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2014年7月 6日 (日)

鬼Oni

●日本随一の妖怪
「鬼」は妖怪としても、怪物としても抜群の知名度を誇ります。
「鬼」=「怖いもの、酷いもの」のイメージは未だに強く、他人に「鬼!」と言えば、それは人間らしい心を持たない冷たい人間のことを指し、今でも悪口としては最大級の威力を誇ります。

鬼と一口に言っても、昔話の鬼、伝説の鬼、信仰上の鬼、地獄の鬼、物語の鬼、芸能での鬼、実在する人間としての鬼、などいろいろあって、その意味するところは複雑です。

「おに」という言葉は、もともと「人間から隠れて棲んでいる」という言葉「隠(おん/おぬ)」から来ているという説と、神を守る大きな精霊を意味する「大人(おおひと)」から来ているという説があり、はっきりしていません。

漢字の「鬼」という文字が強力な存在を表すようになったのは平安時代末期のことで、それまでは「おに」の他に「かみ」「もの」「しこ」と読むこともありました。
「今昔物語集」にも、「鬼」と書いて「もの」と読ませる例があります。

日本初の漢和辞典「和名類聚抄(わめいるいじゅうしょう)」によれば、「おに」は目に見えなくても実体の感じられる霊的存在、「もの」は明瞭な形を伴わない、感覚的な霊的存在(気配)を呼ぶ、とあります。
「もの」は「もののけ」とも呼び、こちらの名前は妖怪ないし怪物の別名として有名です。


●鬼のイメージ
鬼の姿は、昔話によっておおむね次のような姿で固定されているようです。
すなわち、身長は八尺(約240センチ)を超え、筋骨たくましく、赤や青、あるいは黒い皮膚を持ち、頭には1本ないし2本の角、目は一つ眼か二つ眼、身体は裸体で毛深く、虎の皮のふんどしをはいている。
鉄棒(かなぼう)を持ち、時折人里に降りてきては、人や物に害を与え、住処は人里離れた洞窟の中――。

しかし、このイメージは意外と新しいものであり、古くはいろんな「鬼」がいました。
一本足の鬼、複雑な身体を持つ鬼、三つ目の鬼、何十何百という目を持つ鬼、角や口がない鬼、身長が何十メートルもある鬼、牛や馬とのキマイラ(合成動物)や老人、あるいは妖艶な美人もいました。

それもそのはず、「鬼」が指す範囲は、今よりも昔の方がはるかに広かったのです。
極端に醜い者や身体の一部が欠損した者、形がなく、恐ろしく感覚的な存在や力、気配、死の国へと導く霊的存在、辺境の蛮人・異邦人、強盗団や反体制派、神話世界の神と並ぶ力を持つ邪神も「鬼」と呼ばれていました。


●鬼の属性
鬼の基本的な属性は、人間界に姿を現し、人を襲撃した挙げ句に食べる、といったところにあります。つまり、人びとに幸福を与える「神」の対極にいるのが「鬼」だったのです。

「鬼が人を食う」という話は古く、「出雲国風土記」に田を耕す農民を食う一つ眼鬼の話が収録されています。
しかし、これらの「鬼」は、次第に神仏の力を得た高僧や、武勇・知恵をそなえた武士に退治、ないし追放される運命を辿ります。

鬼の生命力は不死とも言えるほど強靱です。
腕を切り取られて1週間が経っても、再び肩にくっつければ元通りになります。たとえ首を切り取られても、その首は討った人間をかみ殺そうとします。温羅(うら)という鬼は、斬られた首を土中に埋めても、何年も呻き続けたそうです。

むろん、その怪力は折り紙付きであり、鉄棒(かなぼう)を手にした鬼は「鬼に金棒」のたとえの通り、強力無比な存在となります。

彼らは知恵も使います。時に退治しに来た武者を撃退するため、時に復讐のため、いろんな姿に変身して、相手が油断したところを襲います。

彼らにルールは通用しません。平気で約定を破り、人さらいをし、略奪を働きます。

鬼の住処は「鬼ヶ城」もしくは「鬼ヶ島」と呼ばれる人里離れたところにあります。
ちなみに、この「鬼ヶ城」「鬼ヶ島」と呼ばれる場所は全国にいくつかあり、おおむね強い豪族・部族が治めていたところがそう呼ばれました。

鬼の働く時間はおおむね夕暮れから夜明けと決まっており、この時間に「百鬼夜行」が通ります。


●鬼の弱点
鬼の弱点は、桃と豆です。桃は邪気を祓い、よこしまな鬼を除きます。
鬼退治の主人公が「桃太郎」であることも、決して偶然ではないのです。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は黄泉から逃げ帰る際に、追って来る鬼たちへ桃を投げて無事逃げ切ることができました。

豆は「節分」の行事で「鬼は外!」と投げるからよくご存知の方も多いことでしょう。
もともとは中国の年末に行われる「追儺(ついな)」の儀式がもとになっており、日本へは応永年間(1394~1427年)に持ち込まれました。

ただ、豆で作ったはずの味噌や豆腐は大好き、という変わった嗜好を鬼は持っています。他に、ブドウや酒を好みます。なお、人間を喰らう時は頭だけは残すという不思議な習慣があります。


●鬼と信仰
民話に出てくる鬼は、恐ろしい反面、フレンドリーな雰囲気を持っています。
「こぶとり爺さん」の話にもあるように、彼らは敵対しなければ、なかなか豪快で気のいい連中なのです。酒をタダで飲ませたり、代金以上の薪を持ってきたり、人間のコブを取ったりと、鬼に幸福や褒賞を与えられた民話は数多く存在します。

このように、鬼と人びとの存在は、意外と不可分の関係にあります。
それゆえ、容易に鬼は信仰の対象に変わることがあります。鬼を信仰するなんて、そんな馬鹿なと思われるかも知れませんが、「天神様」こと菅原道真公が、一度は鬼(雷神)とされながら、その後神社に祀られて「天神」として崇められたことを思い出して下さい。

また、鬼が雷神・風神信仰や仏教思想と鬼が結びついて、雷神・風神や地獄の獄卒が鬼のような姿になったことも見逃せません。


●中国の鬼
中国では鬼を「き」と呼びます。
人間には「魂(こん)」と「魄(はく)」の2種類のたましい(併せて魂魄〈こんぱく〉と呼ぶこともあります)があり、死後それが魂と魄に分かれ、魂は天上へ、魄は地へ帰ることになっています。
「鬼(き)は帰(き)すなり」という言葉は、それを端的に表したものですが、ところが自殺したり、この世に未練を残したりして死ぬと、魄はいつまでもこの世にとどまって姿を人びとの前に見せると言います。

このような幽霊のことを、中国では「鬼(き)」と呼び、恐れたのですが、日本はその文字を従来の「おに」に充てました。
そこへ仏教思想の悪神(羅刹、夜叉など)や中国の霊的な存在、日本古来の邪神、悪霊、アウトローなどの思想などが入り込み、入り乱れたので、日本の「鬼」はいまいちわけの分からない、複雑な存在になったのだと言われています。

種々の怪物を表す「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」という言葉にも「鬼」という文字は使われています。
中国古典の史記によれば、魑魅魍魎の「魑(ち)」は虎の形をした山神、「魅」はイノシシの頭をした人間みたいな沢の神で、魍魎は「淮南子(えなんじ)」「左伝」などに見え、双方ともに水神という記述が見えます。「和漢三才図会」では魑魅を山の神、魍魎を水の神としているようです。


●鬼門
鬼門、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。そこに入り口やトイレを作ると、鬼が出入りするようになるという思想のことで、方角としては北東を指します。

この方角は十二支で言うところの「艮(うしとら/丑寅)」に当たり、そこから鬼は牛(丑)のような2本の角を持ち、虎(寅)のふんどしをはくようになったのだ、と言われています。

陰陽道では鬼門の方角は北の「陰」(マイナスエネルギー)が東の「陽」(プラスエネルギー)に転ずる急所とされ、警戒されます。



●亜種・別名など
鬼神(きしん)

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