ギリシア神話一般

2014年7月 6日 (日)

ピュグマイオイPygmaioi

●ギリシア神話の小人
ピュグマイオイ、別名ピグミーはギリシア神話に出てくる小人族の名前です。ピュグマイオイは複数形で単数ではピュグマイオスと言います。

丈がpygme(=35センチ)、すなわち常人の肘から拳までの高さしかなく、アフリカ、インド、もしくはスキュティア(スキタイ、黒海沿岸)の山中に住むと言われており、著述家プリニウスによれば羽毛と卵のかけらを混ぜ合わせた泥で小屋を建てるといい、アリストテレスは地下洞に住むと述べています。

なぜか男根は人間並みに大きいとされ、人間の娘オイノエーと結婚したニーコダマースというピュグマイオイもいます。


●彼らがコウノトリ(鶴)を憎むわけ
彼らはコウノトリもしくは鶴を、「死」をもたらす鳥として激しく嫌っており、牡牛や山羊にまたがったり、牡羊に変身したりしてパトロールに余念がなく、卵や巣を見つけるたびに、徹底的に壊して回ります。

その理由については、次のような話が伝えられています。
ピュグマイオイに嫁いだオイノエーが、ヘラとアルテミスを敬わなかったため、ヘラの怒りによってコウノトリの姿に変えられます。
彼女は、ニーコダマースとの子であるモプソスを迎えに行きますが、ピュグマイオイたちに追い返されてしまいます。その恨みで、コウノトリはピュグマイオイたちを激しく攻撃するようになった、ということです。

また別の説では、ひとりの娘がピュグマイオイの村に住み着くようになり、彼らは娘を神としてあがめたので、ヘラが機嫌を損ねて、みずからを鶴の姿に変えて、ピュグマイオイの集落に襲いかかった、とされています。


●ヘラクレスとピュグマイオイ
ヘラクレスは、有名な「十二の業」の最中にエジプトにやって来たことがあります。
戦いで疲れていた彼は、ナイル川のほとりで横になり、寝込んでしまうのですが、その姿をヘラと見間違えたピュグマイオイは、針で彼の身体を突っつきます。
さすがに彼は飛び起きて、第一の業で手に入れていたネメアの獅子の皮にピュグマイオイたちをひっくるんで、宮廷へと持ち帰ります。


●ピグミー族とピュグマイオイ
アフリカ中部には、ピグミーの名を冠する身長150センチ前後の低い人びとが生活しています。
このピグミーの名は、ピュグマイオイのそれが実在の人びとの名につけられたものですが、むしろ逆で、彼らの存在こそがピュグマイオイ伝説を生んだ、という説があります。

アフリカ南部に「背の低い人びと」が住んでいる、という話はかなり早い段階で知られており、それがエジプトを通じギリシアに伝わって、ピュグマイオイという架空の存在となったのではないかと考えられています。
歴史家ヘロドトスや大賢人アリストテレスはこの説を支持しています。



●亜種・別名など
ピュグマイオス/ピグミー

ペガサスPegasus

●空飛ぶ天馬
ペガサス(ペガスス、ペガソス)はギリシア神話に登場する天馬です。
同じ聖馬ということでしばしばユニコーン(一角獣)と混同されますが、まったく別の存在です。背中に立派な翼を生やした白馬の姿をしており、その羽で自由に空を飛ぶことができます。

その優雅な外見とは裏腹に、実はなかなか気性の荒い馬であり、乗る人を完全に選びます。
当初はゼウスの雷鳴と電光のみを運び、人間は誰も近づけようとせず、乗ろうと挑戦した者をことごとく振り落とそうとしたため、女神アテナが黄金の馬勒(手綱説もあり)をつけることで、ようやくコントロールできるようになったと言います。

この馬は、メデューサを退治したペルセウスや、リュキア山の怪物キマイラを退治したベレロフォンなどの英雄の乗馬となり、その活躍を支えました。

しかし、おとなしくなったとは言え、乗る人を選ぶことに変わりはありません。英雄ベレロフォンが慢心してその英雄たるべき資格を失った途端、空中でその背中から振り落としています。


●ギリシア神話のペガサス
ギリシア神話によれば、この馬はポセイドンとメデューサの間に生まれた子供であったとされています。
馬なのに神様の子供と言うのも奇妙な感じがしますが、ポセイドンは海神であると同時に馬と牛の神でもあったそうで、その子供にはペガサスの他に神馬アリオン(アレイオーン)などがいます。

さて、ペガサスの方はと言えば、しばらく母の体内に居続けたようですが、英雄ペルセウスがその首を切り取った途端、兄弟の巨人クリュオサルとともに外へ飛び出し、アテナそして英雄たちの乗馬となって、天空を縦横無尽に駆け回るようになりました。

ちなみに、冒険に出ていない時には、空を自由に駆けていたり、泉のそばで水などを飲んでのんびり過ごしています。
英雄ベレロフォンがペガサスに出会ったのも、コリントス(ギリシア南部)にあったペイレーネーの泉です。


●泉を掘り当てる者
この天馬にはしばしば「水」の属性がついて回ります。
そもそも、ペガサスという呼称自体が、古代ギリシア語で「泉」「水源」を意味するペーゲーPegeに由来するもので、ギリシア神話でも、ペガサスと水の深い関わり合いを示すエピソードがいくつか伝えられています。

例えば、ギリシアのヘリコン山が、どういうわけかどんどんその高さを増していき、天界へと届きそうになった際、ペガサスが現れて地面をしたたかに蹴りつけて、ようやく元の大きさに戻ったと言います。
この蹴りつけた跡は蹄の形に割れて、そこに水が湧いてヒッポクレネHippocrene(馬の泉)という水源になりました。

このヒッポクレネの水は、芸術家や預言者たちの力の文字通り「源泉」となり、ムーサイ(ギリシア神話の芸術の女神たち、ミュージックMusicの語源)もこの泉からそれぞれの力を得たと言われています。
泉の周りで舞い踊るムーサイの姿はしばしば絵画のモチーフにもなっています。


●ペラスゴイ人たちの伝説
ペガサスの起源は、ギリシアの先住民族ペラスゴイ人の伝承からだと考えられています。

ペラスゴイ人はギリシア人よりも古い時代にこの地域へ入植した民族で、ポセイドンとメデューサを主神とし、崇拝しておりました。

その後、ギリシア人たちが侵入し、ペラスゴイ人は駆逐されたか同化したか、いずれにしても歴史上から姿を消すようになると、その伝承はギリシア人たちの神話体系に組み込まれていきました。
その過程で、ペガサスに関する伝承も一緒にギリシア神話へと持ち込まれ、英雄たちの乗馬にされていったのです。

そもそも、ペガサスという名前自体が、古代ギリシア語で「泉」「水源」を意味するペーゲーPegeに、ペラスゴイ系のものであることを示す~asousという接尾語がくっついたものなのです。
この点ひとつを取っても、この天馬がペラスゴイ人と深い関わり合いを持つ存在であったことが分かります。



●亜種・別名など
ペガスス/ペガソス/スレイプニル/天馬

2014年7月 3日 (木)

ダプネDaphne

●河のニンフ(妖精)
ダプネはギリシア神話に登場する女性です。その名はギリシア語で「月桂樹」を意味します。

河神ペネイオスの娘と言われ、その美しいことで知られていました。
もちろん、求婚者は引きも切りませんでしたし、親も結婚を勧めたのですが、彼女はアルテミスのように、仲間の乙女たちと狩りをする方を選びました。


●アポロンの求愛
ある日、彼女は突然アポロンに求愛されます。それは次のような理由からでした。美と愛の神アプロディテの息子、エロスの矢を、ある時アポロンが嘲笑したのです。

「おれの矢はどんなものでも貫ける。お前の持っている矢はどんなものが貫ける?」

この言葉に腹を立てたエロスは、2本の矢を用意し、1本をアポロンに、1本をたまたまそこにいたダプネに向けます。アポロンに向けた矢は黄金の鏃(やじり)がついたもので、どんな相手でも愛してしまうもの。
ダプネに向けた矢は鉛の鏃(やじり)がついたもので、あらゆる異性を嫌いになってしまうものでした。

果たして、エロスの矢はそれぞれを射貫き、アポロンはダプネにたちまち恋してしまいました。一方、ダプネの方は、求愛してくるアポロンに嫌悪感を感じ、逃げてしまいます。

追いかけ続けるアポロンに、逃げ続けるダプネ。しかし、女性の足では逃げ切ることができず、彼女は父に助けを懇願します。

「お父様、もし私を哀れと思うならば、いっそのこと木に変えてください」

ダプネがそう叫んだ時、アポロンがついに追いつきます。しかし、その美しい姿は、月桂樹の木に変わっていました。願いは叶えられたのです。
悲しみに沈んだアポロンは、ダプネへの愛のあかしとして、月桂樹を彼の木として、その葉で作った冠を頭にかぶることを決めます。


●ダプネ信仰
ダプネはもともと、ピニオス川(古代のペネウス川)が流れる北テッサリアの、テンペ渓谷で崇拝されていた血の女神だったと言われます。彼女の崇拝には、予言を得る道具として、月桂樹の乾燥葉が使われていました。

この地を征服したギリシア人は、やがてアポロン信仰を確立する際に、ダプネ(=月桂樹)をアポロンの恋人として設定し、月桂樹を彼の聖なる葉として取り入れました。



●亜種・別名など
ダプネー

ケクロプスCecrops

●アテナイ初代の王
ケクロプスは、アッティカ(アテネとその周辺の地)の王にして、アテナイを創設した功労者と目されている、半人半獣の人物です。アッティカの王エレクテウスの精子が大地(ガイア)と結びついて生まれたとされ、そのため、彼の下半身は大きな蛇になっています。

彼はかつてアクテと呼ばれていたアッティカの地を12の部分に分け、その王になりました。ゆえに、かの地は彼にちなんで「ケクロピア」と呼ばれるようになったということです。

アテナイの地を巡ってポセイドンとアテナが争った時にも、彼は登場し、アテナに有利な発言をしてアテナイ初代の王に就任しています。


●賢王ケクロプス
彼は古代ローマのロムルスよろしく、さまざまな功績が彼のもとに帰せられています。
一夫一婦制を決めたとか、生贄の制度を廃止したとか、その他にも、財産、政治、婚姻、葬礼についての法律を制定し、人びとに文字を教え、ゼウスやアテナを崇拝することを奨励するなど、革新的な働きをしました。

アテナイの中央部にあるアクロポリスの丘の神殿には、彼の墓所があったとも言われています。

2014年7月 2日 (水)

アンタイオスAntaios

●山賊の巨人
アンタイオスは大地の女神ガイアと海神ポセイドンの子で、巨人でした。
その名前は「向かい合う」を意味するギリシア語に由来します。

彼には特殊能力がありました。母なる大地に地をつけている限り、その力は無限に復活するのです。

彼はリビア(現在の北アフリカ)に棲み、そこを通る者に格闘(レスリング)をふっかけては、打ち倒して殺し、その戦利品(一説には髑髏〈どくろ〉とも言われる)で父ポセイドンの神殿を飾っていました。

そこへやって来たのが、ヘスペリスの林檎(一説にはゲリュオネウスの牛)を求めにやってきたヘラクレス。
さしもの怪力の彼も、無限に復活する力に苦戦します。しかし、大地に地をつけなければ力が復活しないことに気づいたヘラクレスは、彼を大地から引き離し、ベア・ハッグで絞め殺します。

この場面はしばしば中世以降の彫刻や絵画のモチーフになりました。

2014年6月26日 (木)

アマゾンAmazon

●乳なしの部族
アマゾンはギリシア神話に登場する女部族です。アマゾニスとも、複数形でアマゾネスとも言います。
彼女らの名は「乳なし」を意味する言葉から来ており、彼らの乳房は片方しかありません。一説には、弓を引きやすいように右の乳房を切り取ったのだと言います。弓の他に槍や斧にも精通しており、三日月型ないし半月型の盾を使用し、乗馬をよくしていました。

アマゾンは一般に知られるように、女だけで部族を作り、女王によって統治されています。純潔の女神アルテミスを信奉し、気性が荒く、独立心が強い彼女らは、年に一度だけ、隣国のガルガレンシアン族のところを訪れ、男性と交わります。
その結果、生まれた子供が女の子であれば育てて、幼時から戦闘技術や狩りを仕込みます。男の子であれば殺すか役立たずにし、あるいは父親のもとへ返すのだとされていました。


●ギリシア神話のアマゾンたち
ギリシア神話には、アマゾンが登場するエピソードが多く存在します。

ヘラクレスの「十二の功業」には、彼女らの女王ヒッポリュテの帯を奪う場面がありますし、また、トロイア戦争では女王ペンテシレイアみずから兵を率いてトロイア側に参戦しています。
ギリシア軍最強の戦士だった英雄アキレウスは、みずから彼女を討ちましたが、その死に顔の美しさに恋したという噂が流れ、それを打ち消すためにアキレウスは僚友を殺したとも言われています。

また、彼女たちは、黒海の小島レウケ島に遠征隊を送ってアキレウスの神殿を掠奪しようとして、アキレウスの亡霊に敗退させられたとも伝えられています。

この他にも、ペガサスに乗った英雄ベレロポンやアテナイ王テーセウスも、アマゾンと交戦しています。


●神話時代以降のアマゾンたち
彼女らはしばしばその実在が信じられ、さまざまな歴史書や旅行記にアマゾンたちの記録が残っています。

マケドニアのアレクサンドロス大王は、カスピ海沿岸のヒュルカニアにおいて、彼のもとを訪ねてきたタレストリスという女王と交わったと言われます。ただ、ギリシアの著述家プルタルコスはその事実を否定しています。

ヨーロッパ中世のベストセラーであるジョン・マンデヴィルの「東方旅行記」には、カルディア(イスタンブール付近の都市)の近くにアマゾンの国があって、そこでは女性が支配権を握っており、やはり彼女らには乳房がない、とされています。
マンデヴィルの説明によれば、身分の高い女性の子供は、盾を持ちやすいように左の乳房を切り取り、身分の低い女性は、弓が引きやすいように右の乳房を切り取るのだそうです。

16世紀には南アメリカの大河および流域の名前に、この部族の名前がつけられました。
探検家フランシスコ・デ・オレリャーナが、この流域に住む女族の好戦的な様子を見て名付けたものですが、一説には、長髪のインディオを見て女族と誤解したのだと言われています。


●アマゾンの正体
アマゾンの正体については諸説ありますが、オレリャーナの例にも見られるように、長髪のスキタイ人の男性たちを、ギリシア人たちが「乳なしの女性だ」と見なした説が有力です。



●亜種・別名など
アマゾニス/アマゾネス