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2014年7月 6日 (日)

ヴァンパイアVampire

●吸血する怪物
恐らく、怪物に興味のある人でヴァンパイア(吸血鬼)を知らないという人はほとんどいないのではないでしょうか。

生物から血や精気を吸い、自らの生きる糧とする怪物たち。ドラキュラ伯爵をはじめとして、彼らを題材にした作品も厖大な数に上り、最も多く映画化された怪物が、実は吸血鬼なのだそうです。

怪物としてのイメージも強烈この上なく、生きている人間に「吸血鬼!」と言えば、それは貧しい人間から財産を容赦なく巻き上げる血も涙もない極悪人のようなことを表わします。

こうした認識が成り立つのも、私たちが持つ血液というモノが、生きる上で欠かすことのできない要素だからであるに他なりません。
どんな頑丈な人でも、大量に流出させてしまえば生き続けることは難しいでしょう。必須ゆえに神聖と考えられ、それゆえ神々の供物として積極的に捧げられてきた経緯がありました。


●血液と怪物
昔の人々は、血液の中に「生きるみなもと」みたいなものがあると考えておりました。
死体はこの「みなもと」を失ったから生きていないのであり、それゆえ悪霊や死霊といった「死にきれない」連中は、この「みなもと」を生きた人間から奪うことでその生を長らえます。

今ほど怪物に対する認識の強くなかった時代、「怪物」と言えばすなわち「吸血鬼」のことでもありました。吸血鬼ではない、普通の怪物であっても、例えば人間の肉を喰らう、人間の血を啜ると言ったような食人鬼、吸血鬼の要素を持ったものは多いのです。
アラビアのグールも日本の河童も、かつては血を吸うものだと考えられ、恐れられたものです。


●吸血鬼の歴史

「血を吸う怪物」というイメージがいつから存在し、どのようなルーツを持ち、いかなる人々が考え出したのかについては分かっていません。あまりに古すぎて、起源を遡ることができないのです。

ただ、先史時代、動物と直に格闘していたころから、血を奪い、啜る相手が恐ろしいものであるという認識はあったでしょうし、また、実際にそのような場面(もちろん怪物ではなく、実在の動物が死体をあさるような場面)に出会うことも多かったはずです。
その意味では、吸血鬼の歴史は人間の歴史にそのまま重なると言うことができそうです。

吸血鬼が実在の動物と切り離されて考えられるようになったのはおよそ5000年前のことだと言われ、当時の壺絵に、吸血鬼のような怪物が人間を襲う場面が描かれたものがあります。

ギリシア神話には、厳密に言えば吸血鬼ではありませんが、血を飲むことで一時的に生を授かると言う話が収められています。

トロイア戦争の英雄として名高いオデュッセウス。ご存知「オデュッセイア(オデッセイ)」の主人公ですが、冒険の途中で冥界を訪れたとき、彼はふとエルベーノールという人物に出会います。
オデュッセウスの部下だったのですが、ある時酒に酔って屋根から墜ち、背骨を折って死んでしまいました。しかし、いろいろ心残りがあったので、オデュッセウスに頼んで「黒い牡牛と牝牛の血」を飲ませてもらい、一時的に生き返ることができたそうです。

詩人ホメロスの「イーリアス」にも、やはり死者の血を吸う「ケール」という怪物が登場します。ケールは透明な姿をしており、翼を持ち、死者を引きずって辺りを彷徨います。
そして、血に染まった赤い衣を持ち、目を光らせ、哀れな犠牲者に牙を突き立てるのです。


●吸血鬼を表す言葉

ヨーロッパで吸血鬼を表す言葉は多く、ざっと見ただけでも「ヴァンパイアVampire」「ストリゴイStrigoi」「モロイMoroi」「ヴコドラクVukodlak」などが使用されています。

このうち、最も有名なのは何と言っても「ヴァンパイアVampire」ですが、これほど一般に知られているにもかかわらず、どのような語源から来ているのか分かっておりません。
有力なところとしては、スラブ語の「飛ぶ者」を意味するウプィリUpyr'、カザン語(タタール語)の「悪霊」を意味するウブルUbyr、トルコ語の「魔女」を意味するウベールUber、セルビアの語の「飛ばない人」を意味するVampir、ポーランド語の「翼ある亡霊」を意味するUpior、などの言葉が語源と考えられています。

「ストリゴイStrigoi」はローマの怪鳥ストリクスStrixに由来するものです。さらに遡れば「音を立てる、羽ばたく」を意味するラテン語ストリデレstridereに行き着きます。ストリクスは、普段は老婆の姿をしておりますが、しばしば鳥に変身して子供を襲います。

「モロイMoroi」はスラブ語の夢魔(ナイトメア)を意味するモーラMoraに由来します。モーラは人間にのしかかりその精気を吸います。後世のインキュバス(男夢魔)、サッキュバス(女夢魔)の原型となったことは間違いありません。

「ヴコドラクVukodlak」はバルカン半島の言葉で「狼の毛」を表す言葉が由来で、「人狼(ワーウルフ)」と意味合いとしては一緒です。


●蘇生する死体たち

吸血鬼の伝説は世界中に散在しますし、日本にも似たようなものはいくつかありますが、ただ、人間のようなものが彷徨い、血を吸って歩く……といった伝承に限って言えば、そのほとんどは中近東、すなわち東欧やアラブなどに集中しています。
かの有名な「吸血鬼ドラキュラ」も、東欧の伝承をモチーフにした物語です。

この地域では、しばしば死んだハズの人間が蘇り、人間や家畜を襲う例が報告されていました。
彼らの復活を防ぐには、口に大量のコインを詰めたり、太い木を囓らせたりするか、もしくは白い杭や太い針を胸に突き刺しておく必要があります。他にも、煮立った油を棺に注いだり、死体を切り刻んだり、足を釘で固定するなどの方法が考えられました。

こうした荒唐無稽な方法が考案され、実行された背景には、当時の死亡確認が非常におざなりなレベルであったことが影響しています。特に黒死病(ペスト)発生時には、連鎖罹患を防ぐためにそれをより進める必要がありました。

死者が本当に「死んで」いればいいのですけど、息や心臓が止まっているだけで、本人はまだ辛うじて生きているというパターンも少なからずありました。
そこで、ここで挙げた「復活防止」の方法を実行することで、生きた人間に「トドメ」を刺し、死者が再び起きあがって来ないようにしたのです。

しばしば言われる「吸血鬼は流れる水を渡れない」というのも、蘇生した人間は、非常に憔悴しきっているので、大変な体力を必要とされる渡河を行えない、という部分から来るものです。
当時の墓場は、敷地的な問題から、しばしば村はずれの川の中州などに作られていました。

実際に本人は死んでいたとしても、湿度や気温の関係で死体の腐敗速度がきわめて遅くなる場合もあります。

特に湿度の低いヨーロッパやアラブなどではその傾向が強かったことでしょう。
体内は完全に腐りきっているのですが、皮膚までそれが及ばないため、腐敗ガスが体内に膨満し、肌は(腐敗熱で)ピンク色、皮膚は(膨満しきっているので)ツヤツヤ。
その姿を見た人が、迂闊に「まだ生きている!」と思い込んだ例もたぶんにあったのではないでしょうか。実際、吸血鬼と目された死体に杭を刺したとたん、急激に(ガスが抜けて)萎んでいったという例もいくつか報告されています。


●吸血鬼伝説の誕生

意外と、吸血鬼伝説の発祥も、生きた人間を「死んだ!」と思い込んだところから来ているのかも知れません。

もしも人間が、生きていることを知らずに埋葬されてしまったらどうなるでしょうか。まず十中十までパニックに陥ります。陥らないハズがありません。
冷静になって状況を把握できたとしても、このままでは本当に死んでしまうので、何とか棺から這い出そうと、もがき、叫び、蓋を叩き続けます。
そうこうしているうちに生爪は剥がれ、口は噛みしめたせいで血だらけ、皮膚はすり切れ、顔色は恐怖と酸欠で真っ青。

運良く外へ出られたとしても、墓場の多くは村の中心部から離れた場所にありましたから、まずはゆかりのある人間を捜して村まで彷徨うことになります。
そんな姿を、知っている人間が見つけたらもう大変。「死体が蘇った!」とパニック。双方でまともな意思の疎通が行われるはずもなく、あるいは蘇った側が、「よくも自分を勝手に埋葬したな!」と憤慨して「生きた住民」に襲いかかる。住民は武器で応戦する……。

かくて吸血鬼という怪物が誕生するというわけです。


●吸血鬼とキリスト教

ヨーロッパで吸血鬼伝説が盛んに語り継がれた背景には、キリスト教会自身がこの怪物を信徒確保のために積極的に利用したと言う事情も影響しています。
この怪物を不信心のあらわれと考え、「吸血鬼になるのは信仰心が足りなかったのだ!」あるいは「洗礼を受けなかったせいだ!」と決めつけたのです。

聖なる教えに帰依せよ、さすれば吸血鬼の恐怖から逃れることができる、というわけです。
当時、一部のアウトロー(ロマ族など)や知識人を除けば、まともな埋葬技術を持っているのが教会だけだったと言う事情も関係しているかも知れません。


●吸血鬼のイメージ

吸血鬼と言えば、夜会服のような服装に青白い顔、美男長身で威厳があり、口からは大きな牙が覗いていて、鏡に映らず、ニンニクと太陽、そして十字架や聖水のようなホリー・アイテム(聖なる道具)に弱い……というイメージが一般的です。

これはその多くが、アイルランドの作家ブラム・ストーカーによる「吸血鬼ドラキュラ」によって確立されたものです。

むろん、彼以前に吸血鬼を題材にした作家がいなかったわけではありません。
「ドラキュラ」が書かれる遙か以前に、ゲーテが「コリントの花嫁」と言う吸血鬼小説を書いてますし、他にもジョン・ポリドリの「吸血鬼」、シェリダン・レ・ファニュの「吸血鬼カーミラ」、トマス・プレストの「吸血鬼ヴァーニー」などの作品があります。しかし、これらの作品は吸血鬼のイメージを固定するまでには至りませんでした。

もうひとつ、私たちのイメージ形成に作用したという部分で言えば、ホラー映画の金字塔として名高い「魔人ドラキュラ(ベラ・ルゴシ主演)」、「吸血鬼ドラキュラ(クリストファー・リー主演)」といった作品を挙げないわけにはいきません。
当世を代表する美形俳優によって演じられたドラキュラの姿は、吸血鬼=美形のイメージを形成するのに充分な役割を果たしました。

実は、ストーカーの原作ではドラキュラ伯爵は単なる「気味の悪い男」であり、どこにも「美形」とは書かれていないのです。


●ドラキュラと呼ばれた男

ところで、ドラキュラと言う名前はどこから来たのでしょうか。これは由来がはっきりしています。

15世紀半ばごろに活躍したワラキア大公(今のルーマニア南部の支配者)だったヴラドという人物がいて、彼が政敵に「ドラキュラ」と呼ばれていたのです。
ドラキュラとは「小さな龍」「小龍公」を意味する言葉で、同じく威名の高かった父ヴラド・ドラクル(大龍公ヴラド)になぞらえて、「ドラクラ(ドラキュラ)」と呼ばれるようになりました。ドラゴンのドラと語源は同じです。

歴史的に見ると、この「ドラキュラ」は「ツェペシュ(串刺し公)」なる名前でも呼ばれ、何万人もの捕虜や敵を串刺し刑に処しています(串刺し刑は当時の東欧ではごく一般的な処刑法)。

これだけ見るとかなり残虐な印象のある人物ですが、忠実な者や能力のある者には相応の評価を与え、勇敢な者には寛大な態度でのぞんだと言いますから、厳しくはあるけれど総じて「名君」と呼ばれるに相応しい人物ではあったようです。

ゆえに、今もルーマニア国内における「ドラキュラ」ことヴラド公の人気はきわめて高く、国民は怪物のドラキュラを求めてやってくる観光客を苦々しい思いで見つめていると言います。


●エンターテイメント作品に見るドラキュラ

小説や漫画に出てくる吸血鬼像は、ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」に出てくるものを原型に、それぞれの作者なりのアレンジが加えられたものになっています。
作品によって超強力だったり、再生能力を持っていたり、惰弱だったりと多少の違いはあるものの、吸血能力を持ち、変身し、空を飛び、そしていくつかの致命的な弱点を持っているということでは共通しています。

吸血鬼の弱点として一般的に考えられるのは、次の7つです。

1.鏡に映らない
2.ニンニクに弱い
3.十字架・聖餅(せいべい)・聖水に弱い
4.流水を渡ることができない
5.日光に弱い
6.入って良いとの許可がない限り家には入れない。が、一旦許可を得れば自由に出入りすることができる。
7.白木の杭で胸を刺されると復活できない

他の怪物に較べかなり多い感じですが、これは吸血鬼が時代を経るごとにますますその「怪物ぶり」を上げていったので、多少弱いところを作らないとバランスが取れないと言うところから来るのでしょう。

ちなみに、ストーカーの原作を見ると、ドラキュラ伯爵が十字架を手でもてあそんだり、窓越しに夕陽を見つめるシーンが出てきます。



●亜種・別名など

吸血鬼/吸血伯爵/ドラキュラ/ヴラド(ドラキュラの本名)/ダンピール(ハーフ・ヴァンパイア)/ドラクラ/ドラクール/カーミラ(女ヴァンパイア)/ノスフェラトゥ/ストリゴイ/モロイ/ヴァーニー

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