラミア
このラミアは、のちにヨーロッパの民間伝承に採り入れられ、森の中の住民となり、夜になって縄張りに入ってきた人間を襲ってはその血を吸ったり、肉を喰らったりするようになると考えられました。

中世から近世にかけては、「吸血鬼」と同等の存在と見なされるようになり、彼女を題材にした作品がいくつも作られます。好色な存在という要素が付け加えられたのも、このころです。

さらに時代が進むと、彼女は「魔女」や「妖術師」のひとりとして、人びとに恐れられるようになりました。時に、魔女や妖女を指して「ラミア」と呼ぶこともあったようです。


●ラミアの姿
ラミアの姿については、いくつか解釈が存在します。
最も有名なのは、ギリシア・ローマ神話に見られる半人半蛇の姿ですが、トプセルの「四足獣誌」には、全身がウロコに覆われ、割れたひづめと女性の乳房と男性器?を持つキメラ的な四足獣として描かれています。



●亜種・別名など
ラミアー/ラミエ

ラドンLadon

●百頭竜
ラドンはギリシア・ローマ神話に登場するドラゴンです。
巨大な身体に無数の鱗(うろこ)、100の頭に200の目がついていると言われ、その口からはあらゆる国の言葉や声が発せられると言います。

一般的にはテュポンとエキドナの子供だと言われていますが、ポルキュスとケトの子供という説、ガイアの子供という説、あるいは女神ヘラの創造物だという説など、いろいろな説があるようです。

彼はヘスペリスの園の林檎を護る存在として、ヘラによって置かれました。この木はゼウスとヘラが結婚した時、ガイアから贈られたものです。ラドンはその木に絡みつき、近づく者を攻撃してはねつけました。


●ヘラクレスの功業
しかし、そんな彼にも強敵が現れます。英雄として名高いヘラクレスです。彼はヘラによって科された「十二の功業」のうちの11番目として、ヘスペリスの林檎を取りに来たのです。
ラドンは木に絡みついて彼を威嚇しますが、ヘラクレスは得意の弓矢で彼を射て即死させます。そして、見事ヘスペリスの林檎を手に入れることに成功します。

ヘラはその死を悼んで、彼を天空に挙げます。それが現在のりゅう座だということです。ちなみに、りゅう座はヘラクレス座のすぐ近くにあります。

なお、別の説では、ヘスペリスの林檎は神にしか取れないので、彼はラドンに出会っていないと言われています。この場合は、天球を支えていたアトラスが代わりに取ってきたということになっています。



●亜種・別名など
ラードーン

鞍馬天狗Kurama-Tengu

●鞍馬山の天狗
鞍馬天狗は「鞍馬山僧正坊」とも呼ばれる、天狗を代表する強力な存在です。

一説に、「遮那(しゃな)王」源義経に武技を教えたのもこの天狗だと言われ、その話は能にもなりました。別名、「護法魔王尊」とも言います。鬼一法眼と同一視する向きもあります。

江戸時代中期に編まれた密教系の祈祷秘経「天狗経」にある48の大天狗のひとりに数えられます。近年は大佛次郎の小説で一躍その名がとどろきました(もっとも、大佛次郎の方は人間という設定ですが)。

一説に、金星からやってきた宇宙人で、サナートクマラという名前を持っているとも言われていますが、どこまで本当なのかは分かりません。



●亜種・別名など
天狗

クネユスリKuneyusuri

●生け垣をゆする妖怪
クネユスリ(くね揺すり)は「クネコスリ」とも呼ばれる日本の妖怪です。
「くね」とは生け垣のことで、その名の通り、生け垣をいきなりザワザワッと揺らして、人びとを驚かせます。ただ、それ以上のことはしません。基本的に人畜無害な存在です。

主に出羽(秋田県)の角館で語られる妖怪で、その姿は人には見えません。

小豆洗いと必ずペアで現れ、小豆洗いのいるところ、クネユスリも現れると言いますが、両者に特別な主従、交友関係はないようです。

地元の物知りの間では、蝦蟇(がま)が背に水を受けて、それを揺すって落とす時に起きる音だとされており、妖怪のしわざと考えない人もいます。



●亜種・別名など
クネコスリ

クラーケンKraken

●巨大な海獣
クラーケンは巨大な海獣です。長さ数キロメートルにも及び、角やひれ、触手などを伸ばして人間の乗る船に襲いかかり、水中へと引きずり込みます。

一般には巨大なタコやイカの姿が知られていますが、他にも大海竜(シー・サーペント)という説、巨大な海老や蟹、ザリガニという説、ヤリイカの群説、クラゲなどの腔腸動物類説、ヒトデなどの棘皮(きょくひ)動物類説、巨大な肉塊などの未知の動物説、など諸説あり、今もその正体はようとしてつかめていません。


●北極海の怪物
クラーケンの名前は、ノルウェー語で「極地」を意味するkrakeに由来します。北極海付近では古くから巨大な海獣の目撃例が後を絶たず、怪物の実在が疑われていました。

ノルウェーのベルゲンの司教で、コペンハーゲン大学の総長代理でもあったエーリク・ポントピダンは、1752年に「ノルウェー博物誌」という本を出版していますが、その中でクラーケンについて詳しく触れています。

それによれば、この怪物は背中または上部に当たる部分の周囲が一マイル半(約2.4キロメートル)もあり、ちょっと見ると海草のように揺れる漂流物に取り込まれた小島に似ていて、海面すれすれに砂州のようなものがあちこちに露出し、さまざまな小魚がその周りを跳ねています。

やがて、角かひれか、水中から無数の突起物が現れ、それはどんどん太くなり、ついには中型帆船のマストぐらいの大きさになります。そして、船を取り込み、大きな渦を作ってその中に引きずり込むのです。

ただ、性質は概しておとなしく、無闇に人間を襲ったりはしないと言います。
浮島のようにその上を歩くこともでき、ミダロスの司教はクラーケンのよりによって真上で、ミサを執り行ったと言います。クラーケンは礼儀正しくミサが終わるのを待つと、ゆっくりと海に消えていきました。

ちなみに、クラーケンには特殊な香気があり、それでエサとなるべき魚をおびき寄せます。
また、排泄物にも同じような香気があって、ノルウェー沿岸によく流れ着く泥状のもの(正体は琥珀)は、この怪物の排泄物だと信じられてきました。


●正体は巨大イカ?
現在、クラーケンはその描写から、全長10メートル以上にもなるダイオウイカのことだと考えられています。
しかし、甲羅や海草のようなヒゲなど、イカにはないものの目撃例も多く、また、ダイオウイカは深海を住処とするので、海面上に姿を現すことはほとんどありません。結局のところ、その正体は謎のままだとされています。
個人的には蜃気楼や流氷、クジラなどの説も挙げたいところです。


●トールキンの怪物
J・R・R・トールキンは、「ホビットの冒険」「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」にこの怪物を出現させています。

「中つ国」のウツムノで邪悪なメルコール(モルゴス)によって育てられたクラーケンは、巨大な身体に触角を持ち、地上でも水中でも俊敏に動きます。
その一頭がシランノン川にやってきて、水中に防壁を築き湖として住処としました。そして、偶然そこを通りかかったフロドをはじめとする「指輪の仲間」に襲いかかったとされています。



●亜種・別名など
クラーケ/クラッベン/シュクラケン

子泣き爺Konaki-Jijii

●爺の妖怪
子泣き爺(こなきじじい)は「児啼爺」とも書く、徳島県の妖怪です。水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」で有名になりました。

山間部に棲み、姿は小さな爺さんそのものですが、「ゴギャー、ゴギャー」と子供のような泣き声を出します。

道行く人が、はて捨て子か、可哀想にと拾い上げると、それが赤子ではなく、「爺」の顔であることに気づきます。慌てて放り出そうとしても、しっかりしがみついて離れません。そして、どんどん石のように重くなって、最後には押しつぶされて殺されるということです。

四国にはこのような赤ん坊の形をした妖怪が何種類かあり、そのいずれも、子供の泣き声で人を呼び、背負われた途端に重くなって人をつぶし殺します。
一説には一本足ともいい、子泣き爺が泣くと地震が起こるともされています。

姿がなく泣き声だけで、見つけると「背負うてくれ」と頼む「オギャナキ」というバリエーションもあります。
四国ばかりでなく、海を隔てた岡山県や和歌山県でも、この妖怪の存在が報告されています。


●子泣き婆
四国から遠く離れた津軽(青森県北部)では、「子泣き爺」ならぬ「子泣き婆(こなきばばあ)」の存在が報告されています。

和井内行松という人物が、山で迷っていると、ひとりの老人に出会いました。家に泊まるよう勧めるので、行松はその後をついていきます。

途中、やにわに山道で赤ん坊の泣き声がしました。老人はその赤ん坊を拾い上げると抱えて歩きます。
すると、別の場所でも赤ん坊が泣いているので、行松はそれを拾い上げようとしました。ところが、この赤ん坊の顔はしわくちゃの婆だったのです。
しかも重くて持ち上がりません。老人はそれをひょい、と簡単に持ち上げると、家の釜にその赤ん坊を入れて火をつけます。しばらくしてから釜を開けると、それは立派なカボチャでした。

翌日、老人の案内で山道をようやく抜けると、行松は別れ際に、「昨日食べたあれはカボチャでしょうか」と聞きました。すると、老人は「いや、子泣き婆だよ」と言ったということです。


●子泣き爺の正体
子泣き爺の正体は謎に包まれています。一説に山の精が、人の山道に入るを嫌って化けたものとも言われていますが、はっきりとは分かっていません。

ただ、赤ん坊が拾い上げられた途端に安心して眠りにつき、重さを増すことは充分にあり得ることで、また、赤ん坊の本気で泣く顔はしわくちゃで老人の顔に見えなくもありません。
もしかすると、そのような事例が合わさって、「泣く爺」の伝承に繋がったのかも知れません。



●亜種・別名など
オギャナキ/オギャアナキ/ゴギャナキ/芥子坊主/山赤児(やまあかご)/児泣き/子泣き婆/夜啼き(よなき)

ケルベロスKerberos

●地獄の番犬
ケルベロスはギリシア神話に登場する地獄の番犬です。

タルタロスと呼ばれる奈落の底に棲み、今も死者が出入りする青銅の門を守り続けています。その姿は獅子か象かと見まごうような大きな身体で、頭には三つ、もしくはそれ以上の数の首がついています。

性格は獰猛かつ本能的、ほとんどの人間に対し攻撃的な態度を見せますが、ただひとり、地獄の渡し守カロン(チャロン)に対してだけは心を許します。また、太陽の光と美しい音楽に弱いという特徴も持っています。

古代ギリシアの詩人ヘシオドスの「神統記」によれば、彼は半人半獣の怪物エキドナと、ゼウスを苦しめたテュポンの間に生まれたとされ、背中ないし頭部に50の首を持ち、生肉を喰らい、青銅の声を持っているとされています。
最後の「青銅の声」がいまいち意味不明ですが、恐らく鈍く響く金属のような声ということなのでしょう。


●イヌと神話とケルベロス
ケルベロスに限らず、イヌはさまざまな神話・伝承に登場します。特に、古くから墓守や宝物庫の番犬として使われてきたことから、しばしば彼らは死そのもの、あるいは大切なものを守る存在としてのイメージを与えられてきました。
日本にも「花咲かじいさん」のポチや、大猿を退治する「しっぺい太郎」などのように、宝物を探り当てたり怪物を退治するイヌの話がよく出てきます。

古代エジプトなどでは、墓守=死のイメージから、しばしばイヌが死そのものの象徴としても見なされることもありました。死の神アヌビスがイヌ(もしくはジャッカル)の頭を持っているのはそれが影響しているためだと言われています。


●ギリシア神話のケルベロス
ギリシア神話のケルベロスは冥界神ハーデスのもとに仕える存在であり、タルタロスの入り口を今も守り続けています。

彼の役割は地獄から這い出ようとする亡者を捕らえ、まだ死すべきではない生者が勝手に入り込まないようにすることです。
三つの首がそれぞれ別の方向を見張っている上に、ほとんど眠らないと来ているので、どんな隠れ上手であっても逃れることは難しいでしょう。見つかったら最後、ケルベロスはその闖入者に襲いかかり、巨大な牙で魂ごと引き裂いてしまいます。

もちろん、有能とは言えイヌはイヌ。さすがに万能とは行かず、過去に何回か門の通過を許しています。
英雄で詩人のオルフェウスが妻のエウリュディケに会いに行ったとき、ケルベロスは甘美な琴の音を聞かされて眠り込み、この英雄をやすやすと冥界に迎え入れてしまっています。

また、ヘラクレスが来たときには、通過どころか彼に素手で羽交い締めにされ、地上まで引き出されるという屈辱を味わっています。
この時苦悶のあまり猛毒のよだれを垂らし、そのよだれは草木を毒草のトリカブトに変えました。

巫女シビュレはアイネイアス(トロイア戦争の英雄)を冥界に案内したとき、ケルベロスに芥子(ケシ)と蜂蜜を混ぜた菓子を与えておとなしくさせて、難なく通過しています。
古代ギリシアやローマで死者の手にパンを握らせることがあるのは、この故事に基づきます。危なくなったらこれを投げて、冥府の番犬をおとなしくさせろ!と言うわけです。

ちなみに「ケルベロスにパン切れを与えるgive(throw)a sop to Cerberus」という言葉は「賄賂を与える」という意味があります。


●ケルベロスのイメージ
ケルベロスは「三つ首」というイメージが一般的で、そこから三人組の悪人を「ケルベロス」と名付ける例もありますが、古くはもっと多くの首を持っていたらしく、50個ないし100個の首を持つとする記述も残っています。

そもそも、ケルベロスという名前自体が「百の頭を持つ怪物」を意味するラテン語Centiceps Belluaから来ていると考えられていて、昔は三つどころではない、100(あるいはそれ以上)の頭を持つ姿が一般的だったのです。
彼が三つ首というイメージを持つようになったのはかなり後の時代、ギリシア神話が既に神話ではなく教養となった時代のことで、中世も半ば以上過ぎてからだと言われています。

キリスト教会では複数の首のイメージから、この怪物を「神の三重の力」、すなわち再生、保持、精神化を象徴する存在と見なしました。
他にも、ダンテの「神曲」では大食と淫乱をたしなむ存在として描かれています。

ケンタウロス(セントール)Kentauros/Centaur

●半人半馬の種族
ケンタウロス(セントール)はギリシア神話に登場する怪物の名前です。
人間の上半身に馬の下半身を持ち、性格は獰猛にして粗野、その上好色であり、女性を見ると襲わずにはいられません。

ケンタウロスの呼称は「百人隊」を意味するギリシア語センチュリアCenturiaに由来します。現れるときはたいてい大勢の仲間を引き連れているからです。
その他に、古代インド神話の「神々の御者」ガンダルーヴァの名前から来ているとする説もあります。


●ギリシア神話のケンタウロス
もともとはギリシア神話に登場する怪物の名前であり、雲の女神ネフェレと、テッサリアの王イクシオンの間に生まれた存在でした。

イクシオンは人類史上初の親族殺し(義父殺し)を行っただけあって畏れというものを知らず、女神ヘラに横恋慕し、あまつさえ手まで出そうとしたので、夫の至高神ゼウスが雲(ネフェレ)を加工し、妻の姿に似せた女神を作って、それをこの傲慢な王のもとへと送り込んだのだそうです。

二人の間に生まれたこの怪物は、やがてテッサリアのペーリオン山に本拠を移し、ケンタウロウイ(ケンタウロス族)と呼ばれる種族を構成するまでその数を増やします。

彼らはほとんどの連中が生まれながらのすぐれた戦士であり、弓矢を自在に操って周辺各国を荒らし回ったと言います。

ひどい乱暴者ばっかりで、歴史家のヘロドトスも「野獣ばっかりだ」とこき下ろすほどでしたが、賢者がいなかったわけではなく、特にケイローンというケンタウロスは医学、音楽、運動競技、狩り、弓術、予言など、ありとあらゆる技術に通じ、自然知識や天文学にもすぐれ、さらにヘラクレスやトロイア戦争の英雄アキレウス、「アルゴー探検隊」の隊長イアソン、アポロンの息子で医術の神のアスクレピオスなどを育て上げるなど、輝かしい功績を挙げたことで知られます。

それもそのはず、彼だけは生まれが違い、ゼウスの父クロノスとオケアノスの娘ピリュラの間に生まれた、いわゆるゼウスの従兄弟に当たる存在なのです。

ちなみに、黄道十二宮の一つ射手座(人馬宮、サジタリウス)は、このケイローンが天空に挙げられた姿です。


●ケンタウロスのルーツ
昔から馬とともに現れる人間は畏敬の対象でありました。高速で移動し、疲れを知らず、なおかつ強力な武器を手にして、強力な敵にも臆することがない……。こうした姿が、ケンタウロスのイメージ形成に強く影響しました。

ギリシア神話のケンタウロスも、中央アジアに勢力を拡げていた遊牧民族スキタイの姿をもとにしているという説が有力です。
スキタイは紀元前5~6世紀ごろに黒海沿岸へ強力な版図を築いた部族で、ペルシア、ギリシアの両帝国とほぼ互角に渡り合い、しばしばその領土への侵入を試みたりもしています。

ギリシア人が自分たちの街へ迫り来るスキタイの姿を見たとき、その目に映るのは人馬一体となったような見事な姿。思わず、文字通り「人の上半身と馬の下半身を持った」怪物の姿を思い浮かべても決しておかしくはありません。

実際、馬を知らない、あるいは知っていても積極的に使おうとしない地域では、ケンタウロスの伝説が生まれやすい傾向にあるようです。

かつてスペイン人がインカ帝国に攻め入ったとき、見も知らぬ四つ足の巨大なケモノ(=馬)に乗ってくる敵の姿を見て、インディオたちの間で「人の上半身を持った四つ足の怪物だ~」と大騒ぎになりました。
その後、馬という動物がインディオたちに知られるようになったその後も、ケンタウロスのような怪物の伝承が彼らの間で生み出され、長らく語り継がれたということです。


●ケンタウロスの象徴するもの
ケンタウロスは人間と野獣(馬)の合わさった姿です。ゆえに、「精神性(人間的部分)」と「獣性(動物的部分)」を融合・調和させる者、完全なる者を表すものとして扱われる場合があります。
その逆に、人間の押さえきれない情欲や誘惑といった部分を象徴することもあるようです。シェイクスピアの「リア王」でも、「ケンタウロスCentaur」という言葉は「女性の抑えきれない情動」みたいな意味で使われます。

キリスト教では、キマイラ(複合動物)のような姿を持っていることから、この怪物は「異端」の象徴として扱われます。異端はどっちつかず、あるいは両極端な教義を持っていることが多いからです。
中世にはフォルムの美しさからしばしば紋章のモチーフとしても使われました。


●ケンタウロスのバリエーション
ところで、ケンタウロスという呼称は、何も馬に限ったわけではなく、半人半獣の形を持つ怪物すべてを表す呼称として使うこともありました。
あまり知られていないことですが、例えば特定の動物と人間との融合形を「○○ケンタウロス」という名前で呼ぶこともあったのです。

このタイプの有名どころとしては、ロバ+人間の「オノケンタウロス」、魚+人間の「イクテュオケンタウロス」、竜+人間の「ドラコケンタウロス」などの名を挙げることができます。
ドラコケンタウロスはゲーム「ぷよぷよ」シリーズに登場しているのでご存知の方も多いのではないでしょうか。ちなみに、この流れにおいて、従来の馬+人間のタイプをあえて「ヒッポケンタウロス(馬のケンタウロス)」と呼ぶこともあります。



●亜種・別名など
ケンタウリ/ケンタロウロイ(ケンタウロス族)/ヒッポケンタウロス(馬+人間)/ドラコケンタウロス(竜+人間)/プケンタウロス(牛+人間)/オノケンタウロス(ロバ+人間)/レオンケンタウロス(ライオン+人間)/イクテュオケンタウロス(魚+人間)/バール/ケイローン(ケンタウロスの英雄)

ケルピーKelpie

●馬の怪物
ケルピーはスコットランドの民間伝承に登場する怪物です。その姿は乱暴で粗野な老人とも、端正な顔立ちの青年とも言われていますが、多くの場合、黒い、または灰色をした馬の姿で現れます。
目はぎらぎらと光り、毛並みは絹のように柔らかくつやつやしています。いっけん、普通の馬と見分けがつきませんが、ケルピーの場合、たてがみに緑色のいぐさが生えているので、注意深く観察すればすぐそれと判別できます。

アイルランドの怪物馬アハ・イシュケと似ていますが、ケルピーの場合、湖や川のほとり、船着き場など、淡水の場所にしか出現しません。
人前にその姿を見せることはほとんどありませんが、現れる時は、溺死や、その他水にまつわる不幸が訪れるとも言われています。


●ケルピーの特徴
ケルピーはしばしば、若い女性に恋人のように寄り添ったり、不用心な男性や迷子の子供に近づいてその毛並みを見せることがあります。

何の疑いもなく、その背中に乗ると、いきなり物凄い力で水の中に引きずり込まれ、その身体を内臓以外すべて食い尽くし、残された内臓は水面にぷかりと浮かぶとも言われています。

背中には粘着力があり、一度手を触れると離れなくなるとか、人間が乗るたびに身体が少しずつ伸び、何人でも乗ることができるなど、不思議な力があるとされ、その証拠に、7人の子供たちが同時にまたがったことがありますが、すべて水の中へ引きずり込まれてしまったそうです。


●馬勒(ばろく)とケルピー
このように、恐ろしい怪物であるケルピーですが、馬勒をつけると性格が変わったようにおとなしくなり、人間の言うことを聞きます。
このようにして飼い慣らされたケルピーは、素晴らしい働き手として活躍します。とある水車小屋で働くケルピーは、普通の馬数頭分の働きをしたということです。

とある伝説によれば、モーフィーの領主であるグレアム家は、ケルピーに馬勒を取り付け、重い石を運ばせ、城を完成させることに成功しました。
しかし、ケルピーは解き放たれた後、この領主に呪いをかけ、この城が好きになれないようにしたと言われています。その呪いは代々の領主にも及びました。


●水悍馬(すいかんば)の伝説
ケルピーといい、アハ・イシュケといい、しばしば水場には怪物馬の伝説がつきまといます。

恐らく、水場には気性の荒い野生馬が集まり、迂闊に近づくと蹴られて大怪我をするので、教訓を込めて、水場の馬には近づかないように、と怪物馬の伝承を作り上げて、不用心な若者や子供を戒めたのだと考えられます。
あるいは、水場はただそこにあるだけで危険なので、馬という身近な動物に仮託するすることで、その危険性を分かりやすく説明したのかも知れません。

カラス天狗Karasu-Tengu

●中世主流の天狗
今は天狗と言えば、赤顔鼻高の天狗が主流ですが、かつては猛禽類の貌をした種が主流とされたこともありました。

「カラス天狗」はその猛禽類系の天狗につけられた名前です。「カラス」の名の通り、上から下まで真っ黒な身体をしていますが、その顔はどちらかと言えばトンビかオオワシのようであると言います。

近代の民俗資料にも、「カラス天狗に会った」という資料がいくつか散見され、たとえば、愛媛県の西条では、子供を連れて石鎚山に入ったら、ちょっと目を離した隙に子供をカラス天狗にさらわれたという話が残っています。
さんざん探してみても行方が分からず、家に戻ってみると、何と子供が先に帰っている。
聞けば、山頂付近で小便をしていたら、真っ黒い男が出てきて「こんなところで小便をしてはいけないよ。おじさんが家まで送ってあげるから、目をつぶっておいで」と優しく言われ、気がつけば家の裏庭に立っていた……という話です。



●亜種・別名など
天狗

河童Kappa

●水の妖怪
恐らく妖怪に興味のない人でも、河童の名を知らない人はいないと思います。
日本を代表する水の妖怪であり、頭に皿を乗せた子供のような小さい姿をしています。小柄ながら相撲が大好きで、キュウリをはじめとする夏の野菜や人間の肝、尻子玉(尻から出る玉のようなもの)を好物としています。

湖沼に棲む者が多いですが、海や山に棲む種もいると言われ、そのバリエーションは多岐にわたります。
水中の生活に適しており、まる一日は水の中に潜っていられます。河童の骨は水につけると見えなくなると言われ、その死骸を見つけることは困難です。

彼らは文字通りのおかっぱ頭で、その上に皿を乗せた、猿のような顔をしています。顔は赤く、目は黄色でまん丸です。甲羅を持つものと持たないものの二種類があり、どちらも有名です。

手の指には水かきがあり、足の裏には吸盤がついていて、小さな尻尾を持ちます。生殖器は外側からは見えません。
両腕が身体の中で繋がっており、片腕をぐいと引っ張ると、どこまでも伸びます。引っこ抜けてしまう場合もあるようです。身体の表面はぬめぬめとしており、非常に生臭い臭いがします。

また、肛門が三つあり、そこから噴き出されるおならは強烈な臭いを持つと言われています。まともに嗅ぐと即死することさえあると言いますから、恐ろしいものです。


●河童の好物
河童の好物はキュウリなどの夏の野菜です。特にキュウリの先につく花は大の好物です。キュウリ以外にも茄子やかぼちゃ、胡麻の茎などを食うとも言われています。

その一方で、恐ろしいものを好物とする種もいます。
ある河童は、人間の生き肝と尻子玉を好物としており、襲われた人間はピンポン球を抜いたもののように、ぽっかり肛門に穴が空くそうです。

もっとも、これには別の解釈もありまして、水に落っこちて溺死した人間(むろん、河童のせいでなく!)を人びとがよく観察した結果だとも言われています。
肝がないのは、体内に魚が侵入し、内臓を食い荒らした結果。肛門にぽっかり穴が空くのは、溺死した人間の体内に腐敗ガスが溜まり、身体が膨らむのと同時に、括約筋の働きも止まるので、肛門が開ききって、まるでピンポン球か何かを抜き出したような形になるというのです。

一説には、河童が好物としているのは肝の方だけであり、尻子玉は龍王に捧げるとも言われています。この他に、血を吸う河童もいます。


●河童と相撲と頭の皿
河童はどの種類も、おおむね相撲を取るのが大好きだと言われています。
彼らは小さいながら、人間の大人顔負けの怪力を誇り、時折それを誇示するために、人間と相撲を取ると言います。勝てば喜び、負ければ何度でも、相手が疲れ果てるまでやります。

そんな彼らの弱点は、頭の皿です。ここに水をたたえていないと、からきし力が出ないのです。
そのため、河童に出遭ったら「まずお辞儀をしろ」と言われています。そうすると、河童もお辞儀をするので、頭の皿から水が流れ、力が抜けるので、見事河童から逃れることができるという寸法です。

逆に、水の中にいる河童は、文字通り水を得た魚のように動き、怪力を発揮して、牛や馬を引きずり込むこともあるそうです。


●河童の超能力
河童は自分の姿を消す超能力を持っています。また、人間や動物に化けたり、毛鞠(けまり)のようなものに変身する力を持っていると言います。
また、人や家畜の中に入り込むことができ、子供などが取り憑かれると、一日中川や沼を見つめ続け、最後には水に入って溺れ死にます。もしも、そのような子供たちを見つけたら、僧侶に頼んでお祓いをしてもらわなければなりません。

彼らはまた、金属による切り傷や接骨のためによく効くクスリを作ることができます。このクスリは「河童膏(かっぱこう)」と言われ、しばしば人間に捕らえられた河童が、解放される条件としてこのクスリを渡すことがあります。


●河童の繁殖
河童はオスもメスもいますが、繁殖する時は人間の力を借りることがあります。川遊びをしている女の子を見かけると、その中に入り込んで身ごもらせてしまうのです。

人間の出産は十月十日(約280日)ですが、河童の場合はその3分の1の期間、3か月ほどで、12匹もの子供を生むと言われ、生まれた河童はすぐに水の中へと入ってしまいます。


●河童の起源
河童の起源については、主に三つの説があります。

第一の説は、中国大陸から海を渡って来たというものです。

彼らは、もともと中国の黄河上流に棲んでいましたが、もっと棲みよい場所を求め、黄河を下り、海に出て、東シナ海を越え、日本にやって来ました。
彼らは球磨川(くまがわ)の上流に住居を構えると、実に9000匹近くまで増え、その族長は「九千坊」と呼ばれました。

九千坊たちは数をたのみに、人間の畑を荒らし、女子供を襲ったので、肥後の国(熊本県)に来た加藤清正が、河童の天敵である猿を肥後じゅうから集めてきて九千坊に向かわせます。
さしもの河童もこれにはかなわず降参し、隣の筑後の国(福岡県)の筑後川上流へ棲むようになり、水の神様の水天宮につかえて日本中に広まっていったということです。

第二の説は、もともと藁で編まれた人形が、生命を吹き込まれて河童となったという説です。

大和(奈良県)の三笠山に、春日大社を造営した時のことです。工匠の内匠頭(たくみのかみ)が人手を得るために、藁を十字に編み、生命を吹き込みました。
すると、人形はするすると動きだし、見事春日大社をとどこおりなく完成させました。その人形は川の中に捨てられましたが、生き延びて河童となりました。河童の腕が身体の中で繋がっているのは、その人形時代の名残だと言われています。

第三の説は、もともと水神として崇められていたものが、のちに零落して河童になったという説です。
河童の方言として、メドチ、メットゥチ、ミンツチなどがありますが、これは龍神の異名である「ミヅチ」がなまったものだと言われています。


●河童と水神
河童は水神と密接な関係を持っています。

彼らがキュウリや相撲を好きだというのは、昔、神事にキュウリなどの初なりの野菜や相撲を奉納した名残であり、水神の下に河童がいるというのは、神が水の精霊を打ち負かすことにより、農耕に欠かせない水の供給を約束させたことに通じます。

もっとも、河童の中には水神としての性質を強く持っているものもあるようです。
たとえば、三重県の河童であるシリコボシ、ゴボシは「竜宮さん」と言われています。竜宮とはその名の通り、竜(=水神)の宮、あるいはその住人を表します。水神=河童という考え方もまた根強いのです。


●河童のミイラ
面白いことに、日本各地には河童のミイラというものが残っています。
その正体は、猿などの骨に亀の甲羅や魚の下半身をくっつけたもので、これをもって「日本には河童が実在した!」と騒ぎ立てる人もいますが、実際はヨーロッパ人の渡来とともに、マーマン/マーメイド伝説が持ち込まれ、それを聞きつけた商人たちが、ヨーロッパ人の歓心を引こうと作り上げたものだと言われています。



●亜種・別名など
カワタロウ/ガッコ/ガッタイ/ガッタロ/ガッタロー/カンキチ/ゴンゴ/シバテン/淵猿/カワエロ/川猿/メドチ/ガワイロ/カワッパ/シリコボシ/ゴボシ/ガアタロ/河小僧/祇園坊主/ガオロ/シイジン/ミンツチカムイ/ガラッパ/ガウル/ガラル/弥々子河童/一目入道/ワロドン

2014年7月 4日 (金)

ヨルムンガンドJormungand

●巨大な大蛇
ヨルムンガンドは北欧神話に登場する大蛇(もしくはドラゴン)です。別名をミドガルズオルム(ミドガルドの蛇)とも言います。
北欧神話の悪神ロキと霜の女王アングルボダの間に生まれ、大狼フェンリルとは兄弟の間柄にあります。

ヨルムンガンドも、フェンリルと同じくオーディンによってアースガルドに連れてこられ、氷の海洋に投げ込まれました。
最初こそ小さな蛇だったものの、海の深淵に身を潜めているうちに段々と大きくなり、しまいには世界(ミドガルド)をぐるりと取り囲むほどに大きくなりました。ヨルムンガンドのとぐろが空に描き出したアーチは虹になりました。

そして、ノルン(運命の女神たち)が予言した通り、彼は北欧世界を脅かすほどの邪悪な存在となるのです。


●ラグナロク(神々の黄昏)のヨルムンガンド
世界の終末ラグナロク(神々の黄昏)では、ヨルムンガンドは海中から這い出して、地上に洪水をもたらし、世界を破壊してその毒息であらゆるものを毒に染めるのだとされました。

そこで、雷神トールは釣りの要領で、牛の頭を餌にヨルムンガンドを釣り上げ、一騎打ちを行うのですが、トールはヨルムンガンドを倒すことに成功するものの、自分もヨルムンガンドの毒息にやられ、息絶えました。



●亜種・別名など
ミドガルズオルム/ミドガルド蛇

一反木綿Ittan-Momen

●布の妖怪
一反木綿(いったんもめん)は大隅(鹿児島県)で語られる妖怪です。
「ゲゲゲの鬼太郎」で有名になりましたが、もとはローカルな妖怪であり、人を殺すこともあるという、恐ろしい存在です。

一反(縦10.6メートル、幅38センチぐらい)の布の形をしており、夜にヒラヒラと舞って人の通りかかるを待ちます。
ひと目には洗濯物が飛んでいるようにしか見えません。しかし、それが突如人へ襲いかかります。そして、首に巻き付いたり、顔面を覆ったりして窒息させ、息の根を止めるのです。

その正体はものの精という説もあるようですが、では何の精なのかと言えば、とんと見当がつきません。

一反木綿の性質を表すエピソードとして次のような話が伝えられています。
ある夜、ひとりの男が家路を急いでいると、空からスーッと白い布が落ちてきました。驚いて足を止めると、布は突如男の首に絡みつきます。
男は持っていた脇差しで布を斬ると、布はどこかへ消えてしまいました。しかし、男の手には血しぶきがついていたということです。


●衣のお化け
平安時代末期に編まれたとされる「今昔物語集」には、次のような話が載っています。

冷泉院(れいぜんいん)の東に僧都殿(そうずどの)という怪物屋敷がありました。頻繁に奇異なことが起こるので、ついには誰も住む者がいなくなりました。

この僧都殿の敷地の戌亥(いぬい:北西)に、古い榎(えのき)の大木があって、夕方になると一枚の単衣(ひとえ)がふわり、と飛来し、榎の枝に止まるので、それを見た人は近づかぬよう気をつけていました。
ところがある日、とある武士が、その化け物を退治しようとやって来ました。

果たして、夕方ごろになると、確かに竹藪の中から一枚の単衣が飛んできました。
武士はやにわに弓を射ると、その単衣に見事命中しました。ところが、単衣は何事もなかったかのように榎の枝に止まります。しかし、榎の下の土を見ると大量の血の跡があるので、こいつは怪物に傷手(いたで)を与えたか、と思い、意気揚々と帰ります。

武士は帰宅すると、皆にあったことの顛末(てんまつ)を伝えます。皆はゾーッとして、肌に寒さを覚えますが、当の本人は涼しい顔。夜になって何事もなく寝床に入りました。

しかし、翌朝、武士が起きてこないので寝床へ確かめに行くと、本人は既に亡くなり、冷たくなっていました。それを聞いてもろびとは、「功名に駆られて赤い単衣に殺されたか」とあざ笑った……という話です。


●ヌノガラミ
また、青森県には次のような伝説が残っています。

三戸郡の長坂というところに、昔、「布沼」という大きな沼がありました。この沼には「ヌノガラミ」という妖怪が棲んでおり、人びとに恐れられていました。
布に化けて水のほとりに引っかかったふりをして、それを取ろうとした人を沼の中へ引きずり込み、溺れ死にさせるというのです。

ある日、妻子をこの「ヌノガラミ」に殺された男が、この怪物を退治せんと乗り込みます。神のお告げで鳩の卵を一箇持っていき、沼のほとりで一心に祈り続けていましたところ、沼がにわかに音を立てて、水がざわめき出しました。
そこで男は、この時とばかりに鳩の卵を割り、布沼へと投げ込みました。すると、大きな音を立てて、水面に「ヌノガラミ」の屍体が浮かび上がったということです。


●中国の「一反木綿」
似た話は日本ばかりでなく、中国にも残っており、蒲松齢の中国の怪談集「聊斎志異(りょうさいしい)」には、一反木綿に似た「衢州(くしゅう)三怪」という妖怪の話が綴られています。

浙江省(せっこうしょう)の衢州という町には、夜になると3種類の妖怪が徘徊すると言われていました。

第1の妖怪は、一本の角を生やした人間の姿で、城壁の上の鐘楼(しょうろう)に棲んでいます。

第2の妖怪が一反木綿に似た姿で、城内の池の岸辺に棲んでおり、布のような形をしています。人がそれを拾おうとすると、たちまち動き出して、身体に巻き付き、池の中へ引きずり込んで溺死させるのだそうです。

第3の妖怪は池の中に棲み、アヒルのような形をしています。



●亜種・別名など
布団被せ/衾(ふすま)/ヌノガラミ/衢州三怪

イポスIpos

●キマイラの悪魔
イポスは地獄の王族で伯爵です。通常は天使の姿で現れますが、その正体はガチョウの脚にライオンの頭、ウサギの牙(もしくは、頭と脚がガチョウ、胴体がライオン、ウサギの尾)を持った恐ろしげなキマイラ(複合動物)の姿を取ります。地獄の36個軍団の師団長であり、ソロモン72将のひとりにも数えられます。

彼の職能は過去と未来を見通すことであり、また、人に機知と大胆さを与えることです。未来については、聞かれれば正直に話してくれます。
ただ、力業で何でも解決するきらいがあり、ことあるごとに戦闘で済ませようとします。

「死」「失望」「損失」「悲嘆」をつかさどります。



●亜種・別名など
イペス/アイペロス/アイペオス/アイポロス/アイペウス

インキュバス/サッキュバスIncubus/Succubus

●淫魔という名の悪魔
インキュバス(サッキュバス)はインクブス(スクブス)とも呼ばれる、淫魔に属する存在です。淫魔とは性愛をつかさどり、精神的な部分から人間を堕落させる悪魔の総称で、特にキリスト教の説話の中で言及されてきました。インキュバスが男性、サッキュバスが女性で、両者ともに美しい姿を取ることで知られます。

彼らはその姿をもって異性を(場合によっては同性も)誘惑し、堕落させ、その精気を吸い取ります。一説によれば、彼らは特定の悪魔ではなく、悪魔の持つ一面を表すものだとも言われています。
魔女たちがインキュバス(サッキュバス)に化けると考えられたこともありました。

彼らの名前は、インキュバスがラテン語の「上にのしかかる」を意味するInkuboから、サッキュバスが同じく「下に寝る」を意味するSuccubaに由来します。
なぜ「上にのしかかる(あるいは下に寝る)」が由来なのかは、ここでは詳しく述べません。皆さんでご自由に想像してみてください。


●インキュバス/サッキュバスの能力
彼らは人間へ近づくのに「夢(淫夢)」という手段を使います。
夢の中で徹底的に快楽を尽くさせることで人間を堕落への道に引き込むのです。ゆえに「夢魔(むま)」「ナイトメア(悪夢)」の名前で呼ばれることもあります。

男性の姿をしたインキュバスは女性を籠絡し、彼の子供を産ませます。女性の姿をしたサッキュバスは逆に男性と交わり、悪魔や精霊を生みます。

とある説では、インキュバスとサッキュバスは同じ悪魔が化けたものであり、サッキュバスの姿で手に入れた精気を、インキュバスの形で女性に放出するのだそうです。なお、美しい姿は見せかけで、その正体はこの上なく醜い姿であるとも言われています。

そんな彼らの弱点は「ホリーシンボル(聖印)」です。特に十字架などを枕元に置いておけば決して近づくことはありません。

格闘ゲーム「ヴァンパイア」シリーズにはモリガンやリリスというサッキュバスが出てきて戦闘を行いますが、本来のサッキュバスに暴力的なイメージはありません。
どうしても攻勢に出なければならない場合は、「夢」を使って精神を直接攻撃します。


●インキュバス/サッキュバスの子供たち
インキュバス(サッキュバス)と人間のハーフは魔法などの特殊な能力を身につけたり、あらゆる能力に秀でることから、しばしば凡庸な両親から生まれた子供が飛び抜けて優秀だったとき、「奴はインキュバス(サッキュバス)の子供なんだ」とやっかみ半分に言われることもあったようです。
もちろん、その中には「両親の本当の子供でない」場合も多々あったことでしょう。浮気をして子供を孕んでしまったときに、「淫魔のしわざだ、私の知らないところで子供を孕まされたのだ」とごまかすパターンもあったかも知れません。

ちなみに、「アーサー王伝説」の魔法使いマーリンやアレキサンダー大王も、その優れた能力から「インキュバス(サッキュバス)と人間のハーフ」であるとされました。



●亜種・別名など
インクバス/インクブス/サックバス/サックブス/夢魔/淫魔/ナイトメア/リリム

イマモImamo

●イマモ!
イマモは熊本県天草諸島下島に住んでいる妖怪の名前です。
姿かたちは見えませんが、峠道などで「昔、ここで○○があったそうな」と言うと、「イマモ!」という怒鳴り声が聞こえ、その○○が落ちてくるというものです。「イマモ」というのは恐らく「今も(出るぞ)」の意味でしょう。

この妖怪には背筋の寒くなるようなエピソードが残っています。

ある峠道を歩いていると、旅人たちが、ふと「昔、ここには血だらけの人間の手があったそうな」と口にしました。
すると、「イマモ!」という言葉とともに、血のしたたる人間の手がごろりごろりと落ちてきました。

旅人たちが肝を潰して逃げ、疲れて一休みしていると、再び誰かが「昔、この辺では人の生首もあったと言うぞ」とつい口に出しました。
すると、再び「イマモ!」という怒鳴り声とともに、人の生首がごろりごろりと落ちてきたと言うことです。



●亜種・別名など
油ずまし/油すまし

ヒュドラHydra

●ヨーロッパの九頭竜
ヒュドラはギリシア神話に登場する多くの頭を持つ怪物です。
「九頭竜」と訳されることからも分かるように、多くの首を持つ怪物であり、テュポンとエキドナの間に生まれた子供でした。この怪物は、やがて神々の女王ヘラにより拾い上げられ、アルゴス近郊のレルネの野にあるアミュモネの泉で育てられました。

その首の数は九つとも百とも言われ、すべての首に驚異的な再生能力があります。首をいくら切り落とそうとも、その切り口から新たに二つの首が生えるとされ、真ん中の頭は不死でした。
また、猛毒の持ち主であり、その血に触れた者は死に絶え、不死の者であっても、耐え難い痛みが走るとされました。


●ギリシア神話の怪物
この怪物に縁が深いのは、英雄ヘラクレスです。

彼はヘラに言いつけられた十二の難業の二番目に、この怪物の退治を言いつけられました。彼は切っても切っても再生する能力に苦しめられますが、異母弟(甥という説もあり)のイオラオスに切り口を松明の炎で焼かせて、その再生能力を封じます。
そして、唯一不死の首であった真ん中の首は、大岩をその上に置いて地中に封じます。

このとき、ヒュドラを助けるべく、ヘラによって蟹がつかわされますが、ヘラクレスはそれを一足のもとに踏みつぶします。
しかし、その勇気は比類なきものとしてたたえられ、その身体は天空に挙げられて星になりました。それが今の蟹座です。

2世紀ごろの地誌学者パウサニアスの「ギリシア案内記」によれば、この怪物はアミュモネ川の水源にあるプラタナスの木の下に住んでいるとされていますが、なぜか彼は、その首は一つであると述べています。


●天変地異の象徴
ヒュドラはその形態から、アミュモネ川の象徴であり、ヘラクレスがそれを退治したというのは、ヘラクレス=人間の集合体がそれを治めたということだったと推察されますが、なぜか不思議なことに、長い歴史の中に、ヒュドラの「実物」とされるものが取引された、という記録がいくつも記録されています。

たとえば、16~17世紀の博物学者トプセルは、「爬虫類動物誌」という本の中で、550年ごろにヒュドラの実物がヴェネチアにもたらされ、その後ダガット金貨600枚という高値でフランス国王に贈られたことを挙げており、彼はそれを「天変地異の予兆だった」と述べています。

おそらくは、奇形のトカゲもしくはヘビ、あるいは既存の動物の剥製を改造して作った人工物だったのではないかと思われますが、しばしば、世界の「どっきりニュース」などで、いくつも首のある動物などが紹介され、それが世の終わりを告げるようなセンセーショナルな出来事として伝わることがあります。
たぶんに、この「ヒュドラの実物」も同じようなものだったのではないでしょうか。


●近世のヒュドラ
17世紀初頭に書かれたゲスナーの「動物誌」には、七つの首を持ち、それぞれの頭に王冠をかぶったヒュドラの姿が紹介されています。
このことから、ヒュドラはキリスト教の「黙示録の怪物」を指すのではないか、とする研究者もいます。また、ここで言うところのヒュドラは、怪物でも何でもなく、単なる大ダコとする説もあるようです。



●亜種・別名など
ヒドラ

ホムンクルスHomunculus

●ホムンクルス
ホムンクルスとは、錬金術によって作り出された人工生命体のことです。その名前の由来はラテン語で「小さい人」を意味するhomullusであり、通常はガラス瓶に入るような、小さな身体をしているとされています。

錬金術は、本来「金」を錬成する学問ですが、その知識をもってすれば、生命を錬成することも可能だと錬金術師たちは考え、実際に作り出そうと試みました。

むろん、キリスト教においては、これは禁忌のきわみたるものでした。
何故なら、人間を作り出すことができるのは神だけであり、人工生命体を作るということは、神の領域に人類が足を踏み入れることにほかならなかったからです。


●ホムンクルスの作り方
ドイツの錬金術師パラケルススによれば、ホムンクルスの作り方は次のようになっているそうです。

まず、人間の精液を蒸留器の中に40日間置いて密閉しておくと、それが腐敗して動くのが目に見えるようになり、人間の形をした、透明でほとんど実体のないようなものができるので、これに人間の血液を毎日与えて、さらに40日間、馬の胎内と同じ温度に置くと、まるで女性から生まれ出たような、小さな人間のようなものが誕生します。
ただ、人間(homo)に較べて小さい身体をしているため、ホムンクルスと呼ばれるとのことです。

実際に、パラケルススがこのホムンクルスを作った、という話もあるようです。ただ、彼の死後、成功した者はひとりもいないと言われています。

こうして作ったホムンクルスは、フラスコの中でしか生きられず、外へ出ることはできません。何故なら、人工的に作られたものは、限定的な場所でしか生きられないからです。

なお、ホムンクルスは生まれながらに知性や技術を身につけており、何でも知っていると言われます。人工的に生命を作り出す考え方から、しばしば「賢者の石」の象徴としてホムンクルスが引き合いに出されることもあります。


●ホムンクルスが登場する作品
こうした、「人間を生み出す」考え方は、ルネサンス期の人びとに驚きをもって迎えられたようで、
過去から現在に至るまで、さまざまな作品にホムンクルスは登場しています。有名な例で言えば、ゲーテの「ファウスト」(第二部第二幕)などが、ホムンクルスの登場する作品です。

また、現代でも、特に日本において、さまざまなゲームやマンガ、アニメの題材になっています。

ヒポグリフHippogriff

●ローマ生まれの怪物
ヒポグリフはグリフォンと馬を掛け合わせたような怪物です。その名前も、「馬」を意味するラテン語「hippo」と、「グリフォン(グリフィン)」を表すラテン語「gryphios」から来ており、上半身はグリフォン、下半身は馬という奇妙な怪物です。

この怪物が生まれたのは、実は神話でも民間伝承でもありません。ローマの詩人ウェルギリウスが、著書「アイネーイス」の中で「Iungeant aim grypes equis(グリフォンと馬をかけあわせる)」という言葉を「不可能なことを試みる」という意味で使ってから、人びとの口に上るようになったものです。

グリフォンは馬が、主に食欲的な意味で大好きです。その馬とグリフォンが掛け合わされることは不可能に近いし、第一サイズが合いません(グリフォンはライオンの8倍の大きさがあるとされています)。
そこから、不可能のきわみ、不可思議の権化という意味で、この怪物の存在が考えられたのです。


●ヒポグリフの伝承
16世紀の詩人、ルドヴィコ・アリオストは、叙事詩「狂えるオルランド」の中で、ヒポグリフについて言及しています。それによると、ヒポグリフは、グリフォンが牝馬に生ませた怪物であるそうです。

元々はサラセンの魔術師アトランテスの騎馬でしたが、シャルルマーニュ大帝(カール大帝)の姪である女騎士ブラダマンテとの一騎打ちに負け、その騎馬を手放します。
ブラダマンテは魔術師の養子であった騎士ロゲロを愛していたため、その騎馬はロゲロの手に渡ります。
そして、ロゲロは、魔法の手綱の力を借りてこの怪物を乗りこなし、各地で活躍しますが、最後には月に行って瓶詰めにされたオルランド卿の「知恵」を探し出し、地上に持ち帰ってその狂気を直したとされています。


●ヒポグリフの姿
ヒポグリフの姿についてはいろいろな伝承があります。

一般には、前半部は父親であるグリフォンにそっくりの鷲の頭、かぎ爪、羽毛の生えた翼であり、後半部は母親である馬にそっくりという姿ですが、「アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)」では真っ黒な駿馬に羽が生えた姿で描かれています。
一説によれば、この羽は鷲の持つそれではなく、同じ幻獣であるペガサスのそれだとも言われています。

ちなみにグリフォンと言えば、ライオンの足を持つということですが、ヒポグリフの場合、なぜか印章などに見られる前足は鷲のそれであり、ライオンのものではありません。

ヘスティアHestia

●炉の女神
ヘスティア(ヘスティアー)はギリシア神話における炉の女神です。ローマ神話のウェスタに当たり、その意味するところはどちらも「炉」そのものです。ギリシア12神のひとりでもあります。

現在でこそ、あまりメジャーな印象を持つ女神ではありませんが、古代ギリシアにおいては、炉は家族の集う場所であると同時に、大切な火を守るところであり、また犠牲を捧げる部分であったため、どの家々、都市にも彼女の祭壇が設けられました。
新市が建設された時には、その祭壇から新たな火を移す作業が行われたと言います。


●呑気な女神
彼女はきわめて古い歴史を持つ女神のため、そして、あまりに普遍的な存在なため、特定の伝承はほとんど残っていません。
辛うじてクロノスとレアの長女であり、ゼウスにとっては姉に当たり、家格で言えば最上位に属する……という設定だけが残されています。

犠牲を捧げる時には、必ず一口めは彼女に与えられましたし、また、神酒を注がれる時も、最初と最後は必ずヘスティアのものでした。
哲学者プラトンの語るところによれば、常にかつかつしていた他の神に較べ、「彼女ひとりだけがのんびりしていた」そうです。

やることと言えば、天上の館の炉をじっと見守っているだけ。他の神のように、子孫を残したり、あるいは信者を求めて行動したりということはほとんどなかったようです。人びとが勝手に崇めてくれるので、その必要もなかったのでしょう。

そんな彼女に、ある日ロマンスが訪れます。アポロンとポセイドンから、それぞれ求婚されたのです。
しかし、彼女はにべもなくその願いをはねつけます。そして、永遠に処女でいることをゼウスに願ったのです。果たして、その願いは聞き届けられ、彼女は結婚の幸せと引き替えに、天上の住処の中心を占め、何でも最上位に位置することを許されたのです。

ちなみに、家格には頓着せず、甥のディオニュソスが12神の中に入れなかったことを嘆くと、その座をあっさり明け渡したとも言われています。



●亜種・別名など
ヘスティアー/ウェスタ

ヘルメスHermes

●ギリシア神話の伝令神
ヘルメス(ヘルメース)はギリシア神話の神で、オリュンポス12神のひとりにも数えられる有力な神です。
神々の伝令役、使者を務めるほか、牧畜、商業、泥棒、旅人、賭博などを守護します。ローマ神話では「メルクリウス(英語のマーキュリー)」に当たり、水星にその名前がつけられています。
彼はゼウスと巨人神アトラスの娘マイアの間の子供であり、アルカディア(ギリシア中央部)のキュレネ山の洞穴で生まれました。


●ペラスゴイ人の神
彼はギリシアの先住民族ペラスゴイ人の神であり、ドーリア人の侵入に従ってギリシア全土に広まったと言われています。
家々には彼の男根をモチーフにした像(ヘルマイ)を置くことがはやり、また、この像は危険な道中を守護する存在として、分かれ道や町の十字路に多く立てられました。ヘルメスが死者の霊を冥界へ導く役割を担ったのも、こうした信仰が元になっていると言われています。

彼はまた、神々の使者として飛び回る難しい役割を果たしました。ゼウスの御心を人間が知ることができるのも、ヘルメスの存在あってこそです。
同時に、その疲れを知らぬ姿は、多くの競技者の信仰を集めました。オリンピアの競技場には彼の像が立っており、拳闘と競走は彼の考案だと言われています。

ヘルメスの姿は、しばしば丸い翼のついた旅行帽ペタソスをかぶり、同じく翼の生えたサンダルを履き、手には蛇の巻き付いた翼のある杖(カドゥケウス、もしくはケリュケイオン)を持った若者の姿で表されます。


●早熟な神
彼はオリュンポス12神の中で最も早熟な神として知られます。
早朝にマイアから生み落とされた彼は、昼にはもう揺りかごから這いだし、ピエリアで飼われているアポロンの牝牛の大群へと近づきます。

そして何を思ったか、その中から50頭を選び出し、盗んだのです。
牝牛たちには足跡でばれないように後ずさりさせて、自分は巨大なサンダルを履いて、ピュロスの地まで移動させ、しかるのちに二頭を選び出して焼き、残りは洞穴の中に隠しました。
そして、何食わぬ顔でキュレネの洞穴に帰り、再び揺りかごの中に戻ったのです。

アポロンは戻ってみると牝牛の数の足りないのに気づき、占いでヘルメスのしわざと断定しました。
もちろんヘルメスは何知らぬ顔です。アポロンは赤ん坊の彼をオリュンポスの法廷に連れて行き、神々はヘルメスのずる賢いことに笑いました。笑いつつ、ゼウスは牛を返すようにと裁定したのです。

ただ、彼らの和解は意外なところからなりました。
ヘルメスは、帰る前に洞穴の中で草をはんでいた亀を捕まえ、その甲羅を剥ぎ、犠牲にした牛の腸を使って竪琴を作っていたのです。
アポロンはそれを見るとどうしても欲しくなり、結局、カドゥケウスの杖およびすべての牛と引き替えに、それを手に入れました。

かくして、両者はこの上ない親友となり、アポロンは音楽の神、ヘルメスは畜産の神として崇められることになったということです。


●創意工夫の神
彼は創意工夫が大好きで、進んで他人の役に立とうとしたので、誰からも好かれました。私生児にもかかわらず、ヘラにも好かれたと言いますから、その人気の度合いが分かります。

特にゼウスたちの行動の陰には、必ずと言っていいほどヘルメスの存在があり、時に敵(テュポン)から助け出し、時に浮気相手を案内し、時に従兄弟たちを牢獄から解放しました。

ヘルメスが冥界へ死者の霊を連れてゆく役割も担っていることはさきに述べましたが、死者の霊を逆に地上へ戻す役割も担っていたことはあまり知られていません。

ギリシア神話最大の詩人オルフェウスが、妻エウリュディケを冥界から連れ戻しに行った時、彼はその旅に随行しています。


●ヘルメスの恋愛
ヘルメスは他の神々と同様に、さまざまな恋愛沙汰を起こしています。主要な女神だけでも、ペルセポネ、ヘカテ、アプロディテと関係を持っていたと言いますし、ニンフ(妖精)の数も含めたらどれくらいの数になるか想像もつきません。
人間の娘とも関係を持ち、一説によれば、「パニック」の語源ともなった農耕神パンの父は、このヘルメスだと言われています。



●亜種・別名など
ヘルメース/メルクリウス/マーキュリー

ヘラクレスHercules

●ヘラクレスの誕生
ヘラクレス(ヘーラクレース)はギリシア・ローマ神話の英雄、そして神です。その名は「ヘラの栄光」を意味し、ヘラ=自然の猛威に対する人間たちの力を象徴していると言われます。

彼の両親は英雄ペルセウスの子孫で、それぞれアムピトリュオン(輝く者)とアルクメネ(力の女性)という名前でした。ゼウスは人間にも神々にも強力な助っ人となる存在を作りたいと思い、アムピトリュオンに変身して、アルクメネと交わりました。
その直後、アムピトリュオン自身も戦争から帰還してアルクメネを抱きました。この結果、双子を生みます。ヘラクレスとイピクレスです。

実は、ゼウスはオリュンポス神族の前で、予定日に生まれる子供に全ギリシアを支配させよう、と約束していました。
そこでヘラは、ヘラクレスに資格を与えないため、ステネロスという神の妻に早産させるよう取りはからいました。その結果、彼女はエウリュステウスという子供を、本来ヘラクレスが生まれるであろう日に生み、ヘラクレスたちはヘラに誕生を遅らせてしまっていたので、予定日には生まれませんでした。
その結果、全ギリシアを支配するのはエウリュステウスということになり、ヘラクレスはヘラによって苦難の道を行くことになります。


●ヘラクレスの功業
ヘラクレスは生まれた時から怪力でした。まだ襁褓(むつき=おむつ)も取れないある日、彼らの寝所を二匹の蛇が襲います。イピクレスは恐れましたが、ヘラクレスは何と、その小さな手で二匹を締め上げ、殺してしまいます。

この力の強いに驚いたアムピトリュオンは、成長するに従ってさまざまな師匠に彼を預けました。
まず、アムピトリュオン自身は戦車の使い方を、アウトリュコスに相撲を、エウリュトスに弓を、カストルに武器の使い方を、リノスによって竪琴を、それぞれ習いました。

しかし、ある時師匠のひとりリノスを竪琴で殺したため、彼は放逐されます。アムピトリュオンはこの神の子を羊飼いに預けました。18歳になると、彼はいっそう強くなり、羊を襲いに来たライオンを殺します。

その後、彼は結婚しますが、ヘラにより遣わされた復讐の女神リュッサによって狂気に襲われ、自分の妻と子供を惨殺してしまいます。

彼は再度放逐され、この狂気を鎮めるにはどうすればよいか、アポロン神に伺いを立てます。結果は「エウリュステウスによる十二の功業を果たせば、不死になる」というものでした。


●ヘラクレス十二の功業
以下、十二の功業について詳しく書くと長くなりますので、ダイジェストでお送りします。

1)ネメアのライオン退治
ネメアの地のライオン退治。彼は素手でこれを殺し、皮をはぎ、それで不死身になる上衣を作りました。残りはエウリュステウスに献上しました。

2)レルネのヒュドラ退治
レルネの九頭竜ヒュドラ退治。彼はその再生する首を焼いた薪で叩くことによって再生を防ぎ、最後の頭を切り落として埋めました。それから矢をヒュドラの血に浸し、毒矢を作りました。

3)エリュマントスのイノシシ退治
エリュマントスの地を荒らしていたイノシシの退治。ヘラクレスはそのイノシシを捕らえ、持ち帰ります。

4)ステュムパロスの鳥退治
ステュムパロスの地には翼もくちばしも爪も鉄でできた怪鳥が群れていました。人肉を喰らい、飛び立つと太陽の光がさえぎられたので、ヘラクレスは彼らを真鍮のシンバルで脅し、矢で退治しました。

5)ケリュネイアの牝鹿
ケリュネイアには蹄が青銅、角が黄金の不思議な牝鹿がいたので、エウリュステウスよりその牝鹿を捕らえてくるように命令されました。

6)アウゲイアスの牛小屋
アウゲイアス王の牛小屋を一日で掃除する功業。ヘラクレスは牛小屋の壁に穴を空けて、アルペイオス川とペネイオス川の流れを変え、牛小屋の汚物を流しました。

7)クレタ島の牡牛
ポセイドンに捧げる牛の狂乱を鎮める作業。クレタ島のミノス王は怖くてたまらなかったので、たまたまクレタ島にいた彼に救いを求めました。

8)ディオメデスの牝馬
アレスの息子でビュストン人(ブルガリア人)の王ディオメデスは、牝馬を人肉で飼っていました。そこで、ヘラクレスは有志とともにこれらの恐ろしい牝馬を捕らえました。ディオメデスは牝馬の餌にされました。

9)ヒッポリュテの帯
カッパドキアのアマゾンの女王ヒッポリュテは立派な帯を持っていたので、エウリュステウスの娘アドメテはそれがどうしても欲しくなりました。
そこで、彼は有志を募ってアマゾンへ向かいます。途中、何度か戦いがありましたが、最終的に帯を手に入れることに成功しました。

10)ゲリュオンの牛
ゲリュオンは三つの身体を持つ怪物で、イベリアの西岸を支配していました。彼は赤い牡牛の群を持ち、エウテュリオンという牛飼いとオルトロスという犬に守らせていたので、すべて討ち果たしました。

11)ヘスペリスたちの黄金の林檎
アトラスの娘ヘスペリスたちが守っている黄金の林檎を取ってくる功業。途中、アンタイオスなる山賊の怪物に襲われますが、ガイア(大地)に足をつけている間は不死身だというこの怪物を、地から引き離し、ベア・ハッグで絞め殺しました。
一説には、天球を支えるアトラスが代わりに黄金の林檎を取ってくるので、ヘラクレスに一時その天球を持つことを託したとも言われています。

12)冥界への旅
最後の旅は、冥界の番犬ケルベロスを捕らえてくるというものでした。彼はヘルメスに案内させ、ケルベロスを見事捕まえ、ハーデスから一時借り受けることに成功します。
エウリュステウスに見せた後、この犬はハーデスの元へ返されました。


●その他の功業
ヘラクレスは12の功業を果たし、見事解放されますが、その後もじっとしていたわけではありませんでした。
奴隷となって3年間過ごしたり、アルゴ探検隊に参加したり、トロイアの王ラオメドンの娘ヘシオネを助けて友人に与えたり、牛小屋を掃除すれば褒美をやると言って嘘をついたアウゲイアスを討ち滅ぼしたり、とにかくたくさんの冒険を重ねました。


●ヘラクレスの最期
ヘラクレスの最期は、あっけないものでした。エウリュトス王を討ち滅ぼし、その娘イオレを連れ出したのはいいけれど、彼はオイネウス王の娘ディアネイラとも結婚の約束を取り交わしました。

エウエノス川を渡る際、ディアネイラをケンタウロスのネッソスに託したところ、彼はディアネイラを犯そうとしたので、ヘラクレスは彼を弓矢で射殺します。
ネッソスは死に際に、自分の血をディアネイラに与え、夫の愛と誠実を得ようとするならば、その血を彼の衣服につけるがいい、と言い残しました。
果たして、ディアネイラがその通りにしたところ、ヘラクレスは全身の血が文字通り燃え立つのを感じました。ネッソスの血は猛毒だったのです。

自分の最期を知ったヘラクレスは、自分で火葬の薪を積み、誰かに火をつけてくれと頼みました。仲間の父ボイアスがしぶしぶ承諾し、火をつけると、彼はボイアスに弓矢を送りました。そして、静かに目を閉じ、最期の瞬間を待ったのです。

ところが、いよいよ火がヘラクレスに迫ろうとした時、天上から雷が降ってきて、ヘラクレスを連れ去ってしまいました。彼はオリュンポス山の神々から、神となる資格を得たのです。
ヘラも彼を許し、自分の娘ヘベをめあわせ、その後彼はオリュンポス12神のひとり(異説あり)として幸せに暮らしたということです。



●亜種・別名など
ヘーラクレース/ヘルクレス

ヘラHera

●ゼウスの正妻
ヘラはゼウスの正妻にして、オリュンポス女神の中でもひときわ強大な力を持った女神です。
ギリシア十二神のひとりであり、ローマ神話のユノ(ジュノ)Junoに当たります。名前の由来は「ヒーロー」の女性形「ヘロス」の変じたもので、「貴婦人」という意味です。パイア(乙女)、テレイア(成人女性、妻)、ケラ(寡婦)の呼び名もあります。

彼女はゼウスがただひとり、正妻として認めた存在で、そのため、特にローマにおいて、結婚と子供、女性の性生活を守る女神として崇拝されました。ギリシアでも人気はきわめて高く、アルゴス(ギリシア南部)のヘライオン島やサモス島では主神の地位にあったということです。

もともとはアルカディア(ギリシア中央部)の大地母神でしたが、ギリシア民族の侵入に従って、最高神ゼウスの正妻として神話に組み込まれました。
彼女の結婚式には、祖母のガイアからお祝いとして「黄金の林檎」を与えられ、その林檎はヘスペリス(アトラスの娘たち)の園でニンフ(妖精)たちによって守られています。


●ゼウスの姉
神話によれば、彼女はクロノスとレアの子供で、ゼウスとは姉弟の間柄にあります。
そのクロノスが、「将来子供によってその主神としての地位を奪われるであろう」と神託を受けたため、彼女は生まれて間もなく、クロノスによって呑み込まれるという不遇をかこっています。
この時は、ゼウスおよびオケアノスの娘メティスの活躍により、吐き出されて難を逃れています。

別の説では、サモス島で生み落とされた後、オケアノス(大洋)とテテュスがその身柄を預かり、世界の果てで養育し、クロノスたちが仲違いした時にはその仲裁を買って出たとも言われています。
彼女を育てたのは他にホラたち(ゼウスの娘)、テメノス、あるいはアステリオンの娘たちという説もあるようです。


●嫉妬の女神
彼女は数ある女神の中でも、とりわけ嫉妬心が強いことで知られます。ゼウスが浮気をすると、時にその女性に、時にその子供に苦難を与え、復讐をしました。ヘラが出てくる話は、たいていがゼウスの浮気がらみです。

彼女は結婚してヘベ、エイレイテュイア、アレスを生んだのち、早くもゼウスの浮気に悩まされました。

特に、メティスとの子供は「天の支配者になるだろう」とガイアから予言されていたので、ゼウスはそれを隠すため、妊娠したメティスを子供ごと呑み込んでしまいます。
そこへ、人間に火を与えたことで有名なプロメテウス(ヘパイストスという説もあり)が斧でゼウスの頭をかち割ったところ、完全武装したアテナが生まれたので、ヘラは「夫がひとりで神を生んだ」と誤解し、対抗心から自分も1年間、ゼウスの交わりを断って、自分の力で子供を生もうと考えます。そうして生まれたのが鍛冶の神ヘパイストスだと言われています。

あまりに浮気の度が過ぎるため、愛想を尽かしてゼウスのもとを去ったこともありました。この時は、ゼウスが樫の木の人形にベールをかぶせて「新しい妻である」と行進して触れ回ったので、嫉妬から思わず飛び出してそのベールをはぎ、誤解だと分かって仲直りしています。

ちなみに、ゼウスが人間の女性アルクメネと交わった時に生まれた子供ヘラクレスには、これでもか!というくらいに、苦難を与え続けました。
彼が「十二の難業」を果たさなければならなくなったのは、ヘラの陰謀だと言われています。しかし、彼が神としてオリュンポス十二神の仲間入りをした時には、自分の娘ヘベをめあわせて仲直りしています。


●不老の女神
ヘラは神々の母でありますが、その姿は常に若々しく、美しくあります。それもそのはず、彼女は毎年春になると、カナトスの泉で年齢と苛立ちを洗い流し、元の若々しい姿を取り戻すのです。
美貌についても、美の女神アプロディテ、知恵の女神アテナと遜色ないと言われています。「黄金の林檎」事件において、彼女が二人と美貌を競い合い(アプロディテに負けはしましたが)、それがきっかけでトロイア戦争が起こったことはよく知られるところです。


●自然の脅威
一説には、彼女はゼウスが天候の脅威をつかさどるのに対し、彼女は自然そのものが持つ脅威を表していると言われています。
ヘラクレス(日本語に訳すと「ヘラの栄光」)がヘラに幾度となく難業を与えられ、それを果たしていくのは、ヘラクレス=人間たちが力を合わせてヘラ=自然に立ち向かい、脅威を乗り越えていく姿を表しています。



●亜種・別名など
ヘーラー/パイア/テレイア/ケラ

2014年7月 3日 (木)

ヘパイストスHephaestus

●火と鍛冶の神
ヘパイストス(ヘーパイストス)はギリシア神話の火と鍛冶の神です。ローマ神話のウルカヌス(ヴァルカン)に当たり、ギリシア12神のひとりに数えられる有力な神です。

その語源は「炉」「燃やす」を意味するギリシア語に由来するとも、ヴェーダ(古代バラモン教)の火の神ヤヴィシュタのギリシア語系に由来するとも言われていますが、はっきりしていることは、古くから小アジアおよびレムノス島、シチリア島における火山帯でその存在が崇拝されたということです。

彼はゼウスとヘラの間に生まれた子供とも、ゼウスがアテナをひとりで生んだのに対し、ヘラが嫉妬心からひとりで生んだ神であるとも言われていますが、いずれにしろ、彼はひどく醜く、また片脚がねじれて不自由でした。

ゆえに、ゼウスとヘラには疎まれ、生まれた早々、海に投げ込まれています。一説によれば、片脚が不自由になったのはその時落とされたためとも言われています。
その時、彼を助けたのは、オケアノスの娘エウリュノメと、ネレウスの娘ティティスでした。彼はそのお礼として、宝石を作って贈っています。

しかし、ヘパイストスはヘラの仕打ちを恨みに思うことなく(あるいはそれを隠して)、ゼウスおよびヘラにまめまめしく仕え、数々の便利な道具を作っては、彼らに与えています。


●ヘパイストスの片脚
ヘパイストスは、元来雷の神であり、彼の片脚の不自由な姿は、稲妻がジグザグに移動する姿を表しているとも言われています。
ただ、ギリシア神話に登場する彼は、もっぱら地上あるいは海中で、黙々と金属を鍛造しています。彼は創意工夫の神であり、金属加工の神でもありました。

オリュンポス山上に神々の館を建てたのも彼と言われ、自分には「ぎらぎらして錆びない青銅の、輝く住まい」を建てて、その中でもっぱら仕事をしました。
神々が訪ねてくると、彼はふらつく足取りで立ち上がり、生きた娘にそっくりな黄金の娘像に肩を支えられながら王座についたのです。

彼の片脚について、海に投げ込まれた時そうなった、ということは先ほど述べた通りですが、これには別の説もあって、ある時ゼウスとヘラが喧嘩になった時、その仲裁に入ろうとして、ゼウスに足首をつかまれ、宇宙に放り出され、丸一日すっ飛んだ後、レムノス島に落下した時に足をくじいた、とも言われています。


●ヘパイストスの椅子
彼はいっけん素直に見えながら、その奥底に、巧妙な復讐心を隠しています。

ある日、ヘラはヘパイストスから椅子の贈り物を受けました。それはきらびやかな黄金の椅子でした。
彼女は喜んで座ったのですが、いざ立ち上がろうとすると、見えない帯がヘラを縛ったように、自分の身体を動かすことができません。実はこれは、ヘパイストスが彼女に課した罠だったのです。
最初、戦神アレスがヘパイストスを説得に行ったものの、けんもほろろに追い返され、次いで酒神ディオニュソスが彼を酔っ払わせて天上界に連れて行き、ようやくヘラを解放させた……ということです。

この話には別伝があり、この時彼はヘラを解放する条件として、神々の中で最も美しいアプロディテとの結婚を要求したと言われています。
果たして、二人は正式に結婚し、オリュンポス12神中、最も美しい女神と、最も醜い神の奇妙なカップルができあがったのでした。

余談ですが、ヘパイストスと酒神ディオニュソスは妙にウマの合ったところがあり、その後も何かとお互いに行き来を繰り返したとも言われています。


●ヘパイストスの作ったもの
ヘパイストスはその醜さにもかかわらず、常に他の神々に頼りにされていました。神々の道具はすべて彼が作ったと言っても過言ではなく、ゼウスの黄金の王座、王笏、雷電、アイギスの盾、太陽の神ヘリオスの翼のついた戦車、アポロンやアルテミスの矢、デメテルの鎌形刀(ハルペー)、ヘラクレスの胸当て、アキレウスの鎧兜、ディオニュソスが妻となるべき女性アリアドネに与えた壺、など、その種類は枚挙にいとまがありません。
クレタの木を守る青銅人間タロスも彼の作品だと言われています。一説には、アテナがゼウスの頭から飛び出したのは、彼が斧で頭をかち割ったお陰だとされています(かち割ったのはプロメテウスという説もあり)。

自分の妻とアレスが密通した時には、見えない網を作って罠にかけ、とっつかまったふたりを嘲笑したとも伝えられています。


●ヘパイストスの仲間たち
彼はひとりで仕事をしたわけではなく、常に仲間とともにありました。有名なのは、ウラノスとガイアの息子たち、3人のキュクロプス兄弟でしょう。

アルゲス、ステロペス、プロンテスと名のついているこの兄弟は、ヘパイストスに劣らない名工で、ゼウスに雷霆(らいてい)と電光、ポセイドンに三つ叉の槍を作ったのは彼らだと言われています(詳しくはキュクロプスの項目を参照)。

彼らの仕事場はエトナ火山の底にあり、火山がマグマを噴出するのは、彼らが仕事をしているからだという説もあります。



●亜種・別名など
ヘーパイストス/ウルカヌス/ヴァルカン

ヘカトンケイルHekatoncheir

●百腕巨人
ヘカトンケイルはギリシア神話に登場する、ガイア(大地)とウラノス(天)の子供で、3人の身体が胴体でくっついたような感じの巨人です。複数ではヘカトンケイレスとも呼ばれます。
頭が50箇、腕が100本あるとも言われることから、「百腕巨人」と訳されることもあるようです。ローマ神話ではケンティマネスの名前がつけられています。

一般に三人兄弟として知られ、それぞれコットス(怒り)、プレアリオス(活力)、ギュエス(大きな手足を持つ者)という名前を持っています。

●不遇な巨人たち
彼らは生まれた時から不遇でした。ガイアとウラノスの間に生まれたにもかかわらず、そのあまりの異形さからウラノスに疎まれ、大地の奥深くのタルタロスに封じられました。

ウラノスからクロノスに神々の主の座が移る時、一度出されましたが、やがてまたタルタロスに入れられ、次に出るのはティタノマキア、つまりティタン神族とオリュンポス神族との戦いの時でした。
この時、彼らはオリュンポス神族に味方し、大きな戦力となりました。

ティタノマキア終了後はティタン神族が脱出しないように、タルタロスの門番を務めています。

その後もときおり外に出てはいるようで、ヘラ、ポセイドン、アテナがゼウスに対し陰謀を企てた時に、海の女神テティスの依頼でゼウスを護る存在として登場しています。


●亜種・別名など
マルパス/コットス/プレアリオス/ギュエス

ヘベHebe

●青春と若さの女神
ヘベ(ヘーベー)は青春と若さをつかさどる女神です。ゼウスと正妻ヘラの娘であり、オリュンポス12神のひとりに数えられることもあります。

彼女の名はそのまま「若さ」を意味し、青春と若さをつかさどります。
一説には、家族の中で家事に没頭する若い娘を神格化したものだと言われています。ローマ神話ではユウェンタスの名前で呼ばれました。


●お酌の女神
彼女はオリュンポスの館において、もっぱら給仕とお酌をつかさどりました。神酒(ネクタル)や神饌(アンブロシア)を配るのは彼女の役目であり、しばしば神々は、正体をなくすまで飲みました。
そこから、泥酔することを、ヘベ・エリュエケHebe erryeke(ヘベのお酌)と言うようになり、日本語の「へべれけ」という言葉になった説があります。

給仕以外にも、家事一切を取りしきり、実兄のアレスが戦いから帰ってきた時には、妹としてその入浴を手伝いました。また、ヘラが外出する時は、その馬車のセッティングまでしたそうです。

性格はどちらかと言えば脳天気で、嫉妬深いヘラを懲らしめるために、愛娘のヘベをゼウスが天上から吊り下げた時にも、彼女はケタケタと笑っていたという話が残っています。

ある日、ドジをかまして給仕の役目を美少年ガニュメデスに奪われた時は、珍しく父親(ゼウス)に抗議していますが、ゼウスは元に戻すどころか、ガニュメデスを天上にあげて星座(水瓶座)にしています。

ヘラクレスがヘラの恨みから解放され、昇天し、神々の仲間入りをした時には、ヘベはその妻としてめあわされました。そして、アレクシアレスとアニケトスという二人の子供に恵まれたという話です。



●亜種・別名など
ヘーベー/ユウェンタス

ハルピュイア(ハーピー)Harpuia/Harpy

●ギリシア神話の怪鳥
ハルピュイア(ハーピー)はギリシア神話に登場する怪物です。その名前はラテン語で「ひったくる者」を意味し、醜い女性の顔と鳥の身体を持ち、鷲のようなかぎ爪を持ちます。

この怪物には伝承が多く、その内容もバラバラなので、起源はよく分かっていないのですが、一説にはオリュンポス神族が登場する前から存在していた女神とされ、やがてゼウスへ仕えたと言われています。

しかし、やがて冥界の神ハーデスに仕えるようになり、その住処を墓地や地下へと変えました。
「髪が豊かで、風や鳥たちと肩を並べるほど速い」(ヘシオドス「神統記」より)と言われた美しさは微塵もなくなり、「暗黒の女」の異名に見られるように、汚く、貪欲で、忌まわしい姿へと変貌します。


●伝承に見るハルピュイア
ローマの詩人ウェルギリウスの叙事詩「アエネイス」によれば、彼女たちは処女の顔をした鳥であり、排泄するものは世にも最も忌まわしく、爪は曲がって鉤(かぎ)となり、いつも飢えていて青白い顔をしているとされています。

また、死ぬことがなく、悪臭を放ち、終始耳障りな声を立て、目にするものすべてを呑み込み、糞をまき散らして辺りを汚し回り、満たされることのない空腹を抱えて、宴という宴を荒らし回ります。

アルゴ探検隊の冒険譚の中にもこの怪鳥は登場し、そこでは、神の怒りに触れたトラキア王ピネウスの食卓を汚して苦しめる存在として描かれます。
しかし、立ち寄ったアルゴ探検隊の中にいたゼーテースとカライスの兄弟によって、この怪鳥は追い払われ、ピネウス王はあわや餓死という運命を逃れるのです。


●名前のついたハルピュイア
ギリシア神話には名前のついたハルピュイアが登場します。その数は2匹とも3匹とも4匹とも言われており、一般には4匹の名前が知られています。
アエロ(疾風)、オキュペケ(速く飛ぶ)、ケライノ(暗闇、雷雲)、ポダルゲ(速く歩く)の4姉妹であり、中でもポダルゲは、その容貌の醜さにもかかわらず、北風の精ボレアスの気を引き、彼を父親として二匹の馬を生みます。
その子供はクサントゥスとパリオスと名付けられ、のちにトロイア戦争の英雄アキレウスの戦車を曳く有名な神馬となります。


●キリスト教社会のハルピュイア
彼女たちはローマ人によって怪鳥へ貶められたにもかかわらず、その不可思議な姿からしばしば紋章のモチーフとなります。

中世には処女宮(乙女座)のエンブレムとなり、また、ダンテの「神曲」では、貪欲に人を襲う不幸と絶望のシンボルとして、自殺した人々の魂をむさぼり食う存在となります。
キリスト教会では、七つの大罪のうち「貪欲」を描写するものとして用いられることもありました。心理学的には、悪の化身であり、罪と罰、あるいは分裂を象徴することもあるようです。



●亜種・別名など
ハルピュイアイ(ハルピュイアたち)/アエロ/オキュペケ/ケライノ/ポダルゲ

ハポリュムHaporym

●火炎公爵
ハポリュム(アイニとも言う)は地獄の公爵で、有力な魔神です。

三つの首を持っており、ひとつは額に五芒星をつけた人間、もうひとつは蛇、もうひとつは猫(もしくは子牛)という恐ろしげな姿です。
地獄の毒蛇(またはトカゲ)にまたがり、右手には決して消えない松明を持っています。ソロモン72将のひとりに数えられ、悪霊の26個軍団を率います。

彼は手に持った松明で、常に何かへ火を付けようと考えています。彼の職能は、城塞や都市に火を放つことと、人びとをあらゆる面で賢明にすることです。法律に詳しいともされています。

また、「増加」「獲得」をつかさどります。



●亜種・別名など
ハポリム/アイニ/アイム

ハルファスHalphas

●地獄の大伯爵
ハルファス(ハルパス)は地獄の大伯爵で、ソロモン72将のひとりに数えられます。コウノトリ、もしくは鳩の姿で現れ、26個の軍団を率います。

戦争をつかさどり、兵站(へいたん)、すなわち武器弾薬の補給や艦隊の派遣といった部分を得意とします。
人間の姿で現れる場合は、片脚を足首から膝まで露出した緑衣の女性の姿を取ります。

コラン・ド・プランシーの「悪魔の辞典」では、この悪魔はマルファス(マルパス)と同一視され、そのため都市を建設する役割も担っていると述べています。
その都市は16世紀の学者レギナルド・スコットによれば「弾薬と武器に満ちる町」だそうです。



●亜種・別名など
ハルパス/マルファス/マルパス

アィー(ハイート)Haiit

●人間顔の怪物
アィー(ハイート)はアンドレ・トゥヴェの「東方地理誌」(16世紀半ば)、およびそれを引用したと思われるフランスの外科医アンプロワーズ・パレによる「怪物と驚異」で紹介されている怪物です。

その姿は巨体で、全身は毛深い毛皮で覆われていて、顔はまるで人間のようであり、そして極端に短い尾を持ちます。アフリカ中部に住んでおり、住民たちはアィーを捕らえるために罠を作るそうです。

また、アィーの四肢には3つの指がついていて、幅広の爪でもって木に登ったとも言われています。


●博物誌に見るアィー
トゥヴェはのちに出版した「南極フランス異聞」の中で「アユ(アユティ)」という名前の怪物を紹介しています。棲息地域がアメリカになっているものの、アィーに似た容貌を持ち、習性もアィーにそっくりです。

アユとアィーの共通点は、人前では何も食べないということです。現地の住民たちは「空気を食べているのだ」とし、トゥヴェも26日間飼ってみましたが、彼らが何かを食べる姿をついに見ることができませんでした。

この怪物は、その習性から恐らくナマケモノのたぐいだと考えられていますが、不思議な怪物のひとつとして、当時の博物誌の1ページを飾っています。



●亜種・別名など
アユ/アユティ

ハゲンティHagenti

●有翼の牡牛
ハゲンティは地獄の頭領で、ソロモン72将のひとりに数えられる悪魔です。角の先が金色の、グリフォンの翼をつけた牡牛として顕現し、人間時は弓矢を持った男性の姿を取ります。

「迅速」「狩猟」「追跡」など、つかさどるものは多くありますが、最も有名なのは、卑金属を金に変える、いわゆる「錬金術」です。また、水をワインに、ワインを水に変えることもできます。

ニネヴェ(イラク北部、アッシリアの首都)の神殿遺跡にもその像が刻まれており、その一部は現在、大英博物館の正面玄関付近を飾っています。

一説には、ソロモン王時代のイスラエル王国を支えたのが彼であると言われています。



●亜種・別名など
ハゲンチ/ハーゲンティ/ハゲニト

ハーデスHades

●冥界の神
ハーデス(ハーデース)はギリシア神話における冥界の神です。ローマ神話ではプルートゥ(オルクス)に当たり、この他に、プルトン(富める者)、クリュメノス(名高き人)、エルブレウス(良き忠告者)などの名前を持っています。

彼はクロノスとレアの息子であり、ゼウスにとっては兄に当たります。一度、兄弟らとともに父クロノスに呑み込まれ、天上界から姿を消しますが、ゼウスの吐剤によって再びこの世に出、父たちティタン神族に戦いを挑んでいます。
その際、キュクロプスからは姿を見せなくする兜をもらっており、それを利用して、彼はティタン神族を撃退しています。

戦争終了後、彼はポセイドン、ゼウスとともに、どこを支配するかくじ引きを行い、冥界を担当することになりました。


●ペルセポネ誘拐事件
彼は基本的に、冥界から動くことはなく、そのため彼に関するエピソードは他の神に較べ、少なめです。これは、彼が冥界の神であり、積極的に崇拝される存在ではなかったことも影響しています。

ただ、その数少ないエピソードの中で、彼は文字通り天地を揺るがす大事件を起こしています。ペルセポネ誘拐事件です。

ある日、珍しく外界に出た時、野原で花を摘んでいた一人の少女に目が止まります。デメテルとゼウスの娘、ペルセポネです。彼はたちまち一目惚れし、戦車で乗り付け、彼女を強引に冥界へと連れ去ってしまいます。

母親のデメテルが、娘がハーデスのところにいると知って来た時には、既に時遅しでした。ペルセポネは、生者が決して口にしてはならない冥界の果物(ザクロ)に、既に口をつけてしまったのです。

結局ゼウスの裁定により、一年の3分の1はハーデスのもとに、3分の2は母親デメテルのもとに居ることで何とか折り合いをつけましたが、ゆえに一年の3分の1は、植物(ペルセポネ)は冥界、すなわち地下に潜ったままになったということです。


●ハーデスの浮気
ハーデスは決して浮気性の神ではありませんが、2回ほど浮気を行っています。

1回目はコキュートス河のニンフ、メンテでした。この時は、ペルセポネが彼女を追い回し、最後には可哀想にも、踏みつぶしてしまいます。メンテはのちに薄荷(ハッカ)に変えられました。

2回目はオケアノス(大洋)の娘レウケでした。ただ、この時はペルセポネは何も言わず、レウケは穏やかに死に、エリュシオンの野(冥界の一部)の白いポプラの木に変じられました。


●ハーデス信仰
古代ギリシアには、ハーデス信仰はほとんど見られていません。尊敬されるよりも、恐れられる方の多かった神だったからでしょうか。
ただ、地下(冥界)の稀少金属をつかさどることから、プルトン(富める者)の名前で崇められることはあったようです。

彼の支配する冥界は、ホメロスの時代にはオケアノス(大洋)の向こうにあるとされてきましたが、のちに地下にあると考えられ、ギリシア各地にある洞窟がその入り口だとされました。



●亜種・別名など
ハーデース/ハーデス/プルートゥ/プルトーン/クリュメノス/エルブレウス

グシオンGusion

●地獄の大公爵
グシオンは地獄の大公爵で、悪霊の40個軍団を率いる有力な悪魔です。ソロモン72将のひとりにも数えられ、あらゆる質問、とりわけ過去と未来について答えてくれます。
魔術師に敵意を抱く者を友好的にしたり、友人間の不和を調停したりする能力を持ち、いかなる人間にも名誉と地位を与えるとされています。

もともとこの悪魔はエジプトの地方神であり、知恵の神トートの従者を務めていましたが、ルシファーが天界に叛旗を翻した時、その傍らにはせ参じ、天魔のひとりとして数えられるに至りました。

グリフォン(グリフィン)Griffon/Griffin

●ライオンと鷲の複合怪物
グリフォン(グリフィン)はインドの伝承に起源を持つ怪物です。
ワシの上半身と翼、ライオンの下半身を持ちますが、ライオンの4倍とも8倍とも言われる巨体の持ち主であり、その爪やクチバシは強力な武器となります。
もちろん、力も並はずれており、馬を「武装した人間ごと」空中へ持ち上げることが可能です。かのドラゴンやゾウでさえも彼らに正面から太刀打ちすることはできません。まさに「怪物の中の怪物」、あらゆる怪物の王たる存在です。

唯一弱点と言うべきものを挙げるとするなら、巨体ゆえに小回りが利かないというところでしょうか。なので、フットワークの軽いトラだけは、この怪物の攻撃をすり抜けることができると言います。

ちなみに外見についてはいくつかのパターンがあり、上半身がワシではなくハゲタカになっているもの、下半身がライオン以外の動物のもの、尻尾が蛇になっているものなどが存在します。


●グリフォンの由来
彼らの歴史はきわめて古く、3500年前のインドには、既に原型となるべき怪物を描いたタペストリーや印章が存在しておりました。
なぜワシでなく、ライオンでもなく、両方の性質を持った怪物なのかについては分かっておりませんが、双方とも気高い精神の持ち主であり、広く崇拝を集めていたので、この2つを掛け合わせてより崇高な存在を作りだそうとしたのかも知れません。
東方のドラゴンがさまざまな伝承を経てライオンとワシのキマイラになった、とする説も有力視されています。

彼らはその美しさから、ヨーロッパにおいてしばしば絵画や紋章のモチーフになってきました。
国家や都市の紋章にもしばしばこの怪物の姿が使われます。ナルニ市(ナルニア国のルーツと言われるイタリア中部の都市)の市章にもグリフォンが使われています。

グリフォンの名前については、ギリシア語の「曲がったクチバシ」を意味するグリプスGryps、もしくはグリュプスGrupsが由来であると考えられています。恐らくはワシのクチバシからの連想でありましょう。


●神話・伝承の中のグリフォン
インドから生まれたこの怪物は、その姿の美しさからアジアはもとより、ヨーロッパでも広く信仰を集めるようになります。
神話や聖書でも、彼らは重要な役割を持った幻獣(怪物)として扱われ、ギリシア神話では神々の馬車馬、もしくは金鉱の守護神でありましたし、エジプト神話ではスフィンクスの一形態(ヒエラコスフィンクス)、バビロニア神話では創世神ティアマトの幻獣の一つとして描かれています。

旧約聖書にもこの怪物が「智天使(ケルビム)」のひとつとして登場しておりますが、なぜかこちらはライオンでなく牛の身体です。
エルサレムのグリフォンは病気を治す能力を持つと言われました。なぜかアレクサンダー大王の馬車を牽いたのも彼らであることになっています。

古代ローマの歴史家ヘロドトスも、著書「歴史」の中でこの怪物に触れており、それによれば彼らは金鉱の番人であり、それゆえに金を奪いに来る隻眼の民族アリマスポイ人と常に戦いを繰り広げていたそうです。
博物学者プリニウスも著書「博物誌」の中でこの怪物を紹介しておりますが、「ペガサスなどと同じで伝説上の存在に過ぎない」と一蹴しています。

14世紀の旅行家マンデヴィルは、プリニウスが否定したにもかかわらず、著書「東方旅行記」の中で、この怪物を「インドに実在する存在」だと書き残していて、その爪は人間の杯に、羽の骨(あるいは肋骨)は弓の材料として使われると述べています。
恐らくはサイかダチョウを差していたのではないでしょうか。


●黄金とグリフォン
グリフォンは黄金が大好きです。巣穴にはどこからか集めた黄金がびっしりと敷き詰められており、それゆえに彼らを追い求める冒険家が後を絶ちませんでした。これは、グリフォンを聖獣と崇めたスキタイ人の姿が影響しているものと言われています。

ちなみに、その巣の中にはしばしば瑪瑙(めのう)が大事に置かれている場合があります。しかし、何の目的でその石が置かれているのかは不明です。

なぜか彼らは、馬について異常なまでの執着を持っています。見つけるとたちまち獰猛になり、息絶えるまで引き裂こうとします。
その執着が、果たして食欲から来るものなのか、敵意からなのか、それとも別の何かから来るものなのかについては、よく分かっていません。

ちなみに引き裂くのはオスだけで、メスだと分かるとのしかかって孕ませようとします。その結果、グリフォンと馬の合いの子「ヒポグリフ」(ヒポは馬を意味する接頭語)という上半身がワシ、下半身が馬というハーフが誕生することがあるようです。

このヒポグリフは、馬嫌いのグリフォンと馬という組み合わせであることから、「本来あり得ない組み合わせ」転じて「不可能」の象徴になりました。


●グリフォンの象徴するもの
グリフォンほどさまざまな寓意をその中に含むものはほかにありません。その獰猛な性格から「悪魔」の象徴と考えられる一方で、「空(ワシ)」と「地(ライオン)」の双方を含むというところから「宗教的統一」、転じて教会や法王を表すこともありました。

また、その勇猛さ、美しさから「王」「王者の風格」「英雄」「力強さ」などの象徴としても使われ、黄金(大切なもの)を守護するというところから転じて「知識」の守護者としての役割も持ちます。

さらに時代が下がると今度は「王」転じて「王家」そのものを表すものとして、その図案が紋章やトレードマークに使われるようになりました。当時の王家や貴族の紋章に、しばしばグリフォンをかたどったものが登場するのは、そうした流れによるものです。



●亜種・別名など
グリフィン/グリッピン/グリュプス/ヒエラコスフィンクス/ヒポグリフ

グレンデルGrendel

●沼地のドラゴン
グレンデルは北欧の英雄叙事詩「ベーオウルフ」に登場する怪物です。その姿はドラゴンであるとも、巨人であるとも、半人半獣の姿であるとも言われています。

彼はデンマークにあるフローズガール王の館・ヘオロット(雄鹿館)の近くの沼地に棲み、いつも館で繰り広げられる饗宴のうるささに我慢がなりませんでした。
そこで、人びとが眠りについた夜の間に、館に押し入って戦士を30人殺し、その死体を沼地まで引っ張っていってむさぼり食いました。

同じ被害が何度も続いたので、フローズガール王は安全な場所に居所を移しますが、そこにイェーアト族の英雄ベーオウルフが現れ、グレンデル退治を申し入れます。

彼は戦士たちとヘオロットの館に腰を落ち着けますが、グレンデルが現れて戦士のひとりをむさぼり食います。ベーオウルフはその隙を逃さず、この怪物と戦って致命傷を与え、その片腕を締め上げ、引きちぎりました。

フローズガール王が到着してみると、果たして怪物は大量の血を流し、ねぐらの中で事切れていました。


●母親との対決
しかし、グレンデルが倒されても安心はできませんでした。母親が復讐のためにヘオロットの館を襲ったからです。
グレンデルを倒した喜びに沸く館に、新たな敵が近づいてきていることなど知らない王たちは、盛大な饗宴を開きました。そして皆が疲れて寝静まったころ、母親が襲いかかり、屋根の垂木にぶら下がっていた息子の腕を取り返し、戦士のひとりをむさぼり食いました。

夜が明けるとベーオウルフは単身、グレンデルの棲む沼地に飛び込み、母親と死闘を繰り広げました。時折浮かぶ赤い泡に、人びとはベーオウルフの死を覚悟しましたが、しかし、彼は見事母親を討ち果たし、生還します。

グライアイGraiai

●メデューサの姉妹たち
グライアイはギリシア神話に登場する老婆の三姉妹です。ポルキュスとケトの間に生まれ、世に落ちた時から老婆でした。メデューサたち(ゴルゴン三姉妹)の姉妹に当たります。
ポルキュスの娘であることから、ポルキデスと呼ばれることもあります。

彼女たちは二姉妹とも三姉妹とも言われており、ヘシオドスやオウィディウスは二姉妹説を採っていますが、一般にはエンヨ(嫌悪)、デイノ(恐怖)、ペムフレド(警告)の三姉妹として知られます。

灰色の髪をしており、彼女たちは「共通して」ひとつの目、ひとつの歯しか持ちません。それを代わる代わる、時には奪い合いながら、食事をしたり、怪物のようなゴルゴン三姉妹の世話をしたりします。


●ペルセウスの協力者
メデューサの退治を言いつけられた英雄ペルセウスは、ゴルゴン退治に先だって、アテナの指示でこのグライアイの棲む場所を訪れました。
そして、ペルセウスは、共有されている目と歯を、貸し借りするタイミングで奪い取り、「返して欲しければ協力せよ」と迫りました。

仕方なく、彼女たちはペルセウスに3つの不思議な道具を渡しました。
空を駆けることのできるヘルメスの翼が生えたサンダル、メデューサの石化を防ぐことのできる袋キビタス、かぶるだけで姿が見えなくなると言うハーデス所有の兜(帽子という説もあり)、です。そして、ゴルゴン三姉妹のいる場所を教えたのでした。

ペルセウスは一説によれば、メデューサを倒した後、グライアイたちに奪った目と歯を返したとも言われています。



●亜種・別名など
エンヨ/デイノ/ペムフレド

ゴルゴン(ガイアの子供たち)Gorgon

●ギリシア神話初期の怪物たち
ゴルゴンと言えば、メデューサをはじめとする三姉妹か、あるいはカトブレパスと同一視された怪物の方を思い出すでしょうが、実はギリシア神話初期にも、ゴルゴンと呼ばれる怪物が登場しています。

このゴルゴンは、オリュンポス神族とギガンテスの戦い(ギガントマキア)の戦いに際して、ガイアによって生み出され、ギガンテスを支援する役割を与えられましたが、アテナによって退治され、その首を切り取られ、アゴラ(古代ギリシアの集会所)に埋められました。

ゴルゴン(トプセルの怪物)Gorgon

●トプセルのドラゴン
ゴルゴンは17世紀にエドワード・トプセルという人物によって作られた想像上の怪物です。カトブレパスの別名ともされていますが、民間伝承に残るカトブレパスとは大きくその姿が異なっています。

トプセルによれば、ゴルゴンとは全身が鱗で覆われた翼のあるドラゴンで、長いたてがみの下には血走った目があり、巨大な歯を生やし、足の代わりに蹄(ひづめ)があるとされています。
毒草のみを食すためその息も猛毒となり、目が合った者すべてを石に変えてしまいます。

恐らくは、ギリシア・ローマ神話のゴルゴン伝説と、リビア(現在の北アフリカ)で言い伝えられていたゴルゴンと、カトブレパスの伝承が一緒くたにされて、このような怪物が生まれたのでしょう。



●亜種・別名など
カトブレパス

ゴルゴン(メデューサたち)Gorgon

●恐ろしい三姉妹
ゴルゴン(ゴルゴネス)はギリシア・ローマ神話に登場する恐ろしい姿をした三姉妹の名前です。
それぞれ上からステンノー(力強い)、エウリュアレー(遠方への放浪)、メデューサ(支配する女)と名前がつけられており、上の2人だけが不死で、メデューサのみが不死ではありませんでした。

彼女たちはガイアの息子ポルキュスと、同じく娘であるケトの子供と言われており、世界の果てに近いオケアノスの向こうの、ヘスペリスの園と死者の国に近い、夜が始まるところとされる西の果てに棲んでいました。

もともとは美しい娘たちだったとされていますが、末娘のメデューサがアテナの恨みを買い、三姉妹ともに恐ろしい怪物に変えられてしまいました。


●ゴルゴンの姿
怪物となった彼女たちは、背中に羽が生え、牙をむき大きく裂けた巨大な口からは舌がだらりと垂れ下がり、頭には髪の代わりに蛇がのたうち回り、手には真鍮の爪がついていたとされています。

しかし、何と言っても、最も恐ろしいのは、その目です。彼女たちの目は、見るものすべてを石に変えてしまうのです。

彼女たちは姉妹であるグライアイに守られつつ、ひっそりと暮らしていましたが、ある時英雄ペルセウスが現れ、メデューサの首を切り取ってしまいます。
その後のゴルゴン姉妹の行方はようとして分かりません。今でも西の果てで、メデューサの死をいたみながら暮らしているのかも知れません。


●ゴルゴンと珊瑚
ゴルゴン(メデューサ)の首には面白いエピソードが残っています。

ペルセウスがアンドロメダを救おうと、海の怪物(ケートス)を退治した時、彼はその血を洗おうと、海で手を洗いました。
その時、袋に入ったメデューサの首が傷つかないように、海草で覆ったのです。するとどういうことか、魔力によって海草がまるで岩のように固くなってしまったのです。

それを知った海のニンフ(妖精)たちは、いろんな海草を岩に変えて、同じ効果を確かめました。大喜びした彼女たちは、その海草の種を幾度も海にまき散らしました。
こうして生まれたのが、現在の珊瑚であると言われています。
また、この故事から、珊瑚のことを「ゴルゴニア(ゴルゴンの石)」と呼ぶようになったということです。



●亜種・別名など
ゴルゴネス/ゴルゴー

ゴモリーGomory

●女の悪魔
ゴモリー(グレモリー)は正体が女性である、ただひとりの悪魔です。
「変身後」が美しい女というのはいくつかありますが、最初から美女の姿で現れるのはゴモリーのみだと言われています。

ゴモリーは地獄の有力な公爵で、黄金の公爵冠をかぶり、大ラクダに乗って現れます。ソロモン72将のひとりであり、26個軍団を率います。

その職能は過去・現在・未来を知り、隠された財宝の在りかを教えることです。また、女性(老若を問わず)の愛を獲得する術を心得ていて、それを術者に授けてくれます。

一説には、悪魔の女王リリスに連なる眷属の出であり(妹という説もあり)、本名はレヴェナというそうです。

彼女はルシファーが天界に叛旗を翻した時、それに荷担しましたが、その際、騎乗獣であった魔獣マルコシアスを手放し、ラクダに乗るようになりました。
そこから、ヘブライ語で「ラクダ」を意味する「ギメル」という名を得、やがて「ゴモリー」もしくは「グレモリー」という名前に変化したのだそうです。



●亜種・別名など
グレモリー

ゴーレムGolem

●魂のない人形
ゴーレムはユダヤ伝承に出てくる、土くれから作った人形のことです。魂はありませんが、動くことができ、また簡単な話や命令を理解するので、召使いとして役立ちます。

ゴーレムの造り方は、まず神聖な儀式(断食や祈祷など)のあと、泥か膠(にかわ)をこねて人形を作ります。
そして、神や生命を意味する言葉を唱え、その額(あるいは舌の下、唇の下、胸など)に「Emeth(真理)」または「シェム・ハ・メフォラシュSchem-ha-mphorasch(神の名)」「Emet」「AMTh」という文字を書いた羊皮紙を貼り付けます。
すると、ただの土くれに過ぎなかった人形が、生命をもって動くようになるそうです。


●ゴーレムの壊し方
ゴーレムは単純な命令ならば理解するので、単純作業に向いています。ただ、その分融通が利きませんので、彼らを思い通りに動かすのはちょっとしたことです。
また、家から出してはならないとか、昼間しか動かしてはならないといった制約があり、それを破るとゴーレムは急に凶暴になり、暴れ出し始めます。そうなると、もはや壊すしか手がありません。

放っておいても、身体が日に日に増大していくので、いつか壊さなければなりません。

その場合は、「Emeth」ならば最初の「E」を消して「meth(死)」にすれば、像は崩れて粉々になります。「シェム・ハ・メフォラシュSchem-ha-mphorasch」ならば最初の「schem」、「Emet」ならば「E」、「AMTh」ならば「A」の文字を消すと、同様のことが起きます。

羊皮紙を抜くと彼らは休みに入りますが、場合によっては、羊皮紙を抜いた途端に粉々になることもあるようです。


●旧約聖書のゴーレム
ゴーレムという言葉は旧約聖書にも出てきます。「詩編」第139章16節の「あなたの目は胎児の私を見られ~」という言葉の「胎児」に当たる言葉がそれです。もともと、ゴーレムとはヘブライ語で「胎児、無形」を意味する言葉でした。

すなわち、ゴーレムを造るということは、神のみわざを真似することに他なりません。その点では、人類最初の男アダムも、広い意味でのゴーレムなのです。


●ゴーレムに似た話
ちなみにヨーロッパや中東の伝承には、ゴーレムに似た話がよく出てきます。ギリシア神話の神プロメテウスは、粘土と水で人間を造りましたし、エジプトの創造神クヌゥムは、ろくろの上で人間とそのカー(魂魄の魄に当たるもの)を作り上げました。
アッカド神話や北欧神話にも同様の話が残っています。


●フィクション作品に登場するゴーレム
フィクション作品においては、ゴーレムは創造主の命令を忠実に聞く恐るべき門番として登場します。

素材もさまざまで、粘土の場合もあれば、貴重な鉱物を使うこともあり、後者の場合は「○○ゴーレム」(○○が鉄ならアイアン・ゴーレム、ミスリルならミスリル・ゴーレム)と名付けられることが多いようです。

この場合のゴーレムは魔法を使っているので、ユダヤのゴーレムのような、「文字を消す」や「羊皮紙を抜く」といった手法は使えません。苦労して戦って、その素材を削り取り、動けないようにするほかないのです。



●亜種・別名など
タロス/フランケンシュタインの怪物

ノームGnome

●地の精霊
ノームは小人もしくは精霊の名前です。絵本や童話の影響からか、今でこそ小人としてのイメージが強い存在ですが、もともとは精霊に属するもので、中世随一の錬金術師として名高いパラケルススによって初めて言及された存在です。
著書「妖精の書」には、水のウィンディーネ、風のシルフ、火のサラマンダーとともに、地の属性をつかさどるノームの名前が記されています。

ノームGnomeという呼称は基本的に男性、もしくは種族名を差し、女性の場合はノーミーデスGnomides、もしくはノーミードGnomidという呼び名を使います。

ノームという呼称の由来には諸説あって、ギリシア語の「地に棲む者」を意味する「グノームスGenomus」から来るという説、同じく「大地のすみか」を意味するグノーモスGenomosから来るという説などがあります。
他に、やはりギリシア語で「知恵」を意味するグノーシスGnosisから来るなんて説もあるようです。


●小人としてのノーム
ノームは地の精霊であり、地には小人が棲む。こういう連想からなのかは分かりませんが、他の精霊に較べて、ノームは比較的早い段階で小人とされました。
今もその名残は根強く残っていて、童話の中にも「小人」と書いて「ノーム」と読ませるものは数多く存在します。ドワーフやコボルト(コボルド)のような妖精と同一視することもありました。

ヴィル・ヒュイゲンの「ノーム」シリーズには、こうした妖精としてのノーム像が描かれています。
彼らは赤いとんがり帽子をかぶり、陽気で明るく、地面に穴を掘って暮らしています。手先は器用でいろんなものを作ることができますが、他種族との交流については不得手としており、特にトロールたちを大の苦手としているそうです。


●錬金術とノーム
錬金術では、「地はあらゆるものを内包する」というイメージから、彼らを「知恵」の象徴と見なしました。
ゆえに、錬金術師たちはこぞってこの精霊を崇めたと言います。その背景には、恐らく地→鉱物→財宝→錬金術、というイメージも働いていたのではないかと思います。

アレキサンダー・ポープの「髪盗人」では「真面目すぎ、淑女ぶる女」は「ノームの方へ下降してゆく」と書かれています。



●亜種・別名など
グノーム/ノーミード(女性形)/ノーミーデス(同じく)/ピグミー/ドワーフ/グノーム/アース・エレメンタル(大地の精霊)

グラシャラボラスGlasyalabolas

●犬の悪魔
グラシャラボラスは地獄の伯爵で、ソロモン72将のひとり、黙示文学の「偽エノク書」にも名前が記載されている由緒正しい悪魔です。カークリノラースと呼ばれる場合もあります。悪霊の36個軍団を率います。なお、名前を節で分ける時には「グラシャ・ラボラス」となります。

通常、グリフォンの巨大な翼を持った小型犬の姿で現れ、人間に変身すると、コウモリの羽を生やした、学者姿の中年男性のような姿を取ります。ただし、元が犬のため、犬の牙が覗いています。

グラシャラボラスは、芸術や科学、過去や未来に関する知識を持っています。
また、人間の姿を見えなくさせ、敵味方を和睦させる力を持ちます。ただ、流血を好み、人殺しをそそのかす場合もあるようです。
「迅速」「勇気」「大胆」「戦術」「暴力」をつかさどります。



●亜種・別名など
カークリノラース/カールクリノラース/カシモラル/グラシャ/グラキア・ラボラス

ギガンテスGigantes

●ギリシア神話の巨人
ギガンテスはギリシア神話に登場する巨人の名前です。ギガンテスは複数形で、単数ではギガースです。その生まれからゲゲイネス(大地より生まれし者)と呼ばれることもあります。

英語の「ジャイアントgiant」の語源となった存在であり、彼らはウラノスの血が大地、すなわちガイアの胎内にしたたった時に生まれました。皆、天をつくような巨人であり、人間のような姿をしていますが、のちに腰から下が2本の蛇(竜)に変わっていきました。

彼らはそれぞれ名前がつけられており、その内容は次のようになっています。

アグリオス(飼い慣らせない者)、アルキュオネウス(騒々しくわめく者)、アロアオス(脱穀場の)、エウリュトス(早瀬)、グラティオン(不快な音を立てる者)、ヒッポリュトス(大敗走)、ミマス(あざける者)、パラス(端麗な者)、ポリュポテス(牧場主)、ポルピュリオン(紫の衣を着た者)、トアス(素早い者)、ティテュオス(危険を冒す者)。
場合によってはポイトスやエピアルテス、オトス、プリアレオス、コットス、ギュゲスを含む場合があります。

この中ではアルキュオネウスが最強と言われ、ギガンテスの居住地であるプレグライという野の外に出なければ無敵だと言われました。


●ギガントマキア
彼らはゼウスの父の眷属であるティタン神族が、ゼウスらオリュンポス神族との戦い(ティタノマキア)に負けたことより、ガイアによって差し向けられました。

彼らは大きな塚をオリュンポス山の傍らに築き、そこを足がかりに攻め込んだと言います。
その巨体と怪力を活かして、神々に向かって大きな岩を投げたり、引き抜いた樫の大木を松明や武器として使用しました。一説によればきらめく鎧と長槍を持っていたともされています。

神々はその恐ろしさに、いったん引きますが、「人間の協力を得れば勝てる」との神託により、勇気を奮い起こして戦いに挑みます。
果たして、人間のヘラクレスが駆けつけ、戦いはオリュンポス神族優位に進みました。

アルキュオネウスはヘラクレスの毒矢によって射られて、プレグライの地から足を離してしまったがために死に、その他のギガンテスたちも、ヘラクレスに射られたり、アテナ、アレス、ヘパイストス、ヘカテ、ディオニュソス、ポセイドン、ハーデス、アルテミス、アポロンらオリュンポス神族の、それぞれの特技を活かした攻撃によって、次々と倒されていきました。
結局、すべてのギガンテスたちが火山の下に埋められ、戦いはオリュンポス神族の勝利に終わります。

しかし、生き残ったギガンテスたちは、地面の下でしばしば暴れるので、それが原因で地震が起こるとされています。


●ギガンテスたちの正体
この戦いは、古代ギリシア人に人気のモチーフだったようで、今でも残されたレリーフや祭壇などにその戦いの様子を見ることができます。
一説には、これらの巨人伝説が生まれたのは、恐竜の化石がアルカディア(ギリシア南部)で発見され続けられていることからだと言われています。



●亜種・別名など
ギガース

グールGhoul

●肉を食う悪しき精霊
グールは人間の肉を好物とする怪物です。
その食性からしばしば「食人鬼(しょくじんき)」「食屍鬼(しょくしき)」などと呼ばれ、人々に恐れられています。ゾンビと並ぶリビングデッド(生ける死体)の代表格であり、その活動範囲も、ゲーム、マンガ、小説、映画を問わず、あらゆる作品に及びます。

もともと彼らは、アラビアの伝承から生まれた存在です。
と言っても、今のように死体が甦ったものではなくて、アラビアのジン(精霊)の一種か、もしくは死体にジンが取り憑いたものでありました。その意味では「リビングデッド(生ける死体)」と言うよりはむしろ「レイス(取り憑く霊魂)」に近いかも知れません。

アラビアでは日本の「精」と同じく、その存在はかなり広く認知されており、「千一夜物語(アラビアン・ナイト)」ひとつを見ても、「シンドバッドの冒険」「アリババと40人の盗賊」など、メジャーどころにはたいてい登場しています。


●彷徨う死体
グールという呼称は、アラビア語の「災厄」を意味する言葉から来ています。
もともとは墓場などに感じる恐怖を差した言葉だったらしいのですが、やがてその場所をテリトリーとする怪物の名前に使われるようになりました。
なお、「グールGhoul」という呼称は種族名、もしくは男性形であり、女性のみを表すときは特に「グーラーGhulah」という名前を使います。

彼らはきわめて高い再生能力を持つ存在で、不死身の属性を持ち、首を切り取られても手足をもがれても、すぐにくっつけて元に戻ってしまいます。これを防ぐには聖水か火を使って身体を焼き切るしかありません。

アラビアの伝承では、やはり不死身なのは変わりませんが、ただ一つ円月刀(シミター)で腹を断ち割られるのだけは苦手、とされています。
首や手足であればいくらでも再生できるのに、なぜか腹だけはその傷口を塞ぐことができないのです。

ただ一つ注意したいのは、死の間際のセリフとして、「私を本当に殺したければ、もう一度腹を断ち割るが良い」と告げる場合がありますが、これに引っかからないようにすることです。
信用して同じように腹を切り裂いてしまうと、グールは何と元通りの身体になってしまいます。


●グールの外見
アラビアのグールに関するもう一つの特徴として、「生きた人間そっくり」という部分が挙げられます。映画のような、死体がそのまま甦った姿ではないのです。

もちろん、怪物ですから、人間とまるっきり同じというわけにはいきません。
よくよく眺めれば、どこかしらに「人間ではない」、あるいは「人間離れした」部分を見つけることが可能です。男性ならば、顔がやけに長いとか、目が飛び出しているとか、鼻が象のように伸びているとか……。
アラビアの絵画ではしばしば「毛深い黒人」の姿で描かれます。

一方、女性はと言えば、こちらはたいてい絶世の美女です。セクシーな姿で人前に現れ、スケベ心で近づいた男を物陰に誘い、ガブリとその肉に食らいつきます。


●グールとゾンビ
この怪物は、しばしば同じリビングデッド(生ける死体)であるところの「ゾンビ」と混同される傾向にあります。

もちろん、両者はまったく違う存在です。
グールはアラビアの伝承に登場する存在であるのに対し、ゾンビはハイチの黒魔術ブードゥーの風習が元になっています。恐らくはジョージ・A・ロメロ監督の名作ホラー映画「ゾンビ(原題:Night of the Living Dead)」のゾンビイメージが元になっているのでありましょうが、ヴァンパイアに代表される「墓場を渡り歩く生ける死体」の伝承なども、少なからず影響しているのかも知れません。

現代のゲームや小説などでも、しばしば両者は同じようなものとして扱われますが、近年は設定上の必要性からか、「暴れん坊なのがグール」「おとなしいのがゾンビ」、「人肉を喰らうのがグール」「仲間を増やすために人間を襲うのがゾンビ」と言うように、ある程度キャラクターの「色分け」がなされているようです。



●亜種・別名など
食人鬼/食屍鬼/腐肉食らい/死体食らい/グーラー(女グール)/ゾンビ

ゴーストGhost

●文化としてのゴースト
あらゆるモンスターの中でも、「ゴースト(幽霊、亡霊)」ほど普遍的な存在は他にありません。

妖精や精霊と違い、今でもその実在を疑わない人は多く、目撃例や体験例が引き続き報告され続けています。それまでに報告された研究結果や事例報告は厖大な数にのぼり、大きな本屋ならばそれだけで棚の一ジャンルを占めるまでになっています。

私たちにとっても重要な存在であるゴースト。その多くは、この世に心残りかを持ったために成仏できない者たちだとされています。

何が心残りなのかはシチュエーションによって違っていて、親類や友人たちどうしても伝えたいメッセージ、あるいは死に追いやった者への恨み辛み、伝え損なった大事なことづて、あるいは残る者への切なる愛情……などです。
また、「死後の世界に行くのはイヤだ」といった身勝手な理由、わけは分からないけどどうも成仏できない……という不可思議な理由の場合もあります。

いずれにしろ、思いを果たしたり、魂を現世に繋げている要因が解消されたとき、彼らは初めて「成仏」して、この世から脱することができます。


●成仏できないゴーストたち
いろんな理由で成仏できない、あるいはさせられない場合は、僧侶に頼んで「お祓い(エクソシズムExorcism)」を行ってもらい、ムリヤリこの世から追放してもらうしかありません。
カソリック(ローマ教会)には今もこうした「お祓いのプロ」が何人もいると言います。

強すぎる妄執のために天国も地獄へも生けずに、永遠に現世を彷徨う者もいて、その多くは「亡霊」や「浮遊霊」と化し人々にちょっかいをかけます。
あるいは死の世界の入り口を開けて生者たちをそちらにいざなおうとします。彼らの誘いに乗ってその「門」をくぐってしまえば、二度と現世に戻ることはできません。

昔はこうした魂がことあるごとに生者の魂を抜き取ってゆくと考えられたようで、葬式や祭礼といったものは、こうした死者たちの霊を「いかにうまく鎮めるか」といったところから生み出されたものです。
お盆や祭の山車(だし)など、いっけん私たちが何気なく接している年中行事の中にも、実は死者と深く関係しているというものは多いのです。


●憑依するゴーストたち
ゴーストが目的を果たすときは、たいてい「憑依」という方法を使います。生きている人間の身体を借りて話をしたり、目的の場所を訪れたり、どうしても触れておきたいものに触れたりします。
多くの目的を達すれば彼らは満足し、身体から離れていきますが、執着も能力も強い、いわゆる「悪霊」に取り憑かれると、場合によっては身も心も支配されます。元の持ち主の魂が追い出されることもあるようです。

こうして追い出された魂は、新たなゴーストとなって、己の容れ物となる身体を求めて彷徨うことになります。

逆に、生者の側からゴーストを呼び寄せ、人間に取り憑かせることも可能です。このような手段を「降霊術(交霊術)」と言います。有名な降霊術と言えば恐山のイタコなどの名前を挙げることができます。

手軽にできる降霊術にはいくつか種類がありますが、その中でも一番手軽なのは何と言っても「コックリさん」でありましょう。コックリさんは「狐狗狸さん」と書き、つまりはキツネやタヌキなどの低級霊を呼び寄せて予言や助言を行わせるものです。
悪霊を呼び寄せることもあると言いますから、慣れていない人間がやるとあっという間に取り憑かれ、支配されてしまいます。ゆえに気軽に行うのは禁物です。

実際には取り憑かれていなくても、こうしたプロセスを経ることで、「自分は霊に支配されたのだ」と思いこみ、それが二重人格発現のきっかけとなることがあるようです。
言わば「自己催眠」みたいなもので、「悪魔や悪霊に取り憑かれた」というケースの大半は、こうした「自己催眠」タイプの現象であると言われています。


●ゴーストの分類
一般にゴーストは、狭義のゴースト、スペクター、ファントム、スピリット、アパリション、レイスなどに分類することができます。

狭義のゴーストGhostはいわゆる「お化け」のです。人に布をかけたような形をしており、目と口に当たる場所は空洞。ふわりふわりと夜空を漂い、道行く人を驚かせます。

スペクターSpecterは恐ろしい姿をした幽霊です。「亡霊」「死霊」と言う訳語を与えられる場合もあります。出遭った者は例外なく魂の底から慄(ふる)えることになるでしょう。幽霊譚で語られるゴーストはほとんどの場合、このスペクターです。

ファントムPhantomもしくはファンタズムPhantasmも幽霊の訳語が与えられますが、必ずしもそれが「死者の霊」であるとは限りません。
死者に似た人間が現れたり、景色に人間の姿が見えたり、現れるはずのないものが眼前に現れたり……そのような、いないはずの連中が目の前に現れたりする「現象」を、ファントムと称するのです。

ですから、幽霊船、幽霊飛行機なども「ファントム」に入ります。幽玄自在に現れることから文字通り「ファントム」と名付けられた戦闘機もあります(F-4ファントム戦闘機)。心霊写真や心霊ビデオなどに現れる幽霊もこの「ファントム」に入れてもいいのではないでしょうか。

この言葉は元々「不思議な存在」「目に見えないが存在するもの」を意味する古代ギリシア語のファンタシアPhantasiaに由来するもので、「幻想」を意味するファンタジーFantasy、「現象」を意味するフェノメノンPhenomenonと同じ系統の言葉です。

スピリットSpiritは「幽霊」と言うより「魂」「精霊」という訳語がぴったり来ると思います。生霊、死霊の別を問わず、あらゆる魂をその範疇に含み、妖精や精霊、悪霊やキリスト教の聖霊などもこのスピリットの範疇に含まれます。
なお、お酒のスピリットは「魂を奮わせる飲み物」というところから名付けられました。

アパリションApparitionは端的に言ってしまえば「映像」です。
通常の幽霊のように、移動したり取り憑いたり……といったことはできません。その場にいつまでも居続けて、表情や身振り手振りで出遭った者にメッセージを伝えます。怨念や願望が解消されると同時に消えるのも、たいていこのアパリションです。

最後に、レイスWraithという言葉を挙げましょう。これは「生霊」に当たるもののうち、死に臨んで現れる「思念」のことを差します。
思念と言っても、喋ることも触れることも可能なものですから、誰もそれが「霊魂」であるとは気づきません。
むしろ、後でその人物が出会ったころには既に死んでいたことを告げられ、改めて驚くわけです。余談ではありますが、筆者(富士)の親戚にもこのレイスを目撃した人がいました。

ゲームなどでは、レイスと言えば他人に取り憑いて悪さをなす連中とされています。ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ(D&D)などではそこだけ闇に包まれたような感じで、人型をした怪物です。


●ゴーストの寿命
ゴーストのほとんどは、数年もしくは数十年経つと自然に成仏します。しかし、場合によっては何百年、何千年も存在し続ける場合があるそうです。
例えば、イギリスのヨークミンスター宝物館の地下室には、何と2000年前の古代ローマ時代の兵士たちが「今も」行進し続けているという話です。



●亜種・別名など
幽霊/亡霊/死霊/悪霊/霊魂/魂魄(こんぱく)/スペクター/ファントム/ファンタズム/スピリット/アパリション/レイス

ゲリュオンGeryon

●三頭三身の巨人
ゲリュオン(ゲリュオネウス)は3人の男性の身体が腹部で繋がっている姿をしており、手足が6本ある巨人です。ヘシオドスの「神統記」では、クリュサオルとカリロエの子供になっており、3つの頭を持つと言われています。
この巨人は、一説によれば大洋の西の彼方にあるエリュテイアの島に棲み、多くの牛を保有していました。これらの牛は牛飼であるエウリュティオンと、双頭の犬オルトロスによって守られていました。


●ヘラクレスとの死闘
そこへやって来たのが、英雄ヘラクレスでした。
彼は「十二の難業」の10番目の功業として、ゲリュオンの牛を奪いに来たのでした。
オルトロスがまず飛びかかりますが、棍棒で打ち倒され、それを助けに行ったエウリュティオンもヘラクレスによって殺されてしまいます。
牛を奪われたことを知ったゲリュオンは、ヘラクレスを追いかけ、アンテムス河畔でヘラクレスと応戦します。しかし、彼はヘラクレスの矢に射貫かれ、死んでしまいます。


●ゲリュオンの玉座
古代ギリシアの地理学者で旅行家でもあったパウサニアスは、著書「ギリシア案内記」において、ゲリュオンについて触れています。
それによれば、リュディア(小アジア)地方のテメヌ・テュライという町にある丘から、とても人間のものとは思えない巨大な遺構が見つかったというのです。さらに、山の突端に彫られた大きな玉座が発見され、これはゲリュオンのものではないか、と大騒ぎになりました。しかし、パウサニアスは冷静に、ゲリュオンがいたのはここではなく、ガデイラの町(現在のスペイン・カディス)だと述べ、騒ぎは収まったそうです。



●亜種・別名など
ゲリュオネウス/ゲーリュオネウス/ゲーリュオネース

ゲイザーGazer

●目玉の怪物
古代より「目」は恐ろしげな印象を与えるものとして、ことあるごとに嫌悪され、忌避され、恐れられてきました。
視線に何か不思議な効果があるという話はよく聞くところですし、おかしな目の持ち主は「邪眼(イビル・アイ)」「やぶにらみ」の持ち主とされてしばしば迫害の対象となりました。
怪物も、やはり人間にあだなす者はたいてい変わった視線の持ち主です。真っ赤な目、瞳のない白い目、一つ目、無数の目、と言ったように……。

ゲイザー(ギャザー)は、そんな「目」に対する恐怖感を怪物という形で表したものです。
多くの場合、巨大な目玉に触手(あるいは手足)がついたような恐ろしい外見をしていて、侵入者を見つけるとぎょろりとその大きな目を向けて、いきなり襲いかかります。ゲームや漫画などでビジュアル化されたその姿に、思わずうっと唸った人もいるのではないでしょうか。

一見して怪物と分かる姿から、しばしばゲームや漫画などの敵役として採用され、今も冒険者たちを襲い続けています。


●ゲーム生まれの怪物
彼らは中世以前の伝承に登場することはほとんどありません。せいぜいエジプトの伝承に「ウジャト(ウジャ)」という目玉型の神が登場するくらい。しかも、それすら実は「太陽(または月)」を神格化したもので、目玉をモデルにしたものではありません。

はっきり目玉をモデルにしたものは、諸説ありますが卓上ゲーム「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ(D&D)」の「ビホルダーBeholder」が最初であると言われています。このゲームが登場したのは1970年代後半ですから、まだ30年ほどの歴史しかありません。

このビホルダーという呼称は、「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ(D&D)」以外での使用を禁じられていることから、他のゲームや漫画などでは、便宜上「凝視する者」を意味する「ゲイザー(ギャザー)Gazer」という名前を使い始めています。


●支配主
ゲームの中では、ゲイザーは非常に恐ろしい怪物です。まず、その大きな目玉を使って相手へ強い催眠効果をもたらすことができます。
しばしば、この能力を使ってあらゆる怪物(人間も)を支配下に組み敷くことから、しばしば「支配主」という意味のタイラントTyrantという名前で呼ばれることもあります。

さらに、あらゆる魔法を操り、空中に見えない障壁を作ることができるので、物理攻撃はほとんど効きません。魔法のかかった武器か、あるいは魔法そのもので倒す必要があります。
ほとんどの連中は、一般的なモンスター以上の知能を持ちませんが、中には大変高い知能を持つ者もおり、いずれにしても、性格は邪悪かつ非道であることが多いようです。


●鈴木土下座衛門
余談ではありますが、ゲイザーの異称として一部で有名な「鈴木土下座衛門」の名前は、マンガ「バスタードBASTARD!」(週刊少年ジャンプ連載、のち月刊ウルトラジャンプ連載/萩原一至・作画)に出てきました。

一説には、当時の萩原氏の連載担当者だった鈴木氏が、この怪物を巡って著作権者(当時の輸入総代理店だった新和)に土下座したと言う事件に由来するものだと言われています。
これが本当なのかどうなのかは、当の萩原氏、鈴木氏が沈黙を守っているため闇の中ですが、いずれにしろ、連載時には「ビホルダーBeholder」の名前になっていた部分が、単行本収録時にはそっくり「鈴木土下座衛門」の名前にすり替わっていて、フォルムも球形だったものが、野太い手足の生えた滑稽なものに描き変えられておりました。



■亜種・別名など
ギャザー/ビホルダー/アイ・タイラント(目玉の暴君)/デビルアイ/マッドアイ/ダークアイ/メデューサボール/ゴーゴンボール/鈴木土下座衛門/スカイライン

ガーゴイルGargoyle

●彫像の怪物
ガーゴイルはガルグイユ、ガルグーユとも称する、彫像の怪物です。
建物の入り口などに立ち、侵入者の存在にじっと目を光らせるその姿は、ゲームや小説などですっかりお馴染みになりました。

彼らほど狡猾な存在はなく、侵入者が来ても、すぐに変身を解くことはなく、過ぎ去った後にこっそり元の怪物の姿へ戻ってゆっくりと忍び寄ります。そのあまりの陰険さに苦労させられたゲームプレイヤーも多いのではないでしょうか。


●中世ヨーロッパのガーゴイル
今でこそこうしたゲームの影響からか、「立像」というイメージの強い存在ではありますが、もともとは鬼瓦などと同じく、建物の隅や雨どいにつけられた魔よけのオブジェでありました。
今でもヨーロッパの古い寺院に行くと、柱頭やレリーフに恐ろしげな怪物の姿を見つけることができますが、それが本来のガーゴイルの姿です。

そもそも、ガーゴイルという名前そのものが「のど」「雨どい」を意味する古代フランス語のガルグイユGargouilleに由来するものです。
さらに遡れば水の噴き出す「ガバガバ」「ゴボゴボ」という擬音語に行き着くことができます。


●ガーゴイルの起源
ガーゴイルは恐ろしい姿をしています。
これについては、かつて古代の神々であったものが怪物、悪魔のたぐいに貶められたのだ。いやいや、豊穣神に仕える精霊としての名残なのだ……などいくつかの説がありますが、元から怪物の姿をしていたのだ、という説が今では有力です。

怪物なのに元から怪物の姿……という言い方も変ですけれど、他の連中がかつて神々や妖精だった時代を持っており、姿についてもそれなりにマトモであったころがあるのに対し、ガーゴイルだけは、とある目的から元々怪物としての外見を求められていた、ということです。

その目的とは、要するに悪魔や悪い精霊を威嚇すること。そして、不信心な人間を脅して信仰心を取り戻させること。
そのために、恐ろしげな風貌が何よりも必要とされておりました。日本の鬼瓦や天の邪鬼(あまのじゃく)などと一緒です。


●ガーゴイルに似た怪物
ところで、なぜレリーフや雨どいの怪物が、その後立像のイメージに変わっていったのでしょうか。恐らくは、ユダヤ教の「ゴーレム」やギリシア神話の「ピグマリオン(ピュグマリオン)」などのイメージが影響しているのではないかと思います。
同じ動かざる石像であり、むやみな侵入者を防ぐ手段という点では同じだからです。

民話や小説による影響も無視できません。本来精霊の一つに過ぎなかったノームが、時代とともに小人(ドワーフ)とされたように、似た属性を持つものが何となしに、あるいは設定の都合上で一緒くたにされるというのは、けっこうよくある話なのです。



●亜種・別名など
リビング・スタチュー/生ける彫像/ビュグマリオン

ガミジンGamigin

●地獄の大侯爵
ガミジンはガミュギュン、ガミギンとも呼ばれる地獄の大侯爵です。有力な魔神のひとりでもあり、地獄の30個軍団を率い、ソロモン72将のひとりに数えられています。
また、黙示文学「エノク書」をモデルとした「偽エノク書」の目録にもガミジンの名前が書かれています。

小さな馬、もしくはロバの姿で現れ、人間に変身する時は炎色の衣をまとった長く美しい髪の女性になります。ただし、その声はひどくしわがれています。

死者、特に海で死んだ者の霊を呼び出す力を持っており、偽エノク書では「海で溺れた魂が空気の身体を持ってはっきりと現れ、魔術師の命令に従って質問に答える」と書かれています。
どんな質問にも明瞭に答え、召喚師が命じた仕事をやり遂げるまで、この世に居続けます。


●穏和な天使
もともとガミジンはロシア地域を担当した、穏和で親切な天使だったと言います。同地にはガミジンが行ったとされる善行が伝わっています。

ルシファーが天に叛旗を翻した時には、ルシファーの側に荷担し、敗北後デーモンとなりました。以後は諜報活動に力を入れているという話です。



●亜種・別名など
ガミュギュン/ガミギン

ガブリエルGabriel

●熾天使(セラフィム)の一角
ガブリエルはあらゆる天使の中でも、とりわけ抜群の知名度を誇る存在です。キリスト教はあんまり知らなくても、ミカエルとガブリエルの名前だけは知っている、という人は多いのではないでしょうか。

その名前は「神は我が力」を意味するヘブライ語から来ると言われ、神の左側に座することを許された唯一の存在です。
天使の最高位である「熾天使(セラフィム)」のひとりであり、ミカエル、ラファエル、ウリエルらと併せて「四大天使」という呼ぶ場合もあります。

「エデンの園」を統括し、上級第二位の「智天使(ケルビム)」をその支配下に置いています。
水、北方、復活、慈悲、死、復讐、黙示、真理などの属性をつかさどり、「神の子」イエス・キリストが生誕する際には、聖母マリアにその妊娠を告げるという「受胎告知」を行う栄誉を担いました。

ちなみにガブリエルはその半年前にも、イエスの最も良き協力者となる使徒ヨハネの「受胎告知」も行っています。このようなエピソードから、しばしばこの天使は「伝令」と「通信」の守護者と見なされています。


●イスラムとガブリエル
イスラム社会において、ガブリエル(アラビア語で「ジブリール」もしくは「ジブリル」)はミカエル以上に人気のある天使です。
ミカエルがヨーロッパの守護をつかさどるのに対し、ガブリエルはアラブを含む東洋をつかさどるから……というのもありますが、預言者ムハンマド(モハメッド)に啓示とコーラン(聖典)を与えたのがガブリエルであったからです。

彼が預言を受けたときの様子は次のように伝えられています。

25歳で金持ちの未亡人ハディージャと結婚し、順風満帆の日々を送っていたこの商人は、40歳ごろから徐々に不安にさいなまれるようになります。やがて信仰や瞑想に対する渇望にとらわれ、彼は洞窟にこもり瞑想にふけるようになりました。

ある夜、いつものように瞑想を終えてごろりと横になっていると、突然形容しがたい圧迫感に襲われて、彼は失神します。目が覚めると、その前に「140枚の羽を持った」ガブリエルが立ち、不思議な文字の記されたショールを持って彼に「読め!」と迫りました。
何がなにやら、わけの分からない状況に、ムハンマドは激しく抵抗します。
「いや、無理です。私は無学な人間ですから……」
しかし、ガブリエルは諦めず、その後何度もムハンマドの前に現れては、アッラーの教えを優しく説き続けます。

当初は怖がるばかりだったムハンマドも、妻の励ましなどもあり、やがてこの天使の言うことを素直に聞くようになって、ガブリエルの伝えるアッラーの言葉を一冊の本にまとめ始めます。この本こそが、いま伝わる「コーラン(聖典)」の原型となったということです。


●ユダヤ教・キリスト教のガブリエル
この天使は旧約聖書と新約聖書の双方に登場する、数少ない存在です。特にユダヤでは広い信仰を集め、ソドム(男色を意味するソドミーSodomyの語源)とゴモラを含む各都市に死と破壊をもたらしています。

また、「エノク書」にその名の残る預言者エノクが天国に赴いた際にも、ガブリエルは登場し、神の座への案内を引き受けていますし、「ダニエル書」のダニエルにも彼は会っています。

ユダヤの伝承によれば、ガブリエルは一時期天界を「追放」されていたことがあったようで、その間はペルシャの守護天使ドビエルがガブリエルの代わりを務めました。
追放の理由は神の恩寵を失ったためで、それが命令違反によるものなのか、それとも別の理由があるのかは分かりません。

中世にはヨーロッパを守護するミカエルに対し、ガブリエルは東洋を守護すると考えられ、そこから日本の守護天使はガブリエルだということになっています。

百年戦争の時代(15世紀)にはフランスのドンレミ・ラ・ピュセル村に現れて、村娘ジャネットに「フランスを救え」と呼びかけています。彼女は程なくオルレアンに行って「聖処女」ジャンヌ・ダルクとなりました。


●女性?の天使
この天使は、天使にしては珍しく、女性の姿を取ることがあると言います。

ユダヤ外典「トビト書」の記述によれば、ガブリエルは常に神の左側を占めており、ユダヤの習慣では、男性は右側、女性は左側を占めることになっていました。
また、マリアに「受胎告知」を行ったことも根拠の一つになっています。当時の社会では、女性の部屋へ勝手に入り話しかけることができるのは、女性だけでありました。

「受胎告知」は中世の画家がこぞって採用したモチーフでありますが、そこに描かれるガブリエルは、しばしば美しい女性の姿で描かれます。
ガブリエルのそばに描かれる百合の花はガブリエルの象徴であると同時に、花の形が女性器に似ていることから「女性」そのものを表します。

もっとも、キリスト教をはじめ、イスラム教、ユダヤ教ともにこの「ガブリエル=女性説」を公式には認めておりません。ガブリエルは四大天使の一角を占める重要な天使なので、それが女性であるというのは信じがたいことなのでしょう。

なお、絵画などに描かれる場合は、比較的地味な服装のミカエルとは対照的に、ガブリエルは時代の世相を映した流行りの服を着ることが多いようです。



●亜種・別名など
ジブリール

ガープGaap

●西方の王
ガープ(ゴアプ、タップとも言う)は、地獄の西方の王にして、ソロモン72将のひとりです。偽エノク書にもその名前が記載されています。
地獄の66個軍団を率い、4人の大王とともに出現します。浅黒い男の姿を取りますが、コラン・ド・プランシーの「地獄の辞典」では、二本の角と大きなコウモリの羽を生やした悪魔に描かれています。

仲間うちの憎悪をあおり立てたり、愛情をもり立てたりしますが、その他に、未来を予見したり、不可視性を授けたり、また、その大きな羽で魔術師を好きなところへ瞬時に移動させたりすることができます。

つかさどるものは「追従」「悪口雑言」「無礼」です。



●亜種・別名など
ゴアプ/タプ/タップ

フルフルFurfur

●鹿の悪魔
フルフル(フールフール)は地獄の伯爵です。炎に包まれた蛇の尾を持った、有翼の鹿の姿で現れます。
ソロモン72将のひとりであり、もともとはザグロス山脈(アララト山付近)の魔神であるとも言われています。恐らくは同山中の高地にいるビッグホーン(オオツノヒツジ)が神格化(そして悪魔化)されたものなのでしょう。しばしば天使の姿を取ります。悪霊の26個軍団を率います。

いつも嘘しかつきませんが、魔術の三角形の中に閉じ込めると、本当のことを言うようになります。

夫婦間の結びつきを強くしたり、雷や暴風雨を好きな場所に落としたりすることができます。

つかさどるものは「優柔不断」「裏切り」「降伏」です。



●亜種・別名など
フールフール/フュルフュール

フルカスFurcas

●残忍な老人
フルカスはソロモン72将のひとりで、有力な悪魔です。偽エノク書の目録にもその名前が記載されています。悪霊の20個軍団を率います。

口髭を編んだ老人の姿をしていますが、恐ろしさは地獄界屈指で、蒼ざめた馬に乗り、手には槍、または大鎌を持ち、その槍もしくは鎌で、人間の魂を刈り取ります。
一説には、刈り取られた魂は、地獄で彼の奴隷になるとも言われています。

哲学、修辞学、論理学、天文学、手相術、火占術を教授します。



●亜種・別名など
フールカス

フォルネウスForneus

●水の悪魔
フォルネウスは地獄の侯爵にして、水域の有力な魔神のひとりです。ソロモン72将のひとりでもあります。

召喚されると巨大な海獣として現れ、炎のような眼と、さまざまな宝石でできたうろこ、牙には溺死体を引っかけた不気味な姿で登場します。巨大なクジラという説もあるようです。命じられると人間の姿を取ります。

あらゆる芸術、科学、修辞学、言語に通じており、相手の敵愾心(てきがいしん)をやわらげ、味方につける術を心得ています。

「獲得」「成功」「地位」「支配」をつかさどる悪魔です。

フォラスForas

●地獄の騎士
フォラス(フォルカス)は地獄の大総統にして、ソロモン72将のひとりです。
白髪と長い髭を持った偉丈夫の騎士の姿で現れ、悪霊の29個軍団を率います。人間に変身する時は無害な人間の姿を取ります。

宝石や薬草の効能を教え、修辞学、論理学、数学、手相術、火占術に関するすべてを教授します。また、隠れ身の術や、失せものを探し出す能力を身につけてくれます。

彼のみを信仰の対象に選び、他の神を捨てれば、長命術を授けてくれるとも言われています。

つかさどるものは「失敗」「敗北」「不安」「障害」です。



●亜種・別名など
フォルカス/フォーラス

フォカロルFocalor

●地獄の公爵
フォカロル(フォルカロル)は地獄の公爵で、悪霊の30個軍団を率いる有力な悪魔です。かつては座天使(上級第三位の天使)でしたが、ルシファーが叛旗を翻した時、彼のもとにつき、そのまま堕天しました。
ソロモン72将のひとりであり、「偽エノク書」の目録にもその名前があります。

おおむねグリフォンにまたがった、もしくはグリフォンの翼を持った男性の姿で現れ、その全身はウロコに覆われています。

風と海を操る能力を身につけており、船を難破させ、人びとを殺傷する役目を負っています。ただし、召喚された時は、不満そうな表情を見せながらも、あえて虐殺はしません。

いつか天界に帰れる日を待ち望んでいると言われます。



●亜種・別名など
フォルカロル

フラウロスFlauros

●豹の悪魔
フラウロス(ハウレス)は、地獄の大将軍で、大公です。36個の軍団を率い、ソロモン72将のひとりに数えられます。
現れる時は恐ろしい豹の姿で顕現し、人間に化ける時はぞっとした顔の色黒の男で、豹の毛皮をかぶり、目は爛々と輝いています。

過去や未来に関する知識があり、召喚されると魔術師の敵を炎で焼き尽くしたり、あるいは軍団を動員し、蜂起させたりします。
ただ、強制しなければ本当のことは言いません。「愚行」「猜疑心」をつかさどります。

かつては能天使(中級第三位の天使)でした。



●亜種・別名など
ハウレス/ハウラス/ハブレス

ファイアー・ドレイクFire Drake

●ケルトのドラゴン
ファイアー・ドレイクはケルト人(古代北西ヨーロッパ人)やチュートン人(古代デンマーク人)の伝承に登場するドラゴン(もしくは蛇)の一種です。口から炎を吐き、空を飛び、イギリス諸島や北ヨーロッパの山にある洞窟に棲んでいるとされました。

この怪物は財宝を守護していると言われ、近づく者を絶対に許しません。

その名(「火の竜」)にある通り、炎をまとった姿を持ち、現れる時は辺り一面、昼のように照らされます。
それゆえ、「火の精霊」もしくは「死者の魂」と同一視されることもありました。夜、不思議な光が見えたら、それはファイアー・ドレイクが空を駆けている姿なのだそうです。また、別の説では、熱い雲と冷たい雲が交わってこの怪物が誕生するとも言われています。

いずれにしても、ウィル・オー・ザ・ウィスプやイグニス・ファトゥスと同じく自然現象をもとにしていることは間違いないでしょう。

後世には羽の生えたドラゴンの姿で描かれ、しばしば紋章のモチーフにもなりました。

フェンリルFenrir

●巨大な狼
フェンリルはフェンリル狼、フェンリス、フローズルスヴィトニルの名でも呼ばれる、巨大で邪悪な狼です。
悪神ロキと海の女王アングルボダの間に生まれた最初の子で、あらゆるものをむさぼり食います。

最初は神々に囲まれて暮らしていましたが、やがて巨大になっていきます。その大きさは、上あごが天に届き、下あごが大地に届くと言われるほどでした。
そして、運命の女神ノルンの予言を受けて、ロキの子たちが自分たちにとって脅威になることを知った神々は、大蛇ヨルムンガンド、そしてフェンリルを追放ないし幽閉しようとします。

ヨルムンガンドはアースガルドの海の深淵に投げ込まれましたが、フェンリルはまだアース神族の庇護のもとにいました。


●フェンリルの捕縛
フェンリルがより巨大に、より強大に、より邪悪になっていくに従って、神々の危惧は膨らんでいきました。
あまりに獰猛なため、餌を与えることができるのは、天空の神チュールだけでした。

そこで、神々はフェンリルの捕縛および幽閉を決します。
しかし、どんな鎖、どんなひもを使っても、食い破って逃げてしまい、そのたびに獰猛になっていくので、暗きエルフ(ダークエルフ)たちが、グレイプニルという足枷(鎖とも言われる)を作ります。この足枷は熊の腱、猫の足音、女のあごひげ、魚の息、山の根、鳥の唾からできており、どんな強い力にも耐えうるものでした。

フェンリルはそのもくろみを見破り、この足枷をつけたければ、神のひとりが腕を自分の口の中に入れることだと要求しました。神々はためらいますすが、チュールがその申し出に名乗りを上げました。

果たして、足枷に繋がれると、どんな力をもってしても食い破れないことを知ったフェンリルは、口に入れたチュールの腕を咬み破ります。
しかし、こうしてフェンリルは岩に繋がれ、もはや噛みつくことができないように口へ剣を差し入れられました。


●ラグナロク(神々の黄昏)
しかし、彼がついにその足枷から解放される日がやって来ます。ラグナロク(神々の黄昏)の日です。

彼は自由の身となり、口を大きく開き、スレイプニルに乗ったオーディンごと呑み込んでしまいます。しかし、最後には、オーディンと霜の巨人グリードの息子ヴィーダルがフェンリルを殺し、この恐ろしい狼を退治しました。



●亜種・別名など
フェンリス/フェンリル狼/フローズルスヴィトニル

ファウヌスFaunus

●ローマ神話の神
ファウヌスはローマ神話に登場する森林と多産の神です。
半人半山羊の姿を持ち、神託を与える者として、古代ローマ人たちに崇拝されました。ローマとエトルリア(北イタリアの古代国家)が交戦状態にある時に、ローマ人たちへローマ側が優位にあることを伝え、彼らを勝利に導いたのもファウヌスだと言われています。
のちにギリシア神話のパンやサテュロスと同一視されるようになり、パンの持つ角や蹄(ひづめ)を持つようになりました。

また、その姿から、家畜の保護者と見なされ、古代ローマの農耕神ルベルクスと同一視されることもあったようです。

ファウヌスの持ち物は狼の毛皮、花や草で作った冠、酒杯(ゴブレット)とされています。


●古代王国の王
ある伝説によれば、ファウヌスはもともとラティウム(ローマ南東にあった古代王国)の王で、古代イタリアの農業神ピクスの息子だったとも言われています。
彼は死後、神格化され、その崇拝者たちはティボリ(ローマ北東部の都市)にある神聖な森に彼の偶像を作りました。

毎年2月15日に行われたルベルカリア祭は、農耕神ルベルクスの祭ですが、実は神格化されたファウヌスの祭だったともされています。

中世以降は「財宝の守護者」、あるいは「夢魔(インキュバス)」であると解されることもありましたが、これはギリシア神話のパンやサテュロスのイメージがファウヌスに移ったことから来るものだったようです。



●亜種・別名など
ファウナ(女性のファウヌス)/ファートゥウス/ファートゥア

ファーヴニルFafnir

●北欧神話のドラゴン
ファーヴニルは北欧神話およびゲルマン神話に登場するドラゴンの名前です。魔法使いのフレイズマルの3人息子のひとりで、他のふたりはオッテルとレギンでした。

オーディン、ヘッテル、ロキの3人で旅をしている時、カワウソに変身して鮭を食べようとしているオッテルを、荒神ロキが石を投げて殺してしまったので、その日の宿の亭主だったフレイズマルは、神々を縛り上げ、賠償としてカワウソの皮が完全に隠れるまでの黄金を用意するよう命じました。

ロキは代表者として送り出され、そこでアンドヴァリと呼ばれる小人を捕まえ、黄金を要求します。
アンドヴァリは渋々それに従うものの、黄金の腕輪だけは渡すのを拒みました。なぜなら、それは富を増す力を持つものの、持ち主に破滅をもたらすからでした。しかし、ロキはそれをも奪います。

ロキが黄金を持ち帰ってきたのを見て、オーディンは腕輪がどうしても欲しくなりました。しかし、カワウソの皮にかぶせるために使うしかありませんでした。

こうして、この腕輪はフレイズマルの元に残されたのでした。


●腕輪の呪い
アンドヴァリの腕輪の呪いが効果を発するには、そう時間はかかりませんでした。ファーヴニルとレギンが共謀し、その財宝を奪おうとして父親フレイズマルを殺してしまったからです。

ファーヴニルは、さらに宝を独り占めにしようと、グリタヘイドに逃げ、そこで世にも恐ろしいドラゴンに変身し、宝を隠しました。

レギンはシグルドという若者に相談し、そのドラゴンを殺すように説得します。シグルドは了承し、鍛冶屋であったレギンは、シグルドの父の剣を鍛え直し、グラムという剣を与えます。
そして、ファーヴニルの通り道に穴を掘り、その中に潜みます。そして、ファーヴニルが通りがかると、その心臓をひと突きにしたのです。

シグルドはレギンの言葉に従い、ドラゴンの心臓を取り出して食べようと、リジル(リジン)という剣に突き刺し、それを火であぶりました。すると、指に火傷を負ったので、思わず指を口に入れたところ、ファーヴニルの血の力か、あらゆる言葉を理解する力を手に入れました。

そこで、レギンがシグルドを殺して財宝を奪おうとしていることを知ったのです。そこで、シグルドはレギンの頭を斬り落とし、そのまま腕輪もろとも財宝を奪いつつ、逃亡します。


●「ニーベルングの指輪」
この物語は、のちにリヒャルト・ワーグナーによって「ニーベルングの指輪」に作り替えられ、シグルドはジークフリードに、アンドヴァリの腕輪はニーベルングの指輪にそれぞれ変えられました。
そして、オッテルとレギンの二人は、それぞれアルベリヒとミーメという名前に変えられ、現在に伝わるジークフリード伝説の原形になりました。



●亜種・別名など
ファフニル/ファーフニル/ファーフニール/ファフナー/ファーフナー

エリュニスErinys

●蛇髪の女神
エリュニスは殺人など、自然の法に反した者へ復讐を行う女神です。
メデューサと同じように、蛇髪の姿を取り、またその容姿は黒い肌の老婆で、手首には蛇が巻き付いています。

目は膿み、息は腐臭を放っており、背中にはコウモリのような翼が生えています。
複数形ではエリュニエスと呼びます。ギリシアではエウメニデス(慈悲深き者)やセムナイ(尊い女神)と呼び、直接にエリュニス(怒れる者)の名前を使うことは避けられました。

ローマ神話の復讐の女神ディラエ、冥界の女神フリアイに当たります。
彼女たちは、ゼウスの父クロノスが、その父ウラノスの男根を切り取った時、大地にしたたった血から生まれ出でたとされています。


●正義と復讐の女神
彼女たちは古代の懲罰の概念が人格化したものと言われ、地上で正義に反して血を流した者には情け容赦なく罰を下しました。

絶えず怒っているアレクト(絶え間なき)、殺人の復讐者ティシポネ(復讐)、嫉妬深いメガイラ(恨み、不本意)の三姉妹で構成されていると言われ、罪を犯した者、特に肉親を殺したような者がいると執拗に追いかけ回し、狂気に陥れると言われます。


●オレステスとエリュニスたち
ギリシア神話では、エリュニスはオレステスのエピソードに出てきます。
オレステスは、ミュケナイ(ギリシア南部)の王アガメムノンの息子でしたが、母クリュタイムネストラによって父が暗殺された時、母を殺して冥界に落ちましたが、その時無数の蛇を頭から生やしたエリュニスたちにさんざん追いかけ回されたということです。



●亜種・別名など
エリュニエス

エンプーサEmpusa

●ヘカテのしもべ
エンプーサ(エムプーサ)はギリシア神話に登場する夢魔の一種です。片脚が真鍮、もう一方の脚がろばという、出来損ないのキメラみたいな姿をしています。

女性や犬、牛や毒蛇など、さまざまな姿に変身し、冥界の女神ヘカテがタルタロス(冥界)を巡って亡者を苦しめる時、その後についていくのがこのエンプーサです。

夜になると地上に這いだし、美しい女性に変化して、旅人を誘惑して食い殺したり、あるいは女子供のところに現れて、やはりそれを食い殺したりします。一説には怯えて死んだ者の死体をあさるとも言われています。

ただ、やかましい罵詈雑言に弱く、怒鳴っていると近づかないそうです。


●中世のエンプーサ
中世に入ると、ヘカテが「魔女の女神」と考えられるようになったため、エンプーサは「女性の夢魔(サッキュバス)」、あるいは「魔女」と解釈されるようになりました。

そのため、このエンプーサの名は、悪魔学で頻繁に取り上げられ、フロベールの「聖アントワーヌの誘惑」などの作品に登場するようになります。



●亜種・別名など
エムプーサ

エリゴルEligor

●騎士の悪魔
エリゴル(エリゴス)は騎士の姿をした悪魔です。ソロモン72将のひとりであり、地獄の大公爵でもあります。悪霊の60個軍団を率い、黒い軍馬に乗って、やはり黒い鎧兜に身を包んでいます。
槍(ランス)と旗を持ちますが、旗にはどんなことが書いてあるのか、この世の者には読み取ることができません。反対側の手には王笏(おうしゃく)、もしくは毒蛇(またはその双方)を持っています。

戦いの秘密に関するあらゆる質問に答え、兵事の未来を予見し、指揮官たちに兵士の信を得る秘訣を教えます。

また、愛と闘争を召喚者に与え、貴族や有力者の不和を調停します。



●亜種・別名など
エリゴス/アビゴル/アビゴール

エキドナEchidna

●怪物たちの母
エキドナはギリシア神話の怪物です。その名前は「まむし」を意味し、半人半蛇の怪物として知られます。
かつてはギリシアのスキタイ植民地の女神であり、大地母神だったと考えられておりますが、ギリシア神話の普及によって怪物に書き換えられました。

彼女が彼女たるゆえんは、その子供の多さ、多彩さにあります。

夫のテュポンとの間に、冥界の番犬ケルベロスをはじめとして、双頭の犬オルトロス(オルトス)、レルネの大蛇ヒュドラ、絶え間ない噴火で知られるリュキア地方(トルコ南部)に棲む複合怪物キマイラ(キメラ)、有翼の怪物ハルピュイア(ハーピー)、ヘスペリスの林檎を守る竜ラドン、コルキス(現在のグルジア近辺)で黄金の羊皮の番をしていた竜、プロメテウスの肝臓を食べた鷲、などをもうけ、さらに子供のオルトロスとも通じてネメアのライオン、オイディプスに退治されたスフィンクスを生んでいます。一説によれば、スキュラも彼女の娘だとされています。
まさに彼女なしでは、ギリシア・ローマ神話の英雄伝説は成り立たないと言えるほどの多産ぶりです。

キリスト教では、彼女は「美しい半身(=女性)」と「見苦しい恥部(=蛇)」で構成されることから、売春婦の象徴と見なされることもありました。


●彼女の両親
彼女の両親については諸説あって一定していません。

紀元前8世紀ごろの詩人ヘシオドスは「神統記」の中で、エキドナを巨人クリュオサルと、オケアニス(オケアノスの娘)のひとりカリロエの子としています。クリュオサルは、蛇髪の怪物メデューサの首を斬った時に、その血から生まれ出た巨人です。
他には、ポルキュスとケトの子であるとも、タルタロス、あるいはステュクス(冥界の河)から生まれたとも言われています。

これは、彼女がさまざまな神話体系の複合体から生まれたことを示しています。


●彼女の暮らし
エキドナは上半身がきらめく目を持つ美しい女性である一方で、下半身はまだらのある蛇の姿です。

その住処はアリミヌム(イタリア北部の一地方)とも、スキュティア(スキタイ)とも言われており、その他に小アジアのアリマ地方、エーゲ海沿岸のキリキア地方という説があるようで、はっきり分かっていません。
分かっているのは、「テュポーエウスの洞窟」に棲み、家畜や旅人を引きずり込んではむさぼり食っていた、ということだけです。

多産な怪物ながら、その性質は不死ではなかったと言われ、女神ヘラのつかわした百目の巨人アルゴスに棍棒で殴られ死んだとされています。その場所はペロポネソス半島(ギリシア南部)のどこかだと言われています。

また、別の説では、彼女は不死であったという言い伝えもあるようです。


●ヘラクレスとエキドナ
黒海沿岸のギリシア植民地の伝説では、彼女はこの地方の洞窟に棲み、ヘラクレスの馬群を奪いました。この英雄が取り返しに来た時、何故か彼と交わって3人の子供、アガテュルソス、ゲロノス、スキュテスをもうけたともされています。

「スキタイ」という名前は、このスキュテスの名前から来ているということです。

アハ・イシュケEach-uisge

●アイルランドの水悍馬
アハ・イシュケはアッハ・イーシュカEch-uskya/Ech-ushkyaとも呼ばれる、水場の怪物です。

時に海藻を髪にまとわりつかせた男性の姿を取ったり、ブーフリーBoobrieと呼ばれる怪鳥の姿で現れることもありますが、伝承の多くは、美しい馬の姿を取るとしています。
アハ・イシュケという名前も、そのままゲール語(アイルランド語)で「水の馬」を表わします。

いつもは湖などの水場で跳ねていますが、愚か者がアハ・イシュケの背中に乗ったが最後、そのまま水の中に引きずり込まれ、全身をむさぼり食われます。背中は不思議な粘着力があり、人間をしっかり捕らえて離しません。

同じ水悍馬ということで、ケルピーと混同されますが、ケルピーは川などに棲むのに対し、アハ・イシュケは湖沼や塩水湖などを主なテリトリーとしています。

なぜか肝臓だけは食わずに残すとされ、しばしば水死体の肝臓だけが浜辺に打ち上げられるのはアハ・イシュケに食べられたためだと考えられました。


●万聖節とアハ・イシュケ
ある伝承によれば、アハ・イシュケは万聖節(11月1日)の頃、最も活発になると言われています。この時ばかりは人間ばかりでなく、家畜も襲って食べます。

なぜこの時期に活発になるのかと言えば、ケルトの祝祭であるサムハイン祭がこの時期だからです。
サムハイン祭とはサムイン(ゲール語〈アイルランド語〉で「夏の終わり」を意味する)とも呼ばれる祭で、ケルトの新年と冬の訪れを祝うものであり、先祖の霊が子孫の家に戻ってくるのを祝福する祭でもあります。
同時に、悪霊が最も悪さをするころとも考えられ、人びとはしばしば先祖が悪霊に邪魔されずあの世に帰れるように、また迷うことなく天昇できるように、家畜を生贄として捧げました。

それが、水場付近で悪さをする野生馬との存在と合わさって、家畜を水霊へ生贄にする→生贄が(恐らくは魚や水棲動物に食い荒らされて)ボロボロになって水辺に浮かぶ→あの水悍馬(アハ・イシュケ)のせいだ!と連想したのではないかと思われます。

ちなみに、サムハイン祭自体は、その後キリスト教に取り入れられ、万聖節(ハロウマスHallowmas)の前夜祭、すなわちハロウィーンとしてキリスト教徒の間に広まりました。



●亜種・別名など
アッハ・イーシュカ/アハ・イシュカ/ブーフリー

デュラハンDullahan

●首なしの妖精
デュラハン(ドュラハン、ドゥラハンとも言う)は、中世の伝承に出てくる妖精の名前で、スコットランドをはじめとするヨーロッパ北西部一帯で信じられた存在です。

女性、もしくは全身を鎧に包んだ騎士の姿で表れ、首から上がすっぱりなく、あるいはその首を小脇に抱えた、いずれにしてもこの上ない不気味な姿をしています。

同じく首のない馬コシュタ・バワーCoite-Bodherを従え、彼らの牽く戦車(チャリオット)に乗り、夜の街を不気味に駆け抜けます。
そのビジュアル的な恐ろしさから、しばしば都市伝説や一般的なホラー作品の題材としても使われます。


●人頭崇拝とデュラハン
「首無し騎士」というのもそれだけでかなり怖い話ですが、スコットランドに限らず、北欧にはこうした「首無し○○」に関するお話がけっこう多く残っています。
そう言えば彼らの操る馬も首無しです。その背景には、頭にこそ生命は宿るとする「人頭崇拝」の考え方があります。

デュラハンは死をつかさどる存在なので、その生命の象徴たる頭を持たない、ということでしょうか。葬式の際に死者の首を斬り落とす古代ノルウェーの風習が関係している、とする人もいます。

女性や甲冑騎士の姿をしていることが多いのは、北欧にはモリガンやワルキューレ(戦乙女)などのような、戦場を駆けめぐり、死者を天国(ヴァルハラ)に導く女妖精の伝承が多いので、その辺りが強く影響しているものと考えられます。


●死の配達人
彼らは単に恐ろしい外見をしているだけでなく、積極的に「死」を振りまくという厄介な性質を持っています。
しかも、「泣き女妖精」バンシーのように、対象が死ぬのをじっと待つのではなく、自分から「死」の匂いを嗅ぎつけ、積極的に魂を刈りとって回ります。

彼らの標的になったら最後、逃れることは至難のわざです。
なぜなら、彼らは標的がどんな場所に逃れようと、必ず先回りするからです。山の上に逃げれば山の上に現れますし、遠方に去ればその遠方に、地下に行けば地下に出現します。
家の中に閉じこもったとしてもムダです。扉を閉ざし、釘を打ち付け、さあ一安心と思った途端、その後ろに……というドリフみたいな展開になるのがオチです。

一説には、彼らは「死」そのものの象徴であり、やたらしつこく追いかけてくるのも、死は時と場所を選ばないということを表しているのだと言われています。
ですから、彼らの追撃から見事逃げおおせることができれば、その人間は死すべき運命から逃れることができます。


●デュラハンの起源
デュラハンという名前がいつから使われ、どのような言葉に由来するのかは、あまりよく分かっていません。ただ、聖ディオニシウス(聖ドニ)に響きが似ているので、それとの関連性を指摘する声があります。

聖ドニは3世紀後半に活躍した聖者で、フランスの守護聖人としても有名です。原初キリスト教の伝道に尽力し、パリ司教を務めましたが、政治当局の怒りを買って処刑されました。

この人物には聖人らしくさまざまな逸話が残されているのですが、その中に、「自分の首を持って歩く」というものがあります。

ローマ帝国の圧力にも負けず布教に邁進していた彼は、ついに異教徒の讒訴(ざんそ)を受けてパリ郊外の丘、現在モンマルトルMontmartre(殉教者の丘)と呼ばれる場所で首を斬られて処刑されます。

しかし、突然身体だけが起きあがると、さっき落とされたばかりの首を抱えて、何と歩き始めたのです。
そのまま進むこと実に十数キロ。その行進はいつ終わるかと思われましたが、ついにある場所までたどり着いたところで力尽き、ばったりと倒れます。

倒れた場所はその後サンドニSaint-Denis、つまり聖ドニという地名へと変わり、フランスで最も有名な寺院、その名もサンドニ大聖堂が建てられ、人々の信仰を広く集めました。歴代フランス国王の墓所が設置されているのもここです。

この聖者のエピソードが真実であるとは到底言い難いのですけれども、ただ、伝承という形で残っているからには、当然「ネタ元」となったものが存在するわけで、それがデュラハンや、あるいはその原型となった話であることは大いに考えられるところです。


●アーサー王伝説のデュラハン
こちらは完全なフィクションではありますが、有名な「アーサー王伝説」の中にも、「縮んだ腕のカラドック」が「首無し騎士」と対決するくだりが出てきます。

カラドックは「円卓の騎士」のひとりで、アーサー王の姪イセンヌの子に当たります。父は誰だか分かりませんが、彼はその境遇を特に嘆くこともなくまっすぐに育ち、長じて立派な騎士となります。

その彼が、叙任式の日に突如見知らぬ騎士の挑戦を受けました。騎士は自分の首を指し示し、とんでもない提案をします。

「私の首を斬ってみよ。それでまだ生きているようだったら、今度は貴殿の首を斬らせていただく」

相当ムチャな申し出ではあるのですが、カラドックはこともあろうにそれを承諾します。剣を抜き、くだんの騎士の首筋へと狙いを定めます。そして一気に振り下ろしました。
騎士の首が宙を飛びます。「やった!」と誰もが思ったその瞬間、頭部を失った身体がムクリと起きあがり、さっき落とされたばかりの首を抱えて、悠然と去っていきました。

1年後、アーサー王や同僚たちが止めるのも聞かず、かの騎士の居城を訪れます。かつて騎士と結んだ約定を果たすためです。
当の騎士が現れると、カラドックは静かに首を前へ差し出しました。

「さあ、約束通り私の首を斬るが良い」

固唾を飲んで周囲が見守る中、騎士はおもむろに剣を取りました。そして……剣の腹で優しくカラドックの身体を叩きました。彼はカラドックを立たせると、自分が彼の父であり、魔法使いのエレオーレスであると打ち明けるのです。



●亜種・別名など
ドゥラハン/ドュラハン/ヘッドレス/コシュタ・バワー(彼らの乗る戦車をひく首なし馬)/緑の騎士/エレオーレス

ドラゴンDragon

●ドラゴンという怪物
世界に怪物は数多くあれど、ドラゴンほどその名を知られているものもないでしょう。単なるキャラクターのひとつとしてだけでなく、中世風世界のフレーバー(雰囲気づけ)の一つとして、あるいは最大最強の敵役として、そして伝承における重要な登場人物として、今も多くの作品に登場し続けています。
また、小説や漫画の題名になったり、絵画や音楽のモチーフになったり、また勇躍著しいアジアの国家・文化を象徴する概念としても使われるなど、その活躍は恐ろしく多岐に渡ります。


●ドラゴンの起源
ドラゴンの起源はきわめて古く、6000年以上の歴史を誇ります。
一口に6000年と言ってもピンと来ませんが、ピラミッドが作られたのが同じ6000年前と考えられておりますので、それに匹敵する歴史を持つわけです。

体系化された伝承に登場するのは、バビロニア神話が最初と言われており、その歴史はやはり5000年を超えます。

ドラゴンという呼称がどこから来ているのかはあまりよく分かっていません。
サンスクリット語(梵語)の「蛇」を意味する「ドリグヴェシャ」から来ているという説、ギリシア語の「鋭く見る者」「蛇」を意味するドラコーン、もしくはラテン語の「素早く見回す者」を意味する「デルケスタイ」などが語源として考えられていますが、いずれも決定打に欠けるというのが実情です。
あるいは他に語源みたいなものがあるのかも知れません。


●水とドラゴン
ドラゴンには常に大河のイメージがついて回ります。
巨大な身体を地に横たえ、しばしば縦横無尽にその形を変える。動きは常としてやまず、ときに人や生き物をその口に呑み込む脅威となる。このような姿に、昔の人々が生き物のような印象を抱いたのは、至極当然のことと言えましょう。

実際、古代のドラゴンには「水」にまつわる話が多く、またそれを退治する者にも「治水」に関するイメージが強くついて回ります。例えば、「相柳」というドラゴンを退治したと言われる古代中国の聖王・禹(う)は、一方で「治水名人」としての面を持っています。

日本の有名なドラゴンである「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」も、かつて「出雲の暴れ川」として知られた斐伊(ひい)川の持つイメージを色濃く受け継いでいますし、尻尾を斬ったら三種の神器のひとつ「草薙(くさなぎ)の剣」が出現したというのも、斐伊川を修繕することで、名剣の材料となるような良質な砂鉄が得られるようになったことを示しています。

日本各地にその伝承が残る「龍神様」も、川のイメージからはやや離れますが、やっぱり水と密接なつながりを持っています。
池や湖などの水場に棲み、それを荒らす者に厳しい罰を与えます。また、雨が少ない時などにはよくこの神に供物や生け贄を捧げるということが行われてきました。

日本にはこうした「水神」の住処が、分かっているだけでも何十カ所もあるそうで、その中には秋田県の田沢湖や箱根の芦ノ湖のようなメジャーどころも含まれています。
龍の住処を意味する「竜宮」まで含めると、いったいどれくらいの数になるのか見当も付きません。

こうした事情と関係あるのか、今も湖や大河などでは恐竜に似た生物の目撃例がしばしば報告されています。
ネス湖のネッシーをはじめとして、北海道・屈斜路湖の「クッシー」、鹿児島・池田湖の「イッシー」などがそうです。目撃例こそないものの、同様の話は日光の中禅寺湖や箱根の芦ノ湖にも残っています。


●ドラゴンの象徴するもの
ドラゴンは川の象徴であると同時に、かつては自然の荒々しさを表すものでもありました。
ドラゴン退治で有名な人物と言えば、「竜退治」で有名な聖ゲオルギウスや、ヒュドラ竜を退治したヘラクレスなどの名前が挙げられますが、彼らには同時に「自然と対抗する人間自身」のイメージを内包しています。
ゲオルギウスという名前もラテン語の「地面で働く人」「農夫」という意味を持ちます。

ヘラクレスもギリシア語で「ヘラの栄光」であり、ヘラは自然の女神ですので、彼女の命令で12の苦行をこなす英雄の姿は、やはり自然と格闘する人間の姿をイメージさせます。

中世に入ると、次第に「自然」のイメージは薄れ、権力や腕力、あるいは敵意といった「力」そのものの象徴と考えられるようになります。
一部の貴族や騎士たちは、この人智を越えた力にあやかろうと、こぞってこの怪物を崇めました。ロンドン市の紋章にもこの怪物をかたどった紋様が使用されています。

17世紀から18世紀にかけて世界最強を誇った部隊は「竜騎兵(ドラグーン)」の名前で呼ばれましたし、また、ハンガリーとトルコという、当時の強国に挟まれたとある小国の領主は、その苛烈な政治と勇猛果敢な戦い方から、侮蔑と賞賛を込めて「小龍公」――「ドラキュラ」という呼称を与えられました。

キリスト教などでは、この怪物は「蛇」のイメージに通ずることから、しばしば悪魔と同列に語られるようになります。蛇は人類の始祖であるアダムとイブをそそのかし、堕落させた存在だからです。

現在伝わるドラゴン像が、例外なく悪魔のような角と羽を持ち、毒息を吐くようになっているのは、悪魔のイメージがドラゴンに付加された結果だと言われています。


●神話のドラゴン
ドラゴンほど多くの伝承を持つものは、他にありません。特に北欧神話やギリシア神話は「ドラゴン神話」だと言っていいほど、実に多くのドラゴンたちにあふれています。

北欧神話で言えば、大地を支える大蛇ミドガルズオルム、英雄ジークフリードに退治された悪竜ファーブニル、その他ベーオウルフのドラゴンなど。
ギリシア神話ならばヘラクレスに退治されたヒュドラ、上半身が美しい女で下半身が大蛇のラミアー、黄金のリンゴを守った大蛇ラードーンなどの名前が挙げられます。

聖書にも、さきのアダムとイブを堕落させた「蛇」をはじめとして、レヴィアタン(リヴァイアサン)や「黙示録」のドラゴンなど、けっこう多くのドラゴンが出てきて、神話に限らずドラゴンにまつわる話が豊富です。

東洋に目を向ければ、中国やインドにもやはりドラゴンの伝承が残っており、特に中国は「ドラゴンの国」を自称するだけあって、実に多彩なイメージを今に伝えています。
人類の始祖とされた伏羲(ふつき)や女禍(じょか)も下半身が蛇でしたし、「共工」や「蚩尤(しゆう)」なども竜の姿で人々を苦しめたと言います。日本にもさきに述べたように、各地でいくつかの龍神伝説が残っています。

ヨーロッパの竜はトカゲや蛇型が多いのに対し、東洋の竜はいかつい顔にさまざまな動物の要素を持ったキマイラ型が一般的です。
これは中国・漢代の「「九似説」という考え方から生まれたもので、竜は以下の九つの要素を持っているとするものです。

1.ラクダの頭
2.鹿の角
3.ウサギの目
4.ヘビの首
5.蜃(しん:ハマグリの意だがこの場合は亜竜を差す)の腹
6.魚のウロコ
7.鷹のツメ
8.虎のてのひら
9.牛の耳

また、頭の中央には「博山」もしくは「尺水」と呼ばれる肉の盛り上がりがあり、これを持つ竜は空を飛ぶことができます。

また、背中には81枚のウロコ、喉もとには大きな1枚のウロコと、それを取り囲むように逆向きに生えた49枚のウロコが、それぞれ生えています。

この、逆向きのウロコが「逆鱗(げきりん)」で、竜の急所に当たります。この場所に触れられると竜はひどく怒り狂うと言い、そこから他人の触ってはならない場所に触れることを「逆鱗に触れる」と言うようになりました。


●ドラゴンにまつわる言葉
海で千年、山で千年生きた蛇はしばしば竜に変化することができると言われており、そこから竜のようにしぶとく、悪知恵の働く人間のことを「海千山千」と呼ぶようになりました。
ちなみに「海千河千」と言う場合もあります。

また、鯉が滝を登り切ることができれば竜に変化することができることから、立派な人間になるための試練を「竜門に登る」、すなわち「登竜門」と呼ぶようになりました。
竜門は中国・山西省と陝西(せんせい)省の間にある急流の名で、「この場所を登れるのならどんな魚でも竜になれる」と言われた場所です。

「登竜門」の言葉自体は、中国の歴史書である「後漢書」の「李膺(りよう)伝」に見ることができます。
李膺(字:元礼)は当時の清流(正義派官僚)を代表し、「天下の手本は李元礼」とまで言われた実力者です。
当時、彼の知遇を得ることが、若手にとって何よりの栄誉であったことから、その推薦を「竜門」を登る魚になぞらえて「登竜門」と呼ぶようになったのだそうです。



●亜種・別名など
ワーム/ワイバーン(翼と一対の足を持つもの)/ワイアーム(翼を持つが足のないもの)/ストーアウォーム(翼も足もないが蛇と違いトサカなどを持つ)/ファイアードレイク(炎のドラゴン)/フェアリードラゴン(草食もしくは超小型のドラゴン)/パピードラゴン(幼生ドラゴン)/ブルードラゴン(青龍)/ホワイトドラゴン(白龍)/レッドドラゴン(赤龍)/グリーンドラゴン(翠龍)/ブラックドラゴン(黒龍)/ゴールドドラゴン(金竜)/シルバードラゴン(銀竜)/カイザードラゴン(竜王)/竜/龍(神獣としての竜)/辰(概念としての竜)/蛟(みずち)/蜃(しん)/虹/九頭竜/恐竜/翼竜/大海蛇/大蜥蜴(おおとかげ)

その他に個別の伝承の龍として、レヴィアタン(リバイアサン)/ムシュフシュ/ティアマト竜/マカラ竜/ミズガルズ蛇/エキドナ/ヒュドラ/ラミア/テュポン/バジリスク/ファファニール/ナーガ/ウロボロス/ミドガルスオルム/野槌/ヤマタノオロチ/ザーハック/クラーケン/ケツァルコルトル/メリュジーヌなどがあります。

オリュンポス12神Twelve Olympus pantheon

●十二の主要な神々
「オリュンポス12神」とは、ギリシア神話に登場する主要な12の神々(ドデカテオイ)のことです。一般に男神6柱、女神6柱で構成され、その内容は次のようになっています(括弧内はローマ神話での呼び名)。

■ ゼウス(ユピテル)
■ ヘラ(ユノ)
■ アテナ(ミネルウァ)
■ アポロン(アポロ)
■ アプロディテ(ウェヌス)
■ アレス(マルス)
■ アルテミス(ディアナ)
■ デメテル(ケレス)
■ ヘパイストス(ウルカヌス)
■ ヘルメス(メルクリウス)
■ ポセイドン(ネプトゥヌス)
■ ヘスティア(ウェスタ)
 

●異説
この主要12神には異説も多く、ヘスティアやポセイドン、デメテルの代わりにディオニュソス(バッカス)、ハーデス(プルートゥ)、ペルセポネ(プロセルピナ)、ヘベ(ユウェンタス)、ヘラクレス(ヘラクレス)のいずれかを入れることもあります。
ちなみに、ディオニュソスの「入閣」については、十二神に入れないことを悔しがった彼を、炉の女神ヘスティアが哀れみ、自分の座を明け渡したという話があります。

ヘベが入る場合は、死後神となって、自分の夫となったヘラクレスにその座を譲ったことになっています。

ディオニュソスDionysus

●ギリシア神話の酒神
ディオニュソス(ディオニューソス)は、ギリシア神話における酒とブドウの神です。
オリュンポス12神の中でただひとり、人間の女性(セメレ)を母に持つ存在です。ローマ神話のバックス(バッカス)に当たります。

もともとはトラキア(ブルガリア)やマケドニアの複合神(さまざまな神の要素が集まったもの)だったようで、彼の儀式はしばしば集団的昂奮と恍惚感に見舞われました。祭はギリシアに輸入され、特に女性の信仰を受けたようです。

彼の伝承にはしばしば「狂乱」とか「発狂」という言葉が出てきます。この言葉は彼の酒の神としての性質をよく表しており、そのため、ディオニュソスの祭はしばしば為政者によって禁止されることもありました。
しかし、信者たちはそんなものなどどこ吹く風、時に少年を犠牲に供し、血なまぐさい祭に発展することもあったようです。

彼の祭はしばしば演劇を伴ったことから、ディオニュソスは演劇の神とも見なされます。「コメディ」という言葉も、彼の楽しい祭「コモディア」からおこったものです。
彼の聖なる植物はブドウの木、蔦(つた)で、動物は山羊、イルカ、蛇、虎です。


●ディオニュソスの生まれ
彼は生まれた時から悲劇的でした。

ゼウスが人間の娘セメレに手をつけた後、嫉妬心に駆られたヘラが、乳母に変装し、セメレのもとを訪れて、「もしも本当の神ならば、その真の姿を見せてくださるはずです。
本当の姿を見せて、と頼んでみてください」と言いました。セメレは興味があったので、夜やってきたゼウスにその通りの言葉を伝えます。
ゼウスは鼻白みました。なぜなら、彼の真の姿は光り輝く雷であり、人間にはとうてい耐えられるものではないからです。しかし、懇願に負け、ゼウスはその姿を見せます。そして、セメレは瞬時に焼き尽くされてしまいました。

ところが、彼女の中にあった赤ん坊は無事だったので、ゼウスは自分の太ももに入れて縫い付け、臨月になるのを待ちます。
果たして、ディオニュソスは無事生まれ、「ディテュラムボス(二度生まれた子)」という添え名を与えられました。


●ディオニュソスの成長
ゼウスはこの子供をセメレの姉妹イノに託しますが、ヘラによってイノ夫婦は発狂させられてしまいます。
仕方なく、ニューサのニンフ(妖精)たちの手で育てられることになりました。ディオニュソスという名前も、そのニューサから来ています。ディオニュソスという名前は「ニューサのゼウス」を意味します。

彼はたくましく成長し、ある時、ブドウの実を見つけ、それから酒を造る方法を発見しました。
彼はそれを飲んで一度狂いますが、プリュギア(小アジアの一地方)の大母神キュベレによってすぐに快復し、この素晴らしい飲み物を広めるべく、旅に出ることにしました。


●ディオニュソスの旅
彼の旅は長いものでした。そして、行く先々で事件を起こしました。
まず、トラキアの山を下りて、ギリシアに入ります。途中、トラキアでクルゴス王に迫害されたのを皮切りに、ギリシア各地で迫害されたものの、それはむなしい抵抗でしかなく、すべての敵が狂わされて、あるいは生きたまま八つ裂きにされました。

ティレニア海(イタリア南部の海)では海賊にとっつかまるという事態に陥りましたが、神の力で難なく乗り切っています。海賊たちは海へ逃れ、そのままイルカになりました。

ナクソス島では、あるひとりの娘を見つけます。それはミノス王の娘アリアドネで、ミノタウロスを倒した英雄テーセウスによって捨てられたのでした。ディオニュソスは彼女に一目惚れし、妻にすることを決めました。

さらに彼の旅は続き、最終的にはインドにまで達しています。トラキア、そしてギリシアに戻った後も迫害は続き、そのたびに敵は狂わされ、あるいは鳥やネズミに変えられました。

彼の旅の終わりは、母セメレを探すことでひとまずやって来ます。
冥界へ下り、母を見つけ、彼女にテュオネという名前をつけて、オリュンポスに連れ帰ります。そして、神々は彼を眷属に引き入れることを了承しました。かくて、彼は正式に神々の仲間入りを果たします。



●亜種・別名など
ディオニューソス/バックス/バッカス

デヴィルDevil

●中傷する者たち
デヴィルDevilはヨーロッパにおける「悪魔」の総称です。
その名は「非難する者」「中傷する者」を意味するギリシア語ディアボロスDiabolosに由来し、その指し示すところはきわめて広く、人間を悪の道に引きずり込む者のみならず、堕天使や異教の神々をその概念に含みます。
「デーモンDemon」という呼び方もありますが、こちらは「神の如き者」を意味するギリシア語ダイモニオンDaimonionから来るもので、本来は下位神や精霊などを差す言葉です。

いずれにしても、異教の神や精霊みたいな存在を差す言葉でありましたが、キリスト教の拡大に従って、彼らは神の敵、人間を堕落させる悪い存在と見られるようになりました。

ベルゼブブやアスモデウスといった有名な悪魔も、もともとは異教の神であり、人々の信仰を広く集めていた存在だったと言います。
絵画に描かれる悪魔は角を持っていたり、動物の頭を持っていたりするなど、しばしば動物の要素を持った風貌で描かれますが、この「半人半獣」という形は、民間信仰の神々や精霊に見られるイメージでもあるのです。


●キリスト教と悪魔
もちろん、キリスト教も最初から何でもかんでも悪魔呼ばわりしていたわけではなく、初期の教会は結構彼らに寛容な態度を取っておりました。
教えを広めるのに忙しく、敵を設定して戦っている場合ではないという理由もあったのでしょう。

しかし、ヨーロッパ全土にこの教えが定着し、神の絶対性が理論の上で確立されるようになると、次第に多神教時代の雰囲気を残した神々や精霊はキリスト教にとって非常に疎ましいものになってきました。
一時期は精霊信仰はおろか、聖人信仰や大地崇拝すら「とんでもない!」と言われていて、ユダヤ系の天使ですら「悪魔」呼ばわりされたこともあったと言います。

しかし、行きすぎた締め付けが、逆に人々の素朴な信心までをも奪ってしまうケースが続出したので、悪魔に堕とされたもののうち、比較的温厚なイメージを持つものがキリスト教の信仰に再び取り入れられるようになりました。

その影響が最もよく出ているのが「天使」でしょう。
天使の最大勢力を占める「主天使(ドミニオン)」も、こうして復権を果たした神々・精霊たちが形を変えたものだと言われています。

そもそも、「ドミニオンDominion」という言葉自体がギリシア語の「神の如き者」を意味するダイモニオンDaimonionに由来するもので、悪魔を意味する「デーモンDemon」と同根の言葉です。
カトリックの「聖母マリア」信仰も、こうして復権を果たした大地母神が教義の中に取り入れられたものだと言われています。


●サタンとデヴィル
悪魔を差す言葉としては、デヴィルやデーモンの他に「サタンSatan」があります。

こちらは「敵対者」を意味するヘブライ語に由来するもので、もともとはユダヤの教えに登場する神の従属者でした。
彼らは人々を惑わせ、社会に混乱を巻き起こします。

惑わせるのに「従属者」と言うのも変な話ですが、彼らは本気で神に逆らっているのではなく、あえて倫理に反する行動を取ることで、人間の神に対する忠誠心を試しているのだと言います。
キリスト教では「サタン」と言えば悪魔王ルシファーただひとりを差します。

もっとも、聖書や教典などでは、彼らはそんな「深謀遠慮」などおくびにも出さず、もっぱら人々の間を狡猾に動き回り、信仰の邪魔をし、堕落させる存在として描かれます。
「アダムとイブ」のイブを誘惑した蛇も、大天使ミカエルによって天界を追われた竜も、イエス・キリストの瞑想を邪魔した悪霊も、すべてこうした「サタン」が形を変えたものになりました。

さて、デヴィルDevilという言葉は悪魔全般を差す一般名詞に過ぎませんが、このデヴィルに「The」がついた「ジ・デヴィルThe Devil」という形になると、これは数ある悪魔の中でもひときわ力を持った最高幹部たちを差します。
具体的には、悪魔王ルシファー、「蠅の王」ベルゼブブ、アスモデウス、ベリアル、ベヒモス、リヴァイアサンなどを差します。


●悪魔の体系化
悪魔は世界に数千億の眷属がいると言います。1000億と考えても地球上の人口の15倍以上ですから、いったいどこにそんな数の連中がいるのだという感じですが、それだけ人々が「敵」の強さを求めていたということなのでしょう。
少年漫画でもそうですが、敵が強ければ強いほど、その数が多ければ多いほど、彼らに対抗する「正義(=神)」の強さや格好良さが際立ってくるわけですから……。

悪魔の数が増えてくると、これを体系化しようとする学者が出てきます。あやふやだった外見に明確なイメージが与えられ、地位・職能・役割・経歴などの要素が付加されるようになりました。

例えばルシファーは堕天使で天使ミカエルの双子の兄で悪魔王の地位にいる。ベルフェゴールは地獄の大幹部で発明と創意工夫をつかさどる。リヴァイアサンは海軍の大提督でウソや詐欺をつかさどる……なとと言ったように。

こうした体系化の中でも、有名なのが「七つの大罪」にそれぞれ7人の悪魔が属しているという分類のしかたでしょう。
これは、悪魔学者によってそれぞれ違ったパターンが示されていて、いずれもそれなりに説得力があります。

以下にあるのは、悪魔学者ピンスフェルドによる分類法です。

ルシファー:自慢(プライドPride)
マモン:貪欲(アヴァリスAvarice)
アスモデウス:淫乱(レシェリーLechery)
サタン:憤怒(アンガーAnger)
ベルゼブブ:大食(グラトニーGluttony)
リヴァイアサン:嫉妬(エンヴィーEnvy)
ベルフェゴール:怠惰(スロースSloth)

同じく悪魔学者のアルフォンス・ド・スピナは、大罪別ではなく性格別の分類法を残しています。その内容は次のとおりです。

1.運命をつかさどるもの
2.物体を動かすもの(但し、損害は与えない)
3.淫魔(インキュバスとサッキュバス)
4.人間のように現れては、大声で飲み食いし、騒ぐもの
5.人間と飲み食いするもの
6.夢魔(夢の中で人間を怖がらせる)
7.男女の交接の際の分泌液から形成されたもの
8.人間をまどわすべく、男や女の姿で現れるもの
9.聖者を攻撃するもの
10.サバト(悪魔儀式)へ行こうと誘うもの


●悪魔の能力と弱点
悪魔はさまざまな能力を持っています。魔法を使ったり、幻覚を見せたり、空を飛んだり、呪いをかけたり……。中でも頻度、バリエーションともにとりわけ群を抜いているのが「変身能力」です。ある意味、悪魔としての「格」は、いかに上手に変身を行うかにかかると言っても過言ではありません。

人間はもちろんのこと、イヌやオオカミ、羊、牡山羊、熊、猫、サソリ、馬など、ありとあらゆるものに彼らは化け、必要とあらばドラゴンや天使の姿を取ることさえあります。
また、頭が人間で身体がイヌといったキマイラ状の化け方も、悪魔によっては可能です。

もっとも、彼らの化け方は不自然さと言うか、「違和感」みたいなものが残るのが普通です。
外見は完璧に人間であっても、顔色が異常に悪かったり、凄まじい異臭がしたり、視線が到底人間のものではなかったり……。
もっと単純に尻尾の有無や影の形で悪魔とバレるパターンもあります。
また、何にでも化けると言っても、子羊と鳩にだけは変身することができません。理由はよく分かりませんが、神に禁じられているからとも言われています。

悪魔が最も苦手としているのは、太陽の光です。ゆえに、どんな高位の悪魔であっても、昼間は野獣の中に隠れてやり過ごします。
他にも、聖水や十字架などのホリーシンボル(聖印)、ヒヨス、ヨモギ、ルリハコベなどの薬草も苦手としています。硫黄の粉を燃やしていぶすというのも効果的です。旧約聖書では魚の内臓をいぶしたものを使っていました。


●悪魔祓い(エクソシスム/エクソシズム)
万が一、悪魔に取り憑かれたらどうしたら良いでしょうか。いろんな方法が考えられますが、まずは聖職者のところへ行って「悪魔祓い」をしてもらうのが一番だと思います。

キリスト教の場合、聖水や十字架、蝋燭、塩などの道具を用いて、賛美歌を歌い、神の名を唱えて、十字を切り、悪魔にこの身体から出て行ってもらうよう説得します。
本当に効くのかなあ?といった感じですが、弱い悪魔ならこの程度で充分なのだそうです。

厄介なのはベルゼブブやアスモデウスと言った高位の悪魔が取り憑いた場合。この時は並みの聖職者では祓えませんので、総力戦になります。

何人もの悪魔祓い師(エクソシスト)が集結し、それでもダメなら司祭や司教といった高位の聖職者の力も借ります。
むろん、賛美歌や聖印で何とかなるようなレベルではなく、説得する方も命がけです。昔は暴力や拘束などの手段を取る場合もあったそうで、そのために多くの人々が生命を落としました。

この「悪魔祓い」は決して過去の話ではなく、今もどこかで行われ続けているのだそうです。ローマには何人もの「公認悪魔祓い師」が存在し、実際に儀式を行っていると言います。

なお、現代の悪魔祓いはいきなり儀式から入るのではなく、まずカウンセリング……つまり「被害者」の言い分を聞くことから始まるそうです。
単なる情緒不安定ならば病院を勧め、それでも治らない(あるいは真正な悪魔のしわざと判明した)場合について、初めて儀式という手段に訴えます。



●亜種・別名など
デーモン/サタン/ルシファー/ベルゼブブ/アスモデウス/アモン/ベルフェゴール/ベリアル/ベヒモス(ベヘモト)/リヴァイアサン(レヴィアタン)/フィエント/バアル

デメテルDemeter

●農作物の女神
デメテル(デーメーテール)は、穀物を中心とした農作物をつかさどる女神です。クロノスとレアの子供であり、ゼウスから見れば姉に当たります。
ギリシア12神のひとりと言われ、その名前は「大地の母」「麦の母」を意味すると言われます。

ローマ神話ではケレスに該当し、「シリアル食品」の「シリアル」はこのケレスがなまったものです。
信仰の範囲はギリシアのみならず、小アジア、シチリア島にまで及ぶとされ、神殿は森の中にありました。

彼女を象徴するものは麦の穂とケシの花であり、特にケシの花は、娘を失った悲しみを癒すのに使われました。

彼女はゼウスの多くの愛人のひとりでもあり、彼との間に冥界神の妃ペルセポネをもうけました。また、ポセイドンとも馬の形で交わり、神馬アレイオンとデスポイナ(女主人の意)を生んだとされています。


●ハーデスとペルセポネとデメテル
彼女はゼウスとの間に生まれた愛娘ペルセポネを溺愛し、こよなく可愛がっていました。
しかし、その娘が冥界神ハーデスによって連れ去られると、彼女は嘆き悲しみ、あらゆる職能を捨てて、松明を片手に探し回りました。
そして、ハーデスのところにいることを見つけると、帰るよう説得しましたが、ペルセポネは既に冥界のザクロの実を口にしていたため、デメテルのところに帰ることはできませんでした。

そのころ、彼女があらゆる職能を捨ててしまったので、農作物が育たなくて困っている地上および天界では、ゼウスらによって妥協案が模索されます。

妥協案とは、一年のうち、3分の1は冥界神の妃としてハーデスのところにいる。だけど、3分の2はデメテルのところに帰る、ということでした。
デメテルはその案を呑み、一年の3分の2を愛娘とともに暮らす生活に入ります。しかし、ハーデスのところに行く時は嘆き悲しんで職能を放り出すので、今も農作物は、一年のうち3分の2しか育たないということです。


●デメテル信仰
彼女についての神話を語る「デメテル賛歌」によれば、彼女は娘を探して放浪している最中、アテナイ近郊のエレウシスに来て、ケレオス王の子デモポンの乳母となっています。

彼女はこの子を不死にしてやろうと考え、あらゆる食物を遠ざけて、その代わり自分の息を吹きかけ、神饌(しんせん)を塗ってやり、夜になると、彼の人間としての部分をすべて取り除くため、彼を炉の火の中に隠しました。

一方、日に日に子供が人間離れしていくのを見た、ケレオス王の妃メタネイラは、不思議な乳母の様子をそっと見守ります。そして、子供を炉の火の中に入れたところで驚き、炉から子供を引きずり出します。
デメテルは頭を振って悲しそうに言いました。

「ああ、軽はずみな真似をしなければ、この子を不死にしてやれたのに」

そして、女神としての姿に戻ると、この地エレウシスに彼女の神殿を建て、秘儀をつかさどるよう言い残して去ります。

こうして、エレウシスはデメテル信仰の中心地となり、アッティカ地方(アテナイ近郊)では、ペルセポネの消失(冥界入り)と再生(帰還)の時季に盛大な祭が催されたということです。



●亜種・別名など
デーメーテール/ケレス/セレス

デルピュネDelphyne

●テュポンの味方
デルピュネはギリシア神話に登場する半人半蛇の怪物です。怪物テュポンがゼウスと戦い、その腱を奪った時、その見張り番を行いました。

ただ、それだけの存在ですが、「デルフォイの神託」で有名なデルフォイとデルピュネは密接な関係があったという説があります。何と、デルフォイの番人だった大蛇ピュトンの正体は、大地母神だったデルピュネだったというのです。

あるいは巫女として仕えていた彼女を、アポロンが殺害してデルフォイを我がものとしたという話もあります。


●亜種・別名など
デルピュネー

デカラビアDecarabia

●五芒星の悪魔
デカラビアは地獄の侯爵で、ソロモン72将のひとりです。
召喚すると、魔方陣の五芒星の中に形のない光り輝く姿で現れますが、術者が命令すれば、人間の姿を取ります。ただし、誰かが何かを着せない限り、常に裸です。肌からは青いオーラのようなものが出ています。

彼の職能は、植物と石に隠された力の知識をもたらし、鳥の形をした使い魔の精霊を与えることです。

もともと水星を担当する天使でしたが、ルシファーの叛乱に従って参戦し、そのまま悪魔へと墜ちました。

ダプネDaphne

●河のニンフ(妖精)
ダプネはギリシア神話に登場する女性です。その名はギリシア語で「月桂樹」を意味します。

河神ペネイオスの娘と言われ、その美しいことで知られていました。
もちろん、求婚者は引きも切りませんでしたし、親も結婚を勧めたのですが、彼女はアルテミスのように、仲間の乙女たちと狩りをする方を選びました。


●アポロンの求愛
ある日、彼女は突然アポロンに求愛されます。それは次のような理由からでした。美と愛の神アプロディテの息子、エロスの矢を、ある時アポロンが嘲笑したのです。

「おれの矢はどんなものでも貫ける。お前の持っている矢はどんなものが貫ける?」

この言葉に腹を立てたエロスは、2本の矢を用意し、1本をアポロンに、1本をたまたまそこにいたダプネに向けます。アポロンに向けた矢は黄金の鏃(やじり)がついたもので、どんな相手でも愛してしまうもの。
ダプネに向けた矢は鉛の鏃(やじり)がついたもので、あらゆる異性を嫌いになってしまうものでした。

果たして、エロスの矢はそれぞれを射貫き、アポロンはダプネにたちまち恋してしまいました。一方、ダプネの方は、求愛してくるアポロンに嫌悪感を感じ、逃げてしまいます。

追いかけ続けるアポロンに、逃げ続けるダプネ。しかし、女性の足では逃げ切ることができず、彼女は父に助けを懇願します。

「お父様、もし私を哀れと思うならば、いっそのこと木に変えてください」

ダプネがそう叫んだ時、アポロンがついに追いつきます。しかし、その美しい姿は、月桂樹の木に変わっていました。願いは叶えられたのです。
悲しみに沈んだアポロンは、ダプネへの愛のあかしとして、月桂樹を彼の木として、その葉で作った冠を頭にかぶることを決めます。


●ダプネ信仰
ダプネはもともと、ピニオス川(古代のペネウス川)が流れる北テッサリアの、テンペ渓谷で崇拝されていた血の女神だったと言われます。彼女の崇拝には、予言を得る道具として、月桂樹の乾燥葉が使われていました。

この地を征服したギリシア人は、やがてアポロン信仰を確立する際に、ダプネ(=月桂樹)をアポロンの恋人として設定し、月桂樹を彼の聖なる葉として取り入れました。



●亜種・別名など
ダプネー

ダンタリアンDantalian

●化ける悪魔
ダンタリアン(ダンタリオンとも言う)は地獄の公爵で、ソロモン72将のひとりです。

召喚されると人間の姿で現れますが、その顔は老若男女、さまざまに変化し、一定することがありません。右手には分厚い一冊の本を持っています。
それにはすべての生き物の過去・現在・未来の思考が書かれています(ただし、ダンタリアン以外には何が書いてあるのかまったく分かりません)。

秘密の知識や他人の内心の考えを術者に教え、また、あらゆる学芸に通じています。さらに、彼は男女の意を思いのままに操ることができ、遠く離れたところにいる人間の幻を見せることができます。

つかさどるものは「善」「寛大」「善良ゆえの愚鈍」です。



●亜種・別名など
ダンタリオン

キュクロプス(サイクロプス)Cyclops

●一つ目の巨人
キュクロプス(サイクロプス)は、ギリシア・ローマ神話に登場する一つ目の巨人です。その名前は「丸い目」を意味し、複数形ではキュクロペス(サイクロペス)Cyklopesの名で呼ばれます。

ガイアとウラノスの子供で、当初はブロンテス(ギリシア語で「雷鳴」の意)、ステロペス(同じく「電光」)、アルゲス(同じく「閃光」)の三人一組でした。

彼らはその大きな一つ目と、巨大な身体から、父ウラノスに疎まれ、大地の深奥タルタロスに閉じ込められますが、のちにゼウスによって解放され、クロノスに対抗したゼウスたちの味方となって、さまざまな武器を作りました。
その貢献の報償として、彼らはエトナ火山の下に仕事場を与えられ、火と鍛冶の神ヘパイストスとともに、アポロンの弓やアテナの鎧、ゼウスの雷霆(らいてい)や電光を作っているとされています。


●荒々しい巨人
ホメロスの「イリアス」によれば、彼ら三人兄弟は土地の女性と結びつくことによって、さまざまな子供を生んだとされています。アカマス、ピュラクモン、ポリュペモスたちです。
彼らは法も耕作も知らず、牧羊で暮らしていましたが、ただ、性格は荒々しく、人間を食らうこともあったということです。

キュクロプスのすみかは岩山などの険しい山岳地帯で、彼らはそこに穴を掘り、ねぐらと大きな石版で蓋をした素朴な家畜小屋を作って暮らしています。
種族同士で暮らすことはあまりなく、たいていひとりで棲んでおり、他の仲間とは距離を置いています。

ただ、お互いに無関心というわけではなく、仲間に危機が近づけば応援にかけつけますし、また、何か理不尽な罰を受けた時に、神々に祈ってその願いを聞き届けてもらえる権利を持っています。


●「オデュッセイア」のキュクロプス
ホメロスの「オデュッセイア」には、キュクロプスのポリュペモスが、トロイア戦争から帰還中のオデュッセウス一行を捕まえて、餌にしていた話が収録されています。

シチリア島で難破し、ポリュペモスに捕まったオデュッセウスたちは、毎日2人ずつ頭をつぶされ、一呑みにされていました。
これでは全員死んでしまうと思ったオデュッセウスは、一計を案じ、ポリュペモスに酒を勧めます。そして、オデュッセウスはこの時、自分の名は「ウティス」だと名乗りました。

ポリュペモスは慣れない酒に酔ったのち、寝込んでしまいますが、オデュッセウスはかねてから用意してあった、先を尖らせた薪を、彼の目に突き立てます。
あまりの痛さに大声で叫んだポリュペモスの様子に、何だ何だとやってくる他のキュクロプスたち。「誰にやられた」と言うので、「やったのはウティスだ」と答えます。
実は、「ウティス」とは「誰でもない」という意味だったので、「誰でもないのなら、自分でやったのだろう」と他のキュクロプスは帰ってしまいました。

オデュッセウスたちは彼の目が見えなくなったことをいいことに、彼の飼っていた羊の腹にぶら下がり、脱出します。
ポリュペモスは誰か乗っていないか、羊の背中だけをなでたので、腹の底にしがみついているオデュッセウスには気づかなかったのです。

ようやく自分たちの船に戻り、シチリア島を脱出した一行は、嬉しさのあまり、船の上から、自分たちが脱出したことを告げ、しかもなお、その目を潰したのはオデュッセウスだ、と言ったのです。
ポリュペモスはその声のする方向に大岩を2つ投げましたが、当たりませんでした。

しかし、彼は最高神ゼウスに祈る権利を与えられていたので、この不埒なオデュッセウス一行に苦難を、と願います。
果たして、その願いはポセイドンによって聞き遂げられ、オデュッセウスら一行はその後長い間に渡る旅を余儀なくされるのです。


●キュクロプスの象徴するもの
一見、残忍に見えるキュクロプスですが、理性や法にとらわれぬ「自然の創造力」を表しているとされています。

一説によれば、一つ目の巨人は神に仕える者として聖別された身体欠損者や、冥界に通じる条件としてあえて自分の片目を潰した巫女など、もともと片目であった者を伝説化したものではないか、とも言われています。
シンボリズムの世界では、一つ目は自然の「根源の力」「軽信」「無知」などを象徴します。

その一方で、この一つ目種族を(巨人ではないにしろ)実在する者として信じる人も多く、1世紀のローマの著述家プリニウスは、「博物誌」の中で、キュクロプスを「人身御供を行う種族」と位置づけています。

中世に入ると、キュクロプスは先天的異常や「未開人」を象徴するものとして、さまざまな博物誌や旅行記などにその存在が描かれました。

キメリエスCimeries

●黒人の悪魔
キメリエス(シメイス)は地獄の侯爵です。アフリカ全域の悪霊を支配していると言われ、その肌は黒く、馬にまたがった雄々しい戦士の姿で現れます。
ソロモン72将のひとりです。

人を勇敢にし、文字や言語を教え、失せものや隠された財宝のことに通暁(つうぎょう)していると言います。特に、アフリカで起こった出来事については、詳細な知識を持っています。

もともとは、この悪魔は名前からも分かるように、キンメリア人(古代中央アジア、アフリカ北部を支配した部族)の戦闘神と言われており、ルシファーが天界に叛旗を翻した時に傭兵として参加し、そのまま堕天して悪魔になったと言われています。


●亜種・別名など
シメイス

キマイラ(キメラ)Chimaira/Chimera

●複合怪物
キマイラ(キメラ)はギリシア神話に登場する怪物です。
その名前はギリシア語で「牡山羊」を意味する言葉から来ていますが、一般にはライオンの頭、山羊の身体、蛇の尻尾を持つ姿で知られますが、それぞれの部分から原型となった動物の頭が生えているとするものあり、人間の顔を持つものあり、けっこうその外見はバラエティに富んでいます。

13世紀の「ウェストミンスター動物寓意譚」では人間の顔を持つ怪物に描かれておりました。いずれにしても、並はずれた巨体と腕力の持ち主で、口からは炎を吐くことができます。


●ギリシアのキマイラ
もともと、この怪物はヒッタイト地方(トルコ南部)の聖獣で、活火山として有名だった西トルコのリュキア火山(キマエラ火山)を動物化したものです。
その独特の風貌も、山中に棲んでいた代表的な動物3種……つまり、頂上付近のライオン、中腹の山羊、ふもとの蛇を、そのまま組み合わせたものであると言われています。あるいは、春・夏・冬の三季を表すという説もあります。

古代ギリシアの詩人ホメロスは、著書「イーリアス」の中でこの「奇妙な動物」について触れており、「人間ではなく神族に属し」「体躯の前がライオン、後ろが蛇、中間は山羊」の形をしていると述べています。
紀元前700年ごろの詩人ヘシオドスも、この怪物は水蛇ヒュドラの子供であり、雌山羊・獅子・大蛇(もしくはドラゴン)の頭を持つと著書「神統記」に書いています。

ギリシア神話では、リュキア地方(トルコ西部)を荒らし回る傍若無人な怪物として登場しています。しばしば大暴れしてはリュキアの人々を困らせたので、英雄ベレロフォンによって退治されました。

彼は、マトモに正面からぶつかってもかなわないことをよく分かっていたので、一計を案じ、槍の先に鉛の塊を取り付けました。
ペガサスに乗り、空中から怪物の顔めがけて急降下。そして、まさに火を吐かんとしている怪物の口の奥深くに、その鉛を差し込みました。
キマイラは突然現れたこの厄介者に、炎を吐こうとして対抗しますが、噴射したその瞬間、鉛の塊が口の中で溶けて喉を塞いたので、怪物は窒息して死んでしまいました。


●キマイラの象徴するもの
この怪物は、見た目の恐ろしさやギリシア神話にも語られる獰猛さから、「肉欲」もしくは「売淫」を象徴するものとして、しばしばキリスト教の説話にも登場するようになりました。
「女性は欲深い」という考え方から、しばしばこの怪物と女性を結びつける者もおり、中世には売春婦や女性そのものを「キマイラ」と呼ぶこともあったようです。12世紀の詩人マルボートは次のような詩を残しています。

「キマイラよ、ひとは汝にきわめて適切にも三つの形態を与えた。
すなわち、前方には獅子、後方にはドラゴン、そして中央には熱く燃えたぎる火を。
これが娼婦の本性を隠す幻のイメージなのだ。
なぜかといえば、彼女はその餌食をさらってゆくために、いかにも上品な外見を装いながら、獅子の口を突き出すからだ。この見かけの上品さによって、彼女は犠牲者を手中に収めるや、その愛欲の炎で彼らを貪り喰うのだ」

「恋愛」の象徴と考えられることがあるのは、衝動(ライオン)と成就(山羊)と悔恨(蛇)という組み合わせのゆえでしょうか。あり得ない組み合わせというところから「不可解な夢」「不調和な幻影」を表すこともあります。

キマイラChimeraを形容詞化したキメリカルChimericalという言葉は「想像上の」「奇想天外な」という意味です。


●現代のキマイラたち
キマイラという名前は、異質な二面性を持つものの比喩としても使われます。
例えば戦前・戦時中に独立国家としての体面を持ちながら、一方で日本の傀儡としても機能した「満州国」は、しばしば「キメラ国家」と呼ばれました。

そもそも、キマイラという呼び名そのものに「二つ以上の動物を融合させたもの」というイメージがあって、異なった動植物を掛け合わせたものを「○○と××のキマイラ」と表現することがあります。

生物学的手法で種類の異なった胚を融合させたものも「キメラ(キマイラ)」と呼ばれ、しばしばニュースなどでもこの言葉が使われます。

この系統で有名な例と言えば、やはり「ジャガイモ」と「トマト」を掛け合わせた「ポマト」を挙げずにはいられません。
地上にトマト、地下にジャガイモがなるという植物で、「科学技術の進歩」を語る時には必ずと言っていいほど引用されます。通常の「雑種」と違うのは、異なった性質・属性の生物を掛け合わせることで、両親の性質を併せ持った、あるいはどちらの性質も受け継がない、まったく新しい生物を生み出すということです。

このほか、有名なキマイラとしては、山羊と羊を掛け合わせた「ギープ」、ライオンとヒョウを掛け合わせた「レオポン」などの例がありますが、ポマトも含めて、これらの生物は例外なく繁殖能力が著しく落ちるという特徴があります。

ケルビムCherubim

●上級第二位の天使
ケルビムは上級第一位~下級第三位の九階級に分かれている天使の中で、上級第二位に位置する天使たちです。指揮官はヨフィエルとされています。

キリスト教教義においては「智天使」の名前が与えられ、「創世記」では楽園(エデンの園)の東門を守護し、あらゆる方向に向かう炎の剣(稲妻)を武器とし、「契約の箱」を守り、「詩編」では神の乗り物として、その台座を運びます。

その名前は「知識」もしくは「仲裁する者」を意味するヘブライ語に由来し、アッシリア(現在のシリア)では寺院や神殿の入り口を守る番人の役割を持ち、エジプトでは「夜空」「宗教の勤行」をつかさどるとされました。


●エゼキエル書の記述
ケルビムの姿は、預言者イザヤの幻視において、次のように詳しく描写されています。

「その中に何か四つの生きもののようなものが現れ、その姿はこうであった。彼らは何か人間のような姿をしていた。
彼らはおのおの四つの顔を持ち、四つの翼を持っていた。
その足はまっすぐで、足の裏は仔牛の足の裏のようであり、磨かれた青銅のように輝いていた。
その翼の下から人間の手が四方に出ていた。そして、その四つのものの顔と翼はは次のようであった。
彼らの翼は互いに連なり、彼らが進む時には向きを変えず、おのおの正面に向かってまっすぐ進んだ。
彼らの顔かたちは、人間の顔であり、四つとも、右側に獅子の顔があり、四つとも、左側に牛の顔があり、四つとも、うしろに鷲の顔があった。
(中略)
それらの生きもののようなものは、燃える炭のように見え、たいまつのように見え、それが生きものの間を行き来していた。火が輝き、その日から、いなずまが出ていた」(エゼキエル書1.5~13)。


●異形の天使
怪物に詳しい方ならば、この説明を聞いて、「まるでアスモデウス(悪魔)やか阿修羅のような姿ではないか」と思われたのではないでしょうか。実際、スフィンクスなどの怪物とケルビムを関連づける学者もいるようです。

同じエゼキエル書によれば、彼らの足には四つの車輪がついており、また、全身に目がついていて、絵画などでは二枚の翼を全面で交差させ、その翼に多くの目がついた姿で描かれます。

一般に天使は人間の姿に似ていると言われますが、ケルビムはそれに当てはまらない、まさに「異形の天使」とも言うべき存在なのです。


●紋章学におけるケルビム
ケルビムは紋章学において、「品位」や「栄誉」「高位」などを意味します。
中世末には、丸ぽちゃの小天使(プッティ)として、ミケランジェロをはじめとするルネサンス期の画家が好んで描くモチーフとなりました。

ちなみに、彼らの姿は、セラフィム(上級第一位の天使)が赤なので、天空の色、すなわち「青色」に塗られるのが普通です。

シャクスChax

●嘘つきな悪魔
シャクス(スコクス、チャクスとも言う)は地獄の公爵であり、侯爵でもある悪魔です。悪霊の30個軍団を率い、ソロモン72将のひとりにも数えられます。
野鳩もしくはコウノトリの姿で現れ、人間に変身することはありません。きわめて聞き取りにくいしゃがれ声で喋ります。

召喚した者のために金を盗み、命じられれば相手の視聴覚や声を奪います。また、隠された財宝の在りかを知らせ、超自然的なことについて喋ります。

ただ、気をつけなければならないのは、魔術の三角の中に呼び出さなければ、彼は虚言ばかり吐き、術者を欺こうとすることです。忠実なふりをして、その実、嘘ばかりつくのです。上手い具合に三角の中に呼び出せば、彼は本当のことを喋ります。

「重荷」「抑圧」「苦労」「辛抱」をつかさどる悪魔です。



●亜種・別名など
シャックス/スコクス/チャクス

カリュブディスCharybdis

●渦巻の怪物
カリュブディスは、ギリシア神話に登場する怪物の名前です。
海の底に棲み、1日に3回、大きく水を吸い込んで吐き出します。そのたびに海に渦巻が起きて、そこを通る船はことごとく沈没することから、船乗りたちに恐れられていました。

彼女はガイアとポセイドンの娘で、当初女神でしたが、ヘラクレスの捕まえてきたゲリュオンの牛を食べ過ぎたため、その貪欲さをゼウスに責められ、雷に打たれて怪物に変えられました。

この怪物は、のちにイタリア半島とシチリア島の間にあるメッシナ海峡の北端辺りに棲んでいるとされました。常に海底にいるのでその姿は分かりません。

対岸には怪物のスキュラがいて、近づくと船乗りを襲うとされていましたが、カリュブディスの方が確実に死に近づくということで、彼らはスキュラのいる岩場の方を選んだということです。


●オデュッセイアに見るカリュブディス
カリュブディスの名前は、詩人ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」に見ることができます。

主人公のオデュッセウスはカリュブディスのいる海域を通ることになりましたが、最初スキュラのいる場所を通ったため、一人の部下を失います。
慌てて舵を反対側に切ったはいいものの、今度はカリュブディスの渦に巻き込まれます。そこで、オデュッセウスは渦の上にあった岩に飛び移り、そこに生えていたイチジクの枝に捕まります。

やがて渦の中から再び船のマストが出てきたため、枝から船へと飛び降りて難を逃れたということです。

カラドリオスCharadrios

●病を吸い取る鳥
カラドリオスは、古代ローマおよび中世ヨーロッパの動物寓意譚に登場する鳥です。その名前はチドリの仲間ムナグロを意味するギリシア語ないしラテン語から来ており、いちおう実在する鳥です。
いっけん、何の変哲もない鳥なのですが、古代ローマや中世ヨーロッパでは、とある不思議な習性を持つということで、しばしば重要視されました。

その習性とは、病人のところに連れてゆかれると、ひと目でその病気が死すべきものなのか、それとも治る可能性を持つものなのかを判断するというものです。

病人が死すべき運命にある時は背中を向けて無視し、治る可能性がある時はくちばしを開いてその病を吸い取り、天高く舞い上がり、吸い込んだものを汗のように発散して、一日にして病を癒します。

むろん、実在のムナグロにそのような習性がないことは周知の通りですが、毒ガスに対するカナリアの如く、当時はそのような伝説がまことしやかにささやかれたのです。


●カラドリオスの伝説
この鳥が病気を吸い取るという伝説はかなり古くから信じられており、古代ギリシアにまでさかのぼることができます。古代ローマの学者プリニウスの「博物誌」にも、この動物は登場します。古代ギリシアでは黄疸を吸い取る鳥として重宝されました。

中世に入ると、この鳥は黒い部分がひとつもない純白の鳥ということにされ、しばしばイエス・キリスト自身と同一視されました。
ちなみに、図鑑などを調べると分かるのですが、ムナグロ自身は羽にしっかりと黒い点々を持っており、純白とは程遠い鳥です。

しかし、そんなことなどお構いなしに、中世に入ると御救いをもたらす鳥として、ますますこの鳥は神格化されるようになります。

14世紀の作とされるフランス・リヨンのサン・ジャン大聖堂のステンドグラスには、病人の枕元に寄り添うカラドリオスの姿を見ることができます。

ケートスCetus

●クジラの怪物
ケートスはギリシア神話に登場する怪物です。
その姿は伝承によって違いますが、おおむねクジラのように膨れた身体を持った肉食獣とされています。ケートスとはクジラを意味するギリシア語だからです。

この怪物は、エチオピア王妃カシオペイアの不遜な言葉から生まれました。

ある時、カシオペイアは娘アンドロメダの美しさは、女神にもニンフ(妖精)にも勝ると言いました。この言葉に怒ったポセイドンはエチオピアにこの怪物を送り込みます。
エチオピアはこの怪物によって荒廃しました。そして、エチオピア王ケペウスは、この怪物を治めるには娘アンドロメダを生贄にするしかない、と思い、彼女を岩場に繋ぎます。


●ペルセウスの登場
そこへ偶然通りがかったのが、メデューサを退治した英雄ペルセウスでした。彼はアンドロメダの美貌に魅せられ、彼女を妻にしたいと考えました。王ケペウスはケートスを何とかしたら妻にしても良いと言います。
そこで彼は、メデューサの首を使って、ケートスを岩に変えました。王は喜んで、アンドロメダの婿にペルセウスを迎えます。

なお、ケートスはその後神々によって天空に挙げられ、鯨座となりました。

ケルヌンノスCernunnos

●ケルトの古神
ケルヌンノス(ケルヌノス)は、ガリア(フランス)とブリテン(イギリス)で崇拝された、ケルトでも最も古い神のひとりです。

その姿は、おおむねあぐらをかいて座り、袖無しの長衣(チュニック)にガラス玉の首飾りといういでたちで、頭には一対の立派な枝状角が生えていました。
そこから、古代ローマ人によって「角を持つ者」を意味するケルヌンノス、もしくはケルヌノスと呼ばれました。

●豊穣の神
ケルヌンノスは野生動物や森林の神であると同時に、角が豊穣のしるしと考えられていたため、豊穣の神と見なされました。ローマ人はこの神を、伝令や死者の神であるメルクリウス(ギリシア神話のヘルメス)と同一視したと言われています。

ガリア北部ではこの神は重要視されたらしく、ノートルダム大聖堂の下から発見された祭壇には、このケルヌンノスのレリーフが、他の神よりも大きく彫られていたそうです。
また、ガリア南部の文書や彫刻にもケルヌンノスが記録され、そのルーツは旧石器時代にまでさかのぼることができると言います。

ただ、中世に入ると、この枝状角は豊穣のしるしではなく、悪魔のしるしと見なされるようになります。


●亜種・別名など
ケルヌノス

ケクロプスCecrops

●アテナイ初代の王
ケクロプスは、アッティカ(アテネとその周辺の地)の王にして、アテナイを創設した功労者と目されている、半人半獣の人物です。アッティカの王エレクテウスの精子が大地(ガイア)と結びついて生まれたとされ、そのため、彼の下半身は大きな蛇になっています。

彼はかつてアクテと呼ばれていたアッティカの地を12の部分に分け、その王になりました。ゆえに、かの地は彼にちなんで「ケクロピア」と呼ばれるようになったということです。

アテナイの地を巡ってポセイドンとアテナが争った時にも、彼は登場し、アテナに有利な発言をしてアテナイ初代の王に就任しています。


●賢王ケクロプス
彼は古代ローマのロムルスよろしく、さまざまな功績が彼のもとに帰せられています。
一夫一婦制を決めたとか、生贄の制度を廃止したとか、その他にも、財産、政治、婚姻、葬礼についての法律を制定し、人びとに文字を教え、ゼウスやアテナを崇拝することを奨励するなど、革新的な働きをしました。

アテナイの中央部にあるアクロポリスの丘の神殿には、彼の墓所があったとも言われています。

カイムCaym

●ツグミの悪魔
カイムは地獄の大総統にして、上級魔神のひとりです。悪霊の30個軍団を率いるソロモン72将のひとりであり、偽エノク書にも名を連ねている数少ない存在です。
彼は現れる時は常にツグミの姿を取ります。そして、すぐにその変身を解いて、鳥のかぶり物をし、孔雀の羽をつけた、細い剣を携えている男の姿に変わります。

喋らないという説もありますが、一般には詭弁の達人ということでも知られます。どんな評論家も彼にはかないません。一説には、マルティン・ルターと論戦をやり合ったのが、この悪魔だとされています。

また、鳥の悪魔らしく、あらゆる鳥、あらゆる動物の言うことを理解することができ、波音さえ彼には言葉となって聞こえます。
つかさどるものは「悪行」「窃盗」です。



●亜種・別名など
カミオ

カトブレパスCatoblepas

●アフリカの怪物
カトブレパスはローマの著述家プリニウスの「博物誌」で、初めて言及された怪物です。その名前はギリシア語で「うつむく者」を意味し、その名の通り、細い首の先に重い頭がだらりと垂れ下がっており、いつもうつむいたような格好をしています。

大きさは並みで、脚は鈍く、普段は地面を見て暮らしていますが、その目を見るとたちまち死に至ると言われます。

この怪物はエチオピア(現在のアフリカ北部)やエジプト南部の荒れ地に棲息し、初期の旅行者の中の記録にも、この動物に言及したものがいくつかあります。

恐らくはアフリカのヌーではないかと考えられていますが、3世紀の著述家、ミュンドスのアレクサンドロスによれば、ユグルタ戦争(紀元前112年)の時に、ローマの将軍マリウス率いる一隊がこの怪物に出くわし、壊滅状態に陥ったとされます。


●中世のカトブレパス
中世ヨーロッパの動物寓話集によれば、この怪物はピンクの目を持つと言われ(どうやって確認したのでしょうか……)、痩せた細い身体の上に豚の頭が乗っている姿をしているとされました。

しかし、エドワード・トップセルはこれを「ゴルゴン」と呼び、身体は鱗に覆われ、ドラゴンのような翼と巨大な歯を持ち、ひづめの代わりに「手」を持つとされました。

フランスの作家フローベルの「聖アントワーヌの誘惑」によれば、この怪物は黒い水牛で、豚のような頭は地面まで垂れており、首は空っぽの腸のようにグニャグニャしていると言います。
頭を自分で支えることができないので、自分の毒息で濡れた草を舌でむしり取ります。太っているためいつも腹ばいで動き、顔は硬いたてがみで覆われているため、脚は見えません。まぶたはバラ色にふくれ、その奥に死をもたらす目を隠していると言います。

この怪物は聖アントワーヌが耐えねばならない恐怖のひとつに数えられています。



●亜種・別名など
ゴルゴン

カプリコーンCapricorn

●アイギパンの変身した姿
カプリコーンは上半身が山羊、下半身が魚のキマイラ(複合動物)です。

ギリシア神話に登場し、そこではテュポンに追いかけられたアイギパンが、水中(ナイル川)へ逃れるために変身した姿とされています。それを、ゼウスが天空にあげて、山羊座としました。占星術では十二宮の第10箇目に当たり、「魔蝎宮(まかつきゅう)」、すなわちカプリコルヌスの名で呼ばれます。

カプリコーンという名前は、山羊を意味するラテン語Caperと、角を意味するラテン語Cornuが合わさったものだと言われています。


●カプリコーンのバリエーション
基本的な形は上半身が山羊で、下半身が魚ですが、しばしば雄山羊の頭部と蛇の尾を持って描かれることがあるようです。どちらの場合も象徴的な意味は変わりません。

また、魚の尾を持っている場合でも、ぐるりと蛇のようにとぐろを巻いていることが多く、それが極端になると、巻き貝から山羊の上半身を出した格好で描かれることもあるようです。中世の本には、しばしばこうした巻き貝タイプが登場しています。


●カプリコーンの象徴するもの
カプリコーンは、しばしば山羊(山)と魚(海)の複合体ということから、ものごとの二元性を表すことがあります。
また、二重人格、二重の性格(因襲的ではあるが、社交的でもある、など)を象徴する場合もあるようです。

カクスCacus

●邪悪な怪物
カクスはギリシア・ローマ神話に登場する怪物、あるいは巨人です。ローマ神話の火の神ウルカヌスの息子で、本来は火の神の眷属だったそうですが、ヘラクレス伝説に組み込まれる過程で、怪物へと変じました。

ギリシア神話では、三つ首を持ち、それぞれの口から火を吐くとされ、のちにローマ市が建設されるティベリス川のアウェンティヌスの丘に棲んでおりました。
人間や家畜を襲ってはむさぼって食っていたため、彼の棲む洞窟には骨が山のように積み上がっていたとも言われます。


●ヘラクレスとの対決
そんな彼も、ヘラクレスと対決しています。

「十二の功罪」のひとつ、ゲリュオンの牛の確保を終え、帰途に就いていたヘラクレスは、ティベリス川の近くで野営します。カクスはこの牛に目をつけ、こっそりと、足跡でばれないように後ずさりさせながら何頭かを盗み、自分の住処へと運んでいきました。

朝になって、牛の数が足りないことに気づいたヘラクレスは、牛を探します。
そして、カクスの隠れる洞窟の前を通った時、周りの牛が一斉にいなないたため、彼はその場所まで来て、入り口を塞いでいた石を取り除きます。
事が露見した彼は、三つ首の口から有毒の火を噴いて応戦しますが、ヘラクレスは三つの首をそれぞれ締め上げ、絡ませて窒息させて殺します。

また別の説では、カクスの妹カカが裏切って兄と牛の居場所を教えたので、ヘラクレスはその洞窟へ向かうことができたのだと言います。
その功績で、ローマに彼女の神殿が建てられ、そこでウェスタ(ギリシア神話のヘスティア)と同じように、不滅の火が焚かれるようになったと伝えられます。



●亜種・別名など
カークス

ブネBune

●地獄の大公爵
ブネは有力な地獄の魔神で、大公爵位にあります。ソロモン72将のひとりであり、偽エノク書の目録にもその名前が記されています。悪霊の30個軍団を率います。

人間と犬とグリフォンの三つ首を持っているとされ、身体は緑色のドラゴンで、爪は銀、うろこは翡翠(ひすい)でできていると言われています。召喚には人間の生け贄が必要です。

死者の居場所を変え、死者の墓に悪魔たちを招集する能力を持ちます。
雄弁であるとのことですが、コラン・ド・プランシーの「地獄の辞典」では、身振りだけで話を行うとされています。自分の手下どもを豊かにしたり、雄弁にする能力を持っています。

ブネの支配下にある魔神はブニと呼ばれ、タタール人たちはきわめてこれを恐れます。それに立ち向かうには、曇りなき良心を持たなければなりません。
ただし、タタールの魔法使いはこのブニを操り、その力をもって未来を覗くことができるとも言われています。



●亜種・別名など
ブニ

ブエルBuer

●星形の悪魔
ブエルは地獄の総統であり、地獄の50個軍団を率いる二級魔神です。
ヒトデ型の身体、もしくは頭から折れ曲がった5つの足を直接生やしており、それで地面を転がるように移動します。星のように輝く銀の肌をしたケンタウロスの姿という説もあります。

ソロモン72将のひとり、および「偽エノク書」に書かれた悪魔のひとりで、「調和」「喜び」「笑い」「精妙」をつかさどります。ただし、人間に変身することはありません。

哲学と論理学、薬草学を教え、良い召使いの紹介を行い、手で触れるだけであらゆる病人の病や怪我を治すことができます。

ボティスBotis

●醜悪な毒蛇
ボティスは地獄の総統です。あるいは大公であるとも、伯爵であるとも言われ、26個の軍団を率います。ソロモン72将のひとりであり、「偽エノク書」の目録にもその名前が記されています。

姿は醜悪な毒蛇のそれで、二本の大きな角が生えています。この角と、二本の大きな牙は、人間に変身した時でも残っています。

彼の職能は、過去・現在・未来を見通すことと、友人間の不和の調停です。また、「物質の獲得」「相続」「貪欲」をつかさどります。


●最古参の悪魔
彼は数ある悪魔の中でも、最古参に属するものだと言われています。
角や蛇は、古代人の最も身近な恐怖を表すものだからです。

一説には、その知恵を買われてルシファー陣営に加わったはいいものの、すべての企てが失敗に終わったので、彼は復讐を遂げんと、別の方法を採りました。すなわち、蛇に変身して、エデンの園に侵入し、アダムとイブに「知恵の実」を食べさせたのです。

果たして、二人は楽園を追放され、ルシファー陣営は溜飲を下げました。それが本当とすると、ボティスは人間にとって(ルシファーを除き)最も罪深い存在であることになります。

ビフロンズBifrons

●怪物の姿をした悪魔
ビフロンズは地獄の伯爵で、26個の軍団を率います。ソロモン72将のひとりです。
名状しがたい怪物の姿で現れ、術者が命じると馬の胴体に腰蓑をまとった男性、もしくは見目麗しい若者の姿になります。

占星術や数学(幾何学)、魔法の薬草などを教授し、宝石と樹木の効能も解説してくれます。死体を別の形に変えて他の場所に配置したり、墓室の中に鬼火を点灯させたりもします。

一説には、ラルヴァと呼ばれる不定形の魔物が魔神化したものだと言われ、そのゼリー状の身体を様々に変化させることができると言います。
「愚行」「無礼」「浪費」「執着」を担当します。



●亜種・別名など
ビフロン

ベリトBerith

●錬金術師たちの魔神
ベリト(ベリス)は偉大なる地獄の公爵で、恐るべき存在です。ソロモン72将のひとりに数えられています。
「ベレトBeleth」と間違えやすいですが別の悪魔です。

顕現する時は赤い馬に乗る赤い衣服の兵士の姿で現れるなど、上から下まで赤づくしです。ただ一つ、頭だけ金色の王冠を乗せています。顔は古傷で覆われており、あごには豊かな髭をたくわえています。悪霊の26個軍団を率います。

あらゆる卑金属を「金」に変える力があり、そのため、錬金術師たちの魔神と見なす者もいました。また、人に地位を与え、歌手の声を明瞭で鋭いものにします。
過去・現在・未来に通暁(つうぎょう)し、魔法の指輪を使えば操ることもできますが、ひどい嘘つきであり、術者は彼の真意を見抜かなくてはなりません。

残酷なことを好み、拷問や虐殺を楽しむきらいがあり、そのため彼を「残虐公」と呼ぶ向きもあるということです。
もともとはシケム(パレスチナ中部の古代都市)で崇められていた女神であったという説もあります。



●亜種・別名など

ベリス

ベリアルBerial

●地獄随一のエリート悪魔
ベリアルは地獄の大王で、ソロモン72将のひとりにも数えられる有力な悪魔です。
50個師団もしくは80個師団という厖大な数の軍団を麾下に持ち、その影響力はきわめて強大です。火の戦車に乗った天使の姿で現れ、その物腰は優雅かつ威厳に満ちています。しかし、その魂は誰よりも穢れていて、仲間を裏切ることに何の痛痒(つうよう)も感じません。

かつては熾天使(セラフィム)、つまり上級第一位の天使であり、力天使(ヴァーチュズ)、つまり中級第二位の天使の支配者でありましたが、天上界の政争に負けて「自ら」地上へと降りました。
この辺、戦争に敗れて地に「堕とされた」悪魔王ルシファーとは一線を画しています。


●歴史に見るベリアル
歴史的に見て、ベリアルは神や善神としての経歴をほとんど持っていません。
天使だったという経歴もほとんど後付けみたいなもので、しかもそれを「自主的に」捨て去っています。彼はまさに悪魔として誕生し、活躍して、そして恐れられてきました。その意味では、あらゆる悪魔の中で最も「由緒正しい」存在であると言えるかも知れません。

そもそも、ベリアルという呼称からして「無価値な者」「邪悪な者」「無益な者」を意味する普通名詞から来ているのですから、彼がいかに悪辣な存在であるかが分かろうものです。


●聖書に見るベリアル
彼の名は旧約聖書偽典「ベニヤミンの遺訓」に見ることができます。
紀元前7世紀ごろに活躍したユダヤ王マナセに取り憑き、ユダヤの教えに反するあらゆる悪さをしたと伝えられています。それまで固く禁じられていた偶像崇拝を復活させ、預言者イザヤを殺したのも、ベリアルです。

さらに、死海沿岸にあったソドムとゴモラという街にあらゆる享楽と頽廃(たいはい)を持ち込み、人心を荒廃させました。
そのため、二つの街は「天から降る硫黄の火」で焼き滅ぼされました(旧約聖書・創世記第19章)。ちなみにこのエピソードから、「男色」を意味する言葉ソドミーSodomyという言葉が生まれています。

彼はまた、イエス・キリストを「告訴」した存在としても知られます。「地獄の権利に干渉し、地獄、海、大地、及び大地に棲むあらゆる者を、支配する権利」を悪魔から奪ったからです。
もちろん、大変な言いがかりに過ぎないのですが、キリストも預言者モーセを天国から弁護人として呼び寄せ、全面的に争います。

結局、神はベリアルの告発をすべてしりぞけ、キリストは晴れて無罪を勝ち取るわけですが、ただ一つ、「最後の審判」に地獄へ堕ちてくる魂の支配権のみ、ベリアル側も勝ち取ります。

もっとも、「あらゆる魂が救われる」と言われる日に、地獄へ堕ちてくるようなものはよほど穢れた魂であり、どれほどの価値があるか、はなはだ疑問ではあるのですけれども……。


●ベリアルの姿
ベリアルはその呼び出し方も一筋縄ではいきません。まず、生け贄に人間を用意する必要があります。
それを何とかクリアして、無事顕現させることができたとしても、呼吸するようにウソをつくので、質問の答えを得るのも一苦労です。

ちなみに顕現時の彼は天使と見まごうような美しい姿です。透き通った声で話し、気品も穏やかなので、よほど悪魔に通じている人間でなければ天使と区別がつきません。
実はそこがベリアルの狙いでもあります。天使の姿で人間を信用させることで、相手の知らぬうちにこっそりと悪の道へコントロールするのが、彼の真の目的です。

彼はかつて賢王ソロモンにも呼び出されたことがありましたが、その時は御前で踊りを披露し、また地獄の外交使節の代表として親書を王に手渡しました。

ベルフェゴールBelphegor

●地獄の女博士
ベルフェゴールは地獄の大幹部で、ルシファーの副官のひとりです。
悪魔では数少ない女性のひとりであり、人間に化けるときにも若い女の姿を取ります。

頭に二本の大きな角が生えており、後ろからは牛の尻尾が生えています。
発明と創意工夫の概念をつかさどり、悪魔たちの使うありとあらゆる武器を開発しました。言わば地獄の博士(ドク)、企業で言えば開発部長に当たります。

同じ頭脳派のアスモデウスと違うのは、理論だけでなく実務にもたけているという点です。ルシファーが天界に弓引いたときには、彼女はその傍らに馳せ参じて作戦立案の一切を取り仕切りました。

もともとは権天使(プリンシパリティーズPrincipalities、下級第一位の天使)の地位にあった存在で、要するに現場担当の下っ端に過ぎなかったのですが、堕天後、その能力を悪魔王ルシファーに買われて地獄の実務を取り仕切るに至りました。
要するに事務から一気に専務に駆け上がった悪魔の出世頭と言うわけで、彼女がいなければ地獄は一日たりともやってはいけないのではないかと思われます。


●ベオル山の女神
もともと彼女はモアブ人(ヨルダン人)たちの崇める存在であったと言われています。理知的な姿の女神で、放埒な性を司っておりました。
ベルフェゴールという名も「バアル・ペオル(ペオル山の王、裂け目の王)」に由来するもので、カナン人(パレスチナ人)の神バアルの尊称であったと考える人もいます。

彼女も他の魔神の例に漏れず、しばしば生け贄を求めたことから、ユダヤ系のラビによってデーモンの地位に貶められます。
旧約聖書「民数記」によれば、かつてヨルダン川東部にて、ベルフェゴールが疫病を起こしたことがあり、実に2万4000人が亡くなったとされています。
また、ギリシアの古神プリアポス(生殖の神)と同一視され、そのために彼女は大きな生殖器を持つ男性神の姿を与えられます。

また、排泄物をつかさどることからクレピュリス(屁の神)なんて称されたこともありました。ちなみに、排泄物は本来の意味や悪口の他に、財産そのものを表すこともあります。

こうしたイメージが影響しているのかは分かりませんが、中世のベルフェゴールはおおむね移動式便所、もしくは変な小箱に座る醜悪な悪魔として描かれる傾向にありました。
コラン・ド・プランシーの「悪魔の辞典」でも、やはり「彼女」は便器に座る、角を持った大男の姿で描かれています。


●人間嫌いの悪魔
ベルフェゴールはひどい人間嫌いという面を持っています。悪魔ならば誰しも人間不信ではあるのですが、彼女の場合それが極端なのです。それゆえか、「ベルフェゴールBelphegor」という名前そのものにも「人間嫌い」という意味が与えられました。

彼女が人間嫌いなのは、とある論争によるものだと言われています。天界から地獄へ堕ちてしばらく経ったころ、同僚たちとあることで言い争いになりました。

「人間たちは幸福な結婚をしているのか?地上に幸福な結婚というものは本当に存在するのか?」

同僚たちは「そりゃあ、存在するんじゃないか」と言いました。彼らの「食い扶持」である「不倫」や「変心」は、幸福な結婚があればこそ存在するわけですから。

しかし、ベルフェゴールは「そんなもの、存在しないわ!」と言い張りました。天使時代に何かあったのかどうかは分かりませんが、彼女は当時から、女性に対し極端な不信感を抱いていたのです。

最初は単なる暇潰しのような話だったのかも知れません。しかし、次第にヒートアップして、上司まで巻き込む大論争へと発展し、ついには地獄の意見が二分されるに至って、とうとうトップも無視できなくなり、彼らはベルフェゴールに対し次のような命令を下しました。

「お前が地上に行って実際に『幸福な結婚』とやらがあるのかどうかを確かめてこい」

ベルフェゴールは直ちに地上へ赴き、人間の生活をつぶさに観察したのですが、あいにく幸福な結婚生活を送っている家を発見することはできませんでした。
結局、この報告に基づいて「人間界に幸福な結婚はない」ということになり、彼女は地獄での地位をさらに高めた、と言うことです。

もっとも、これには「あえて幸福でない家庭だけ回ったのではないか?」という疑惑も取り沙汰されています。何せ、ベルフェゴールは論争の中心にいて、客観的とはとうてい言い難い位置にいたわけですから。
それが影響しているのかどうかは分かりませんが、「ベルフェゴールの探究」と言えば「不可能な企て」と同じ意味を持つようになりました。

ベレトBeleth

●憤怒の悪魔
ベレトはビレス、ビレトなどの名前を持つ、有力な悪魔です。地獄の王のひとりとされており、悪霊の80個軍団ないし85個軍団を率います。ソロモン72将のひとりであり、偽エノク書にその名前が記載されている悪魔のひとりでもあります。
「ベリトBerith」と間違えやすいですが別の悪魔です。

この世に現れることをひどくいやがる性質を持っており、しぶしぶ現れる時は、白鳥(蒼ざめた馬という説もあり)に乗って、その前を数匹の猫がホルンやトランペットを奏でながら顕現します。その時であっても、憤怒の表情は崩さず、口から火を吐きます。


●ベレトを呼び出す方法

ベレトは地獄の大王であり、常に怒っているので、呼び出す方も一筋縄ではいきません。まず、術者は左手に土星の守りを秘めた銀の指輪を嵌めねばならず、南東を向き、自分を囲む魔法円の外に三角形を描きます。そうして、精霊たちを縛り付ける呪文を読み上げると、三角形の中に従順になったベレトが現れます。
従順でない場合は失敗した時であり、直ちに地獄へ送り返さねばなりません。

なお、ワインを三角形の中に置いていれば、ベレトはいっそう従順となり、術者の言うことを聞くようになってくれます。
ベレトが現れたら、愛想良く迎え、顔色の良さを褒め、ビレトや他の王たちへの尊敬を示す必要があります。


●ベレトの職能

ベレトが呼び出される場合は、もっぱら男女の仲を取り持つ場合に限られます。他には、「闘争」「競争」「大胆」「猛進」をつかさどるようです。
ベレトはルシファー軍の中枢を担う強力な部隊長であり、少ない兵力でミカエルを包囲したり、逃げる時にも正面突破という破天荒な作戦を採って、「ルシファー軍にベレトあり」と称されました。

天界にいるころは座天使(上級第三位の天使)、もしくは能天使(中級第三位の天使、現場担当が多いため堕天使になりやすい)の地位にあったと言われ、いつかその地位に戻れることを切望しています。


●亜種・別名など

ビレス/ビュレト/ビレト

ベヒモスBehemoth

●大食いの悪魔
ベヒモスはベヘモス、ベヘモトなどとも呼ばれる大悪魔です。ルシファーの側近であり、陸軍と海軍を統括します。言わば地獄の元帥であり、防衛長官です。

カバのような大きな身体と旺盛な食欲を持つことで知られ、その胃袋は底なしとされています。性格は(悪魔にしては)比較的温厚ですが、ひとたび暴れ始めると誰も止めることができません。
ゆえに、彼をして「自然の猛威」や「無秩序な暴力」の象徴と見る向きもあります。

彼の名はヘブライ語の「獣」を意味するベヘマB’hemahに由来するもので、ベヒモスはその複数形です。
一匹なのに複数形というのも変ですが、あまりに図体が大きすぎるために、単数形ではその威容を表現しきれないのです。あるいは、複数の動物が集まった姿だから複数形なのだとする説もあります。


●旧約聖書の「獣」
この悪魔はもともと、ユダヤ教典に登場する「獣」の一つでした。
大いなる神によって作られた存在であり、「最後の審判」の日に、兄弟分の海獣リヴァイアサンとともに人間の食糧となる宿命を義務づけられています。つまり生ける食料庫というわけです。

本来、地上ではなく水中で暮らす存在でしたが、リヴァイアサンとともに海へ入り込むと、水がすべてあふれ出てしまうので仕方なくベヒモスだけが地上へ揚げられたのだそうです。

旧約聖書の「ヨブ記」第40章は半分近くがこの怪物の描写に充てられていて、彼がいかにユダヤ人にとって重要な存在であったかが分かります。

「見よ、このベヒモスを。
これはあなたと並べてわたしが造ったもの。
牛のように草をくらう。
見よ、その力は腰にあり。
その強さは腹の筋にある。
尾は杉の木のように垂れ、ももの筋は絡み合っている。
骨は青銅の管、肋骨は鉄の棒のようだ。
これは神が造られた第一の獣。
これを造られた方が、ご自分の剣でこれに近づく」
(旧約聖書「ヨブ記」第40章)


●ベヒモスの姿
ベヒモスの姿は「カバ」とする人あり、「サイ」と言う人あり、ゾウや水牛に擬する人ありで、一定していないというのが実情です。旧約聖書ではそのものずばり「カバ」と訳しているものが多く、ゲームや小説などもほぼこのイメージに沿っています。

18世紀のイギリスの詩人ジェイムズ・トムスンはこの悪魔についてを「サイ」と呼び、同じくイギリスの画家で詩人のウィリアム・ブレイクは「牙のあるカバ」と表現しました。
悪魔のイラストを多く載せていることで有名なコラン・ド・プランシーの「地獄の辞典」では、腹の膨れた二本足で立つ象の姿で描いています。

なお、こうしたイメージは主にヨーロッパや小アジアのもので、アラビア半島より東では「魚」や「ドラゴン」の姿を取るのが一般的です。
カバやゾウが、一方では魚やドラゴンというのも奇妙に聞こえるかも知れませんが、どちらも水場に深く関係を持っているというのは一緒ですし、そもそもベヒモスという名前が、アラビア語に入ると「バハムート」、つまりゲームなどでお馴染みのドラゴンの名前になります。



●亜種・別名など
ベヘモト、ベヘモス、バハムート

ベルゼブブBeelzebub

●地獄の宰相
恐らく悪魔に興味のある人で、このベルゼブブを知らない人はいないでしょう。ご存知「蠅の王」であり、地獄の最高幹部のひとりです。旧約聖書と新約聖書の双方に登場する数少ない存在でもあります。

蠅をはじめとする害虫の多くをその支配下に置き、向上心と羨望をつかさどり、地獄の空軍を統括します。
その地位と権限は悪魔王ルシファーに次ぐと言われ、「悪魔のかしら」「蠅王国の皇帝」「地下帝国の最高君主」といった尊称を与えられています。
言わば地獄の宰相であり空軍大臣。キリスト教徒やユダヤ教徒にとっては、いくら憎んでも憎み足りることのない、不倶戴天の敵のひとりです。

人望・能力・威厳すべてにおいて悪魔の中で群を抜いており、さしもの悪魔王ルシファーも、彼には一目も二目も置いています。
何か話を始めれば、周囲にあらゆる悪魔が集まって聞き入り、辺りはしんと静まりかえったそうです。

イギリスの詩人ジョン・ミルトンも、著書「失楽園」の中で彼を褒めちぎっており、それによれば、彼は「一国を背負って立つにふさわしい」存在であり、「荘厳で思慮深く、憂国の至情に満ちあふれ」「威厳に満ちたその顔にはまさに王者にふさわしい英知の輝きがまだ鮮やかに残って」いると述べています。


●高い館の王
このベルゼブブも、最初から悪魔であったわけではありません。元々はカナン人(パレスチナ人)の間で信仰されていた神のひとりで、かなり広くその信仰を集めていたと言います。ベルゼブブという名も本来は「バアル・ゼブルBaal-Zebul」で、その意味するところは「高い館の王」もしくは「いと高き王」です。恐らくはカナン人の神バアルの尊称の一つではなかったかと考えられています。
ヘレスポントス地方(トルコ西部)の豊穣神プリアポスやスラボニア(クロアチア東部)の「白い神」ベルボグと同一視する学者もいます。

もっとも、この「いと高き王」という尊称は賢王ソロモンを連想させると言うことで次第に「蠅の王」を意味する「バアル・ゼブブBaal-zebub」と言い換えられるようになりました。蠅の王と言っても、この当時はさほど悪いイメージはなく、「蠅を追い払う王」もしくは「蠅を使役する王」みたいなニュアンスです。

今でこそ蠅は邪魔な虫、不吉な虫として見られていますが、肉から自然に発生するというところから、昔は霊魂の象徴として考えられたこともあったそうで、しばしば崇拝の対象にもなりました。ローマやシリアなどの地にはこの虫に生け贄を捧げるための神殿がいくつか建てられたそうです。


●悪霊の王
ところが、ユダヤ教が勢力を拡げ始めたころから状況は一変します。
決して悪いイメージではなかった蠅が悪霊の権化と考えられるようになり、ベルゼブブ自身も悪霊を操る悪い魔神と見なされるようになったのです。
その背景には、カナン人と敵対するユダヤ教徒、キリスト教徒が、バアルやベルゼブブといったカナン系の神々をことごとく「悪魔」と見なしていったことも大きく影響しているようです。

旧約聖書の「列王記」には、イスラエル第8代の王アハジヤがベルゼブブの力を借りようとして、預言者エリヤにたしなめられるというエピソードが収められています。
部屋の欄干から落ちて怪我をし、それがいつまで経っても治らないので、当時広く支持を集めていたベルゼブブに治るかどうかを占わせようとしたのです。

エリヤはそれを聞いて「イスラエルにも神はいるのに、何でベルゼブブみたいな邪神に占わせようとするかなあ」と嘆きました。
そして、王に向かって冷たく宣告します。
「そんなに我らの神が信じられないのなら、もう怪我は治りませんよ」

果たしてアハジヤは、それから2年も経たないうちに世を去ってしまいました。


●新約聖書に見るベルゼブブ
この悪魔は新約聖書にもその名が登場します。「マタイによる福音書」には、イエス・キリストがベルゼブブを「悪霊の頭(かしら)」と呼んでひどく攻撃する場面が出てきます。

「もし家の主人がベルゼブル(ベルゼブブ)と言われるならば、その家の者どもはなおさら、どんなにか悪く言われるであろう」(マタイによる福音書第10章)

また、「ルカによる福音書」は、こともあろうにイエス・キリスト自身が、心ない人によってベルゼブブ呼ばわりされるエピソードが所収されています。
イエスの一団が各地を巡って奇跡を起こしていたところ、それを見ていた人が「こんな次々に奇跡を起こせるのは、悪霊の頭たるベルゼブブしかいない。あいつはベルゼブブの力を借りているのだ!」と叫んだのです。

しかし、イエス・キリストは慌てず騒がず答えます。

「どんな国でも内紛が起これば自滅する。どんな家庭でも内輪揉めをすれば家族は倒れてしまう」(ルカによる福音書第11章)

ベルゼブブの目的は世に害毒をはびこらせること。彼の力を借りて奇跡を起こしているのなら、世の中を良くすることに手を貸しているわけで、おかしくありません?……ということです。


●冥府とイエスとベルゼブブ
新約聖書外典の「ニコデモ福音書」によれば、イエスの言葉でいたく傷ついたベルゼブブは、ユダヤ人たちをそそのかして彼を磔刑台に送ります。
そして、冥府の管理者(以下冥府)に命じて「ヤツが来たら二度と外へ出すなよ」と念押ししました。徹底的に「敵」の影響力を削ごうと言うのです。

ところが、この目論見はあっさり失敗に終わります。
昇天したイエスは、神の威厳を持つ「栄光の王」に変身したのです。彼がやって来ると、余りの威光に冥府の門は跡形もなく粉砕され、冥府はその迫力にあっさり白旗を挙げました。

冥界に繋がれていた死者もこれ幸いと次々に壊れた門から出て行きます。後に残ったのは、冥府とベルゼブブとその配下たち。冥府はすっかり頭を抱えてしまいました。

「ベルゼブブのせいでムチャクチャだあ……ッ!!」

さて、イエスはベルゼブブの方へ向き直ります。ベルゼブブは抵抗しますがあっさり押さえつけられました。そして、冥府に対し次のような命令を下します。

「この者(ベルゼブブ)を、私が次に来るまでずっと鎖で繋いでおくように!」

ここで言う「次に来るまで」というのは「最後の審判」のこと。
このようなわけで、ベルゼブブは今も冥府の中で鎖に繋がれたままでいると言うことです。


●ベルゼブブの姿
ベルゼブブはさまざまな姿に変身しますが、一般に知られるのは巨大な蠅の姿です。他にも巨大な子牛(?)や牡山羊の姿で出現するようで、ゲーテの「ファウスト」では「牛の姿で、耳はおどろおどろしく、髪は色とりどりで竜の尾を持つ」と表現されています。
「青髭」で有名なフランスの貴族ジル・ド・レエは「ヒョウの姿」と述べておりますが、その根拠は不明です。いずれにしても、怖い悪魔であることに代わりはなく、怒ると炎を吐き、狼のように吠えると言います。

パランジェーヌの著書「ゾディアコ・ヴィテ」の記述をそのまま借りれば、この悪魔は「途方もなく巨大で、その腰かける玉座も巨大、額には火の帯を巻き、胸は厚く膨れ、顔はむくみ、目はぎらつき、眉は吊り上がり、威圧感にあふれる風采」であると言います。

また、「鼻孔は極度に広く、頭には二本の大きな角がある。肌はマウル人(アフリカ人)のように真っ黒で、両肩には蝙蝠に似た大きな翼が生えている。大きな両足はアヒル、尾はライオン、全身を長い毛が覆」っています。
あまりに描写が細かすぎてかえって分かりにくい感じもしますが、キマイラ(キメラ)の要素を持ったイフリート(炎の魔神)をイメージすると分かりやすいかも知れません。



●亜種・別名など
ベルゼブル/ベルゼビュート/ベールゼビュート

2014年7月 2日 (水)

バジリスクBasilisk

●蛇の王
バジリスクはヨーロッパでその実在が信じられた怪物です。
あらゆる蛇の頂点に立つと言われる存在で、「蛇の王」の異名もあります。
そもそも、バジリスクという呼称も「小さな王(小動物)の王」を意味するギリシア語バジリスコスBasiliskosに由来するものです。
一般にトカゲ、もしくは蛇と鶏を奇妙に掛け合わせたような姿をしており、キュレナイカ地方(リビア)の沙漠を主なテリトリーにしています。

全身に猛毒があるのが特徴で、身体に触れた者はもちろんのこと、道具を介してでさえ相手を死に至らしめます。
さらに、彼らの視線には石化能力があり、睨まれた者はことごとく石に変わります。現在のリビア近辺が砂だらけなのも、このバジリスクが手当たり次第、周りを石に変えまくったからだ……という説があります。

ちなみにアフリカには、その名もずばり「バジリスク」という名前のトカゲがいますが、これは伝説の怪物の名を、近年新たに発見されたトカゲに冠したものです。


●バジリスクの脅威
中世、バジリスクは「現実的な」脅威でした。ゆえに、さまざまな動物学者や神学者たちが真面目にこの怪物の退治方法を考えました。

その一つが「ガラス越し」で倒すというものです。
彼らの毒は多少の遮蔽物をものともしない強力な兵器ですが、なぜかガラスを通り抜けることはできません。毒が乱反射するからとも言われておりますが、それを利用して、彼らが毒を飛ばしてきたら、すかさずガラスをかざして毒を跳ね返すのだそうです。
フランス・ブルゴーニュ地方にある聖マドレーヌ寺院には、巨大イナゴ?にまたがった騎士とバジリスクの対決が描かれておりますが、騎士は自分の眼前に巨大な水晶(ガラス)をかざしています。

もう一つがイタチをけしかけるというものです。バジリスクの毒は当然イタチも殺すのですが、イタチも死の間際、「最後ッ屁」でバジリスクを死に至らしめるので、両者相討ちとなります。


●バジリスクの薬草

バジリスクの毒はあらゆるものを石に変えますが、ヘンルーダという薬草はさしもの彼らも枯らすことができません。
ゆえに、バジリスク退治に向かう者はこの草を持つべきとされてきました。この草が果たして現実にある草なのか、それとも架空のものなのかは分かっていません。

なお、毒は視線を通じて体内に入り込むので、目の見えない者はこの毒にやられません。ゆえに、盲人はバジリスクを飼いならすことができると信じられました。

彼らの死体が強力な防虫剤・防獣剤となると言うのもよく聞かれる話です。
ペルガモン(トルコ北西部の街)では、この死体をアポロンとディアナ(アルテミス)の神殿に吊してみたのですが、そうしたら虫はおろか、蛇やスズメもまったく寄りつかなくなったそうです。


●文献に見るバジリスク
この怪物が文献に登場するようになったのは1世紀ごろ。ローマの博物学者プリニウス(大プリニウス)が著書「博物誌」で紹介したのが最初だと言われています。8巻33章には次のような記述があります。

「バジリスクはキュレナイカ(リビア)に産するトカゲの一種で、体長は12ディジット(24センチ前後)を超えない。

頭は王冠のような明るい白い印で飾られていて、シュッと音を立てることによってすべての蛇を敗走させるという。また、つねに身体の中央部を立てて進み、接触によってだけでなく、呼気によってすら藪を枯らし、草を焼き、石を砕く。

馬に乗った人間が一匹のバジリスクを槍で殺したところ、その毒素が槍を伝って乗馬者だけでなく、馬をも殺したという逸話が信じられている。
だが一方で、なぜかイタチに弱いらしく、バジリスクはイタチはその臭気でこれ(バジリスク)を殺し、同時に自身も死んでしまい、自然の闘争は終わるという」

一説には、ここで言うバジリスクとは従来の毒トカゲではなく、コブラのことを差しているのではないかと言われています。
確かに、どちらも強力な毒を持ち、音を立てて威嚇します。背中の紋様も王冠に似てなくもありません。あるいは、コブラではなく、アフリカには頭頂部に王冠のような模様を持つトカゲがいるので、それが元となっているという説もあります。

古代エジプトでは、バジリスクはイビスという朱鷺に似た水鳥の汚染された卵から生まれると考えられたので、人々はバジリスクの繁殖を防ぐため、イビスの卵を発見次第叩き壊したなんて話が残っています。


●中世のバジリスク

中世に入ると、古代にはなかった石化能力が付け加えられるなど、その怪物ぶりはますます際立っていきました。
他の幻獣と違い、ト